2000年公開のジェニファー・ロペス主演のサイコスリラー『ザ・セル』。グロテスクで幻想的な世界感を世界に知らしめたターセム・シンの長編映画デビュー作だ。この作品以降新しい作品は発表していなかったが、何年もの沈黙を破り彼の新しい監督作が公開された。『落下の王国』と呼ばれるその映画は『ザ・セル』の様な素晴らしいヴィジュアルも健在のお伽話風の感動的な作品となっている。
1920年代、ロサンゼルスのとある病院に主人公の5歳のルーマニア人の少女アレクサンドリアは負傷した腕を治療するため入院していた。ひょんな事がきっかけで、彼女は同じ病院に入院しているスタントマンのロイ・ウォーカーという男に出会う。ロイは撮影の事故で下半身不随になり、ベッドに寝たきりになっているため、アレクサンドリアとは一緒に遊ぶ事が出来ず、代わりにある5人のヒーローが活躍する物語を聞かせる。その不思議な物語を聞くためにロイのベッドに通い詰めるアレクサンドリアだが、ロイが彼女に物語を聞かせるのは自殺するためのモルヒネを手に入れるためだった…。
全米で大ヒットした『ザ・セル』では、ガラス張りの密室に女性を閉じ込め溺死する姿を見て性的快楽を得る殺人鬼の心の中をVFXを駆使したグロテスクでファンタジックな映像で描いていたが、今回の『落下の王国』では、リー・ペイス扮するロイ・ウォーカーが少女アレクサンドリアに語る物語をこの世のものとは思えない程鮮やかで美しくヴィジュアル化している。18カ国以上で撮影された映像は圧巻だ。
ロイの語る物語は実は既存の物語ではなく、彼女にある事をさせるためのでっち上げも物語。よってその映像化された物語には現実の世界の病院で働く人や、病院の周りにいる人が登場する。ロイの物語にはチャールズ・ダーウィン等も主要人物として登場する等、遊び心も忍ばせている。はじめはその物語はコミカルに進むが、途中からそれは一変する。でっち上げの物語ゆえに、それが明るくなるか暗くなるかは、下半身不随で自殺願望のあるロイ次第なのだ。その事を主人公アレクサンドリアは途中で悟り、ラストをハッピーなものにしようとロイを励ます。
主人公アレクサンドリアに作り話を聞かせるロイ・ウォーカー役のリー・ペイスは、少しジェイク・ギレンホール似で、近年メキメキとスターの頭角を現しつつある俳優だ。日本ではあまり馴染みがないと思うが、『グッド・シェパード』『POSSESSION』『MISS PETTIGREW LIVES FOR A DAY』に出演している。『落下の王国』では現実世界で自由に体を動かせない自殺願望のある青年、彼の語る物語の中ではクールな主人公に扮し、それぞれを好演している。
この物語で注目なのは主人公を演じるカンティカ・ウンタルちゃん。彼女の演技は素晴らしく自然。自然体なのが涙を誘い、笑顔になると前歯がないのがまた可愛い。そしてリー・ペイスとの掛け合いが面白い。2人とも抜群の相性だ。
『ザ・セル』で思い出されるのは日本人ファッションデザイナー石岡瑛子が衣装を担当した事。この『落下の王国』でも彼女は再びターセム・シンとタッグを組んでいる。豪華絢爛な衣装は一見の価値があると言えよう。ダーウィンの着るおそらく蝶の柄の大きなふわふわのコート等印象的なコスチュームが目を楽しませてくれる。
『落下の王国』はターセム・シンの作品ということで映像面に話題が集中してしまうが、この物語は自暴自棄になっている若い男を純粋な心をもった少女が癒すという素敵なヒューマンドラマ。物語の世界でも現実の世界でもドラマチックにストーリーが展開していくのが非常に魅力的で、映像面からもストーリーからも感動を得られ、陶酔してしまうだろう。
(岡本太陽)
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