◆米映画「サイドウェイ」を日本人キャストでリメーク。四人の主人公たちを日本人に変えたことで、オリジナルよりもしっくりと来る作品になった(75点)
アカデミー賞で5部門の候補となり、脚色賞を受賞した米映画「サイドウェイ」を、舞台は同じ米カリフォルニアで、日本人キャストでリメークした作品。あのいかにもアメリカ的な映画を、主要な登場人物だけ日本人に替えてリメークするという、非常に変わった企画で、何の意味があるのだろうかと思ったが、これが意外に面白かった。オリジナルで共感できなかった部分がちゃんと共感できるように直されていて、外国人スタッフが作ったにもかかわらず、日本人が見て違和感がないばかりか、日本映画らしい作品になっている。監督のチェリン・グラックが日本で生まれて高校まで育ち、日本人の感覚を分かっているからだろう。多くの日本人にとっては、オリジナルよりも本作の方がしっくりとくるだろう。
この映画の批評を読む »
◆「誰かの代わりになる」ことをテーマに運転代行業を営む家族とその周囲を淡々と描く人間ドラマ。新人・山口智の監督・脚本で、山田辰夫はこれが最後の主演作となった(62点)
ショートショートフィルムフェスティバル日本部門でグランプリを受賞した山口智が脚本・監督を務めた人間ドラマ。今年(2009年)7月に死去した山田辰夫にとって、最後の主演作となった。
この映画の批評を読む »
◆ケイト・ベッキンセールの魅力を堪能できるサスペンス。寒さが「凶器」として描かれているのが面白いが、犯人捜しのサスペンスが弱い(68点)
ホワイトアウトとは、吹雪などですぐ目の前も見えなくなる現象をいう。「南極料理人」と同じ南極の観測基地が舞台で、織田裕二主演の角川映画と同じタイトル。だが、両作とはもちろん無関係だし、まるでムードが違う。人間不信がテーマのサスペンスだ。
この映画の批評を読む »
◆実存主義者クリント・イーストウッドが到達した一つの頂点。「ダーティーハリー」と「ラスト・シューティスト」を意識しつつ、米国の正義を個人の行動によってアクロバティックに取り戻そうとした傑作(97点)
本作には二つの「懺悔」の場面がある。一つは、教会での神への懺悔だ。頑固爺さんウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、神など全く信じていない。神父への問いかけにはシニカルに答えて本心を明かさない。それが、最後に敵のアジトに行く前に、少年の前で本当の懺悔をする。コワルスキーと少年とを隔てる鉄の扉が、懺悔室の小窓のように見える。
この映画の批評を読む »
◆タランティーノらしい、映画愛に満ちた映画至上主義の映画。キャラクターが魅力的で、すべての場面に緊張感がある(91点)
本作のテーマが「映画愛」であることは、誰の目にも明らかだ。映画館を舞台に「映画館作戦」が実行される。ナチスは映画をプロパガンダの武器にしようと、プレミア上映会を開催。その上映会で、ナチスへの復讐の武器となるのはフィルムなのである。最後は映画が歴史すらも変えてしまう。どこまでも映画至上主義の作品だ。
この映画の批評を読む »
スペル - 小梶勝男
◆「スパイダーマン」シリーズのサム・ライミのホラー・コメディー。「エクソシスト」と「キューティ・ブロンド」が共存しているような面白さ(81点)
「ラブコメ」というジャンルがあるが、ホラーにはホラー・コメディー、つまり「ホラコメ」とでも呼びたいものがある。残酷だが笑えるスプラッター映画とはちょっと違い、もう少しコメディー寄りの映画だ。本作の監督サム・ライミでいえば、「死霊のはらわた」(1983)はスプラッターだが、「XYZマーダーズ」(1985)はホラコメだろう。スプラッターは常に笑えるわけではない。もし笑えるとしたら、描写の過激さがリアリズムを突き抜けて笑いとなる。つまり、恐怖と笑いは表裏一体なのだが、ホラコメではホラー(的な要素)とコメディー(的な要素)が一体化しないまま共存している。無論、厳密な分類は不可能だし、分類しても意味はないが、大体そんな印象を持っている。
この映画の批評を読む »
◆押井守監督のマニアックな世界だが、3人の女優の魅力は楽しめる(66点)
押井守監督の世界は非常にマニアックで、なかなか理解が難しい。押井作品には熱狂的なファンがいる一方で、今ひとつメジャーになりきれないのも、そのせいだろう。「スカイ・クロラ」ではその殻を破って、より広い観客層に向かって物語を紡いでいたが、本作では再び自らの世界に閉じこもってしまった印象がある。
この映画の批評を読む »
◆夫婦間にありがちな様々な問題を巧みに取り入れた脚本がよく出来ている。エスター役のイザベル・ファーマンの怪演が最大の見どころ(80点)
洗面台の鏡が収納スペースの扉になっているタイプがある。中には大抵、薬が入っている。主人公の女性が薬を取り出し、扉を閉めたとする。そのとき、鏡に何が映っているだろうか?
この映画の批評を読む »
◆ファイナル・デスティネーション・シリーズ第4弾。サーキット場での事故をデジタル3Dで描く。アトラクション・ムービーとしては最高に楽しめた(80点)
大事故で死ぬはずだった人々が、「死の運命」に襲われるファイナル・デスティネーション・シリーズの第4弾。飛行機事故、ハイウエイでの事故、ジェットコースターの事故に続き、今度はレース場での事故を、デジタル3Dで描く。監督は2作目と同じデヴィッド・R・エリス。
この映画の批評を読む »
◆イスラエルのレバノン侵攻に伴う「サブラ・シャティーラの虐殺」を描くアニメーション・ドキュメンタリー。幻想的なアニメ映像がラストで一転して、ざらついた「真実」に変わるのが衝撃的だ(91点)
イスラエル人のアリ・フォルマンが監督、脚本、製作を務め、イスラエル軍によるレバノン侵攻を描いたアニメーション。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたほか、ゴールデン・グローブ賞の最優秀外国語映画賞など、数々の賞に輝いた。
この映画の批評を読む »
◆ジョルジュ・シムノンの原作をハンガリーの鬼才タル・ベーラが映画化。通常のドラマを否定したキャメラによる「観察」で、人生の現実に迫る傑作(92点)
冒頭、キャメラは窓越しに巨大な客船を捉える。非常にゆっくりとしたパーン。船上でのやりとり、そして、船を下りて列車に乗る人々を、キャメラが移動しながら、どこまでも窓越しに追う。窓枠をまたぎながら、いつまでもカットは変わらない。その異様な緊張感は、本作が普通の映画ではないことを物語る。長いワンカットは、観客にドラマを見ているのではなく、もっとリアルな「何か」を観察しているような気にさせる。
この映画の批評を読む »
◆日本人なのにアメリカ人と名乗って女性を騙した実在の結婚詐欺師を、堺雅人が付け鼻と片言の日本語で演じる。岡本喜八作品にも通じる映画らしい映画(90点)
本作は’二部構成’になっている。第一部は「血と砂と金」。岡本喜八監督の「血と砂」から取ったタイトルであることは明らかだ。第一部はごく短く、第二部の「クヒオ大佐」が本編となる。
この映画の批評を読む »
◆スザンヌが初主演したアイドル映画。ゆるい演出が奇妙にスザンヌのキャラクターに合っている。その「ゆるさ」に身をゆだねて楽しむべきだ(60点)
最近、「スター映画」「アイドル映画」というジャンルが廃れつつある。テレビの歌番組が激減し、いわゆる「お茶の間」が消えてしまい、山口百恵や松田聖子のような、絶対的なアイドルがいなくなったせいだろう。そんな中で、久々の「アイドル映画」を見たような気がした。
この映画の批評を読む »
◆ベルギーで大ヒットしたサスペンス。よく練られた脚本に巧みな語り口で十分に楽しめるエンタティンメント(72点)
珍しいベルギー映画。ベルギーでは国民の10人に1人が見たというほど大ヒットしたらしい。それも納得出来る。確かに面白かった。
この映画の批評を読む »
◆秀作「ディセント」の非常にオーソドックスな続編。ゴア度は前作に劣らない。洞窟内でのスリリングな攻防は、閉所恐怖症になりそうなほどの迫力があった(67点)
ニール・マーシャルが監督した前作「ディセント」は秀作だった。冒頭の交通事故の場面から、異様な迫力があった。ホラーは暗闇や狭い場所を描くことが多いが、これがヘタだと何が何だか分からず、見ていられない。だが、暗闇や狭い場所を描くのは、映画としては結構難しい。そこを、実に巧みに描いていた。そして、洞窟の闇と、主人公の「心の闇」が重なっていくのがスリリングだった。女主人公は「事故」を忘れようと洞窟を探検するが、地の底で、忘れようとしていた「心の闇」に出合う。女同士の微妙な関係や疑心暗鬼も、ふだんは抑圧している「闇」の部分として表現されていた。そんな「闇」の実在化が、モンスターなのかも知れない。リドリー・スコットの名作「エイリアン」(1979)の主人公リプリーが、宇宙空間という闇で、自らの深層心理に直面したように。
この映画の批評を読む »