コンテンツを育てようという気がない(40点)
私はテレビ局が人気ドラマを映画化することについては全面的に肯定する立場だが、その出来がダメダメな場合は容赦なく批判させてもらう。フジテレビドラマ史上最高の視聴率を誇る"最強"コンテンツ『HERO』は、残念ながらそれにあたる。
スーツを着ない型破りな検事の久利生(木村拓哉)は、ある傷害致死事件の公判検事を引き受ける。ありふれた事件と思われていたが、容疑者の弁護人に日本最強の無罪請負人、蒲生(松本幸四郎)が選ばれたと聞き、久利生と彼の所属する東京地検・城西支部は騒然となる。
じつはこの事件、スペシャル版を見た方ならわかるとおり、久利生と浅からぬ因縁のある代議士(タモリ)の運命を左右する重大な案件だった。キムタク検事とその事務官たる松たか子は、真実を暴くため、日本のみならず韓国まで調査にいくという展開。海外ロケシーンではアクションの見せ場もあり、映画的なスケール感を出そうと頑張っている。
キムタクの破天荒なキャラ設定や、メガネ姿がキュートな松たか子とのラブコメ要素については、テレビドラマ版で長らく積み上げてきた事もあり、安心してみていられる。多少マンガチックな点も、アイドル映画の雛形そのまんまなラストも、魅力のひとつといえるだろう。
ただし、お話までマンガ並というのはいただけない。いや、「空席はひとつ、さあ、どっちが座る?」の台詞にあらわされる終盤の公判シーンの二転三転など光る要素はいくつかあるのだが、あまりに洗練されていない。いいかえれば、思いつきをメモ用紙になぐり書きした段階で映画にしてしまっている。要するに煮ツメが足りない。
たとえ良い調味料を最高の配分で混ぜても、それは完成品ではない。適切に火を通してこそ、アナゴ寿司を生かすツメが生まれる。この映画はキムタク&松というアナゴも、草案という調味料も良かったのに、タレが生煮えなので台無しになった。
「HERO」は法廷もの+美男美女の恋愛ドラマという映画向けのダイナミックで華やかな内容であり、ヒットも確実なだけのコア客がいる。なのに、この映画版でさらにファンを拡大し、コンテンツとして成長させようという意識が作り手に見られない点は批判せねばなるまい。30パーセントも視聴率があったのだから、そこだけ相手にしてれば十分だろうという考え、商業的計算はあまりに消極的で、ジリ貧を招きかねないものだ。
ドラマのファンにつれられてくる未見の家族や友人を引き込むだけの"本物"を作ってやろうという気がない映画化を、私は認めたくない。多額の予算と客を集めるブロックバスター(日本では、ほとんどがテレビ局によるドラマ映画化だ)には、潜在的映画ファンを目覚めさせる第一の扉としての義務があると私は考えているし、作る人にもその誇りを持ってほしい。
映画『HERO』は、日本最強のはずが裁判になると何も言い返せない弱虫弁護士(あれじゃタモリじゃなくても怒る)のせいで法廷での攻防戦にまったく緊張感がない。出すためだけに作られたような綾瀬はるかや中井貴一のシークエンスなど、そんなモンがサービスになるかよといいたくなるような視聴者への媚びも、著しく完成度を低めている。
長年の視聴者で、画面が横長でさえあれば映画としては満足で、かつ14歳以下の人にのみ、私は本作はすすめる。豪華キャストやイ・ビョンホンのテコンドーなど、見所が多いおかげで退屈はしないし、金返せ、といわれてしまうほど悪くはないと思うが、もう少し本気で"映画"を作ってほしいものである。
(前田有一)