ベン・アフレック初監督作品 弟ケイシー・アフレック主演(75点)
2003年に全米公開された『ミスティック・リバー』という作品がある。クリント・イーストウッドが監督した作品でアカデミー賞にもノミネートされ、ショーン・ペンが主演男優賞を、ティム・ロスが助演男優賞を獲得したことでの話題になった。その原作者はデニス・ルヘイン。彼のハードボイルド作品「私立探偵パトリック&アンジー」シリーズの中の『愛しき者はすべて去りゆく』が映画化され、先日公開に至った。原題は『ゴーン・ベイビー・ゴーン』である。
監督は今回が初の監督作品となった俳優のベン・アフレック。マット・デイモンと共同で脚本を書き上げた『グッド・ウィル・ハンティング』に出演して以降は『恋におちたシェイクスピア』『アルマゲドン』『パール・ハーバー』等、飛ぶ鳥を落とす勢いでトップ・スター街道を上りつめた。近年は目立った主演作はないものの、この『ゴーン・ベイビー・ゴーン』はかなりの話題作となっている。ちなみに彼自身は出演していない。
このベン・アフレック初監督作品『ゴーン・ベイビー・ゴーン』の主演は弟のケイシー・アフレック。彼が私立探偵パトリックを演じる。メキメキと役者としての頭角を現し始めた彼の今年3つ目の出演作である。役者としてなら、ベンよりケイシーの方が大物になる可能性がある。彼の幼なじみアンジーを演じるのはミシェル・モナハン。『ボーン・スプレマシー』『Mr. & Ms.スミス』『ミッション:インポッシブル?』等、大作に次々と出演中のモデル出身の女優である。その他『ゴーン・ベイビー・ゴーン』には、エド・ハリス、モーガン・フリーマン等、脇を豪華で確かな演技力のある俳優達で固めている。
アマンダ・マックリーディという少女が突然行方不明になった。ニュースではこの事件を取りざたにしている。そんな中、私立探偵パトリックとアンジーのもとにアマンダの叔母が姪の捜索を依頼しに来る。そしてパトリックとアンジーは彼女からアマンダの母親の事を聞く。アマンダの母親は職も持たずいつも酒浸りの生活を送り、子供の面倒すら見ていないという。アマンダは幸せな暮らしを送っていなかったのだ。パトリックとアンジーはアマンダの捜索依頼を引き受けるが、この事件の真実を追究していけば行く程、真実を暴き、アマンダを母の元に返すことが正義なのか分からなくなるのであった。
この『ゴーン・ベイビー・ゴーン』というアフレック兄弟によるサスペンスドラマは、『ミスティック・リバー』の様にトーンは暗く、複雑である。また、子供の誘拐を扱っているので、悲痛なストーリーだ。最初の1時間くらいはわりとゆっくりしているが、後半は裏には裏があるというどんでん返しの連続の飽きさせない展開だった。
また、ベン・アフレックの弟ケイシーが良いのだ。『ジェシー・ジェームズの暗殺』でブラッド・ピットを完璧に食ったと評判の彼だが、この映画でも彼は光っている。彼の持ち味は演技というよりは、彼の人柄や中身が彼の演じる役を生きさせるところにあるのかもしれない。うまく演じようとしていない姿勢が非常に好感が持てる。そしてわたしたちは彼の役を愛してしまう。
上でも述べたが、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』は前半がゆっくりなストーリーだ。しかし、それがあるからこそラストで一気に胸を掻き乱される映画だ。パトリックとアンジーがこの答えで良かったのか分からなくなるのと同様に、観客もこの映画がハッピーエンドなのか分からなくなるだろう。正義が時には人を幸せにするとは限らない。もし子供が母親の元で愛を感じられなかったとしたら、母親がもしただテレビの取材に対して失踪した娘の無事を訴える自分の演技に夢中になっているとしたら、そんな母親の元にわざわざ子供を見つけて返す必要があるのか。正義と良心の狭間でわたしたちの心は揺れる。そして後味の悪さは格別な映画だろう。
『ゴーン・ベイビー・ゴーン』で監督デビューしたベン・アフレック。彼が監督したことで映画は話題になっていたが、その結果は話題に負けない程の出来であった。わたしは正直、彼のことは役者としては好きではなく、今回監督ということで、全く観ようとも思っていなかった。しかしながら、『グッド・ウィル・ハンティング』の脚本を書く等の才能は多いにあるし、風の噂で『ゴーン・ベイビー・ゴーン』は良い映画だと聞いて、観るに至った。そして映画が終わった時にこう感じた。ベン・アフレックは今後、監督としても頭角を現していくだろう、と。
(岡本太陽)