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巧映画批評

抱擁のかけら

◆視力を失くした男がたどる愛の誕生、崩壊、再生の道。アルモドバルの物語はいつも原色で濃厚だ。(70点)

抱擁のかけら

© Emilio Pereda&Paola Ardizzoni/El Deseo

 盲目の脚本家ハリー・ケインは、実業家エルネストが死亡したことを知る。直後にエルネストの息子がハリーを訪れ、ある脚本を依頼。それをきっかけに彼は、封印していた、深く愛した女性レナの思い出と向き合うことになるが…。

 ハリー・ケインは、運命の女性レナを亡くしてから人生を失ってしまった男だ。かつて本名のマテオ・ブランコを名乗り新進気鋭の映画監督だった彼は、女優志願のレナと深く愛し合うが、レナには、権力のあるパトロンのエルネストがいた。貧しさゆえにエルネストのものになったレナはマテオとの本当の愛にめざめてしまう。レナという女性は、パトロンの富を得て、女優の夢を追い、真実の愛を渇望する、欲望に忠実な激しい女性なのだ。だが、二人の仲はエルネストに知れ、恋人たちは逃避行の果てに激しい事故に遭う。それは二人の周囲でうごめいた裏切りと復讐が生んだ悲劇だった。バラバラにされた大量の写真が、恋人たちの叫びのように脳裏に焼きつく。

 映画は、ハリーが視力を失った理由と、レナとの愛の裏側にあった真実をミステリー仕立てで語っていく。ハリー(2008年の現在)と、マテオ(1994年の過去)の2つの物語が交錯する複雑な語り口だ。さらに、1994年の過去には、劇中劇として撮影されている映画があり、レナとマテオを監視するためのビデオカメラも回っている。真実と虚構、愛と憎しみは、磁石のプラスとマイナスのように双極性の強い磁場を発生させている。本作の個性は、映画という虚構の中にさらに真偽を仕込む複眼の視点。加えて言えば、同性愛を公言するアルモドバル特有の、同性と異性の二つの愛のバランスも。多重多層的な構成は、観客を困惑させると同時に、めくるめく陶酔へと誘う。

 二重性が最大限に発揮されるのは、劇中劇のコメディ映画「謎の鞄と女たち」の顛末である。エルネストの復讐心によって、映画はNG場面だけをつないだ無残なものになった。映画へのこの暴力が悲劇の引き金になるが、14年後に図らずもレナとの愛に対峙したハリーは、この映画のフィルムを再編集しベストショットだけで蘇らせる。レナの命が戻ることはないが、この作品が完成すれば、劇中のレナは永遠に微笑み続けるというわけだ。ひとつのフィルムで二つの作品を生みだす不思議と共に、映画という架空の世界で、幸福を再構築するというプロットは、映画愛の極みではないか。

 赤を基調とした濃厚な色彩の中、アルモドバルのミューズのペネロペ・クルスがひときわ輝いてみえる本作。アルモドバルの作品には、人はどんな悲しみからも立ち直るとのメッセージが込められていることが多いのだが、同時にこの人はその力を映画が与えてくれると信じているのではなかろうか。その証拠に、本作には映画への目配せが散りばめられている。ハリー・ケインという名前は、不遇の天才オーソン・ウェルズに由来するものだ。ハリーは「第三の男」でウェルズが演じたハリー・ライムから、ケインはウェルズが監督・主演した「市民ケーン」から取ったのだろう。溢れる才能を持ちながら呪われた映画人生を歩んだオーソン・ウェルズに重ねられたマテオの人生は、レナとの愛の思い出のかけらをつなぎあわせることで、新しい生を得た。この映画のラストは、融和とも皮肉ともとれる、これまた二重性を持つ意味深なもの。だが、私には、痛手を負っても必ず希望はあると言っているように思えるのだ。

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