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米映画批評

路上のソリスト

◆実在のホームレス音楽家と彼を追うコラムニストの感動の物語 (70点)

路上のソリスト

© 2008 DREAMWORKS LLC and UNIVERSAL STUDIOS

 2007年に『ミリキタニの猫』というドキュメンタリー映画が公開された。これはニューヨークに住むジミー・ミリキタニという80を超える日系アメリカ人のホームレス画家を追うドキュメンタリー映画だ。『プライドと偏見』『つぐない』のジョー・ライト監督最新作『路上のソリスト(原題:THE SOLOIST)』も同じく実在するストリートで生活するアーティストを扱った作品で、本作ではチェロ奏者が登場する。そしてその音楽家と出会うある新聞記者の目を通して本作は描かれる。

 この物語の主人公はスティーヴ・ロペスというロサンゼルスタイムズのコラムニストで、彼のコラムを基にした同名本に基づいて本作は映画化されている。自転車を走行中に大怪我を負ってしまったスティーヴはある日、街の広場でジュリアード音楽大学に行ったというベートーヴェンを敬愛する奇抜な服装のナサニエル・エアーズというホームレスに出会う。名門大学に行きヴァイオリンで美しい音色を奏でる彼がどうしてホームレスなのかという興味がジャーナリストの血を掻き立て、スティーヴはナサニエルと交流を持ち始めるが、統合失調症を患うナサニエルとは良い関係を築く難しさに彼は徐々に気づいてゆく…。

 映画の中にはナサニエルの少年期の回想シーンがある。文芸映画監督らしい手法だが、これは必要なかった印象を受ける。これがある事で『ベンジャミン・バトン』の様な雰囲気が生まれてしまうため、実話がかなりファンタジックなものになってしまう。ナサニエルには妹がおり、彼女やナサニエルを知る人の言葉でナサニエルの過去が語られた方が、ナサニエルをよりミステリアスな人物として描け、まるでわたしたち自身がロサンゼルスタイムズに載ったナサニエルの記事を読み、彼の過去を想像するというような感覚を味わえたのではないだろうか。

 スティーヴは怪我はもちろんキャサリン・キーナー扮する彼の前妻と結婚が破綻し、やる気を失っていたところにナサニエルのヴァイオリンの音に吸い寄せられるようにして”路上のソリスト”に出会った。そして彼についてコラムを書くと、読者から大きな反響を呼び、なんとある読者からナサニエル宛にチェロが送られたのだ。スティーヴはナサニエルに早速チェロを贈る。ナサニエルは久しぶりにチェロに触れ、その美しい芸術品を感じ、それが奏でる響きを感じる。また、スティーヴはチェロをしなやかに弾くナサニエルの姿に取り憑かれる。この時スティーヴは確信する。ナサニエルは本物だ、と。

 ナサニエルの分裂症が始まったのは大学生になって2年目。プレッシャーが原因なのか、突然彼は頭の中で声を聞き始める。大学の交響楽団ではチェロが弾けなくなり、家族とも暮らせず、ナサニエルは1人失踪し、現在はドラッグをやっているホームレス達に囲まれながら暮らすという粗悪な状況下にいる。しかし、そこでは誰も彼に気を留めない、彼はプレッシャー等何もないただの街の風景。そこには彼にとってちょっとした自由があった。一方スティーヴは才能あるナサニエルを酷い環境から救おうと試みるが、その「助ける」という気持ちがどんどん両者を追いつめていく。スティーヴは悩む、自分のやっている事は果たして正しい事なのか?

 昨年末に全米で公開されていれば、アカデミー賞ノミネートの可能性が高かった本作。その映画の一番の見所はやはりジェイミー・フォックスとロバート・ダウニーJr.の演技対決だろう。統合失調症という緊張の重なりなどが要因となり幻聴や妄想を伴う精神疾患を患っているという非常に難しい役を演じきったジェイミー・フォックスは『Ray/レイ』で見せた素晴らしい演技を凌ぐほどの名演技を披露している。片やロバート・ダウニー Jr.はそんな特徴的な役のフォックスを受ける役割を本作では果たしている。ロバート・ダウニーJr.という俳優は本当に良い俳優だ。彼が演じるとそのキャラクターに共感してしまう。年齢を重ねるにつれて役者としての柔軟さが増していっているようにも感じられ、どんどん演技の幅も広がっているようだ。本作も彼なしでは成り立たなかったはずだ。

 物語の中でスティーヴはナサニエルをLAフィルのディズニーホールでのリハーサルに連れて行く。すると久しぶりに生の素晴らしいベートーヴェンを聴くナサニエルの眼前が突如煌め始める。ナサニエルは言う「彼はここ(世界)にいる」、スティーヴは聞く「彼って?」、「ベートーヴェンさ」感性を揺り動かされたナサニエルはそう答える。このシーンでは暗闇の中で何色にも光る光線が用いられる。わたしたちは不思議な感覚に囚われてしまう。これ以外にもジョー・ライト監督は遠くから撮ったハイウェイ等の都会の風景を映画の間あいだに入れてくるという手法を用いている。それが彼が今まで舞台にしてきたイギリスの田舎ではなく、今回ロサンゼルスという大都市が舞台である事を思い出させ効果的に機能している。

 『路上のソリスト』での『ミリキタニの猫』でも共通して言える事がある。それは『路上のソリスト』をのちに観て思ったのだが、アーティストとと呼ばれる人は基本的に助けなどいらないと言う事だ。もしわたしたちが彼らを助けようとするならば、わたしたちが逆に彼らのピュアな精神に助けられるのだ。本作はそんな事に気付かされる映画だ。

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