『アメリカン・ヒストリーX』のトニー・ケイ9年振りの監督作品(90点)
1998年に公開された『アメリカン・ヒストリーX』という映画がある。イギリス出身のトニー・ケイが監督したこの作品は『真実の行方』でアカデミー賞にノミネートされた直後のエドワード・ノートンの出演や、エドワード・ファーロングのカムバック、また白人至上主義の兄弟を通し、アメリカが抱える問題を浮き彫りにし、強烈な印象を残す作品として当時非常に話題を呼んだ。
トニー・ケイは『アメリカン・ヒストリーX』以降、作品を発表していないのだが、今年9年間の沈黙を破りドキュメンタリー映画というカタチで作品を発表した。そのタイトルは『LAKE OF FIRE』という。彼が投げかけるのは中絶問題。今回も『アメリカン・ヒストリーX』同様、現代のアメリカが抱えるデリケートな問題を扱っている。
製作になんと16年の月日を要したこのドキュメンタリー作品は、全編モノクロで綴られる。この映画を見て分かったことがあった。『アメリカン・ヒストリー X』にもいくつかモノクロのシーンがあるのだが、特に冒頭のシーンは『LAKE OF FIRE』同様、荘厳な音楽とモノクロの映像で構成され、時にホラー映画の様で、それが監督の中の世界を表している様に感じられるのだ。また、この監督は宗教や人種等、答えの出せないグレイマターはモノクロで撮るのかもしれない。カラーであると、時に刺激が強過ぎて、伝えたい事が伝わらない場合が有る故に。
中絶問題は簡単に解決できるものではないのだ。もしレイプされてできた子供はどうするのか。キリスト教信者は中絶は殺人であると言うが、もし答えが聖書にのみ載っているのなら簡単だが、この問題に答えを出すのはそんなにシンプルではない。ノーム・チョムスキーが映画の中で同じ様な事を言っていた。彼が映画の中で話していた事は宗教等に捕われず、正気だったので、一番共感することができた。
それにしても改めて宗教は恐ろしい世界だと感じた。キリスト教団体が中絶施設を襲い、医師を殺害したり、中絶は殺人だと言うわりには自分たちも殺人を犯しているし、『ジーザス・キャンプ』という昨年公開されたドキュメンタリー作品の中では、その中でフィーチャーされていたあるキリスト教団体はブッシュの事を崇めており、自らを「神の軍隊」と呼ぶ。わたしにはこれらの宗教団体は宗教という名の下に殺人を正当化しているようにしか見えない。「神」や「宗教」という言葉を口にすれば、全て許されるのか。また、映画を観て気付いたのだが、大半の中絶反対団体のリーダーは男性である。これは非常に興味深い。実際に妊娠し、出産も中絶もするのは女性であるし、もしリーダーが女性だったら納得できるが、なぜ男性がリーダーなのだろうか。この問題はもはや男性の問題なのかもしれない。女性にはおそらく感情的過ぎる問題だろう。
アメリカのドキュメンタリー映画はマイケル・ムーア等に代表される様に、必ず笑える要素も盛り込み、観客を楽しませながら、問題や出来事に感心を集められる様にするのが主流だ。しかし『LAKE OF FIRE』は2時間半という長さの間、常にトーンは暗く、時々不快な映像が映し出される。いわゆるアメリカンドキュメンタリーとは異なる作品である。
何度も言う様に、中絶問題はシンプルではない。映画の中で、ある女性が中絶手術を受けるシーンがある。彼女は手術後にこう言った。
「わたしがやったことは正しいことかは分からないけれど、簡単なことではなかった。」
そして彼女は泣き崩れた。中絶に関して多くの論争がなされる中、わたしは賛成の反対もしない。この問題に関して、人類にいつかは答えが出る日が来るかもしれないが、やはり最終的には、宗教や道徳の問題ではなく、個人の選択や決断に委ねられると信じる。
(岡本太陽)