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激映画批評

スラムドッグ$ミリオネア

◆アカデミー作品賞は、まさにいまの時代にピッタリな一本だった (90点)

スラムドッグ$ミリオネア

© 2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

 今年のアカデミー賞は、未曾有の大不況&新大統領(しかも黒人)誕生という大ニュースがあったおかげで、例年に増して予想しやすい年であった。とくに作品賞ほか計8部門受賞した『スラムドッグ$ミリオネア』については、私も100%の自信で選ばれるだろうと考えていた。

 もっとも私の場合は、作品の出来不出来でこれが本命と読んだわけではなく、この映画イベントの投票システムから、ほとんど自動的にこれしかないとの結論に至ったにすぎない。アカデミー賞の本選は、6000名以上の会員によるごった煮投票。見る目のあるプロが、映画の良し悪しを選ぶわけではないから、出来ばえから予測しても意味はない。同じ理由で「あの映画のほうがよく出来ているのに、選ばれないのはおかしい」などと言うのは、的外れもいいところである。

 大勢のごった煮会員が、「米映画業界振興のため(平たく言えばギョーカイが儲かるために)」もっとも適した作品に投票するのがアカデミー賞の根幹。ならば、そのときの米世論とかけ離れた作品を選ぶ可能性は低い。

 今年で言えば、「大統領も変えたし、世の中明るくなるはずだ! ボクたち、再び天下をめざすよ!」と国民がノーテンキに盛り上がっているときに、旧態依然とした価値観や、ネクラな作品が票を集めることはまずない。

 そんなものを選んでも、誰も見に来ない。数十億円といわれる作品賞の経済効果を、そんな形でドブにすてる業界人などいない。たしかに授賞式をドラマチックにするため、毎年サプライズ受賞枠も提供するが、それはあくまで一つか二つだ。サプライズばかりでは視聴者が慣れ、来年タネ切れになってしまう。

 長々と書いたが、要するにどん底からの復活(アメリカンドリーム)を描き、見ると希望がわいてくる『スラムドッグ$ミリオネア』こそが、2009年のアメリカの世論にピッタリだったということだ。

 インドの大人気番組「クイズ$ミリオネア」。スラム出身の青年ジャマール(デヴ・パテル)は、難問を次々と解いていく。学などないはずの彼に、なぜ問題の答えがわかるのだろうか……。

 『スラムドッグ$ミリオネア』は、一人の少女を探し続けた主人公の純愛物語であると同時に、インドの社会問題を真正面から取り扱う社会派ドラマでもある。

 主人公の青年は、絶望的に貧しいスラム生活の中で、普通の人生の何倍もの体験と苦労を重ねてきた。だからこそ、学者でもわからないような難問の答えを知る機会も得ているというわけだ。彼の回答ひとつひとつに、これまでの半生の苦しみの思い出がこめられており、積み上げた賞金は彼の血と涙の結晶である。

 なお英国発のこのクイズ番組については、日本でもみのもんたが司会をして大ヒットしたから、基本的なルールはみな知っているだろう。(知らないと作品をイマイチ楽しめないので予習のほど)

 ご存知のとおり、一問答えるごとに賞金は加速度的に増えていくが、この映画の場合、同時に主人公の悲惨な思い出が明らかになっていく。これはいわゆる陰陽論というやつで、人生プラマイゼロ。楽ありゃ苦労もあるさという、水戸黄門的価値観の表現である。ラストの風呂の中にあるものは、主人公が得るものと同じ=等価、との暗示である。

 これをアメリカのオスカー会員がどこまで深読みして投票したかはわからないが、じつのところ本作は単純なアメリカンドリームとは正反対の価値観を描いている。得ているようで、何も得ていない。人生の帳尻は合うものだよ、というわけだ。

 アメリカ人にしてみれば、「ボクたちこんなに苦労したよ! 金融危機ってのも経験して財産がふっとんだよ! 家の値段もさがったよ! だから陰陽論によると、これからは幸せがたくさん振ってくるんだよね!」という事かもしれない。そう捉えることが出来るならば、これを見て幸せになれるだろう。

 だが、真実は違う。新自由主義を標榜して、世界中で無茶苦茶をやってきたツケが、今の不況である。彼らが外国にかけた迷惑を考えたら、「本格的なお仕置きはこれからだよ(はーと)」というのが本当のところであろう。南無阿弥陀仏。

 それにしても、ここで描かれるインドの貧乏人の境遇はすさまじい。世界中を旅したある美人ジャーナリスト(30代独身)の言によると「同情を誘って物乞いで稼げるように(=生活に苦労しないように)、子供の両足を切り落とす親がいる」との事だが、これを見るとあながち冗談とも思えない。ワーキングプアの仕事が、ここでは天国に思えてくる。下には下がいると教えてくれる点も、今の不況米国にぴったりだ。

 ラストシーンで観客が感じる感情は、まさに作品の最大のポイント。ここで観客は作品のテーマに気づかされ、驚きとともになるほど、と思う仕組み。

 単純に見えて奥の深い、味わい豊かな一品。映画好きにこそ、すすめておきたい。

 だが、時代を映す鏡として、ユニークな観測対象であることだけは事実だ。

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