1970年代にアメリカの同性愛者達のために立ち上がった1人男の物語(70点)
1960年代、アメリカではまだ同性愛者には権利というものが存在していなかった。同性愛は病気であり、同性愛者は同性愛を理由に職業を解雇されたり、警官がゲイバーに踏み込み、そこにいた者を連行する光景もしばしば見受けられた。そして1969年6月27日金曜の夜(正確には28日午前1時過ぎ)、ニューヨークでストーンウォールの反乱が勃発する。これは同性愛者が初めて警官と立ち向かい暴動となった事件だ。
70年代、その当時社会的弱者である同性愛者が権力に抵抗し、徐々に権利を獲得していく時代の中で、ある1人のゲイの権利活動家が歴史を作った。その男とは『ミルク(原題:MILK)』の主人公ハーヴィー・ミルク、自らがゲイである事を公表しながらも、カリフォルニア州サンフランシスコ市の市会議員に当選し、アメリカで初めて同性愛を認めた上で選ばれた公職者となった人物だ。彼は1978年に同僚議員ダン・ホワイトに暗殺されてしまうが、それまで常にゲイの者達にクローゼットから出る様に呼び掛けた(カミングアウトの事)。
1970年ニューヨーク、ハーヴィー・ミルクは40歳を迎える前の晩にパートナーになるスコット・スミスに出会う。40歳になろうとしているにも関わらず人生の中でまだ何も成し遂げていない、と言うミルクはスコットと共に「変化」を求めてサンフランシスコへ向かう。街の中でゲイの集まる地域として有名なカストロ通りにカメラ店を開くミルクは、政治の世界へ愛を踏み入れ、多くの者に支持を受け、社会的弱者達の代弁者として徐々にその頭角を現してゆく…。
『ミルク』を監督したのはガス・ヴァン・サント。彼は、テレビ界出身で、現在は映画監督としても活躍する脚本家ダスティン・ランス・ブラックの書いた脚本をミルクの友人クリーヴ・ジョーンズから受け取り映画化した。『ラスト・デイズ』や『パラノイドパーク』等、ここ数年は小規模な作品が目立ったガス・ヴァン・サントだが、『ミルク』は実に『小説家を見つけたら』以来のメジャー作品となる。
ゲイの政治家ハーヴィー・ミルクを演じるのは昨年『イントゥ・ザ・ワイルド』で映画監督としても評価の高かったショーン・ペン。彼はミルクを体当たりで演じている。この映画には1978年のサンフランシスコ・ゲイ・フリーダム・デイにミルクがスピーチをする非常に重要なシーンがあるのだが、ガス・ヴァン・サントとダスティン・ランス・ブラックはYouTubeでショーン・ペンの素晴らしいスピーチ映像を見て彼にミルク役をオファーしたという。
本作では共演者が非常に豪華で、スコット・スミス役にジェームズ・フランコ、ミルクと共にゲイの権利獲得の為に活動したクリーヴ・ジョーンズをエミール・ハーシュ、ダン・ホワイトをジョシュ・ブローリン、スコットと別れた後のミルクの恋人ジャック・リラにディエゴ・ルナが扮し、ハーヴィー・ミルクの情熱的な人生を描く物語を素晴らしい俳優達が彩る。
また、日本ではほとんど知られていない若手もこの映画では重要な役として起用されており、スティーヴ・カレル主演の『Dan In Real Life』でカレル扮する男の長女を演じたアリソン・ピルがミルクの選挙運動に貢献したアン・クローネンバーグ、『ハイスクール・ミュージカル』シリーズでお馴染みのルーカス・グラビールと『ブラックサイト』に出演したジョセフ・クロスがそれぞれ同じくミルクの選挙運動で重要な役割を果たしたダニー・ニコレッタとディック・パビッチに扮し人々の記憶にその印象を残す。
同性愛を描く映画は独立系映画として公開される場合がほとんどだが、その常識を覆したのは2005年のアン・リー監督作『ブロークバック・マウンテン』。そして今年再び同性愛を描いたメジャー作品『ミルク』が誕生し、人々の話題を集めている。これは非常に良い傾向で、特に『ミルク』はゲイの権利の為に戦った人物を描いているため、映画を通し、世界中の人が同性愛者の権利に関心を寄せる機会を生み出した形になっている。
社会の影に隠れてひっそりと生きていくしかなかったつい数十年前のアメリカの同性愛者達。以前はハーヴィー・ミルクもその中の1人であった。しかし、ミルクは世の中の「変化」の為に立ち上がり、隠れて生きる者に勇気を与え、彼らを導き続けた。現在もなお、同性愛者には同性婚等の問題はあるが、彼らの社会的権利は以前に比べ随分改善された。『ミルク』を観るとハーヴィー・ミルクがいたからこそ今日のアメリカはあるのだとしみじみ感じられる。
(岡本太陽)