◆名女優K・S・トーマスが息子殺しの女性を熱演（80点）
フランス映画『ずっとあなたを愛してる（原題：Il y a longtemps que je t’aime）』の主人公ジュリエットは我が子を殺した。母親が体を痛めて産んだ子を殺すという事はどういう事なのか？一体何が彼女をそうさせたのか？『イングリッシュ・ペイシェント』の名女優クリスティン・スコット・トーマスが堪能なフランス語を使い息子殺しの母親を熱演する。
リア（エルザ・ジルベルスタイン）は姉ジュリエット（クリスティン・スコット・トーマス）を空港へ迎えに行く。元医者のジュリエットは15年の刑期を終え刑務所から出たばかりなのだ。再び家族として再会するものの他人の様な2人。行く当てのないジュリエットはリアの願いでしばらく妹の家で暮らす事に。そこでリアのベトナム生まれの2人の養子の娘、言葉を発せない義父、そしてジュリエットが家に居る事が快くないリアの夫リュック（セルジュ・アザナヴィシウス）と同居する事に。ジュリエットの新しい生活は彼女の心の準備が出来ぬまま始まるが…。
『ずっとあなたを愛してる』の脚本・監督を務めるのは「灰色の塊」「リンさんの小さな子」で知られるフランスの作家フィリップ・クローデル。本作は彼の初監督作品だが、家族愛を描く感動の物語で、フランスで大ヒットを記録した。物語の中でリアは大学で文学を教えている。クローデル自身大学で文学を教える教授であり、彼の実生活が作品の中に活かされており、文学通ならではの台詞が脚本に盛り込まれている。
塀の中に15年いるという事はどういう事だろう。本作では世界に取り残された中年女性を演じるクリスティン・スコット・トーマスが特に素晴らしい。物語の中でジュリエットが就職面接をするシーンがある。そこで彼女はどうして刑務所に入らなければならなかったのか正直に質問に答える。そして彼女は拒絶されてしまう。人は彼女の事が怖い。15年の刑期を終え待っていたのは彼女を拒絶する世界だったのだ。
逆にジュリエットも彼女を取り巻き始める新しい世界が怖い。塀の外の空気、彼女の素性を知らない人々、生きていくという事、様々な事が彼女の表情を強ばらせ、無口にさせる。また人に同情されるのを嫌う彼女は、出所して以来彼女の事を気に掛ける妹リアに辛くあたる事も。しかし、そんなジュリエットもリアの娘達や義父、リアの職場の同僚等、そして「芸術」と触れ合ううちに和やかな気持ちを持ち始めていく。そう、この物語はジュリエットの癒しの物語なのだ。
そしてもちろんこの物語のクライマックスはどうしてジュリエットが息子を殺したのかという謎が解けるところ。常に正直に世界と向き合っているジュリエットが息子を簡単に殺す程残酷な人間とは思えないため、彼女が「止む終えず」罪を犯したという推測は出来るだろう。それはどことなく在り来たりだが、心を揺さぶる真実だ。これもクリスティン・スコット・トーマスの一級の演技が感動をより膨らませると言っても過言ではないだろう。
ジュリエットは以前とは全く違う環境の中で新しく生きていこうとする。息子を殺した彼女は幸せになる権利はないのか？良心とは何か？罪とは何か？親は何があっても子を殺してはいけないのか？ジャン＝ルイ・オーベールの印象的なサウンドトラックと共にこの物語はそんな疑問を私たちに投げかける。また同時に、本作を観ると罪を犯していない者が罪を犯したものの事を理解するのは結局不可能なのかもしれないと思わされてもしまうが、クローデル氏自身、刑務所でも長い間教壇に立った経験があり、塀の中にいる人々をよく知った上で書かれた脚本である事が物語に説得力を持たせている。
（岡本太陽）
