◆超低予算で作られたにもかかわらず、驚異的な成功を収めた奇跡のホラー。Jホラーの方法論を上手く取り入れていて、確かに怖いが、それ以上のものはない(70点)
イスラエル出身のオーレン・ペリという無名の新人監督が、無名の俳優を使い、自宅を舞台に撮った超低予算のホラー。制作費はWHDジャパンのJトラッシュも真っ青の15,000ドル(約135万円)。撮影期間はわずか7日間に過ぎない。しかし、インターネットや口コミでうわさが広がり、公開5週目で全米1位、翌週には全米興行収入で1億ドル(約90億円)を突破した。現在、全世界での興行収入(2010年1月)は150億円を超えているという。まさに奇跡の作品だ。
制作費の内訳がプレス資料に載っていて、丸写しだが面白いのでご紹介する。ビデオカメラ購入費3,000ドル、レンズなどの機材代1,000ドル、編集用のパソコン代4,000ドル、出演者のギャラ1,500ドル、交通費・宿泊費1,000ドル、栄養ドリンク代100ドル、主にピザなどの食事代400ドル、追加撮影と編集の費用が4,000ドル、となっている。
制作費内訳から分かるように、編集は監督がパソコンを使って自分でやっている。監督を含めスタッフは3人。他の2人は監督の恋人と親友だ。限りなくプライベート・フィルムに近いと言えるだろう。追加撮影と編集は、ドリームワークスがハリウッド映画としてリメークを計画したため、スティーヴン・スピルバーグの目に留まり、そのアドバイスでラストシーンを変更したという。その上で、ドリームワークスは「これ以上の作品を作ることは出来ない」とリメークを断念。オリジナルが公開されることになった。
何ともドラマチックな話ではないか。まだ映画の世界に「夢」が残っていたことに感動を覚えた。このサクセス・ストーリー自体がそのまま映画になりそうだ。
それで映画の方のストーリーだが、ケイティ(ケイティ・フェザーストーン)とミカ(ミカ・スロート)という、俳優の名前がそのまま役名となったカップルが、自宅で怪現象が起きるので、その原因を探るためビデオカメラを設置する。ただそれだけ。他に登場するのは、怪現象解明のために家に招かれる心霊専門家一人のみ。話はシンプルを通り越して、「ない」に等しいと言ってもいいようなレベルだ。
また、我々が見せられるのは主人公のカップルが設置したカメラのビデオ映像だけだ。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1998)や「REC」(2007)「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」(2007)などと同様、POV(ポイント・オブ・ビュー=主観カメラ)で、擬似ドキュメンタリーの手法が用いられている。低予算を逆手にとったこうした手法自体はすでに珍しいものではない。それでも奇跡の成功を収めることが出来たのは何故か。私は、Jホラーにおける「小中理論」を忠実に実践した結果だと考えている。
小中理論については「エクトプラズム 怨霊の棲む家」のレビューでも触れた。Jホラーを数多く手がける脚本家・小中千昭が、「実話(風)ホラー」というジャンルで、観客にどうすれば怖さを伝えることが出来るかをまとめたものだ。
詳しくは小中の著書「ホラー映画の魅力/ファンダメンタル・ホラー宣言」(岩波アクティブ新書)で語られているが、小中は「怖さ」の本質を、圧倒的な暴力性を持って襲いかかってくる不条理な出来事だという。ホラーは因縁話であってはならない。また、恐怖にはクライマックスの怪異への布石をいかに打つかという「段取り」が重要で、幽霊の「見た目」などはあり得ず、幽霊そのものよりも、それを見て恐怖する人間の描写が恐怖を生み出すとしている。
本作と、同時期に公開されている「エクトプラズム」を比べると、同じ実話(風)ホラーでも、まるで逆なのが面白い。前者は小中の著書を読んだのかと思うくらい小中理論に忠実で、後者は小中がやってはいけないということをほぼすべてやっているのである。
本作では派手な怪異はほとんど起こらない。ただ、妙な音がしたり、電気がついたり、ドアが開いたり、と非常に地味。それでも怖いのは、ちょっとした怪異がだんだんとエスカレートしていく様子が、「段取り」としてきちんと描かれているからだ。詳しくはネタバレになってしまうので書かないが、怪異は地味だからこそリアリティーがあるともいえるし、怪異を見て恐怖する主人公のカップルの描写はしつこいぐらいにある。そして、怪異の原因は分からないまま、ラストに観客はカップルとともに、圧倒的な不条理に襲われるのである。「エクトプラズム」は逆に、怪現象はいかにも派手ではっきりしており、その原因も、取り除く方法も道筋が示されていく。
だが、小中理論の通りに撮って、面白い映画が出来るかといえば、そう簡単ではない。「エクトプラズム」は怖くないけれど、それなりに面白かった。本作はそれなりに怖いけれど、面白くはない。理論はあくまで理論であって、ドラマや描写の工夫で肉付けされたときに、初めて怖くて面白い作品となるのだろう。本作は理論だけで、肉付けがほとんどない印象なのだ。
「エクトプラズム」と本作では、恐らく予算規模に数100倍かそれ以上の差があると思われる。自主映画に近い本作に、そこまで求めるのは酷なのかも知れない。むしろJホラーの本質を理解して取り入れ、奇跡を起こしたペリ監督を賞賛すべきなのだろう。ペリ監督が起こした奇跡の中身は、一見の価値がある。
(小梶勝男)










