◆穏やかなユーモアが心地よい喪失と癒しの感動作(70点)
出だしのシーンを見ただけで、「これはうまい」と舌を巻いた。外出先から戻ったヒラリー・スワンクとジェラルド・バトラーの夫妻が丁々発止の口ゲンカを繰り広げるのだが、それが何ともテンポよく、かつユーモラス。しかも2人の言葉や態度の端々に、互いに対する愛情の深さまでが感じられ、観客は我知らず夫妻を好きになるという寸法。やがて画面はオープニングのクレジットに移り、続くシーンではすでに夫が死んでいて……。
『P.S.アイラヴユー』は、最愛の夫に先立たれた若き未亡人の癒しと再起を描いた感動作だ。絶望に沈むヒロインの元には、亡き夫が生前に手配した10通のメッセージが、様々な方法で届けられる。日本の映画作家ならベタベタのお涙ちょうだい劇に仕立てかねないテーマだが(映画作家だけを笑うことはできない。観客がベタベタを好むから、彼らはベタベタを作るのだ)、本作を貫くのは品のよいユーモアだ。泣かせ方があざとくない分、ベタベタの苦手な観客も素直にヒロインの悲しみに寄り添える。
監督・脚本のリチャード・ラグラヴェネーズは、ヒロインの現在と交錯させるように、夫婦が出会い、愛情を育んだ過去を描く。旅先のアイルランドで初めて出会ったジェリー(バトラー)に、ホリー(スワンク)がいきなり夢を語り出すシーンがいい。一目惚れとは、自分の内面を相手にさらけ出さずにはいられなくなる現象なのかも。いかにも芯の強そうなスワンクが、このナイーブな未亡人役に適任だったかどうかは微妙だが、彼女は『フリーダム・ライターズ』(07)以来、ラグラヴェネーズのミューズになっている感があるので、端から文句を言っても始まらないだろう。
ジェリーからのメッセージに負けず劣らずホリーの再起に貢献するのが、周囲に配された脇役たちだ。NYの天然ボケ男(ハリー・コニック・Jr)とアイルランドの素朴系男(ジェフリー・ディーン・モーガン)は、ホリーに「恋の現役」への復帰を促す触媒。彼女の親友たち(リサ・クドロー、ジーナ・ガーション)が、失意のヒロインを気遣いながらも、それぞれに婚約したり、妊娠したりしていくのも、この世のことわりをよく表している。あなたが身も世もないほど悲しんでいても、それとは無関係に地球は回り、朝は来る。そう思えば、あなたの気持ちも少しは楽になるはずだ。
(町田敦夫)