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脳内ニューヨーク

脳内ニューヨーク

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 チャーリー・カウフマンの初監督作品『脳内ニューヨーク(原題:SYNECDOCHE, NEW YORK)』は魔法だ。カウフマンは『マルコヴィッチの穴』で映画界に彗星の如く現れてから、その後に続く『ヒューマン・ネイチュア』『アダプテーション』と常に人々を魅了し続けてきた。そして新作が最も期待される映画脚本家となり、2004年の『エターナル・サンシャイン』ではアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞した。非現実的な作風が印象的なカウフマンのスタイルは2008年新作にも受け継がれており、それを観る人々は不思議な体験をさせられてしまう。

 舞台監督のケイデンは芸術家の妻アデルと娘のオリーヴとニューヨークのシェネクタディに暮らしている。夫婦仲がうまくいかないケイデンとアデルはカップルセラピーを受けるが、結局アデルはオリーヴを連れベルリンへ旅だってしまう。残されたケイデンは「セールスマンの死」という演劇でマッカーサー賞を受賞し、新しい演劇のための莫大な制作費を手にする。早速その制作に取りかかるが、彼のあらゆる自律神経の機能がダメになってしまい…。

 「シネクドキ(Synecdoche)」とはどういう意味なのか?それは一部で全体を、全体を一部を、特殊が一般を、一般が特殊を表す法だそうだ。アメリカでもその意味を知る人は多くなく、実に謎めいたタイトルがこの映画に付けられている。カウフマンが書く現実離れした物語に相応しいタイトルと言えよう。この映画は元々鬼才スパイク・ジョーンズに監督が依頼されていた。しかし、スケジュールの都合でそれは随分先の企画になってしまう事になったので、カウフマン自身が監督を務める事になったのだ。それが良かったのか悪かったのか、実に意見が分かれそうな作品に仕上がっている。

 主人公ケイデンに扮するのは『カポーテ』でアカデミー主演男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマン。ケイデンは彼が死んでしまう妄想に喜びを感じると告白するキャサリン・キーナー扮するアデルに逃げられる惨めな男。自分の惨めさに涙してしまう女々しいケイデンはシアターの券売所で働くヘイゼル(サマンサ・モートン)や後に妻となる若い舞台女優クレアとの恋愛も体験するが、やはりそれらはうまくいかない。カウフマンの作り出す物語の主人公は必ず惨めな男だ。それはカウフマン自身そんな男なのかとも思わされるが、演技派のフィリップ・シーモア・ホフマンとのコラボレーションは訪れるべく訪れたとしか言いようのない完璧なマッチである。

 ケイデンはマッカーサー賞受賞後、マンハッタンにある巨大な倉庫を買う。そして巨大な倉庫の中にニューヨークの街のセットを作り上げてゆき、自分自身の真実の人生をその中で描こうとする。ゆえに彼の実生活にいる人々もその演劇の中に登場するわけだ。また現実の世界で時間が経過すると同時に、アイデアも膨らみ続け、ケイデンは常に新しい演出を施さなくてはいけなくなる。それに伴い、何千もの俳優をオーディションし、リハーサルに時間を費やすだけで、ケイデンの新作は公開の日を迎えない。

 倉庫の中には現実世界の人物と彼らを演じる役者がおり、ケイデンの実体験を基にした架空の生活がそこにある。ゆえにケイデンの現実と非現実の境目がぼんやりしていく。ケイデン自身は傑作を作り出す事に専念し、真実を追究するあまりどこでその新しい演劇を終えれば良いのか分からないだけで、彼がフィクションとノンフィクションの境目が分からなくなる事はない。しかし、それを観るわたしたちは魔法にかけられた様な不思議な感覚を覚える。ケイデンが体験する事はノンフィクションであり、フィクションでもあるのだ。

 ダイアン・ウィースト、ジェニファー・ジェイソン・リー、エミリー・ワトソン、ホープ・デイヴィス、トム・ヌーナンが脇役で出演している本作は笑いと創造性に満ち溢れており、いくつかの非常に美しい瞬間をこの物語に見つける事ができるだろう。しかし、タイトルが指す様に『脳内ニューヨーク』は概念的な作品であり、それを描いた事によりまとめきれない混乱が生まれる。チャーリー・カウフマンは素晴らしい脚本家だ。しかしこの映画を観る限りでは、監督としては良いとは言えないのではなかろうか。

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