◆脳裏に焼きついて離れない衝撃作(85点)
見終わってもずっと脳裏に焼きついて離れない衝撃作だ。2006年のイスラエル。主人公アリは、友人から毎晩凶暴な野犬に追われる悪夢に悩まされていると打ち明けられる。その夢は若い頃に従軍したレバノン侵攻の後遺症だが、アリにはなぜかその時の記憶が欠落していた。失われた記憶を取り戻すため、彼は世界中に散らばる戦友たちに会いに行く…。
本作は、アリ・フォルマン監督が、自らの経験を基に作ったドキュメンタリーだ。戦友にインタビューし、彼らの語る内容で失われた記憶を補填し核心に近づいていくが、非凡なのは、アニメーションという手法を選んだことである。元兵士たちの戦争体験や心象風景が、シュールで幻想的な筆致で描かれるが、陰影の強い独特のビジュアルは、作品の大きな魅力のひとつだ。次第に失われた記憶が埋められていく緻密な脚本も、ミステリアスで素晴らしい。
戦争という超現実的な体験を掘り起こすことは、覚悟が必要だったろう。直視できない事実を封印するとき、人間の記憶は欠落するが、アリはついに1982年の「サブラ・シャティーラ大虐殺」に辿り着く。その事件とは、レバノンの民兵勢力ファランヘ党が、親イスラエルの指導者バシールの暗殺を、パレスチナの犯行と断定し、報復にパレスチナ難民を大量虐殺した事件だ。イスラエル政府は政治的な思惑から、事実を知りながら故意に見過ごし傍観する立場をとった。この場合の傍観は殺戮に加担したことに等しい。かつてナチスによって虐殺され被害者側だったユダヤ人が、パレスチナ相手には加害者となる。この事実に改めて愕然とする。
記憶というのは近年、映画の主題としてさかんに取り上げられるが、これほどやっかいで謎めいたものはない。消し去り、歪められ、都合のいいものを選んでリロードされる過去の記憶は、掘り起こし検証することで、望まない真実へと自分を導いてしまうのか。フォルマン監督は、その記憶がやがて戦争の実態という壮大なテーマへと変異することを知っていたのだろう。イスラエルを取りまく政治や宗教の諸問題は複雑で、一言では語れない。だが、徹底して個人の記憶にこだわったこの映画は、どんな状況であろうとも、戦争の記憶は人の心を闇にし一生苛み続けると語る。一方で、その記憶を失くさずに生きることだけが贖罪になるとも。これほど力強く反戦を訴えたアニメーションを私は見たことがない。だがラストにさらなる衝撃が。アニメーションでかろうじて保っていた事実との距離が、いきなりナマの映像に切り替わることで、ショッキングなほど縮まる。それは、むごい真実と強引に対峙させ、目をそらすことを許さない。記憶を道案内役に、斬新な形で戦争の愚行を描いたこの見事な作品は、アニメーションやドキュメンタリーといったジャンルの枠を越え、映画史に確かな足跡を残すと確信している。



























