Dr.パルナサスの鏡 - 岡本太陽

◆ギリアムの魔法の世界でヒース・レジャーは永遠の喜びを手に入れた(50点)

 『ダークナイト』のジョーカー役でアカデミー助演男優賞を受賞したヒース・レジャーにとって、遺作となってしまったテリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡(原題:THE IMAGINARIUM OF DR. PARNASSUS)』。本作が彼の亡霊に取り憑かれているかの様な印象を受けるのは仕方が無いが、奇しくも本作でのレジャーはそれまで演じたどの役よりも気持ち良く演技をしている印象を受ける。

 処方された薬のオーバードーズにより、本作の撮影中に28歳の若さで亡くなったレジャー。ドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラマンチャ』でもお馴染みの様にギリアムは『ドンキホーテを殺した男』の撮影中に、度重なる不幸に見舞われ、制作を中止せざるを得なかった過去を持つ。今回もまた物語の鍵を握る役を演じていた俳優が撮影途中で死んでしまうというとんでもない事件が起こり、撮影は一時中断されてたが、レジャーの役をジョニー・デップ、ジュード・ロウ、そしてコリン・ファレルの素晴らしい俳優3人が引き継ぐという奇跡が起きた。

 物語は2007年のロンドン、パルナサス博士(クリストファー・プラマー)率いる旅芸人一座が、とあるパブの前の暗がりで舞台を開いるところから幕を開ける。アントン(アンドリュー・ガーフィールド)、パーシー(ヴァーン・トロイヤー)、そしてもうすぐ16歳になろうとしている博士の娘ヴァレンティナ(リリー・コール)が怪しげな舞台セットの中で客寄せをしていると、それに引き寄せられる様に人が集まって来る。それは何か面白そうなものがあるからではなく、野次を飛ばしたくなる様な何か時代錯誤的な雰囲気を彼らが持っているからだ。そんな旅芸人一座に助けられ、彼らに同行する事になるのがヒース・レジャー扮する一度自殺を図ったトニーという男。彼には何か秘密がありそうだが…。

 パルナサス博士ら一行は自分達の劇場をイマジナリウムと呼ぶ。その彼らの目玉は劇場の中央に構える「鏡」。なんと鏡の中に一旦足を踏み入れると、抜けた先には入った人の欲望が反映する全く別のパラレルワールドが広がっているのだ。まるでそこは抜け道を探すのが困難な迷宮で、パルナサス博士はいわば鏡という欲望を形にする道具を用いて人の心を満たす役割を果たす案内人役を担う。それはスクリーンに摩訶不思議な映像を映し出し、想像の世界をもって人々を楽しませるギリアム自身とも言える。

 そんなパルナサス博士にはある秘密がある。何年も何年も前に、ある雪山にある寺院で、彼が世界を存続させるために物語を暗唱してた時、Mr.ニック(トム・ウェイツ)という悪魔がその寺院を訪れる。その時彼らはパルナサスの娘にまつわるある契約を取り交わしたのだが、その期日が迫った現在、博士は秘密を誰にも言えずその不条理な事実から塞ぎ込んでいる。映画制作も言わば時間との勝負。作戦を練り直す時間さえあれば、より良いものが作れるはず。本作でのパルナサス博士に降り掛かる一連の出来事は、やはり『ドンキホーテを殺した男』同様、ヒース・レジャーの死により本作の制作が破綻しかけたギリアム自身の経験を暗示させる。

 物語を読む事により、世界が存在し続ける事が出来るという帰結を述べる本作。それは、本作の脚本・監督を手掛けたギリアムを始めとする想像をカタチにする芸術家たちの存在の重要性を意味する。芸術がなくとも人々が行きてゆく事は可能だろう、しかし芸術がある事によって人々は苦しみから解放される事もあるのだ。それは本作で、鏡の中に入り、自らの想像の世界に浸り、そこから出た時に歓喜に満ちた表情を浮かべるパルナサス博士の客たちで描写される。

 テリー・ギリアムという映画監督は一年に一本映画を撮る様な職人方映画監督とは違い、構想を練りに練る芸術家肌。そんな彼と共に『ブラザーズ・グリム』以来、再び映画という芸術作品を作る事になったヒース・レジャー。ジョーカーを経て俳優としての壁を越えた彼は、ギリアムの魔法の世界の中で永遠の喜びを手にしたかの様だ。

岡本太陽

【おすすめサイト】