NINE - 岡本太陽

◆大事件! これはフェリーニの『8 1/2』に対する侮辱だ!(3点)

 例えば、誰かに好きな映画は何かと聞かれたら、映画好きの多くがフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』をその1つに挙げるだろう。それは製作年から40年以上たった今でも人々に愛され続けている世紀の作品であり、1982年にはブロードウェイミュージカル化もされ(2003年にはリバイバル上演された)、巨匠の魂は形を変えながらも時代を越え受け継がれている。『8 1/2』を基にした『NINE/ナイン(原題:NINE)』は『シカゴ』『SAYURI』で知られるロブ・マーシャル監督最新作。舞台出身の監督なだけに本作は『シカゴ』同様ミュージカル映画となっているのだが、これは衝撃的な事件だ。傑作が汚されてしまった。

 マイケル・トールキンと共作し、本作が遺作となった2008年に逝去したアンソニー・ミンゲラが手掛けた脚本は基本的にはミュージカルの本を脚色しており、「イタリア」という時代劇映画を作ろうとする著名映画監督グイド・コンティーニが主人公で、彼を取り巻く女性たちとの関係や、構想が全く浮かばない映画からのプレッシャーから、主人公が妄想に溺れてしまうという物語。その設定自体はオリジナルもミュージカルも然程差異はない。

 ダニエル・デイ=ルイス扮する、まさにミドルライフクライシスを迎えているグイドはチネチッタスタジオ5のセットの中で幻影を見る。そしてモーリー・イェストンの作曲"Overture Delle Donne"と共に次々と現れる美しい女優たち。ニコール・キッドマン、マリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ケイト・ハドソン、ファーギー、ジュディ・デンチ、そしてソフィア・ローレン扮する女性キャラクターがグイドを取り囲みグラマラスなオープニングを迎える本作。見るだけでうっとりの錚々たるオスカー俳優たちがスクリーンを彩るが、なんと監督を始めとする制作者たちは、本作があのフェリーニの名作の半ばリメイクに近い事に気付いてなかった。

 『8 1/2』はフェリーニの実体験が基になった映画。彼の幼少期の経験、女ったらしさによるトラブル、映画の構想がないにも関わらず世にも巨大なセットを建ててしまった事実など、彼自身の苦悩を客観視したとでも言おうか、自らを滑稽に捉えた作品なのだ。オリジナル映画もミュージカルもセンチメンタルな雰囲気はあるが、基本的には可笑しなコメディドラマ。ところがミュージカル映画『NINE/ナイン』では、激怒や悲しみの涙、ましてや自殺未遂もあり、不必要なシリアスさを提供する。例え本作がただ単にミュージカルを映画化したものだとしても(自殺未遂はミュージカルにもない)、その大元である『8 1/2』には敬意を払うべきであり、それを怠ったからこそ精神的レベルで人の心に触れる事の出来ない、芸術とはほど遠いものとなってしまったのだ。

 『8 1/2』において、観る側として最も繋がりを感じるのはやはりキャラクターたち。マルチェロ・マストロヤンニ扮するグイド、不機嫌な妻ルイーズ、空気の読めない愛人カーラ、娼婦のサラギーナ、他全てのキャラクターに魂が宿っており、フェリーニの魔法にかかった彼らが愛らしく映る。ところが映画『NINE』ではキャラクターたちの見た目は美しいが、彼らの中身は空っぽで、彼らに心を感じる事もない。映画にただハンサムな人々が登場し、彼らが歌って踊るだけ。何の創造性も、芸術性も、情熱も存在しない虚構の産物がロブ・マーシャル監督ミュージカル映画『NINE/ナイン』。映画の中にはただ空しい風だけが吹いている。

岡本太陽

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