◆サンダンス映画祭グランプリ、人々を突き動かす痛烈で優しい母親の物語(90点)
今日、母親が我が子に危害を加えたり、殺害したりという悲しいニュースを聞く事がある。それでもやはり体を痛めて産んだ子供へ対する母親の愛情というものは世界中どこへ行っても計り知れない程深いものだ。母の愛は優しくそして強い。そしてここに生活していくのが困難な状況下で、我が子に愛を惜しまない母親の物語が誕生した。女性監督コートニー・ハントの初長編映画作品『フローズン・リバー』は言葉を失う程痛くそして優しい物語だ。
クリスマス間近、ニューヨーク州、カナダとの国境付近に暮らす2人の息子を持つ母レイ・エディは夫に逃げられ、経済的に困難な状況に陥っている。金はないが、子供もおり、生活していかなくてはいけない時にモホーク族の女性ライラに出会う。彼女はカナダから車で凍った川を渡り、中国人やパキスタン人をアメリカに密入国させる金になる闇の仕事を手伝っており、レイも日々の生活のためにライラと一緒にそれを手伝い始めるが…。
アメリカは広大で、貧困の差も激しく、格差社会が手に取る様に分かる国だ。『フローズン・リバー』で取り上げられているアメリカ合衆国とカナダの国境での密入国事情はほんとうに行われており、生活のためにそれを手伝う母親達も実在する。これは監督コートニー・ハントの同名短編映画に基づく真実の物語。そして本作は2008年のサンダンス映画祭でドラマ部門のグランプリを獲得している。
レイと彼女の15歳と5歳の息子T.J.とリッキーは灰色の空の下、雪に覆われた大地のトレーラーハウスに住んでいる。夫に逃げられた事と貧困の中、自分を失うレイだが、彼女は息子達に対する愛情を注ぐ事を怠らない。なぜなら息子達は彼女の唯一の支えでもあるからだ。また彼女の息子達は彼女が正気でいられる歯止めになっているのだ。
そのレイを演じるのはメリッサ・レオ。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『21グラム』等に出演している女優で、本作ではほとんどノーメイクに近い姿で挑み、メイクをする際にも、リアリティを追求するために、自らが、K Mart(アメリカのスーパーマーケット)で適当な化粧品を選び、それでメイクアップをしたという。『フローズン・リバー』の中でメリッサ・レオはレイという苦境の中に生きる女性を力強く演じ、レイの痛みがヒシヒシと伝わってくる絶妙な演技を披露している。まさにヒシヒシという言葉が相応しい。
またこの物語で重要な役を担うのはレイと共に密入国の手助けをするライラ。彼女は幼い息子がいるのだが、家族にその息子を取られてしまい、彼女もまた1人でトレーラーハウスに住んでいる。この土地に暮らすモホーク族と白人間の微妙な関係も描かれている点が興味深く、ライラは始め白人のレイに対し嫌悪感を表す。このモホーク族のライラを演じるのはミスティ・アプハム。彼女はメリッサ・レオに比べだいぶ自然体で演技をしている。しかしそれがかえって映画のリアルさを引き立てており、メリッサ・レオと素晴らしいコンビネーションを成す。この映画はレイとライラ、2 人のシングルマザーの物語と言っても良いだろう。
それからレイの15歳の息子T.J.を演じるチャーリー・マクダーモットが物語の中で笑いを誘い、行き詰まった雰囲気の映画の中で息抜きの役割を果たしている。年頃の男の子なので、母親と衝突する事はあるものの、弟思いの優しい少年で、母親や家庭の事情を考えているところい非常に好感が持てる。
『フローズン・リバー』は困難な状況の中で生きる人々を描く。それゆえ、お涙頂戴映画と勘違いされてしまうかもしれないが、この作品はチープなセンチメンタリズムは完全に払拭している。これは食べていく事さえ難しい状況の中でリスクを負い、家族を守ろうとする母親の姿を淡々とそして力強く描く意欲作だ。またわたしたちは悲しい母親達の話題を日々聞く中で、この映画に一寸の希望の光を見る事が出来るだろう。
シングルマザーのレイとライラはそれぞれの目的のためにアメリカから国境のない凍った川を車で渡り、カナダへアメリカに密入国する人々を迎えに行く。しかし、凍ったままの川というものはなく、その川はいつの日か割れ、彼女達は窮地に立たされる。そんな中で彼女達の苦境の中で凍り固まっていた精神も砕け、わたしたちに衝撃的な結末と感動を運ぶ。『フローズン・リバー』は痛烈な物語だが、母親の優しさに溢れるわたしたちの心を突き動かす映画だ。
(岡本太陽)
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