◆夢が始まったばかりの男と人生をやめようとしている男の友情の物語(75点)
タクシードライバーは毎日実に多くの人に出会う。ドライバーと乗客にとって彼らが共有する時間は人生のほんの一瞬にしか過ぎないが、それもまた一期一会。ラミン・バーラニの映画監督第3作目『グッバイ・ソロ』では、あるタクシードライバーが、1人の年老いた男性の乗客に出会うのだが、この出会いが彼ら人生を永久に変えてしまう。シンプルに綴られるミステリアスな物語がわたしたちに感動をもたらす作品だ。
本作の主人公でセネガル出身のソロ(スレイマン・スィ・サヴァネ)はノースカロライナのウィンストン・サレムでタクシーの運転手として働いている。アメリカンドリームをつかむために一生懸命働き、客にはいつも笑顔でフレンドリーに接する明るい性格が天真爛漫という言葉がピッタリの男性だ。彼には妊娠中の妻クイエラと義理の娘アレックスがいる。守るべき彼らのためにソロは飛行機のキャビンアテンダントになる夢を抱いており、自分の事よりも常に誰かの事を考えている人柄が好感を呼ぶ。
ソロがある日、運命的に出会うのが、南部から来たウィリアムという老人(レッド・ウェスト)。ウィリアムは何か訳ありの雰囲気を漂わせており、ソロに大金を払う代わりにある場所まで連れて行って欲しいと言う。それは遠く山の中にあるブローウィン・ロック(風がビュービュー吹く岩)という名所で、不思議に思ったソロが冗談で「何をするつもりなんだい?飛び降りるのか?」と聞くと、ウィリアムは答えを返さず、満更でもなさそうな表情を浮かべる。ここで、わたしたちはこの偏屈な老人が何かとんでもないことを考えているのではないか、という疑問を抱く。心優しいソロは、ウィリアムという人物が放って置けなくなってしまい、ウィリアムの専属の運転手になる事を名乗り出る。
イラン系アメリカ人のラミン・バーラニという映画監督はこれまで『MAN PUSH CART』と『CHOP SHOP』というインディペンデント映画を作っている。それらの作品それぞれ評価が高く、新作の『グッバイ・ソロ』もまたヴェネチア映画祭で国際批評家連盟賞を受賞しており、バーラニ氏はこれからのアメリカ映画界を担う重要な映画監督の1人として注目を集めている。
ソロはキャビンアテンダントになるために仕事をしながらも勉強を続けている。彼の夢は始まったばかりなのだ。そんな時に、人生を終えようとしているウィリアムに出会い、彼を救おうとする。ウィリアムは孤独な男、笑顔すら見せず、常に落胆した様な表情を浮かべている。何が彼をブローウィン・ロックへ向かわせるのか?ソロはウィリアムという人物を知ろうと試み、ウィリアムが静かになりたい時もソロはしつこく話しかけてくる。ソロの振る舞いはウィリアムにとって時々鬱陶しくすらあるが、それはソロの優しさであり、いつも自分対してオープンな彼にいつしかウィリアムは心を許し始め、彼ら2 人の間に友情の様な関係が芽生える。
ソロがウィリアムの専属の運転手になった事で、毎回ソロは彼をいろんな場所へ連れて行く。そんな中でウィリアムがよく行く場所は映画館。残りの人生を淡々と過ごしている様に見えるがウィリアムには秘密がある。そしてソロはついにウィリアムの抱える秘密を知ってしまう。人種や年齢の垣根を越えた友情の先に彼らが辿り着く結末とは?
ソロという男性は人々に温かさを与える。こういう人がいてくれたら。この映画を観ると、彼の存在が世界にとって必要不可欠であるようにさえ感じられるのだ。本作は人生のドラマチックな瞬間を描いているにも関わらず、非常に自然なのが魅力的で、ラーミン監督の秀でたストーリーテリングを思い知らされてしまう。賢く、力強く、そしてわたしたちの心を喚起するこの映画は是非日本で公開されて欲しいものだ。
(岡本太陽)