2008年のヴェネチア国際映画祭で、アメリカ本国でさえ配給が決まっていない無名の低予算映画が大旋風を巻き起こした。ヴィム・ヴェンダース審査委員長が、「映画祭の規則を曲げ、グランプリと主演男優賞の両方を贈るべきだ」と主張したその作品『レスラー』は、最高賞である金獅子賞を受賞し、一躍世界の注目を集めることになる。
そして2008年12月17日、わずか4館でスタートした『レスラー』のアメリカの先行上映では、その話題性とクオリティの高さを証明するように週末のスクリーン・アベレージで『ノーカントリー』を上回る驚異の5万ドル超えを記録したのだ。『レスラー』の主演をつとめたのは、90年代にスキャンダルによってスターの座から転落した男、ミッキー・ローク。
人生のどん底をなめた男、ミッキー・ロークが演じるのは、同じく人生のどん底に突き落とされた50代のレスラー、ランディ。奇しくも主人公と同じ境遇だった男がこの映画で掴んだものは何なのか? それはゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞などの名だたる映画賞の主演男優賞だった。
その後『レスラー』は全世界の映画賞54冠に輝き、2009年最高のヒューマンドラマとして評された。その理由は、ミッキー・ロークの全身全霊を込めた演技にある。人間の可能性には限りがないという希望を与え、男を魅了する映画、『レスラー』。そのDVDが、ついに1月15日より発売された。
ミッキー・ロークの主演にこだわり続けたダーレン・アロノフスキー監督
じつは本作の主演は、最初、スタジオ側の希望でニコラス・ケイジに決まっていた。しかし、“真剣なプロレス映画を作りたい”というアロノフスキー監督は、これに反発。ランディを演じる俳優としてイメージし続けたミッキー・ロークを主演にすると、スタジオ側と対決したのだ。
ミッキー・ロークは80年代半ばから人気を博した俳優だ。その後、アマチュアボクサー出身のロークは90年代にプロボクサーへの転向を宣言。しかし、結局はプロへの道を断念。再び映画界へのカムバックを目指すも、ボクサー時代にうけたパンチの後遺症と整形により美貌と、そしてスキャンダルによってイメージも崩れたロークには仕事はなかった。
そんな俳優を主演に? スタジオ側の意見はもっともだ。だがしかし、アロノフスキー監督は自分のこの考えを曲げなかった。結局、制作費の大幅カットという条件と引き換えに、アロノフスキー監督はローク主演を守り通したのである。
そこまでされて燃えない男がいるだろうか? いないはずがない。ミッキー・ロークはもてる全ての演技力を出し、落ちぶれたレスラーの役を演じきった。その結果が、金獅子賞をはじめとする合計54もの映画賞の数々だ。ゴールデン・グローブ賞の受賞スピーチで、ロークは次のような感謝の言葉を贈っている。
「今回、一緒に仕事をしたのは、本当に特別な監督だ。彼は、この映画に私を出演させるために真剣に闘ってくれた。自分の得になることなど何もないのに」
ストーリー
全米No.1レスラーだったランディ(ミッキー・ローク)。50代になった今でもスーパーでアルバイトをしながら、かろうじてプロレスを続けている。ある日、試合直後に心臓発作を起こし倒れた彼に医者は「命が惜しければ、リングには立つな」と告げる。妻とは離婚し、一人娘のステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)とも疎遠で、孤独に生きてきたランディ。さらに生きがいを失った彼には何も残っていなかった。
新しい仕事に就き、娘との関係を修復し、好意をもっていた顔なじみのストリッパー、キャシディ(マリサ・トメイ)に心の拠り所を求めるが……。
自分が輝ける場所はどこか? ただ日々を生きている事に意味はあるのか? ラストシーン、ランディの選択に涙が止まらない。
<本当の居場所>を求めるすべての人たちへ贈る感動の物語。
プロレスラーは、たとえトップレスラーであろうと怪我ひとつでいつ主人公と同じ境遇に落ちるかわからぬ商売。だから彼らは、お互いを常にいたわり、尊敬とねぎらいの言葉を忘れない。傷ついた人間、苦しみを知る者同士だからこその優しさ。ロッカールームでの会話は心にしみる、感動的な光景であった。
この映画は、ミッキー・ロークの入魂の名演なくしては存在しない。背中だけでこれほど人生の悲哀を語れる俳優が、他にいようか。映画界ではほとんど忘れられた存在の彼が、いやでもランディの姿とダブる。ロークとランディはいつしか渾然一体となり、クライマックスへ向かって昇華していく。
年老いて体がボロボロになりながらも、リングで戦っているうちに失った人生の欠片を1つ1つ拾い集めようとする男ランディ・ロビンソン。『レスラー』は今までのダーレン・アロノフスキー監督の作品の中で一番人間ドラマ性が濃い作品ではないだろうか。
じつはこの映画の吹替翻訳は私が担当しました。ダーレン・アロノフスキー監督のたっての希望で主演したミッキー・ロークは、自身の転落人生を地でいくこの役柄で、まさかの復活を果たしたのです。
80年代とは驚くほど風貌が変わった(ボクシングや整形の影響だという)ミッキー・ロークとこの映画を重ね合わせるな、というのは、ムリな話だ。主人公のランディは、紛れもなくローク自身であり、彼の全盛期を知る者にとっては、現実と虚構を超越した特別な感慨が、主人公への感情移入を大いに手助けするはずだ。




























