◆「荒野へ」原作、ショーン・ペン監督作品(90点)
役者として確固たる地位を築いている俳優ショーン・ペン。『デッドマン・ウォーキング』『ギター弾きの恋』『アイ・アム・サム』等代表作は多数、アカデミー賞にも過去4回主演男優としてノミネートされている。2003年公開の『ミスティック・リバー』での4度目のノミネートで、初めて主演男優賞を受賞した。
また彼は監督としても活動の幅を広げており、インディペンデント系作品ながらも質の高い作品を作り続けている。わたしは彼の監督作品では『インディアン・ランナー』と『クロッシング・ガード』しか観た事ないが、ジャック・ニコルソン主演の『プレッジ』も合わせて、過去に長編映画3作品を制作している。北野武とは違い、ショーン・ペンは自身の監督作品には出演しない、というポリシーがあるようだ。そのショーン・ペンが監督した長編第4作目『イントゥ・ザ・ワイルド』がこの秋の注目作品として公開になった。
恵まれた環境で育ったクリストファー・マッカンドレスは、大学卒業後すぐの1992年4月に「モノ」に支配されない究極の自由を求めて、家族にも一切連絡もせず、無一文でアラスカへ旅立つ。そしてサウスダコタ、コロラドリバー、カリフォルニアとアラスカに到着するまでに様々な場所を訪れ、様々な人に出会う。それから2年後、アラスカの国立公園内の捨てられたバスの中で、彼の餓死した遺体が、狩猟の為に訪れたハンター達によって発見される。社会を捨てて、理想に生きた彼は北の大地で最後に一体何を見たのか。
今回主人公のクリストファーを演じたのはエミール・ハーシュ。『イノセント・ボーイズ』等で印象的だった現在22歳の若手俳優だ。『イントゥ・ザ・ワイルド』では激流に飲み込まれそうになったりと、結構過酷な状況下での撮影が多かった役だ。しかしこの映画で俳優として一皮むけた感があり、今後は演技派としての道を歩んで行く様な気がする。来年には『マトリックス』3部作のウォシャウスキー兄弟の5年振りの新作で、日本のテレビアニメ『マッハGo! Go!Go!』が原作の『スピード・レーサー』に主演する。その他『イントゥ・ザ・ワイルド』にはウィリアム・ハート、マーシャ・ゲイ・ハーデン、キャサリン・キーナー、ヴィンス・ヴォーン、ハル・ホルブルック、ジェナ・マローン等が出演している。
この映画を観に行った日は、わたしはかなり眠気に襲われていたのだが、映画が始まった途端に眠気なんて吹き飛んでしまった。まずこの映画にはクリストファー・マッカンドレス自身の日記や、彼が旅の途中で出会った人々等に取材したりしながら、彼の軌跡を書いたジョン・クラカワーによる『荒野へ』という原作がある。わたしはその原作を読んでいないので何とも言えないが、おそらくその原作から文章を引用しているのだろうか、映画が始まると、自然の景色の中に手書きの文字が左から右へと現れる。映画の冒頭で、台詞から始まる映画は多いが、このパターンはなかなか新鮮であった。冒頭から観客を引き込む演出が良い。
わたしはこの『イントゥ・ザ・ワイルド』を観て改めて感じたのだが、ショーン・ペンという男が作る映画は全て一貫性がある。ストーリーが似ているとかではなく、彼の持つ世界観が映し出されている様に感じるのだ。主人公はだいたい純粋であるし、音楽やスローモーション等を効果的に使用したり、きっと彼の見ている世界はこうなんだろうなと思わされる。
『イントゥ・ザ・ワイルド』のピュアで感受性の強い主人公クリストファー。彼は「モノ」に支配されない自由を求めて旅に出るが、わたしたちの住む世界は本当にたくさんの「モノ」に溢れている。例えば、身分証明書から始まり、家具にCDやDVD、おしゃれな靴や服。もし、これら自分の持ち物がなくなった時、果たして自分が自分でいることができるのか疑問さえ湧く。わたしもできることなら「モノ」等捨ててどこかへ行きたいものだが、やはり旅に出る準備はするだろうと思う。クリストファーには共感する部分は多いものの、彼が社会を捨てたのはどうしても、「挑戦」というよりは「逃避」に近い印象を受けた。だが素晴らしい映画であることは間違いない。
クリストファーが荒野のバスの中で生活している間、「Happiness is only real when shared」という言葉を記し、喜びに涙するシーンがある。プロの翻訳家ではないので、簡単にしか訳せないが、「幸福は共有されるときのみ真になる」という意味だ。究極の状況下で生きたクリストファーにとって、この言葉が旅の果てにあった真実だったのだろう。そして自ずとショーン・ペンがこの作品で描きたかった事が、旅の果てに殉教したクリストファーの残した、この苦悩と喜びの中で生まれた短い文章の中にあると分かる。
(岡本太陽)