NINE - 福本次郎

◆撮影が始まるのに脚本が書けない、追い詰められた映画監督の創作の苦悩が浮き彫りにされる。現実から逃げ妄想に浸る主人公のイマジネーションが生んだ、ゴージャスな女優陣のセクシーなダンスの数々は華やかに目を楽しませる。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 新作の撮影が始まろうとしているのに、脚本が一行も書けていない。記者会見、銀行員、プロデューサー、映画に関わる人々が次々と催促するなか、インスピレーションはわかず、ペンが進まない。いっそ誰もいないところに消えてしまいたい、そんな追い詰められた映画監督の、創作の苦悩が浮き彫りにされる。現実から逃げ回り妄想に浸る主人公のイマジネーションが生んだ、ゴージャスな女優陣によるセクシーなダンスの数々が華やかだ。まだ映画が娯楽の王様で監督が撮影所の神様だった時代の雰囲気を残しつつ現代風な味付けもなされており、豪華なセットを組んだミュージカルナンバーは虚構の世界を存分に堪能させてくれる。

 マエストロと称えられるグイドはアイデアの枯渇に悩んだ末リゾート地に姿を隠し、愛人のカルラを呼びだす。しかしそこも妻のルイザやプロデューサーのダンテに見つかってしまい、製作に取り掛かるように説得される。

 衣裳デザイナーに「はい」か「いいえ」を言っていればいいと慰められるグイド。そこには作品に対するすべての責任を負わなければならない者の、常に最善最高の選択を迫られるプレッシャーが凝縮されている。何を加え何を削るか、彼の一言で完成度が大きく違ってくるだけでなく、職や財産を失う人も出てくるからだ。カトリックの枢機卿に悩みを打ち明ける場面では、「孤独なのにその孤独を誰にも理解してもらえない孤独」がリアルに再現されていた。

 やがてグイドはローマに戻るが、結局カメラテストのみで撮影中止を宣言してしまう。その際、新人女優にかけた言葉がルイザへの口説き文句と同じだっため、ルイザにも愛想を尽かされるシーンでは、人生は嘘だらけ、真実はフィルムの中にだけあるというグイドの生きざまを見事に表現している。ただ、クライマックスでイタリア人の洗練された先進性を高らかに歌い上げている割には、出演者はほとんど非イタリア人で、映像からはイタリアの香りがまったく漂ってこない。元ネタに敬意を表しているのはわかるが、どうせならハリウッドに舞台を移した大胆な翻案の方がよかったのではないだろうか。。。

福本次郎

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