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ボヴァリー夫人 - 福本次郎

傷だらけのフィルム、暗い画面、原作をつまみ食いしただけのエピソードの羅列…。見る者の目を楽しませようとか知的興奮を刺激しようとかいう仕掛けがまったくなく、ただ断片的なシーンを重ねた退屈な時間と戦う羽目になる。(20点)

 傷だらけのフィルム、暗い画面、原作をつまみ食いしただけのエピソードの羅列…。こういうタイプの文芸映画は、映像が美しいとかカメラワークが素晴らしいとか表現が斬新だとかいう長所が一つはあるものだが、この作品に限れば見る者の目を楽しませようとか知的興奮を刺激しようとかいう仕掛けがまったくなく、ただただ断片的なシーンを重ねた退屈な時間と戦う羽目になる。思わせぶりなセリフや悲鳴などがところどころに仕込まれてはいるものの、それが何らかの伏線になっているわけでもなく、繰り返されるハエの羽音がヒロインの死を予感させるのみ。何故こんなモノを撮ったのだろうか。

 医師と結婚して田舎の村で暮らすエマは、商人が売りに来る服や小物に都会への憧れを募らせる毎日。ある日、若い男と深い仲になったエマは彼との密会を重ねるための借金を繰り返し、家屋敷を抵当に入れてしまう。

 冒頭の10分ほどで、商人が売りに来る洗練された小物を買うときの生き生きした表情と、夫とのセックスに無反応というよりむしろ嫌悪感すら抱いているエマを描くことで、彼女の都会生活への憧れと結婚生活の倦怠を一気に語る。そして、若い恋人とのセックスの後で「私には愛人がいる」とつぶやく場面では、欲しかったおもちゃを手に入れたときのようなはしゃぎよう。しかし、エマを演じるセシル・ゼルブダキの萎びた乳房に茶色の乳首、濃い陰毛に、横に張り出した腰という、およそセクシーさとはほど遠い裸のせいで、スクリーンからは背徳の甘い香りもエロスの熱い息遣いも伝わってこない。中年女性の性をリアルに再現したのだろうが、彼女の肉体は若い男たちの性欲をかきたてる魅力を著しく欠いていた。

 資料などによるとこの映画が完成したのは1988年。21世紀になって「エルミタージュ幻想」や「太陽」などでソクーロフ監督が日本でも有名になったことから、お蔵入りしていたフィルムをひっぱり出してきて無理矢理公開にこぎつけたような印象を受ける作品だった。

福本次郎

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