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	<title>映画批評なら映画ジャッジ！ &#187; 通映画批評</title>
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	<description>最新映画の批評が満載！批評家による映画批評を参考にされて、良い映画を見て頂く為のサイトです。</description>
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		<title>キツツキと雨</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 05:51:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[通映画批評]]></category>

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		<description><![CDATA[「南極料理人」の沖田修一監督が描く、ゾンビ映画の監督と木こりが心を通わせていくコメディー。映画作りの熱気や楽しさが伝わってきて、観客を幸せな気分にさせてくれる（点数　78点） 　ゾンビ映画の撮影隊が田舎へロケに出かけ、木こり（役所広司）と出会う。木こりは撮影隊に半ばむりやり手伝わされるうち、映画作りに夢中になっていく。一方で、撮影隊の若い映画監督（小栗旬）は決断力がなく、映画作りから逃げ出したくて仕方ない。だが、木こりと心を通わせるうちに自信を取り戻していく。 　木こりと映画監督が並んで座る場面がある。ただ、並んで座っているだけだが、作業着姿の役所と、今どきの若者らしいナーバスな雰囲気の小栗が、森の中で並んでいるという絵は、何だかとてもユーモラスだ。異質なものが、当たり前のように並んでいるのがおかしい。住む世界が違う２人が、お互いにどこかで惹かれながらも、相手の様子を伺うように話すのは、恋愛映画を見ているようでもある。 　沖田修一監督が最も影響を受けた映画は、昨年急逝した森田芳光監督の「家族ゲーム」だという。確かに沖田監督の作品には、森田監督作の面影がある。ただ、人柄が影響しているのだろうか、才気に溢れていた森田作品とはちょっと違って、才気より温かみの方が前面に出ている。その温かみが、ユーモラスな雰囲気を作っているのだろう。 　沖田監督は斜めからのショットが嫌いで、正面から撮ることが多いと話す。それは「家族ゲーム」から受けた影響の一つだという。「家族ゲーム」には、家族が居酒屋のように横一列に並んで食事をとる有名な場面がある。そこにはユーモアよりも、お互いに向き合うことを避けているような、冷たい緊張感が漂っていた。 　木こりと映画監督が並ぶ場面も正面から撮影されているが、２人を見つめる目線はとても優しい。空気を支配しているのは緊張感ではなく、温かみだ。それは沖田監督の持ち味なのかも知れない。 　木こりとゾンビ映画の監督という組み合わせは突飛だが、両者が出会ってからは、それほど突飛なことが次々と起こるわけではない。村人たちは総出でゾンビ映画の撮影に協力するようになり、やがて連帯感が生まれていく。本作に「村人役」で出ているエキストラは、実際にロケ地に住んでいる方々で、映画作りに熱心に協力してくれたという。現実の映画作りと、映画の中の映画作りが二重写しに重なっていったのだ。映画監督を演じる小栗も、次第にそれを演出する沖田監督に似ていったという。異質な者同士の連帯が、映画作りの熱気や楽しさとなって、観客も巻き込んでいく。そうした幸せな雰囲気も、映画を温かいものにしている。 　]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>「南極料理人」の沖田修一監督が描く、ゾンビ映画の監督と木こりが心を通わせていくコメディー。映画作りの熱気や楽しさが伝わってきて、観客を幸せな気分にさせてくれる（点数　78点）</b></p>
<p align="center">
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</p>
<p>　ゾンビ映画の撮影隊が田舎へロケに出かけ、木こり（役所広司）と出会う。木こりは撮影隊に半ばむりやり手伝わされるうち、映画作りに夢中になっていく。一方で、撮影隊の若い映画監督（小栗旬）は決断力がなく、映画作りから逃げ出したくて仕方ない。だが、木こりと心を通わせるうちに自信を取り戻していく。</p>
<p><span id="more-13227"></span></p>
<p>　木こりと映画監督が並んで座る場面がある。ただ、並んで座っているだけだが、作業着姿の役所と、今どきの若者らしいナーバスな雰囲気の小栗が、森の中で並んでいるという絵は、何だかとてもユーモラスだ。異質なものが、当たり前のように並んでいるのがおかしい。住む世界が違う２人が、お互いにどこかで惹かれながらも、相手の様子を伺うように話すのは、恋愛映画を見ているようでもある。</p>
<p>　沖田修一監督が最も影響を受けた映画は、昨年急逝した森田芳光監督の「家族ゲーム」だという。確かに沖田監督の作品には、森田監督作の面影がある。ただ、人柄が影響しているのだろうか、才気に溢れていた森田作品とはちょっと違って、才気より温かみの方が前面に出ている。その温かみが、ユーモラスな雰囲気を作っているのだろう。</p>
<p>　沖田監督は斜めからのショットが嫌いで、正面から撮ることが多いと話す。それは「家族ゲーム」から受けた影響の一つだという。「家族ゲーム」には、家族が居酒屋のように横一列に並んで食事をとる有名な場面がある。そこにはユーモアよりも、お互いに向き合うことを避けているような、冷たい緊張感が漂っていた。</p>
<p>　木こりと映画監督が並ぶ場面も正面から撮影されているが、２人を見つめる目線はとても優しい。空気を支配しているのは緊張感ではなく、温かみだ。それは沖田監督の持ち味なのかも知れない。</p>
<p>　木こりとゾンビ映画の監督という組み合わせは突飛だが、両者が出会ってからは、それほど突飛なことが次々と起こるわけではない。村人たちは総出でゾンビ映画の撮影に協力するようになり、やがて連帯感が生まれていく。本作に「村人役」で出ているエキストラは、実際にロケ地に住んでいる方々で、映画作りに熱心に協力してくれたという。現実の映画作りと、映画の中の映画作りが二重写しに重なっていったのだ。映画監督を演じる小栗も、次第にそれを演出する沖田監督に似ていったという。異質な者同士の連帯が、映画作りの熱気や楽しさとなって、観客も巻き込んでいく。そうした幸せな雰囲気も、映画を温かいものにしている。<br />
　</p>
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		<title>ピラミッド　５０００年の嘘</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 13:29:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>

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		<description><![CDATA[ピラミッドの謎から超古代文明の存在を示唆するドキュメンタリー。内容は興味深いが、映像は付け足しで、これなら本で読めば十分（点数　40点） 　エジプト・ギザの大ピラミッドに関するこれまでの「定説」を覆し、高度な科学力を持った古代文明の存在を示唆するフランス製ドキュメンタリー。 　ピラミッドは本当に国王の墓なのか。 建設期間は２０年といわれるが、未発達な工具でそんなに短期間での建設は可能だったのか。 石の積み方がなぜこれほど不規則で、しかも精度が高いのか。 円周率や黄金数に正確に基づくデザインは、なぜ可能だったのか。 確かにピラミッドに関しては、従来の定説では説明できない謎が多く存在する。 映画はそれを、一人称のナレーションで、各分野の専門家へのインタビューを交えながら、一つひとつ検証していく。 監督はパトリス・プーヤール。嘘か本当か、３７年間にわたる調査と研究、６年間の検証によって製作されたという。 　オカルト雑誌「ムー」に親しんできた人ならば、これらの謎はどこかで目にしたことがあるだろう。 実際、今月号（２０１１年２月号）の「ムー」はこの映画を大特集している。「ムー」の読者には必見の作品だろう。 展開されているのは、いわゆる「トンデモ学説」といわれるものだ。 しかし、本作は、トンデモ学説を展開しながら、「トンデモ」と思われないよう慎重に論を進めている。定説を唱える専門家を何度も登場させ、高度な古代文明の存在などについて、繰り返し否定させている。 そして、それでも否定できないものを積み重ねて、断定を避けつつ、謎解きを進めていく。 論としては面白いし、意外に説得力がある。マニア層だけでなく、一般の観客にも納得できる説明になっていると思う。 　だが、そうした説明が先で、説明に合う映像を後から付けているだけなので、映画としては物足りない。同じ映像が何度も使われ、時には文字（テロップ）が大写しになる。そうした手法はテレビのミステリー番組でよく使われるが、映画として見ると安っぽいと言わざるを得ない。 もちろん、様々な古代の遺跡や、ピラミッドの内部を映した映像など、面白い場面もあるが、基本的には映像を見せるためのドキュメンタリーではない。 　映像で見た方が理解しやすい部分もあるが、円周率や黄金数を説明する場面などは、映画では分かりにくく、むしろ書物の方がふさわしいとも思った。 内容は興味深いが、思い切ってフィクションとして描くなど、映画にするならもっと別の方法があるのではないか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ピラミッドの謎から超古代文明の存在を示唆するドキュメンタリー。内容は興味深いが、映像は付け足しで、これなら本で読めば十分（点数　40点）</p>
<p align="center">
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</p>
<p>　エジプト・ギザの大ピラミッドに関するこれまでの「定説」を覆し、高度な科学力を持った古代文明の存在を示唆するフランス製ドキュメンタリー。<br />
　ピラミッドは本当に国王の墓なのか。<br />
建設期間は２０年といわれるが、未発達な工具でそんなに短期間での建設は可能だったのか。<br />
石の積み方がなぜこれほど不規則で、しかも精度が高いのか。<br />
円周率や黄金数に正確に基づくデザインは、なぜ可能だったのか。<br />
確かにピラミッドに関しては、従来の定説では説明できない謎が多く存在する。</p>
<p><span id="more-13211"></span></p>
<p>映画はそれを、一人称のナレーションで、各分野の専門家へのインタビューを交えながら、一つひとつ検証していく。<br />
監督はパトリス・プーヤール。嘘か本当か、３７年間にわたる調査と研究、６年間の検証によって製作されたという。</p>

<p>　オカルト雑誌「ムー」に親しんできた人ならば、これらの謎はどこかで目にしたことがあるだろう。<br />
実際、今月号（２０１１年２月号）の「ムー」はこの映画を大特集している。「ムー」の読者には必見の作品だろう。<br />
展開されているのは、いわゆる「トンデモ学説」といわれるものだ。</p>
<p>しかし、本作は、トンデモ学説を展開しながら、「トンデモ」と思われないよう慎重に論を進めている。定説を唱える専門家を何度も登場させ、高度な古代文明の存在などについて、繰り返し否定させている。<br />
そして、それでも否定できないものを積み重ねて、断定を避けつつ、謎解きを進めていく。<br />
論としては面白いし、意外に説得力がある。マニア層だけでなく、一般の観客にも納得できる説明になっていると思う。</p>
<p>　だが、そうした説明が先で、説明に合う映像を後から付けているだけなので、映画としては物足りない。同じ映像が何度も使われ、時には文字（テロップ）が大写しになる。そうした手法はテレビのミステリー番組でよく使われるが、映画として見ると安っぽいと言わざるを得ない。<br />
もちろん、様々な古代の遺跡や、ピラミッドの内部を映した映像など、面白い場面もあるが、基本的には映像を見せるためのドキュメンタリーではない。</p>
<p>　映像で見た方が理解しやすい部分もあるが、円周率や黄金数を説明する場面などは、映画では分かりにくく、むしろ書物の方がふさわしいとも思った。<br />
内容は興味深いが、思い切ってフィクションとして描くなど、映画にするならもっと別の方法があるのではないか。</p>
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		<title>三国志英傑伝　関羽</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 13:00:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[通映画批評]]></category>

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		<description><![CDATA[　ドニー・イェンが見せるソード・アクションが素晴らしく、ドラマとしても見応えのある秀作（点数　77点） (c)2010 STAR UNION SKYKEE (BEIJING) FILM &#038;MEDIA ADVERTISEMENT CO.,LTD. All Rights Reserved 　昨年はドニー・イェンが大活躍した年だった。日本での劇場公開作が「イップ・マン　葉問」「イップ・マン　序章」「孫文の義士団」「レジェンド・オブ・フィスト　怒りの鉄拳」「導火線」「処刑剣　１４BLADES」と続き、いずれも最高レベルのアクションを見せた。 作品的にも「イップ・マン」シリーズや「孫文の義士団」は優れた出来映えだった。 トニー・ジャーが映画製作のトラブルで姿を消し、ジャッキー・チェン、ジェット・リーの両雄がアクションを押さえ気味な方向に進んでいる今、香港クンフーアクションのトップ・スターといっていいだろう。 　今年もその勢いを感じさせるのが本作だ。中国４大奇書の一つ、「三国志」の中で、人気の高い武将・関羽の活躍を描いたエピソードを映画化している。 　後漢末期。曹操(チアン・ウェン）の捕虜になった関羽（ドニー・イェン）は、捕虜でありながら戦で曹操を助け、信頼を得ていく。関羽は部下になるよう曹操に説得されても、主人である劉備への忠誠を変えない。劉備の許嫁（スン・リー）を連れて劉備の下へ向かうという関羽に、曹操は関所を無事、通過させると約束する。だが、曹操の命令にもかかわらず、関羽らは道中、命を狙われる。 　脂の乗りきったイェンのアクションは、本作でもたっぷりと披露される。長い髭をたくわえ、怪力で、青龍椻月刀という独特の刀を使ったとされる関羽。イェンは力強く、キレのいいソードアクションで、歴史のファンタジーを見事に現実のものとして見せる。 ここでは、いつもの高速パンチや連続回し蹴りは封印し、破壊力を強調した重みのある刀のアクションで観客を魅了する。 その面白さ、痛快さ。自分の身についた技ではなく、役柄に合わせてアクションを大胆に変えるという点では、イェンのクンフー「演技」としても優れている。そのアクションをダイナミックに見せるカメラワークも巧みだ。 　ドラマにも単純な善悪にとどまらない深みがある。人の良さも、強さも、冷たさも、弱さも、すべてかいま見せ、関羽にひかれながら、為政者として信じる道を見失わない曹操を、チアン・ウェンが人間味たっぷりに演じている。中国映画には背景となっている物語が分からないと理解しにくい作品もあるが、これはストーリーがすっきりしていて、「三国志」を知らなくてもすんなりと作品世界に入っていけるだろう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ドニー・イェンが見せるソード・アクションが素晴らしく、ドラマとしても見応えのある秀作（点数　77点）</p>
<p align="center">
<img src="http://www.cinemaonline.jp/image/2012/01/kanu.jpg" border="0" /><br />
(c)2010 STAR UNION SKYKEE (BEIJING) FILM &#038;MEDIA ADVERTISEMENT CO.,LTD. All Rights Reserved
</p>
<p>　昨年はドニー・イェンが大活躍した年だった。日本での劇場公開作が「イップ・マン　葉問」「イップ・マン　序章」「孫文の義士団」「レジェンド・オブ・フィスト　怒りの鉄拳」「導火線」「処刑剣　１４BLADES」と続き、いずれも最高レベルのアクションを見せた。<br />
作品的にも「イップ・マン」シリーズや「孫文の義士団」は優れた出来映えだった。<br />
トニー・ジャーが映画製作のトラブルで姿を消し、ジャッキー・チェン、ジェット・リーの両雄がアクションを押さえ気味な方向に進んでいる今、香港クンフーアクションのトップ・スターといっていいだろう。</p>
<p><span id="more-13206"></span></p>
<p>　今年もその勢いを感じさせるのが本作だ。中国４大奇書の一つ、「三国志」の中で、人気の高い武将・関羽の活躍を描いたエピソードを映画化している。</p>
<p>　後漢末期。曹操(チアン・ウェン）の捕虜になった関羽（ドニー・イェン）は、捕虜でありながら戦で曹操を助け、信頼を得ていく。関羽は部下になるよう曹操に説得されても、主人である劉備への忠誠を変えない。劉備の許嫁（スン・リー）を連れて劉備の下へ向かうという関羽に、曹操は関所を無事、通過させると約束する。だが、曹操の命令にもかかわらず、関羽らは道中、命を狙われる。</p>
<p>　脂の乗りきったイェンのアクションは、本作でもたっぷりと披露される。長い髭をたくわえ、怪力で、青龍椻月刀という独特の刀を使ったとされる関羽。イェンは力強く、キレのいいソードアクションで、歴史のファンタジーを見事に現実のものとして見せる。<br />
ここでは、いつもの高速パンチや連続回し蹴りは封印し、破壊力を強調した重みのある刀のアクションで観客を魅了する。<br />
その面白さ、痛快さ。自分の身についた技ではなく、役柄に合わせてアクションを大胆に変えるという点では、イェンのクンフー「演技」としても優れている。そのアクションをダイナミックに見せるカメラワークも巧みだ。</p>
<p>　ドラマにも単純な善悪にとどまらない深みがある。人の良さも、強さも、冷たさも、弱さも、すべてかいま見せ、関羽にひかれながら、為政者として信じる道を見失わない曹操を、チアン・ウェンが人間味たっぷりに演じている。中国映画には背景となっている物語が分からないと理解しにくい作品もあるが、これはストーリーがすっきりしていて、「三国志」を知らなくてもすんなりと作品世界に入っていけるだろう。</p>
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		<title>ザ・ライト　エクソシストの真実</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/12853.html</link>
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		<pubDate>Tue, 05 Apr 2011 17:22:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>

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		<description><![CDATA[事実を基本にしたノン・フィクション・ホラー。前半、エクソシスト養成講座や悪魔払いの現場がリアルに描かれ、興味深い。後半は普通のホラー映画になってしまって残念（７０点） (C) 2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. エクソシストについて書いた２冊の本がある。 トレイシー・ウイルキンソン「バチカン・エクソシスト」と、島村菜津「エクソシスト急募」だ。 ヨーロッパで近年、悪魔払いの需要が増え、バチカンはエクソシストを増やそうとし、イタリアの大学では養成講座が開かれた。 イタリアを中心に、現代も悪魔払いは多くの人々に「現実」と見なされている。２冊の本はほぼ同じ内容だが、衝撃的なのは、どちらもノン・フィクション、つまり事実だということだ。 本作の原案となっているのは、フリーライターのマット・バグリオが書いた同名のノン・フィクションだが、むしろそれよりも、「バチカン・エクソシスト」と「エクソシスト急募」の内容がドラマ化されているような印象を受けた。エクソシストという言葉を一般に知らしめたウィリアム・フリードキンの名作「エクソシスト」（１９７３）は、基になる事実はあっても殆どフィクションだったが、本作は、あくまでも「事実を基本とした」ドラマとして見なければならない。単なるオカルトやホラー映画として見ると、派手な恐怖シーンが少ないのでがっかりするかも知れない。 主人公は　信仰に疑いを持つ神学生（コリン・オドノヒュー）だ。悪魔払いの講習会を受けるためバチカンへ派遣され、伝説的なエクソシスト（アンソニー・ホプキンス）と出会い、悪魔の存在を示す恐るべき現象に直面する。 観客は主人公とともに、エクソシスト養成講座や、ベテラン・エクソシストのカリスマ性といかがわしさ、本物の悪魔憑きなのか、精神病なのか判然としない悪魔払いの混沌とした現場などを体験していく。それがとても面白い。「バチカン・エクソシスト」や「エクソシスト急募」を読んだ人には、あの内容がどのように映像化されているか、非常に興味深いだろう。 ミカエル・ハフストロームの演出は、フリードキンのように強烈でドラマチックではない。事実を基本にした映画としての節度を保っているように思える。その節度の保ち方が絶妙で、前半は、ドラマとしての分かりやすさと、ノン・フィクションとしての面白さとのバランスが、とてもいい。「パラノーマル・アクティビティ」（２００７）や「フォース・カインド」（２００９）のようなフェイク・ドキュメンタリーと違い、きちんと劇映画として撮っているのだが、事実に基づいているということを常に観客に意識させるリアルさは、ノン・フィクション・ホラーとでも呼びたくなる。 ベテランのエクソシストを演じるアンソニー・ホプキンスは、やはりうまい。貫禄も十分だが、同時にインチキ臭さも感じさせ、悪魔憑きなのか、精神病なのか、判然としない中で、それでも目の前の信者を救うため悪魔払いを続ける男の秘めた迷いや孤独など、微妙な感情まで実に豊かに表現している。 だが、実にリアルだった前半に比べ、主人公が悪魔の存在を確信する後半は、次第に普通のホラー映画になっていった。悪魔憑きか精神病か分からないという懐疑的態度が緊張を保っていたのだが、映画が悪魔の実在を認めてしまうと、その緊張の糸も切れてしまう。ドラマが盛り上がる一方で、リアリティは薄くなってしまった。それでもノン・フィクション・ホラーとして、かなり見応えのある作品だと思う。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>事実を基本にしたノン・フィクション・ホラー。前半、エクソシスト養成講座や悪魔払いの現場がリアルに描かれ、興味深い。後半は普通のホラー映画になってしまって残念（７０点）</b></p>
<p align="center">
<img src="http://www.cinemaonline.jp/image/2011/04/right.jpg" border="0" /><br />
(C) 2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
</p>
<p>エクソシストについて書いた２冊の本がある。<br />
トレイシー・ウイルキンソン「バチカン・エクソシスト」と、島村菜津「エクソシスト急募」だ。<br />
ヨーロッパで近年、悪魔払いの需要が増え、バチカンはエクソシストを増やそうとし、イタリアの大学では養成講座が開かれた。<br />
イタリアを中心に、現代も悪魔払いは多くの人々に「現実」と見なされている。<br />２冊の本はほぼ同じ内容だが、衝撃的なのは、どちらもノン・フィクション、つまり事実だということだ。</p>
<p><span id="more-12853"></span></p>
<p>本作の原案となっているのは、フリーライターのマット・バグリオが書いた同名のノン・フィクションだが、むしろそれよりも、「バチカン・エクソシスト」と「エクソシスト急募」の内容がドラマ化されているような印象を受けた。<br />エクソシストという言葉を一般に知らしめたウィリアム・フリードキンの名作「エクソシスト」（１９７３）は、基になる事実はあっても殆どフィクションだったが、本作は、あくまでも「事実を基本とした」ドラマとして見なければならない。<br />単なるオカルトやホラー映画として見ると、派手な恐怖シーンが少ないのでがっかりするかも知れない。</p>
<p>主人公は　信仰に疑いを持つ神学生（コリン・オドノヒュー）だ。悪魔払いの講習会を受けるためバチカンへ派遣され、伝説的なエクソシスト（アンソニー・ホプキンス）と出会い、悪魔の存在を示す恐るべき現象に直面する。<br />
観客は主人公とともに、エクソシスト養成講座や、ベテラン・エクソシストのカリスマ性といかがわしさ、本物の悪魔憑きなのか、精神病なのか判然としない悪魔払いの混沌とした現場などを体験していく。<br />それがとても面白い。<br />「バチカン・エクソシスト」や「エクソシスト急募」を読んだ人には、あの内容がどのように映像化されているか、非常に興味深いだろう。</p>
<p>ミカエル・ハフストロームの演出は、フリードキンのように強烈でドラマチックではない。<br />事実を基本にした映画としての節度を保っているように思える。<br />その節度の保ち方が絶妙で、前半は、ドラマとしての分かりやすさと、ノン・フィクションとしての面白さとのバランスが、とてもいい。<br />「パラノーマル・アクティビティ」（２００７）や「フォース・カインド」（２００９）のようなフェイク・ドキュメンタリーと違い、きちんと劇映画として撮っているのだが、事実に基づいているということを常に観客に意識させるリアルさは、ノン・フィクション・ホラーとでも呼びたくなる。</p>
<p>ベテランのエクソシストを演じるアンソニー・ホプキンスは、やはりうまい。<br />貫禄も十分だが、同時にインチキ臭さも感じさせ、悪魔憑きなのか、精神病なのか、判然としない中で、それでも目の前の信者を救うため悪魔払いを続ける男の秘めた迷いや孤独など、微妙な感情まで実に豊かに表現している。</p>
<p>だが、実にリアルだった前半に比べ、主人公が悪魔の存在を確信する後半は、次第に普通のホラー映画になっていった。<br />悪魔憑きか精神病か分からないという懐疑的態度が緊張を保っていたのだが、映画が悪魔の実在を認めてしまうと、その緊張の糸も切れてしまう。<br />ドラマが盛り上がる一方で、リアリティは薄くなってしまった。<br />それでもノン・フィクション・ホラーとして、かなり見応えのある作品だと思う。</p>
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		<title>婚前特急</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Apr 2011 15:00:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
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		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>

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		<description><![CDATA[現代のスクリューボール・コメディーを目指した前田弘二監督の劇場公開デビュー作。テンポがよく笑えるが、登場人物のキャラクターが強烈過ぎて共感出来ないのが惜しい（点数　65点） (C) 2011『婚前特急』フィルム・パートナーズ 列車が舞台の映画ではない。恋愛コメディーだ。 タイトルはエルンスト・ルビッチの「極楽特急」（１９３２）やハワード・ホークスの「特急二十世紀」（１９３４）を意識しているのだろう。これらの作品から連想するのは、「スクリューボール・コメディー」という言葉だ。余りにも古く、今や死語かも知れないが、１９３０年代から４０年代初めごろにかけて、アメリカで流行したジャンルである。スクリューボールは言うまでもないが野球で言う変化球の一種だ。そこから、変人という意味にも使われる。スクリューボール・コメディーとは、（ルビッチの「極楽特急」がそれに含まれるかどうかは異論があるだろうが）変人の男女が、たいていはいがみ合いながら、結局は恋に落ちるというストーリーである。 「婚前特急」はまさにその通り、変人男女の恋を描いており、現代のスクリューボール・コメディーを目指したのだろう。 主人公は２４歳のＯＬ・チエ（吉高由里子）。人生を最高に楽しもうと、何と！タイプの違う５人の彼氏と付き合っている。人生を通じて５人ではなく、一度に５人である。包容力のあるバツイチ（加瀬亮）、リッチな年上（榎木孝明）、かわいい年下（吉村卓也）、ワイルドなバイク乗り（青木崇高）、そして、一緒にいて楽ちんな、さえない男（浜野謙太）という面々。当分は遊んで暮らそうと思っていたチエだったが、親友（杏）の結婚を機に、５人を査定して、結婚相手を選ぶことにする。 この設定はかなり面白い。チエは現実的というには度を超していて、よく考えるとヒドイ女なのだが、吉高由里子が演じると、どうもそうは感じられない。吉高のフワフワしたキャラクターがチエを悪い女というよりは、一種の変人にまで和らげている。嫌な部分も笑えるのである。テンポもよくて、セリフも面白いので、チエがこのまま主人公としてストーリーが進んでいけば、作品としては成功しただろう。 しかし、話は途中から、さえない男・田無タクミ中心になっていく。この田無が、いわゆる空気が読めない「ＫＹ」なのだが、その空気の読めなさがやはり度を超していて、まるでモンスターのような存在になってしまっている。チエは変人にまで和らげられているが、田無の場合は、演じる浜野謙太のキャラクターと相まって、そのモンスターぶりが全く共感出来ないレベルまで引き上げられてし まっている。はっきり言うと、見ていて気持ち悪いのである。 ストーリー上は、田無は最初モンスターとして登場しても、次第に観客の共感を得ていくはずなのだが、キャラクターが強烈過ぎて、最後まで殆ど共感出来ない。田無に共感出来なければ、彼に惹かれていくチエにも共感出来ない。惜しい、と思う。 むしろ、最後まで田無をモンスターとして描ききれば面白かったかも知れない。別の映画になっていただろうけど。 ホラーで言えば、「１３日の金曜日」や「ハロウィン」のリメークが失敗したのは、オリジナルでは完全にモンスターだったジェイソンやマイケルを、ある程度共感出来る部分のあるキャラクターとして描こうとしたことだろう。しかし、そうするにはジェイソンもマイケルも、強烈過ぎるキャラクターなのだ。中途半端に共感を求めても、結局は共感出来ないし、一方でモンスターとしての迫力も失 われてしまう。 とはいえ、これが劇場公開デビュー作という、新人・前田弘二監督の才能は十分に感じた。このテンポの良さは「特急」並と言っていいだろう。 　「映画ジャッジ」は復活したが、個人的理由や震災などでレビューの方はなかなか復活出来なかった。これから少しずつ書いていきたい。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>現代のスクリューボール・コメディーを目指した前田弘二監督の劇場公開デビュー作。テンポがよく笑えるが、登場人物のキャラクターが強烈過ぎて共感出来ないのが惜しい（点数　65点）</b></p>
<p align="center">
<img src="http://www.cinemaonline.jp/image/2011/04/konzen.jpg" border="0" /><br />
(C) 2011『婚前特急』フィルム・パートナーズ
</p>
<p>列車が舞台の映画ではない。恋愛コメディーだ。<br />
タイトルはエルンスト・ルビッチの「極楽特急」（１９３２）やハワード・ホークスの「特急二十世紀」（１９３４）を意識しているのだろう。<br />これらの作品から連想するのは、「スクリューボール・コメディー」という言葉だ。<br />余りにも古く、今や死語かも知れないが、１９３０年代から４０年代初めごろにかけて、アメリカで流行したジャンルである。<br />スクリューボールは言うまでもないが野球で言う変化球の一種だ。<br />そこから、変人という意味にも使われる。<br />スクリューボール・コメディーとは、（ルビッチの「極楽特急」がそれに含まれるかどうかは異論があるだろうが）変人の男女が、たいていはいがみ合いながら、結局は恋に落ちるというストーリーである。<br />
「婚前特急」はまさにその通り、変人男女の恋を描いており、現代のスクリューボール・コメディーを目指したのだろう。</p>
<p><span id="more-12850"></span></p>
<p>主人公は２４歳のＯＬ・チエ（吉高由里子）。<br />人生を最高に楽しもうと、何と！タイプの違う５人の彼氏と付き合っている。<br />人生を通じて５人ではなく、一度に５人である。<br />包容力のあるバツイチ（加瀬亮）、リッチな年上（榎木孝明）、かわいい年下（吉村卓也）、ワイルドなバイク乗り（青木崇高）、そして、一緒にいて楽ちんな、さえない男（浜野謙太）という面々。<br />当分は遊んで暮らそうと思っていたチエだったが、親友（杏）の結婚を機に、５人を査定して、結婚相手を選ぶことにする。</p>
<p>この設定はかなり面白い。チエは現実的というには度を超していて、よく考えるとヒドイ女なのだが、吉高由里子が演じると、どうもそうは感じられない。<br />吉高のフワフワしたキャラクターがチエを悪い女というよりは、一種の変人にまで和らげている。<br />嫌な部分も笑えるのである。<br />テンポもよくて、セリフも面白いので、チエがこのまま主人公としてストーリーが進んでいけば、作品としては成功しただろう。</p>
<p>しかし、話は途中から、さえない男・田無タクミ中心になっていく。<br />この田無が、いわゆる空気が読めない「ＫＹ」なのだが、その空気の読めなさがやはり度を超していて、まるでモンスターのような存在になってしまっている。<br />チエは変人にまで和らげられているが、田無の場合は、演じる浜野謙太のキャラクターと相まって、そのモンスターぶりが全く共感出来ないレベルまで引き上げられてし<br />
まっている。<br />はっきり言うと、見ていて気持ち悪いのである。</p>
<p>ストーリー上は、田無は最初モンスターとして登場しても、次第に観客の共感を得ていくはずなのだが、キャラクターが強烈過ぎて、最後まで殆ど共感出来ない。<br />田無に共感出来なければ、彼に惹かれていくチエにも共感出来ない。<br />惜しい、と思う。</p>
<p>むしろ、最後まで田無をモンスターとして描ききれば面白かったかも知れない。<br />別の映画になっていただろうけど。</p>
<p>ホラーで言えば、「１３日の金曜日」や「ハロウィン」のリメークが失敗したのは、オリジナルでは完全にモンスターだったジェイソンやマイケルを、ある程度共感出来る部分のあるキャラクターとして描こうとしたことだろう。<br />しかし、そうするにはジェイソンもマイケルも、強烈過ぎるキャラクターなのだ。<br />中途半端に共感を求めても、結局は共感出来ないし、一方でモンスターとしての迫力も失<br />
われてしまう。</p>
<p>とはいえ、これが劇場公開デビュー作という、新人・前田弘二監督の才能は十分に感じた。<br />このテンポの良さは「特急」並と言っていいだろう。</p>
<p>　「映画ジャッジ」は復活したが、個人的理由や震災などでレビューの方はなかなか復活出来なかった。<br />これから少しずつ書いていきたい。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>悪人</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12741.html</link>
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		<pubDate>Sun, 26 Sep 2010 23:00:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[悪人]]></category>

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		<description><![CDATA[深津絵里がモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞した話題作だが、面白くない。誰が悪人かというテーマが、分かりやすすぎる（72点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　周囲の評価が相当に高い作品だが、私には、余り面白いとは思えない。確かに力作ではある。前半から中盤にかけては、実に丁寧に芝居を撮っている。深津絵里はモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞した。それだけでも立派な映画なのだろう。だから面白いかというと、はっきり言って面白くない。</p>
<span id="more-12741"></span>
<p>　芥川賞作家・吉田修一の原作を、「フラガール」の李相日（り・さんいる）監督が映画化。主演の妻夫木聡は原作を読んで感銘を受け、自ら出演を熱望し、企画段階から参加したという。</p>
<p>　妻夫木が演じる主人公は、長崎の外れの漁村で暮らす土木作業員だ。福岡の保険会社のOL（満島ひかり）を殺した犯人として警察に追われ、出会い系サイトで知り合った佐賀の紳士服量販店に勤める中年女性（深津絵里）と一緒に逃亡し始める。OLの父（柄本明）や土木作業員の祖母（樹木希林）、OLが好きだった大学生（岡田将生）ら、様々な人々のドラマの中で、一体誰が悪人なのか、が問われていく。</p>
<p>　こう書くと、誰が悪人なのか判然としない複雑な物語を想像するが、実際には、悪人は誰の目にも明らかなのだ。これでは、映画のテーマとして、「問う」意味がないのではないか。</p>
<p>　役者は熱演している。特に被害者のOLを演じた満島ひかりと、その父親役の柄本明は良かった。被害者のOLも、その父親も、愚かな人間ではあるが、その愚かさは十分に共感出来る。逃避行する妻夫木と深津のカップルも悪くない。前半から中盤にかけて、映画は地方で暮らす絶望感で張りつめている。ここは間違いなく共感出来ると思う。</p>
<p>　だが、後半、舞台が灯台へ移ってから、明らかに失速が始まる。逃避行のロードムービーが、まるでテレビの2時間ドラマのような演出になっていくのだ。中盤までの緊張感を壊しかねない無用なスローモーション、延々と続く柄本明のナレーション、無意味なカット、主役のカップルが交わす余りに説明的なセリフ。分かりやすさは、この映画には不要だ。ただ分かりやすいだけでなく、分かりやすさの、さらに奥に届かなければ、誰が悪人かというテーマは生きてこない。</p>
<p>　堂々たる映画であるだけに、最後まで緊張感を持続出来なかったのは、惜しいと思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>BECK</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12702.html</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 09:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[BECK]]></category>

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		<description><![CDATA[観客の想像を超えられないものを、描かないことによって、観客の想像を超えようとした意欲作（72点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　次々と大作、話題作を手掛け、ヒットを飛ばしている堤幸彦監督は、一般の観客に支持されていると言っていいだろう。しかし、周囲の映画記者や関係者にそう言うと、強烈に反論され、バカにされることが多々ある。コアな映画ファンの一部には、堤作品が大嫌いな人たちが存在するのである。堤監督が一般の映画ファンに受け入れられるのに、一部のコアな映画ファンに嫌われるのは、なぜなのだろうか。</p>
<span id="more-12702"></span>
<p>　「BECK」を見ながら、思い出したのは、2年前、パリのマンガ学校を取材した時のことだ。そこでは、日本の女性マンガ家が講師となって、外国人（主にフランス人）に日本マンガを教えていた。女性講師は、まず外国人には、「日本マンガとは何か」から教えなければならないと語った。</p>
<p>　フランスにもバンド・デシネ（BD）と呼ばれる一種のマンガがある。日本では「ユーロマンガ」（飛鳥新社）というヨーロッパのマンガを紹介した雑誌で読むことが出来るが、日本のマンガ（以下、マンガ）とはまるで違うのだ。BDは一種のアートで、絵画やイラストのようにヒトコマずつ描き込まれていて、ストーリーも非常に完成度が高い。こう書くとBDの方が高級なようだが、実際にはマンガの方が圧倒的に面白いと思う。BDにはBDの良さがあるのだが、我々が思う「マンガの面白さ」とはちょっと違う気がする。</p>
<p>　パリの女性講師は、「きっちりと全部描くBDに対して、マンガは省略して、読者に想像させる部分が大きい。ストーリーを重視するBDに対して、マンガは登場人物の感情を大事にする」と語った。ここにマンガの本質がある。省略（象徴性）と感情なのだ。</p>
<p>　日米の「ゴジラ」を例に挙げると分かりやすいかも知れない。日本の「ゴジラ」は着ぐるみだ。生物としてのリアリティーには欠ける。それ故に、象徴性を持ち得た。放射能を吐き散らしながら、戦後復興した東京を踏みつぶすゴジラは、英霊の象徴であると言われるように、「破壊神」としての一種のシンボルなのである。一方、ハリウッドがリメークしたローランド・エメリッヒの「GODZILLA」は、その名前に「GOD」を含んでいるにもかかわらず、破壊神としての象徴性を持ち得なかった。生物としてのリアルな描写を重んじる余り、ただのでかい爬虫類になってしまったのである。日米のゴジラの違いは、マンガとBDの違いと相似形ではないだろうか。</p>
<p>　さらに言うと、岡田斗司夫さんが著書「オタク学入門」で、日本の特撮と西洋のSFXの違いについて触れていて、日本の特撮は印象派絵画的で「見立て」であり、西洋のSFXは写実絵画であると書いている。「見立て」は日本文化の本質であり、それがマンガとBDの違いにもつながっているのだ。それは、コスプレという文化が日本で発展したこととも関係していると思う。長くなるのでここでは書かないが、山田誠二監督の「新怪談必殺地獄少女拳／吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争」のレビューに書いたので、参照して欲しい。</p>
<p>　何が言いたいかと言うと、堤作品はマンガであり、いわゆる「映画らしい映画」と呼ばれるものはBDではないか、と思うのだ。</p>
<p>　コアな映画ファンが「映画らしい映画」として思い浮かべるのは、ワンカットが長く（もしくはブライアン・デ・パルマのようにアクロバティックなモンタージュを見せるのも映画らしいと言われる）、ロングの画が多く（それ故に画面は描きこまれている場合が多い）、登場人物の感情よりも全体的な物語を描く作品だろう。極端な例で言うと、タル・ベーラやテオ・アンゲロプロスの作品は映画らしい。これら巨匠の作品は、もちろん刺激的で面白いのだが、映画を見慣れていない一般の観客からは、退屈な作品と見なされかねない。その意味では「映画らしくない」堤作品は、登場人物たちの感情に常に寄り添い、その感情の流れで一気に見せるので、退屈はしない。</p>
<p>　「BECK」はロックバンドの物語だ。いじめられっ子の高校生が、アメリカ帰りのギターの天才と出会い、自らの才能を開花させていく。帰国子女のギタリストと、その美人で挑発的、生活感のない妹。上半身裸のベーシスト。ケンカの強いラッパー。米国の音楽業界を牛耳るマフィア。私のようなつまらない中年男とはまるで無関係の世界である。最初の方は、イケメンたちが次々とカッコよく登場してくる展開について行けなかった。それが、次第に引き込まれ、最後はイケメンたちに共感し、心を打たれたのである。感情の流れがきっちりと描かれているからだろう。</p>
<p>　一方で、薄っぺらさを感じる描写も多い。バンドのライブの映像や、クライマックスの、雨の中のロックフェスティバルは迫力たっぷりに描かれている。だが、主人公を脅迫する黒人マフィアは暗黒社会に生きる凄みが伝わってこないし、中村獅童が演じた主人公たちを邪魔する大物プロデューサーも、獅童のコスプレのようにしか見えない。一種の「記号」として描かれているのである。「マンガみたいな」登場人物と言ってもいいかも知れない。こういう場合の「マンガみたいな」は、リアリティーがなくて真に迫って来ないという悪い意味で使われている。マンガを愛する私としては、こういう言い方は嫌なのだが、あえてそこに必要以上のリアリティーを持たせず、ある意味、象徴として描いているのではないだろうか。それよりも、主人公たちの感情表現の方を重視していると思うのだ。</p>
<p>　原作は有名なマンガであり、本作が様々な意味でマンガ的であることは、悪いことではない。むしろ、マンガ的であるのが、この作品にとっては正統なことだと思う。</p>
<p>　ただマンガ的に描くだけでなく、堤監督は驚くべき「省略」も見せる。どう描いても観客の想像力を超えられないものを、描かないことで、観客の想像力を超えようとする試みだ。「省略」の部分についてはすでにネット上で様々に流されているが、ネタバレを避けるためここでは書かない。もちろん、賛否両論あると思うが、私はこれこそが堤監督の真骨頂ではないかと思っている。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>エクスペンタブルズ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12673.html</link>
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		<pubDate>Sun, 29 Aug 2010 03:00:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[エクスペンタブルズ]]></category>

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		<description><![CDATA[スタローンの下に、ジェット・リーやステイサムら、アクション・ヒーローたちが大結集した超豪華なB級映画。粗っぽいが、それが「荒々しい魅力」にもなっている（73点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　シルベスター・スタローンにジェット・リー、ジェイソン・ステイサム、ミッキー・ローク、ドルフ・ラングレン。元プロレス界のスーパー・スター、「ストーン・コールド」スティーブ・オースティン、UFCのランディ・クートゥア。さらにカメオ出演で今やカリフォルニア州知事のシュワルツェネッガーと、ブルース・ウイリス。よくこれだけのメンバーが集まったものだと思う。集まっただけでもう十分、本作は成功と言えるだろう。これだけ集まってしまったら、逆にいい映画にはなりにくいが、いい映画じゃなくても全く構わない。とにかくアクション・ヒーローたちの大集結を観たいのだから。</p>
<span id="more-12673"></span>
<p>　監督・脚本はスタローン。かつて、「天皇巨星」ジミー・ウォングがジャッキー・チェンらスターたちを無理やり集めて作った「ドラゴン特攻隊」（1982）という作品があったが、本作はスケールを10倍くらいにしたスタローン版「ドラゴン特攻隊」といえるかも知れない。</p>
<p>　消耗品を意味する「エクスペンタブルズ」という傭兵部隊が、南米のある島の軍事政権を壊滅させるストーリーだ。スタローンの演出は相当に粗っぽい。どうやって島に侵入するのかと思ったら、水陸両用の飛行挺で普通に海から入っていくだけ。警備が厳しい将軍のアジトには、とにかく警備の兵隊たちを殺しまくって侵入し、あらゆるところに爆弾を仕掛け、爆発させる。緻密な作戦やサスペンスなんてまるで最初から放棄している。ファンはそんなもの期待していないからいいのである。スタローンはスタローンを演じ、ジェット・リーはジェット・リーを演じている。変に「役」になってしまったら、オールスターの意味がなくなってしまう。実に粗っぽいのだが、その粗っぽさは、魅力的な「荒っぽさ」でもあるのだ。</p>
<p>　A級、B級という分け方は本来、製作費が多いか少ないかを言うので、本作は間違いなくA級なのだが、ムードは作品の質も含めて言われる、いわゆる（誤用だが）「B級映画」に近い。「超豪華なB級映画」と呼ぶべきだろうか。</p>
<p>　とにかく、どの画面を切りとっても豪華なのだ。ジェット・リーとドルフ・ラングレンの、クンフーと空手の対決、スタローンとオースティンの筋肉対決などが見られるのもわくわくした。最後の方は爆発に次ぐ爆発。もう、これだけのメンバーの作品を締めくくるには、すべてを爆発させるしかなかったようだ。</p>
<p>　顔ぶれを集めてしまえば後は勝手に出来てしまう、といった感じの雑な物語でも、メンバーを見ているだけで楽しいから仕方ない。しかも、そのメンバーたちが、豪華だけど「A級」（これは「一流」の意味）と呼んでいいのか微妙だ。ひとり一人が主演クラスで、かつてA級だったのは確かだが、スタローンもジェット・リーも年をとってしまったし、ミッキー・ロークは長いスランプから「レスラー」（2008）で脱出したばかり。ドルフ・ラングレンなんて、そもそも大した主演作がない。それに合わせて役の設定も、ロークは引退しているし、スタローンももはや引退寸前。ジェットは家族を持ちたいなんて言う。ラングレンに至っては、薬物中毒で頭がおかしくなっている。一方で、シュワルツェネッガーは大統領を狙っている。役と本人たちが微妙に重なり合っているのが何ともおかしい。</p>
<p>　スタローンはアクションの見せ方が余り巧くない。せっかくの肉弾アクションの連続も、何がどうなっているのかよく分からない場面が目立った。それでも無闇な迫力だけは伝わってくるから凄い。スターたちがこれまで演じてきた様々なアクション映画の「歴史」のおかげだろう。また、「ランボー最後の戦場」（2008）で見せた残酷スプラッター路線は今回も引き継がれていて、血肉が派手に飛び散り、拷問場面もかなりリアル。細かいところに欠点はあっても、気合は入っているのである。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>怪談新耳袋 怪奇</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/horror-movies/12643.html</link>
		<comments>http://www.cinemaonline.jp/horror-movies/12643.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 21 Aug 2010 07:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[怪談新耳袋 怪奇]]></category>

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		<description><![CDATA[「悪魔の凶暴パニック」を思わせるパニック・ホラー「ツキモノ」と正統派Jホラー「ノゾミ」。ホラー・マニアの篠崎誠監督による、対極的な2本立ては、どちらも一筋縄ではいかない面白さがある（68点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　篠崎誠監督はホラー・マニアである。ホラーを巡って、黒沢清監督との対談本を出しているくらいだ。その篠崎監督が、期待通りの一筋縄ではいかないホラーを見せてくれた。</p>
<span id="more-12643"></span>
<p>　「ツキモノ」と「ノゾミ」の2本立てだが、どちらもアイドル・真野恵里菜を主演に使いながら、対極的なホラーになっているのである。</p>
<p>　「ツキモノ」は、小中千昭らが作り上げたJホラーの恐怖の方程式、いわゆる「小中理論」と全く逆を行く試みだ。白昼のキャンパスで、何ものかに取り憑かれ、ゾンビのように顔が変化し、怪物となった女子学生が、全速力で走って追いかけてくる。授業が行われていた教室から学生たちが叫びながら逃げていく場面は、まるでパニック映画ではないか。篠崎監督が好きだという、ジェフ・リーバーマンの「悪魔の凶暴パニック」（1976）を思わせるのである。夜になって、主人公を怪物が後ろから走って追ってくるカットは、あの名作「悪魔のいけにえ」（1974）を髣髴させる。一方で、天井から落ちてくる怪物には怪談映画の伝統の演出を感じた。</p>
<p>　黒沢清監督は「ツキモノ」を「アメリカン」と評しているが、まさに70年代米国ホラーの異様な暴力性が感じられる作品だった。劇場未公開作ではあるが、松村仁史の「鬼殻村」（2009）とも似た印象を受けた。</p>
<p>　これに対し、「ノゾミ」は正統的なJホラーを思わせる作りになっている。主人公に幼い頃に起きた事件が原因で、少女の霊がまとわりついてくる。冒頭の湖が、「13日の金曜日」（1980）のクリスタルレイクを思わせるが、母と娘の関係をじっくりと描いて、バイオレンスではなく、心理的な怖さを強調している。こちらもかなり実験的な作品で、ホラーとしてはある意味、禁じ手をやっている。本来なら、必ずもう一捻りあるところを、わざと捻らない。ホラーとしてのクライマックスを外すことで、母娘の関係にクライマックスを持っていく。いわば、本来エピローグの部分が、クライマックスになっているのである。それはこの作品については成功していると思う。</p>
<p>　Jホラーの楽しみの一つはフレッシュな美女だが、真野恵里菜はタイプの違う2作品で主役を演じていて、どちらも魅力的だった。特殊メークについてはやや不満もあるが、ホラーが好きな人にとっては、面白い2本であることは間違いない。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ベスト・キッド</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12618.html</link>
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		<pubDate>Sat, 14 Aug 2010 07:00:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月14日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ベスト・キッド]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.cinemaonline.jp/?p=12618</guid>
		<description><![CDATA[予定調和的なハリウッドの娯楽作にジャッキー・チェンがピタリとはまって、気持ちがいい。上映時間は長すぎるが、端正な出来（69点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ジグソーパズルの最後の1ピースがピタリとはまるのは、気持ちのいいものだ。例え完成した絵が凡庸だとしても。</p>
<span id="more-12618"></span>
<p>　本作には、そんな快感がある。基本的に子供向けの映画だし、すべてが予定調和的。大きな驚きもなければ、深い感動もない。それでも、ハリウッドの娯楽映画として、上映時間が長すぎることを除けば、端正な出来だと思う。そして、ジャッキー・チェンを見続けてきた者にとっては、よくまとまったハリウッドの娯楽映画の中に、ジャッキーという、実にはまりにくいピースが、何の違和感もなくピタリとはまっていることに、大きな驚きとともに深い感動を覚えるのである。</p>
<p>　ジョン・G・アビルドセン監督、ラルフ・マッチオ主演の「ベスト・キッド」（1984）のリメークである。オリジナルは大ヒットし、シリーズ化された。アビルドセンはシルベスター・スタローンの出世作「ロッキー」（1976）の監督であり、「ベスト・キッド」も若者が努力によって人生を変える物語としてよくまとまってはいるが、安易な物語展開に加え、マッチオの空手がまるでヘナチョコで、アクション演出がなっていなかった。</p>
<p>　リメーク版の主演はウィル・スミスの長男、ジェイデン・スミス。一部でスミスの親バカ映画と悪口を言われているように、ジェイデンのために作られた作品である。オリジナルと違って舞台は中国で、母と一緒に異国に越してきた少年が、中国人たちのいじめに遭いながら、ジャッキー演じるアパートの管理人にクンフーを習い、大会でいじめの相手と戦う物語になっている。平行して、バイオリンを弾く少女との恋愛も描かれる。クンフーを習うことで、少年は中国文化を理解し、異境での暮らしの困難さを克服していくのである。</p>
<p>　オリジナルに比べ、優れている部分はいくつもある。一種の観光映画になっていて、万里の長城や紫禁城など中国の名所がたくさん出てきて、ダイナミックな見所になっている。少年に空手を教えたミヤギ役のノリユキ・パット・モリタに比べ、今回、クンフーを教えるのはジャッキーだから、抜群に動ける。いじめを止めるために中国人少年たちと戦う場面は、相手の力を利用し、なるべく自分が傷つけないよう、同士討ちを誘いながら相手を倒していく。ジャッキーの名人芸が楽しめる。</p>
<p>　そして、ジェイデンが意外に動けるのだ。もちろんワイヤーを使ったり、ダブルを使ったりはしているのだろうが、体のキレはヘナチョコだったマッチオと比べものにならないくらいいい。ラストの大会でのファイト・シーンなど、子供同士とは思えない迫力があった。</p>
<p>　一方で、ジェイデンはどうしても生意気なセレブの息子に見えてしまう。劇中の主人公も生意気キャラなので、どうしても（我々が想像する）「スミスの息子」とダブってしまう。ジャッキーと、主人公の恋人役の少女を除いて、基本的に中国人が悪役としてしか登場しないのも気になる。主人公にとって中国は異境だから仕方ないのだが。</p>
<p>　むしろ、ジェイデンより輝いているのはジャッキーだ。「ダブル・ミッション」（2010）のレビューでも書いたが、これまでジャッキーは、ハリウッド映画に何作も出演しながら、ある意味、常に浮いていた。ジャッキーが凄すぎて、他が付いていけないのだ。すべてが「ジャッキー映画」か「ジャッキーだけが浮いている映画」になってしまっていた。</p>
<p>　ハリウッドに進出して30年、「ダブル・ミッション」ではジャッキーが浮いていないことに驚いたが、あれは「ジャッキー映画」だ。ところが本作は、「ジャッキー映画」でもなく、「ジャッキーだけが浮いている映画」でもいない。ジグソーパズルのピースとして、ジャッキーが初めて、ハリウッド映画にピタッとはまった瞬間に、心を打たれた。</p>
<p>　ジャッキーは、東洋人が若く見えるから、といって、いつも若作りで実年齢とはかけ離れた役を与えられていた。「シャンハイ・ヌーン」（2000）のシャンハイ・キッドに代表されるように、「キッド（小僧）」を演じていたのである。さらに、刑事やスパイなど、一般の人にとってあまりリアリティーを感じさせないヒーロー役が多かった。本作では、クンフーの達人ではあるが、一人暮らしの初老の管理人を演じ、見事にはまっている。ファンならきっと、少年の成長物語よりも、初老の男が人生を取り戻す話の方に、感動することだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ソルト</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Aug 2010 05:00:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月31日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ソルト]]></category>

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		<description><![CDATA[アンジェリーナ・ジョリー主演のスパイ・アクション。ストーリーは荒唐無稽だが、それが気にならないほどのスピード感は見事。ジョリーはどのシーンでも魅力的だ（74点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　近頃、ロシアの美人スパイが逮捕されて話題になったが、現実の（恐らく）地味な諜報活動とはまるで無関係な、ド派手なスパイ・アクションである。
アンジェリーナ・ジョリーが、走り、飛び、格闘し、銃を撃つ。全編、アクションが全く止まらない。この疾走感は実に見事だ。</p>
<span id="more-12601"></span>
<p>　CIA職員のソルト（アンジェリーナ・ジョリー）が二重スパイの疑いをかけられ、逃亡しつつも、意外な行動をとり始める。ソルトの正体が次第に明
らかになっていくと、物語は二転、三転する。その展開にはかなり無理もあるのだが、凄まじいスピード感で、見ている間は気にならない。</p>
<p>　このスピード感を支えているのは、ジョリーを徹底的にアクションだけで見せる演出だろう。テレビのある番組で、ソルトの女性らしい感情やセクシー
さが描かれていないので、ジョリーの魅力を十分に発揮できていないとの評を見かけたが、逆だと思う。むしろ、正体も内面も分からないまま、男女の違いなど
超えて、精密機械のように行動するソルトを描くことで、サスペンスを維持しているのだと思う。リュック・ベッソンの「ニキータ」（1990）などとは違う
種類の作品なので、期待するのは間違っている。</p>
<p>　内面など描かなくとも（あるいは内面が描かれないからこそ）、ジョリーは絵になる。どんな場面でも実にカッコいい。年齢を重ねたことで、訓練され
たプロとしての風格も出ていると思う。</p>
<p>　残念だったのは、カメラが動きすぎて、せっかくのアクションがはっきりと見えないことだ。最近はこうした「はっきり見せない」見せ方が目立つ。う
まくやれば迫力やリアリティーを出せるが、下手をするとただ分かりにくいだけだ。本作の場合、スピード感を最優先したのかも知れないが、ジョリーがカッコ
いいだけに、はっきりと見せてほしかった。せっかく、ムエタイを元にイスラエルの「クラヴ・マガ」を取り入れたという格闘術を使っているのに、その面白さ
が伝わってこないのだ。一方で、ソルトが周りにあるものからあっという間に爆弾を作っていく、その手際の良さには惚れ惚れした。</p>]]></content:encoded>
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		<title>フローズン</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Aug 2010 03:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[フローズン]]></category>

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		<description><![CDATA[男女3人がスキー場のリフトに取り残される雪山版「オープン・ウォーター」（2003）。新鋭アダム・グリーン監督の手腕は確かだが、ストーリーにひねりが欲しい（67点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「HATCHET／ハチェット」（2006）が日本で劇場公開されなかったのは残念だった。スプラッター映画が全盛だった1980年代を彷彿とさせるホラーの秀作だったと思う。監督はこれが劇場向け長編デビューとなるアダム・グリーン。新人だが、確かな演出力を感じた。</p>
<span id="more-12597"></span>
<p>　そのグリーン監督の、日本で最初の劇場公開作となるのが本作「フローズン」だ。週末、スキー場のリフトに取り残された男2人と女1人の物語。スキー場の営業が終わり、地上15メートルの高さでリフトが止まってしまう。次の営業開始は1週間後で、気温マイナス20度、吹雪に加えて尿意まで襲ってくるという絶望的な状況だ。</p>
<p>　ダイビングの後、360度何もない海の中で夫婦が取り残されてしまう「オープン・ウォーター」の雪山版である。出演者はほとんど取り残された3人だけ。当然、舞台もほとんどリフトの上だけ。どうやってストーリーを展開させ、約1時間半の上映時間を持たせるのか、という興味がわいてくる。結果は、期待通りともいえるし、期待外れともいえるものだった。</p>
<p>　さすがにグリーン監督だと思ったのは、最後まで緊張感が持続し、飽きさせない点。「ハチェット」は、派手なスプラッターと笑いのバランスが優れていたが、今回は、笑わせるような場面はほとんどない。基本的に、サスペンスで押して成功している。高さも寒さも伝わってきて、なかなか手に汗握る展開だった。グリーン監督らしいスプラッター描写がふっと顔を出す所もあって、その部分には悪意のある黒いユーモアも感じた。</p>
<p>　逆に残念だったのは、リフトに乗るまでの様々な出来事が、後半で全く生かされていないことだ。例えば冒頭で、曰くありげなリフトの係員が登場したり、主人公の一人がゲレンデで声をかける女性の電話番号を暗記しようとしたりするが、それらが後半のドラマの伏線になっているのかと思っていたら、まるで無関係なので驚いてしまった。</p>
<p>　リフトの上に取り残されるというアイデアはいいものの、ただそれだけで、展開がいき当たりばったりの印象なのだ。いくら何でも、もう少しストーリーにひねりが欲しい。</p>
<p>　それでもきっちりとサスペンスを盛り上げたグリーン監督の手腕は確かなものだといえるだろう。ホラーの新たな才能として期待したい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>テコンV</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12575.html</link>
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		<pubDate>Wed, 04 Aug 2010 03:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[テコンV]]></category>

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		<description><![CDATA[1976年に公開されて大ヒットした韓国初の本格的ロボットアニメの最新デジタルリマスター版。日本のアニメが洗練されすぎて失ったプリミティヴな魅力がここにはある（66点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　韓国では伝説的なアニメという。「マジンガーＺ」にかなり似たデザインのロボットに、テコンドーの使い手が「ガッチャマン」みたいなヘルメットで乗り込み、テコンドーを駆使して悪のロボット軍団と戦う。相手は北朝鮮を思わせる「アカ帝国」で、試合で負けたテコンドー選手、プロレス選手、剣道選手などをロボットに改造し、操って人類を滅亡させようとする。なぜ試合に負けた選手ばかりを選んでいるかというと、「負けた恨み」を利用するから。さすがは「恨（ハン）」の国である。</p>
<span id="more-12575"></span>
<p>　日本アニメの様々な影響を感じさせながらも、韓国独特の岩山と滝の風景がファンタジックで、まるで民話の世界のようだ。ロボットがテコンドーの技を使う描写は、かなり奇妙だし、主人公を慕う少年が何故かヤカンをかぶっているのもおかしい。ロボットアニメとしては見慣れた風景なのに、どこかが違う。それは、韓国あるいは東南アジアのデパートに入った時の印象と似ているかも知れない。日本のデパートに似ているけれど、売られている品物が微妙に違うのが、妙に面白いのだ。</p>
<p>　アカ帝国のボスが悪の道に入った原因は、自分の頭のデカさを学会で笑われたからだった。この学会の場面がすごい。とにかく、頭がデカイというだけで、みんながゲラゲラと容赦なく笑う。アングラアニメの傑作「二度と目覚めぬ子守唄」（1985）を思い出してしまった。あれはアングラだからいいが、身体的特徴をこのようにバカにする描写は、現在は一般向けアニメではタブーだろう。だが、ここまで容赦なく笑うからこそ、悪のボスと化す博士の悔しさも伝わってくると言える。主人公たちと、悪人たちとの間で揺れ動き、「妖怪人間ベム」の名セリフ「早く人間になりたい」を叫ぶ美少女ロボットは、南北分断の悲劇を連想させて、カン・ジェギュの「シュリ」（1999）や「ブラザーフッド」（2004）と同じくらい悲しい。蹴りや突きが炸裂するロボット同士の戦いは、最後は相手がバラバラになるまで行われ、異様な迫力だ。</p>
<p>　勧善懲悪で子供向けだが、日本ロボットアニメの韓国風アレンジが実に面白く、この珍妙さを是非、体験して欲しい。現在の日本アニメにはないプリミティヴな魅力も感じられるだろう。</p>
<p>　日本語字幕が何だか変なのも、大いに笑える。知的で紳士的な博士が突然、アントニオ猪木ばりに「やってやろうじゃねえか」などと言い出す。「映画秘宝」のこども商事（とギンティ小林さん？）の字幕監修だからだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ダブル・ミッション</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12567.html</link>
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		<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 01:00:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年06月19日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ダブル・ミッション]]></category>

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		<description><![CDATA[ジャッキー・チェンのアクションは過激さがなくなった代わり、名人芸の域に達している。軽めのコメディーだが、熟練の技を堪能出来る。（67点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ジャッキー・チェンのハリウッド進出30周年記念映画。内容も、それにふさわしく、冒頭、主人公のこれまでの活躍を紹介するのに、ジャッキーの過去作品のダイジェストを使うなど、様々な作品にオマージュを捧げている。</p>
<span id="more-12567"></span>
<p>　ジャッキーが最初にハリウッド映画に進出したのは、ロバート・クローズ監督の「バトルクリーク・ブロー」（1980）だった。公開当時、ワクワクして見に行って、ガッカリして帰ってきたのを覚えている。あの映画では、ジャッキーだけが浮いている印象だった。一人だけ動きがキレすぎていて（香港映画時代のジャッキーに比べれば全然キレがないのだが、それでも）、相手役のプロレスラーたちがついていけない。クローズ監督の演出も、ブルース・リーのような一撃必殺の強さをジャッキーに要求していたように思う。半ばやられながら相手と延々と戦うというジャッキーのアクション・スタイルには合わなかった。</p>
<p>　その後、香港映画でハリウッドに進出した「レッド・ブロンクス」（1995）でチャンスをつかんだジャッキーだが、「シャンハイ・ヌーン」（2000）や「ラッシュ・アワー」（1998）など、バディもののシリーズは、やっぱりジャッキーだけがアクションも演技も浮いていた。「タキシード」（2002）は佳作だが、ワイヤーの使用が目立って寂しかった。</p>
<p>　本作を見て一番感じるのは、ジャッキーが老いたなあということだ。もちろん、ずいぶん前からジャッキーの老いは感じていたが、これまでガールフレンド役はいつも若い美女だった。それが、美女ではあるが、若くはない子持ち女性なのだ。その子供たちと楽しそうに絡んでいるジャッキーを見ると、時の流れを実感する。それだけこちらも老いているわけだが。</p>
<p>　もちろん、ジャッキーのアクションにも、往年のキレはない。ところが、このキレのなさが、かえって本作にとっては良かった。ハリウッドのゆるめのコメディーの中で浮きまくっていたジャッキーのアクションが、本人の衰えによって、皮肉なことだが、初めてピタリとはまったように感じた。</p>
<p>　いつもは残酷なくらいに散々に打ち据えられるジャッキーも、今回は子供向けの作品のためか、ほとんどけがを負わない。アクションも、子供たちを守りながらというハンディがあるため、激しさは緩和され、むしろユーモラスなアクロバットが中心になっている。</p>
<p>　それでも、イスや冷蔵庫など、どの家庭にもある家具や家電を武器として使ったアクションは、いつもながらアイデア豊富で見応えがあった。過激さはなくなったが、やはりジャッキー・アクションは凄い。ここまでくれば、名人芸の域だ。</p>
<p>　それに、子供たちとジャッキーとの心の触れ合いには意外に泣かされた。特にジャッキーが「自分は孤児だった」と長女に語るところなどは、胸を打たれた。</p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>アイアンマン2</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12566.html</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 23:00:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アイアンマン2]]></category>

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		<description><![CDATA[やりたい放題のわがまま社長というユニークなヒーロー像が痛快。CGの派手な見せ場に美女と、ゴージャスな見所の連続で、前作以上の出来（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「アイアンマン」シリーズは、主人公が真面目なヒーローではなく、わがままでセレブ、兵器産業に関わる企業の2代目社長というのが面白い。しかもナルシストで、「正体」が世界中にばれている。自分は世界平和を民営化したと公言し、スーツを着て酒に酔い、武器を使って顰蹙を買う。そして、自分の非をなかなか認めない。普通のヒーロー像と全く真逆なのだ。だが、嫌な感じはしない。ロバート・ダウニーJrがユーモアたっぷりに演じていると、嫌味がないというか、嫌味なところも許せてしまう。むしろ痛快で、人間として様々な欠点があることで、普通のヒーローよりも共感できるほどだ。</p>
<span id="more-12566"></span>
<p>　今回もわがまま放題なバカ社長のいい加減な活躍が実に面白い。それに、グゥイネス・パルトロウにスカーレット・ヨハンソンと、周りも美女だらけなのである。特筆すべきは「スーツケース型」のアイアンマンスーツ。「トランスフォーマー」（2007）みたいに、スーツケースが変形してスーツになっていくところがとても良く出来ている。素直に、あんなスーツ欲しい、と思ってしまった。</p>
<p>　ストーリーのメーンは、兵器会社同士の争いだ。国家も、ゲリラみたいなミッキー・ロークも絡んでくるが、中心はあくまでも企業間競争なのである。ロークの悪役は「レスラー」（2008）の雰囲気を何となく引きずっている。彼は企業というリングで負けた父親の仇を討つため、アイアンマンに挑む。2世対2世の戦いだ。方やセレブ、方や貧乏人という、格差社会の怨念もあるだろう。映画の主人公は、昔は貧乏だが才能のある若者が普通で、セレブの2世は、むしろ敵役が多かったように思うが、いつの間にか、映画の主人公が2世ばかりになり、セレブが貧乏人を倒すストーリーが普通になってしまった。世の中が停滞して、下層から上層へ成り上がるという夢が持てず、最初からセレブに生まれないとどうしようもないと思ってしまうのだろうか。</p>
<p>　まあ、アイアンマンスーツを作るには莫大なお金がかかるし、悪と戦うには時間もいる。サラリーマンのように時間に縛られていたらヒーローは務まらない。本作を見て、やっぱり主人公が貧乏人というのは、無理があるなあ、と思ってしまった。スパイダーマンも、バイトや学業、デートと、ヒーローとしての活動との間で悩んでいたし。</p>
<p>　今回は軍人役のドン・チードルもアイアンマンスーツを来て、ダウニーJrと一緒に暴れまくる。アイアンメン（複数）である。ロボット軍団とアイアンメンとの戦い、ボディラインにぴったりの黒い衣装を来たヨハンソンの格闘術と、ゴージャスな見所がたっぷりで、最後まで楽しめた。前作よりスケールアップして面白くなっていると思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ボローニャの夕暮れ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12256.html</link>
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		<pubDate>Tue, 22 Jun 2010 11:00:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月26日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ボローニャの夕暮れ]]></category>

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		<description><![CDATA[第2次世界大戦下、イタリア・ボローニャの一家族の崩壊と再生を描いた秀作。過去と未来を一瞬で肯定するラストの奇跡に感動させられた（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ボローニャはイタリア北部。長靴でいえば、脚の付根の下ぐらいか。井上ひさしが「ボローニャ紀行」で書いた、職人の町、庶民の町だ。スパゲッティー・ボロネーゼは、ボローニャ風スパゲッティーの意味。日本ではミートソース・スパゲッティーの方が一般的だろう。ボロネーゼとミートソースは別物という説もあるが、トマトの量が違うくらいである（と理解している）。</p>
<span id="more-12256"></span>
<p>　本作はタイトル通り、第2次世界大戦下のボローニャが舞台だ。平凡な教師と、美人の妻、17歳の娘。一家の運命が、女子高生の殺人事件をきっかけに大きく変わっていく。</p>
<p>　ハイデガーの哲学は難解で歯が立たないのだが、時間性についての考察だけは、非常に胸を打つ。ハイデガーは、時間は過去、現在、未来が同列ではなく、常に現在から、過去や未来の意味を与え直すことが出来る、というようなことを語っている。過去も未来も、現在から捉え直すことが出来るとしたら、人間はどんなに惨めな人生を送っていても、一瞬で自分の人生を肯定出来る可能性を持っているということだろう。</p>
<p>　ハイデガーを思い出したのは、本作のラストに、主人公たち一家がそのように、過去と未来を取り戻す、奇跡的な瞬間が訪れるからだ。</p>
<p>　運命にも時代にも翻弄され続ける主人公は、映画の最後に、すべてを受け入れることで、過去も未来も取り戻す。それが家族の再生として、見事に描かれている。</p>
<p>　未来に重きを置きすぎるハイデガーの時間論は、結果的にナチズムに利用されてしまった面も否定出来ない。だが、本作では、個人としてムッソリーニのファシズムを乗り超え、戦後イタリアの未来を開く希望になっているのが、とても感動的なのだ。</p>
<p>　セピア色の画面の中、第2次世界大戦中のイタリア庶民の暮らしが、実に丁寧に、ドラマチックに描写されている。役者たちもいい。教師役のシルヴィオ・オルランドは、表情に暮らしの澱が染み付いているようだし、妻役のフランチェスカ・ネリは、そこから少し逸脱した中年女のエロチシズムを感じさせる。アルバ・ロルヴァケルの思春期の狂気も素晴らしい。</p>
<p>　ハイデガーとともに思い出したのが、森一生監督、勝新太郎、田宮二郎主演の「新悪名」（1962）だ。ストーリーはまるで違うが、主人公が第2次世界大戦を経て、以前の妻に会うという部分が同じなのだ。「新悪名」の主人公でヤクザの朝吉は、妻とやり直すことが出来ず、心に喪失感を抱えたまま生きることになる。もちろん、教師とヤクザの違いはあるが、実はもっと深いところに、原因があるような気がする。同じ戦争の負け組でありながら、一方は家族の再生を果たし、もう一方が果たせなかったのは、ムッソリーニのファシズムと、天皇制と、両者に対する、国民の受け入れ方の違いなのではないか。我々は未だ、現在から過去を捉え直すことが出来ず、自己を投企出来ていないのかも知れない。</p>
<p>　そんないろんなことを考えさせるが、少しも難解な映画ではない。プーピ・アヴァーティ監督の演出は娯楽色豊かで、むしろエンタティンメントとしてよく出来ている。女子高生殺人事件をめぐるサスペンス、意外な犯人とその動機。娘や妻の性。戦争によって次第に壊されていく日常。それらがボロネーゼソースのように混じり合い、酸味も甘みも苦みも旨みも、様々に感じさせてくれるのである。オルランドは本作で、ベネチア国際映画祭の主演男優賞を受賞している。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>さんかく</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12254.html</link>
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		<pubDate>Tue, 22 Jun 2010 09:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月26日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[さんかく]]></category>

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		<description><![CDATA[30男と恋人、その妹。徹底的にダメな3人の三角関係をリアルに描いたコメディー（81点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「さんかく」は男女の三角関係である。釣具店のアルバイト店員で30歳の百瀬（高岡蒼甫）と、同棲している恋人・佳代（田畑智子）のアパートに、夏休みを利用して、佳代の妹、桃（小野恵令奈）が転がり込んでくる。中学3年生で15歳だが、体は大人の桃は、無防備に振る舞い、百瀬をドキドキさせる。やがて、百瀬は桃に夢中になり、佳代と別れる。納得のいかない佳代は百瀬のストーカーとなり、百瀬は桃のストーカーとなっていく。</p>
<span id="more-12254"></span>
<p>　「純喫茶磯辺」の吉田恵輔監督は、この3人を、とことんダメな人間として描いている。百瀬は自分の似顔絵を愛車にペイントし、桃を相手に昔の喧嘩を自慢するという、絵に描いたようなダメ男ぶり。30になってもアルバイト店員で、後輩に偉そうに振舞うので嫌われているが、それに気づいてもいない。桃が電話に出なくても、延々と携帯に留守番電話を入れ続ける。佳代は友人からマルチ商法に誘われても疑わず、百瀬が出て行くと、嫌われても延々と後を追い、自殺まで企てる。桃は利己的で、15歳にして女のズルさが身に付いている。</p>
<p>　3人とも、どうしようもなくダメな感じがするのは、それだけリアルで、見ている方が身につまされるからだ。まるで自分のことを見ているような気がするのである。恋愛において、こういうダメな関係は常にある。というよりも、普通の恋愛は、ダメな関係とイコールそのものだろう。</p>
<p>　電話に出ない桃に怒り、叫ぶ百瀬。一方の佳代は、百瀬の留守中に部屋に忍び込み、気づかれない程度に掃除をしたり、冷蔵庫の中身を補充したりする。桃は東京にいる憧れの先輩を誘うが、名前も覚えてもらえず、振られたにもかかわらず、バイト先まで押しかけ、遠くからじっと見ている。実にみっともない場面ばかりだが、誰もが思い当たるみっともなさだと思う。高岡蒼甫と田畑智子、そしてAKB４８の小野恵令奈が好演している。特に小野恵令奈の、演技と感じさせない自然さに感心した。舌足らずの話し方が役にぴったりだ。</p>
<p>　この映画は観客にとって、リトマス試験紙にもなるかも知れない。3人のうち、誰に最も共感出来るかで、自分の性格が分かると思う。いわば、「さんかく占い」として楽しめる。3人とも共感出来ない、というのは無し。誰かを選んでもらいたい。そこから、見たくなくて目を背けていた、自分の本当の姿が浮かび上がって来るかも知れない。映画評論家の佐藤忠男は「映画は自惚れ鏡」である、と言った。美化した自分を映画の中に見ているという名言だ。逆に本作には、カッコ悪い、本当の自分を発見出来るだろう。</p>
<p>　ラスト、「続・夕陽のガンマン／地獄の決斗」のように、3人は3すくみの状態になる。この三角形が美しい。3人は複雑な表情なのだが、これから、相手のダメさを許すことで、自分のダメさも許せるようになるのではないかという、そんな予感が漂っている。観客もまた、ダメな自分を許すことが出来るような気がしてくる。この光景だけでも、本作を見る価値はあると思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>アウトレイジ</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Jun 2010 10:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月12日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アウトレイジ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.cinemaonline.jp/?p=12162</guid>
		<description><![CDATA[暴力をテーマに、ヤクザ同士の潰し合いを描いた北野武監督作。よく出来たB級バイオレンス映画（77点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北野武監督は、テレビ番組のインタビューで、「どつき漫才」を例に出し、暴力は笑いと同じだと語っていた。漫才でどつかれれば笑いが起こるが、どつかれる方が流血すれば、暴力として恐怖を呼ぶことになる。見せ方によっては、「どつく」という行為は、暴力にもお笑いにもなる。また別の番組では、暴力は描写が過剰過ぎるとホラーになってしまうとも語っていた。ホラーは恐怖だが、血しぶきが過剰に飛び散るスプラッター映画は時として笑いに転化する。笑いにも恐怖にも狂気にも成り得る暴力を、いかに斬新に、痛みが伝わるように表現するか。本作は、エンタティンメントであると同時に、北野武監督による暴力論であるとも言えるだろう。</p>
<span id="more-12162"></span>
<p>　題名からして「極悪非道」である。ヤクザ同士が金と出世のため、お互いに利用し合い、裏切り合い、殺し合う。ストーリーは極めて単純だ。登場人物は基本的に全員悪人で、人を傷つけることを何とも思っていない。ビートたけし演じる弱小組長は、組の仲間を裏切ることはしないが、それでも残虐な暴力を振るって笑っている狂気の人間だ。偽善を最も嫌う北野監督らしい、性悪説に基づいた人間観は、決して不快ではない。むしろ徹底ぶりが気持ちいいほどだ。他人を踏み台にしようとする嫌らしさも、とことん突き抜けた先には、獣同士の争いのようなダイナミックさが見えてくる。</p>
<p>　見所の一つは、役者たちの「悪」の演技だ。本作は北野映画としてはわりとセリフが多く、怒鳴ったり凄んだりする場面が連続する。ビートたけしや石橋蓮司ら、いかにもヤクザな面々だけでなく、三浦友和、椎名桔平、加瀬亮らが、意外に役にはまっているのが面白い。役者たちがみんな、暴力のにおいをプンプンさせているのだが、特に英語ペラペラのインテリヤクザを演じた加瀬亮は、底知れない冷たさも感じさせて好演だ。</p>
<p>　北野監督が最も力を入れたであろう暴力描写は、もはや、半ばホラーになっていた。あのアンソニー・ウォンが怪演した「八仙飯店之人肉饅頭」（1993）を思い出してしまった。これは実録犯罪物だが、描写が極端過ぎて完全にホラー映画だった。三池崇史監督のびっくり拷問大会「殺し屋1」（2001）にも通じるものがある。「殺し屋1」までくると、暴力というより、もはや倒錯したSMの世界だった。</p>
<p>　本作では、切れないカッターナイフで指を詰めさせたり、耳の中に箸を突っ込んでかき回したり、歯医者の歯を削るドリルで口の中をかき回したり、もはや猟奇的と言うしかない描写がある。その部分が余りに強烈で、ホラーの世界に片足を突っ込んでしまったような印象だ。</p>
<p>　そこが面白いところでもある。ここで描かれる暴力には、恐怖の中に、狂気や笑いも含まれている。暴力をエンタティンメントとして成立させ、他には何も付け加えようとしない。付け加えないどころか、余計なものを一生懸命削ぎ落とそうとしている。その姿勢はB級バイオレンス映画として実に正しいと思う。</p>]]></content:encoded>
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		<title>座頭市 THE LAST</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12109.html</link>
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		<pubDate>Mon, 31 May 2010 01:24:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[座頭市 THE LAST]]></category>

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		<description><![CDATA[SMAPの香取慎吾が座頭市に挑戦した意欲作。人間味のあるリアルな座頭市像を作ることには成功しているが、仲代達矢や倍賞千恵子らの大芝居が浮いていて、非常にバランスが悪い作品になってしまった（66点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　座頭市といえば、何といっても勝新太郎だろう。ビートたけしも演じたし、やや変則的なものとしては、綾瀬はるかが女座頭市に扮した曽利文彦監督の「ICHI」（2008）がある。その他、山田誠二監督「新怪談残虐非道・女刑事と裸体解剖鬼」（2004）のゾンビ市（橋本和博）、高橋洋監督の地下映画「ソドムの市」（2004）の俎渡海市兵衛（浦井崇）なども、座頭市の変奏曲だ。日本映画だけではない。「ブラインド・フィーリュー」（1989）のルトガー・ハウアー、さらに最近の米国映画（タイトルを書くとネタバレになるので書かない）にも、座頭市的なキャラクターは登場する。盲目の居合い斬りの達人は、あまりに強烈で魅力的なキャラクター故に、様々に作り手の創造力を刺激するのである。</p>
<span id="more-12109"></span>
<p>　その中で、実力派の阪本順治監督とSMAPの香取慎吾が、どのような座頭市像を作り上げたのか。結論から言うと、実によくやったと思う。これまでとはまるで違う、新たな座頭市を創造することに成功している。</p>
<p>　座頭市は化物じみたスーパーヒーローで、圧倒的に強かった。勝新太郎は爪楊枝を吹いて飛んでいる蠅に命中させ、ビートたけしは石灯籠も真っ二つに斬ってしまう。人間業ではない。居合の技だけではなく、精神面も強い。正義感はあるが、ある意味、冷酷非情。もちろん例外はあるが、弱みをほとんど見せず、迷いがない。</p>
<p>　香取慎吾が演じた座頭市は、意外に弱い。その殺陣は居合というより、市川崑が「木枯し紋次郎」シリーズで見せたような、ヤクザの戦い方に近いのだ。走り、転げまわって逃げつつ、ある程度自分が斬られることで相手との距離を測りながら、刀を振るう。実にリアルだ。阪本順治はこうしたリアルな殺陣の特徴を生かすよう、山中の斜面など、わざと足場の悪いところでアクション場面を展開している。香取慎吾はそれによく応えている。</p>
<p>　そして、今回の座頭市は、孤独なさすらい人ではない。タネ（石原さとみ）と結婚もするし、故郷に戻れば友達（反町隆史）もいる。「生活者」としての面を見せる。勝新太郎に代表されるこれまでの座頭市は、決して普通の暮らしができない「異端者」だった。それ故の強さも、弱さもあったのだが、本作では、生活者としての強さや弱さが、きちんと描かれている。</p>
<p>　山形県庄内地方の自然の美しさや、そこに作られた山村のセットの見事さ。見どころはたくさんある。だが、詩的でリアルな世界を構築する一方で、それをぶち壊すような、奇怪が場面があるのが残念だ。</p>
<p>　仲代達矢、倍賞千恵子といったベテラン勢の演技が、いかにも大芝居で、香取慎吾のリアルな座頭市像とまるで合っていないのだ。仲代達矢が演じたヤクザの親分は、何がやりたいのかよく分からないし、倍賞千恵子の農家の母親に至っては、セリフにいちいち意味があるようで、実際にはまるでない。脚本が悪いのか、役者が悪いのか、演出が悪いのかよく分からないが、何ともチグハグな印象だ。</p>
<p>　斬られて死にかけている人間が、なかなか死なず、そこにいろんな人が順番にやってきて、ひとしきり嘆いて悲しみを表現しつつ、延々とセリフを続ける。その間、悪者たちは全く嘆き合っている人たちに関心を持たない。そんな田舎芝居じみた演出が、せっかくリアルに作り上げた世界を、ガラガラと崩していく。香取慎吾は良かったが、映画は失敗という結論にならざるを得ない。</p>]]></content:encoded>
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		<title>パーマネント野ばら</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12108.html</link>
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		<pubDate>Mon, 31 May 2010 01:24:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[パーマネント野ばら]]></category>

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		<description><![CDATA[舞台となる高知の町並みや、そこに住む人々の生活感が、詩的かつリアルに描かれた秀作。菅野美穂、小池栄子、池脇千鶴ら女性陣がとてもいい（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　西原理恵子の原作を、「クヒオ大佐」の吉田大八が監督。菅野美穂の8年ぶりの映画主演作としても話題だ。</p>
<span id="more-12108"></span>
<p>　高知の海辺にある田舎町の風景が、懐かしく、そしてとても寂しい。主人公のなおこ（菅野美穂）が暮らす、昔ながらのパーマ屋は、看板のペンキが古びて剥げかけている。取り残されたような町に暮らすのは、町の外の世界から取り残されたような人々だ。離婚したばかりで子連れのなおこ、何度も男に捨てられる男運の悪い女たち。主人公の母親・まさ子（夏木マリ）も、夫のカズオ（宇崎竜童）に逃げられている。世代を超えて、男女の関係は変わらない。それでも、女たちは諦めない。逃げる男を追いかけ、新たな恋に身を焦がそうとする。</p>
<p>　なおこの幼馴染、みっちゃん（小池栄子）は町でスナックを開いているが、夫は働かず、店の女と浮気をし、金を無心するばかり。怒ったみっちゃんは車で夫をはねてしまう。もう一人の幼馴染、ともちゃん（池脇千鶴）は、何人もの男に逃げられた挙句、最後に捕まえた夫はギャンブルに溺れ、行方不明になってしまう。深刻な状況ではあるが、吉田監督は笑いを交えながら、田舎町での男女のいざこざを、ノスタルジックな雰囲気の中、テンポよく、軽妙に描く。怒ったり、嘆いたり、落ち込んだりしながら、それでもめげない女性たちを見ていると、こちらも何となく元気になってくる。その語り口は名手と呼んでいい。</p>
<p>　なおこは高校教師のカシマ（江口洋介）と付き合っている。ある日、一緒に温泉旅館に行くのだが、何故かカシマだけが先に帰ってしまう。</p>
<p>　なおこが住んでいる店舗兼住宅の描写が、とてもリアルだ。年月を経た雰囲気や生活感があって、ちょっとドキっとするほどだ。リアルな町並みや家々の造作の中に、女優たちが見事に溶け込んでいる。建物と同じく、何とも言えない生活感がある。高知の方言をきちんとこなしているからだろう。</p>
<p>　菅野美穂はほとんどノーメークではないだろうか。元々、「エコエコアザラク」や「富江」など、ホラーで注目された女優だ。その後、テレビドラマを中心に活躍しているが、最近でも「曲げられない女」など、ちょっと変わった役が多い。どこか雰囲気に影があるのだ。本作では、その「影」が重要になってくる。</p>
<p>　本田博太郎ふんするみっちゃんの父親が、頭がぼけてしまい、チェーンソーで電信柱を切る場面があるのだが、切れた電線が放つ火花が、夜の闇の中でダンスを踊り、夢のように美しい。この美しさの正体が、やがてある残酷さとともに、明らかになる。</p>
<p>　そのとき、世界のすべてが一変する。町の風景の寂しさは、美しさに変わり、町の人々の滑稽さは、優しさに変わる。時に忘れられたような町は、本当に時が止まっていたのだ。</p>
<p>　実にうまい展開だ。だが、この一種のどんでん返しは、最近公開されたある映画と全く同じなのが気にかかる。驚きと同時に、「またか」という思いも禁じ得ない。しかし、それを差し引いても、実に美しく、切なく、胸を打つ作品だ。</p>
<p>　パーマネントは「永久」という意味だ。なぜパーマ店の客らが異常に「パーマの強さ」「パーマの永続性」にこだわっていたのか。見終わったとき、その気持がわかって、胸に染み入ってくる。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>逆襲！スケ番ハンターズ／地獄の決闘</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/12099.html</link>
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		<pubDate>Fri, 28 May 2010 01:15:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[逆襲！スケ番ハンターズ／地獄の決闘]]></category>

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		<description><![CDATA[B級ながら、セクシー・アクションの面白さを存分に楽しめる。主演の亜紗美がとびきりカッコいい（72点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年（2010年）のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で最も驚かされたのが、「スケ番☆ハンターズ」2部作だった。いわゆるB級映画だが、空疎な大作よりも遥かに面白かった。</p>
<span id="more-12099"></span>
<p>　主演の亜紗美は、アダルトビデオに出ていた人だが、もはや「元AV女優」ではなく、「アクション女優」と言っていいと思う。「おいら女蛮」（2006）「片腕マシンガール」（2008）「ロボゲイシャ」（2009）と、確実にアクション女優としてのキャリアを積んでいる。本作では、「死亡遊戯」（1978）のカリーム・アブドゥル＝ジャバーを思わせる黒人と、カットを割らない長回しのアクションを見せてくれる。そのレベルは相当に高い。今、日本の3大アクション女優を選ぶとしたら、ベテランの水野美紀は別格として、「ハイキック・ガール」（2009）の武田梨奈、「芸者VS忍者」（2008）の佃井皆美、そして本作の亜紗美だろう。日本が世界に誇れる3人だと思う。</p>
<p>　しかも、亜紗美は「絵」になるという点では抜群だ。立っているだけで見とれてしまう。説得力のある身体を持っている。そして、セクシーでもある。</p>
<p>　ヤクザハンター・アサミがかつての師匠を訪ねる本作は、冒頭からチェンソーによる人体切断のスプラッターを見せてくれる。ヤクザたちは賭博場を作るために立ち退きを迫り、逆らう者をことごとく殺していく。自分を匿ってくれた初代ヤクザハンターが殺されたことで、アサミの怒りが爆発する。</p>
<p>　とにかく亜紗美と、その敵役の三輪ひとみが、圧倒的にカッコいい。演出が存分に2人の魅力を引き出している。ラストの決闘場面は、画面が突然シネスコになる。セルジオ・レオーネを思わせる構図に惚れ惚れした。奥田真一監督のこだわりがとても楽しい。</p>
<p>　特訓の末にアサミが身につけた必殺技には爆笑させられた。この突き抜けた感じがたまらない。勢いがあるのだ。レイトショー公開ではあるが、B級アクションが好きな人には、是非見てもらいたい。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>ゾンビランド</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/horror-movies/12094.html</link>
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		<pubDate>Thu, 27 May 2010 01:03:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月24日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ゾンビランド]]></category>

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		<description><![CDATA[笑いもスプラッターもきっちり楽しめるホラー・コメディー（72点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ゾンビは元々、ブードゥー教の呪術師によって魂を抜かれ、奴隷化された人々だった。このブードゥー・ゾンビは、早くからベラ・ルゴシ主演の「恐怖城」（「ホワイト・ゾンビ」）（1932）などでスクリーンに登場している。ゾンビ自体は自分の欲望を持たず、「支配者」の言いなりになって働くという点で、我々が悪い意味での「共産主義」をイメージするときの、「人民」に近いといえるだろう。</p>
<span id="more-12094"></span>
<p>　これを「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」（1968）で、180度転換したのが、モダン・ゾンビの祖、ジョージ・A・ロメロだ。当時はベトナム戦争下。「人肉を食べたい」という、自らの欲望のままに動くゾンビは、共産主義的なブードゥー・ゾンビに対し、資本主義的なキャラクターと言えるのではないだろうか。「人が人を食べる」というのも、資本主義の競争社会を象徴しているように思える。そこに、リチャード・マシスン原作の「地球最後の男」やハマー・プロの「吸血ゾンビ」（1965）の要素が加わって、モダン・ゾンビが完成した。マシスンが描いたのはゾンビではなく吸血鬼なのだが、吸血鬼＝他人の血（金）を吸い取る鬼という、金貸しのイメージからも、資本主義的キャラクターにはぴったりだった。</p>
<p>　ベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、米国同時多発テロとリーマン・ショックを経た今、御大ロメロは米国の再生を意識して、新作「サバイバル・オブ・ザ・デッド」（2009）では米国の歴史の出発点である西部劇まで遡っている。本作「ゾンビランド」もまた、「再生」の物語だ。人間の殆どがゾンビ化してしまった世界で、生き残った人々は他人を一切信じず、「自分のルールにだけこだわって」生きている。それは引きこもりの主人公だけではない。マッチョなゾンビ・ハンターも、詐欺師の姉妹も、「他人を信じない」というルールを課している点では同じだ。それは資本主義が行き着くところまで行った末の、不信の荒野だ。行き着くところまで行って、また出発点に戻ったのである。彼らが他人のために自らのルールを破ったとき、荒野に最初の「家族」が生まれる。ある意味それは、西部劇に登場する「一家」のようでもある。</p>
<p>　冒頭、人間の殆どがゾンビ化した世界が、スーパースローで描かれる。人が人を食う残酷場面だが、スーパースローで描かれると、奇妙におかしい。ゾンビと人間との戦いを描いてはいるが、これはコメディーなのである。ゾンビのコメディーといえば、「ショーン・オブ・ザ・デッド」（2004）や「ゾンビーノ」（2007）を思い出すが、見た印象はむしろ、「ビッグ・バグズ・パニック」（2009）と似ている。</p>
<p>　主人公は引きこもり気味の青年（ジェシー・アイゼンバーグ）だ。ゾンビの世界で生き残るため、32のルールを作り、それを頑なに守っている。両親の住むコロンバス州へ向かう途中、ゾンビ退治の達人で、トゥインキーというスポンジケーキを探すことを生き甲斐にしているタラハシー（ウディ・ハレルソン）や、ウィチタ（エマ・ストーン）とリトルロック（アビゲイル・ブレスリン）という詐欺師の姉妹と出会い、一緒に旅をすることになる。姉妹はロサンゼルス郊外にあるゾンビがいないという遊園地「パシフィックランド」を目指していた。</p>
<p>　コメディーだが、ゾンビの食人場面は残酷で、スプラッター度はかなり高い。ゾンビたちが内蔵や手足をかじる場面も、ゾンビの頭や手足がちぎれて飛び散る場面もちゃんとある。スプラッターが見たい人も満足できるだろう。本作のゾンビたちは結構走る。走るのが遅いデブは逃げ遅れてゾンビになるため、デブのゾンビが多い、というのが笑える。デブにならないための「有酸素運動」は、主人公のルールの一つにもなっている。</p>
<p>　主人公の決めた「ルール」は、画面に字幕で登場する。最初は失笑だが、繰り返されるうちにだんだん可笑しく思えてくる。主人公だけでなく、タラハシーも、詐欺師の姉妹も、それぞれ自分にルールを課している。ルールだから、当然破られる。自分を守るためのルールを、他人を守るために破ったときに、主人公たちは友情や愛情を取り戻し、「ゾンビ同然」の（資本主義的に欲望に特化した）人間から、人間らしい人間になる。実に健全なテーマが、グロテスクなスプラッターと悪趣味な笑いの中に描かれている。童貞のダメ青年のビルドゥングスロマンにもなっている。</p>
<p>　ウィチタ役のエマ・ストーンは、グリーンがかった瞳の色がとてもきれいで、実にかわいい。主人公が夢中になる気持ちもよくわかる。主人公と同じマンションの住民で、ゾンビになってしまう美女をアンバー・ハードが演じている。「ステップファーザー／殺人鬼の棲む家」でも水着姿を見せてくれたが、ゾンビになってもセクシーなのはさすが。2人の美女がとても魅力的で、見ているだけで楽しい。</p>
<p>　ビル・マーレイが本人役で出演しているのも面白い。ちょっとやり過ぎで安っぽいコントみたいになってしまっているが、マーレイだから笑って許せる。</p>
<p>　ラスト、遊園地で繰り広げられるゾンビと主人公たちとの戦いは、乗り物や施設がうまく使われて、アイデアたっぷりだ。ウディ・ハレルソンが様々なアトラクションに乗りながら、ゾンビを撃ちまくる場面が痛快だ。ここはなかなか、カッコいいのである。全てが軽めではあるが、笑いもアクションも、スプラッターもセクシーな魅力も楽しめる、贅沢なゾンビ映画。本作が初の劇場用長編映画となるルーベン・フライシャーは、新人らしくない手腕を見せてくれた。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>タイタンの戦い</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/11985.html</link>
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		<pubDate>Tue, 11 May 2010 01:05:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[タイタンの戦い]]></category>

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		<description><![CDATA[レイ・ハリーハウゼンの同名作のリメーク。モンスターが次々と登場するのはサービスたっぷりだが、モンスターの動きが速過ぎてよく見えず、3D効果も薄い（67点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　試写を見逃したため、劇場で3D、字幕版で鑑賞した。ダイナメーション（ストップモーション・アニメ）の巨匠レイ・ハリーハウゼンが特撮を手がけた「タイタンの戦い」（1981）のリメークで、監督は「トランスポーター」のルイ・ルテリエだ。ギリシャ神話を映像化したファンタジーだが、ドラマは粗筋程度しか描かれない。ルテリエらしく、とにかく、次々とモンスターが登場する。別にドラマが見たかったわけではないので、サービスたっぷりな感じがしてよいのだが、困ったことに、そのせっかくの見せ場がよく見えない。3Dも思ったほど飛び出さない。</p>
<span id="more-11985"></span>
<p>　日本初のデジタル3D長編映画「戦慄迷宮3D」（2009）を清水崇監督が撮ったときにインタビューしたが、3D撮影独特の難しさの一つとして、実写では速い動きが立体に見えない、という点を挙げていた。その意味がよく分かった。モンスターが画面の奥から前に迫ってくる動きは多いものの、その動きが速すぎるために目がついていかず、飛び出して見えない。本作は元々3Dで撮影されたものではなく、2Dで撮影したものを後で2Dに変換したらしい。3Dでの公開を予定していなかったので、立体を考慮せずに撮影してしまったのかも知れない。</p>
<p>　それより3D以前に、モンスターの動きとカット割りが速すぎて、殆どの場面が、何が何だかよく分からない。スピード感や臨場感はあるのだが、モンスターが見たいと思っているこちらとしては、フラストレーションがたまって、だんだんイライラしてくる。</p>
<p>　モンスターの造形は非常によくできている。特にメデューサは、ハリーハウゼンの造形を引き継ぎながら、醜悪な顔を美女に、下半身のヘビの部分を巨大にしたことで、過去の映画と比べても最高のキャラクターになったのではないか。じっくりと見せてくれないのは本当に残念だ。サム・ワーシントンは「アビス」に続いての3D大作主演だが、神話の英雄というより海兵隊員に見えて仕方なかった。半分「神」なので、何かあると神様が助けてくれるというのが反則っぽい。</p>
<p>　ハリーハウゼンのダイナメーション（ストップモーション・アニメ）には、動かないものが動くという感動、面白さがあった。それは映画の原点でもある。本作には残念ながら、その面白さが欠けていると思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/11982.html</link>
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		<pubDate>Mon, 10 May 2010 09:17:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル]]></category>

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		<description><![CDATA[シリーズ10周年、劇場版として3作目。これまでのシリーズとほぼ同じ展開はマンネリだが、そこがいいところでもある（72点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　テレビ朝日の深夜番組としてスタートしてから、深夜ドラマが2シーズン、夜9時台での放送が1シーズン、スペシャルが2本（1本は現時点ではまだ放送されていない。2010年5月15日放送）、そして劇場版が本作を入れて3本。今年で10周年を迎えるシリーズは、これほど長く続いているのであるから、多くの人に愛されているといって言いだろう。10周年記念の本作の内容は、堤幸彦監督が一種のシニカルなジョークとして、舞台となる村を「万練村」と名づけたように、全くの「マンネリ」だ。これまでのシリーズの集大成でもあるし、単なる繰り返しでもある。本作の場合は、それでいいのだ。</p>
<span id="more-11982"></span>
<p>　自称・人気マジシャンの山田（仲間由紀恵）と自称・天才物理学者の上田（阿部寛）のコンビが、孤島や僻村を訪ね、超能力や呪い、迷信などのオカルトめいた事件を、手品の種明かしよろしく解決する。シリーズはどれを見てもほとんど同じ。金太郎飴だ。でも、悪いことではない。大枠が「お約束」としてあるからこそ、細かい差異を楽しむことが出来る。かつてのプログラム・ピクチャーとは、そういうものだった。物語は「ハリー・ポッター」シリーズのように進展して行かず、ただ繰り返す。代表的なものが、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズだろう。テレビドラマから始まって、映画になり、ストーリーはどれを見てもほぼ同じ。むしろ、まるで違った話にするのは、観客を裏切ることになりかねない。</p>
<p>　今回は人里離れた山奥にあり、「自然一人占め。誰にも会わない村」がキャッチフレーズの万練村に霊能力者たちが集まり、村を守る霊媒師「カミハエーリ」となるべく、生死を賭けて戦う。霊能力者に扮するのは、松平健、戸田恵子、片瀬那奈、藤木直人らの面々。松平は「暴れん坊将軍」のように白馬にまたがり、戸田は信者たちと奇妙なダンスを踊る。「リング」の元ネタとなった明治末の千里眼事件のパロディーも展開される。もちろん、お馴染みの髪の毛を気にする刑事（生瀬勝久）とその部下（池田鉄洋）も登場する。</p>
<p>　シリーズのテーマとなっているのは、オウム真理教事件で批判を受けた学研の雑誌「ムー」などの、オカルト雑誌の世界だ。だが、「ムー」のようにオカルトをそのままオカルトとして描くのではなく、そのいかがわしさを楽しむ大人の視点が健全だ。</p>
<p>　「ワンダーJAPAN」（三才ブックス）という季刊誌がある。「日本の＜異空間＞探検マガジン」を掲げ、普通の観光地ではなく、廃墟や珍奇な寺社、いかがわしい伝説の地、変わった建物、工場地帯の夜景などを紹介している。この雑誌の世界と、「トリック」シリーズの世界は、どこか共通している。それはみうらじゅんが日本の奇妙な祭りを集めた「とんまつりJAPAN」や、安齋肇と共に活動している観光協会のパロディー「勝手に観光協会」、都築響一の「珍日本紀行」などの世界にも通じている。ある物事を伝統や文化、機能、目的からいったん切り離し、「珍妙」という観点だけで紹介し、その面白さを楽しみつつ、もう一度、伝統や文化を再発見する試みだ。「トリック」シリーズが島や農村など、常に秘境めいた場所を舞台にしているのは、サブカルチャーによる「ディスカバー・ジャパン」だからだろう。それは、オカルトに出会って自らを取り込まれてしまったオウム真理教の信者とは逆に、オカルトに対しても決して自主性を失わない態度でもある。オカルトは一度その背景から切り離されてしまえば、力を無くし、単なる「珍妙」としてしか浮かび上がってこない。そこから背景を新たに「発見」していくのは自主的な行為だ。山田と上田がオカルトのトリックを見抜いていくのが、まさにそのような過程なのだと思う。</p>
<p>　また、言葉遊びが非常に多いのもシリーズの特徴だ。これは、シリーズが堤監督にとっての「不思議の国のアリス」だからだろう。言葉＝ロゴスは理性である。ルイス・キャロルの「アリス」は、とりとめのない夢の世界を描きながら、そこに言葉遊びを散りばめることで、現実との対比を生み、物語として成立させている。言葉遊びがカオスに陥りがちな世界に、コスモスを担保している。「トリック」シリーズにとって言葉遊びはパロディーだ。それはオカルトを面白がりながらも批判する、視線の二重性をも表現しているのではないか。</p>]]></content:encoded>
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		<title>FURUSATO～宇宙からみた世界遺産</title>
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		<pubDate>Mon, 10 May 2010 09:16:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月19日公開]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[FURUSATO～宇宙からみた世界遺産]]></category>

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		<description><![CDATA[ニュージーランド、エジプト、日本の自然と世界遺産を、地球観測衛星からの映像と、4K3Dデジタルカメラによる映像で描いた立体映画。38分の短編だが、3D本来の魅力が存分に味わえる（71点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　日本における「3D元年」といわれた昨年から今年にかけて、デジタル3D作品が次々と公開されている。アニメーションやモーション・キャプチャーについては、立体効果に満足した作品が多かったが、実写となるとどうか。モーション･キャプチャーと実写が融合した「アバター」は別として、「アリス・イン・ワンダーランド」は妙に画面が暗く、「タイタンの戦い」は殆ど飛び出す感じがなかった。実写の3Dは果たして成功しているといえるだろうか。</p>
<span id="more-11981"></span>
<p>　すでに閉館してしまったが、かつて、新宿タカシマヤタイムズスクエアに「東京アイマックス・シアター」があって、3Dの実写映画をよく見た。ほとんどが1時間ほどの中篇で、深海や砂漠、森、滝など自然の絶景、恐竜のいた太古の時代を描くCGなどを、3Dの大画面で見ることが出来た。ストーリーはあってないようなもので、3Dの見世物的な面白さを伝えるのが主眼とされていた。それだけに、飛び出し感、奥行き感は抜群だったと思う。</p>
<p>　本作を見て、あのころの3D作品を思い出した。世界最大級の地球観測衛星「だいち」が捉えた地上700メートルからの映像と、ハイビジョンの約4倍の解像度という4K3Dデジタルカメラによる実写映像で、ニュージーランド、エジプト、日本の自然と文化遺産が、圧倒的な迫力で描き出される。38分の短編だが、画面がとても明るく、構図も3Dの効果が最大限に引き出せるように計算されていて、立体映像本来の魅力を存分に味わえる。</p>
<p>　映し出されるのは、ニュージーランドでは、テカポの世界一美しいといわれる星空、テ・ワヒポウナムのフィヨルド、カヒカポアの森、サザーランドの滝。エジプトではピラミッドとハトホル神殿。日本では広島の厳島神社と原爆ドーム。「おくりびと」の脚本家、小山薫堂が構成を手がけ、本木雅弘の長女・内田伽羅が出演している。監督は映像ディレクターとして活躍している日下宏美だ。</p>
<p>　教育映画的な内容ではあるが、次々と繰り広げられる驚異的な映像には圧倒された。特に、落差580メートルというサザーランドの滝を上から見た場面は、滝壺に吸い込まれそうに思えるほどリアルだった。高い所から下を見て怖くなることがあるが、あの感覚だ。地球観測衛星から見た地上の映像は、写真や映像でしか見ることが出来ない地表の様子だが、3Dでは自分が実際に空から見ているような気分を味わえる。また、3Dステディ・カムで建物の内部に入っていく映像の臨場感が凄い。ピラミッド、原爆ドーム、厳島神社の内部にカメラが入っていくが、まさに自分が歩いて進んで行くような感覚が味わえた。その奥行き感は他の実写3Dにはない見事さだった。</p>
<p>　デジタル3Dの場合、立体上映のシステムや画面の大きさ、劇場での調整が重要だ。今回私が見たのは、キューテック赤坂本社Grading-1の試写室で、リアルDだった。画面は試写室としては大きい方かも知れないが、一般の劇場ほどではないだろう。すでに（2010年4月24日から）日本科学未来館ドームシアターガイアで3D上映されているが、今後（6月19日）、ワーナー・マイカル・シネマズで上映されるという。かつてはこの種の3D作品は、「東京アイマックス・シアター」のような特定の場所に行かなければ見ることが出来なかった。今はシネコンで気軽に見ることが出来るのが、嬉しい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>冷たい雨に撃て、約束の銃弾を</title>
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		<pubDate>Thu, 06 May 2010 03:09:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[冷たい雨に撃て、約束の銃弾を]]></category>

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		<description><![CDATA[ジョニー・トー監督独特の、芸術的なまでの銃撃戦を堪能できるフィルム・ノワール（83点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ジョニー・トーが「ヴェンジェンス 報仇（原題）」を撮ると聞いて、ショウウ・ブラザースのチャン・チェ監督作のリメークかと思ったが、全く違っていた。主演はフランス人のジョニー・アリディ。香港とフランスの合作で、最初はアラン・ドロン主演のフィルム・ノワールとして準備されていたという。ドロンが脚本を気に入らず、出演を取りやめたらしい。それはそうだろう。ストーリーはよく出来ているとは言えない。脚本を読んだだけでは、本作の魅力は伝わらないだろう。なにせ、「間合い」の映画なのである。男同士が敵になるのか、味方になるのか。撃ちあうのか、撃ちあわないのか。どのタイミングで銃撃戦が始まるのか。全ては相手と向き合い、「間合い」を計ることで決まる。映画はその「間合い」をじっくりと見せる。男たちが黙って顔を見つめ合う緊張感。それが一気に凄まじい銃撃戦へと転じる瞬間のエクスタシー。脚本では絶対に分からないトー作品の醍醐味だ。</p>
<span id="more-11955"></span>
<p>　マカオにいる娘とその夫、孫たちを惨殺されたフランス人のレストラン経営者コステロ（ジョニー・アリディ）。復讐のため、クワイ（アンソニー・ウォン）、チュウ（ラム・ガートン）、フェイロク（ラム・シュ）の3人の殺し屋を雇う。だが、コステロの脳には昔受けた銃弾が残っていて、いつ記憶が失われるか分からなかった。やがて、コステロの復讐の相手が、クワイたち3人の組織のボス・ファン（サイモン・ヤム）であることが分かる。</p>
<p>　クワイたち3人はボスのヤムに依頼され、ホテルで男を殺害する。偶然、コステロはその現場を見てしまう。3人とコステロが、じっと顔を見つめあう。黙って去るコステロ。3人も、跡を追わない。コステロと3人との出会いの場面である。すでにこの時、両者はお互いの中に認め合うものを感じていたのだろう。顔を見るだけで分かってしまうのが、トーの世界だ。役者の顔がそれだけの説得力を持っている。アリディの青く光る、底なしの悲しみをたたえたような眼。アンソニー・ウォンの、叩いて叩いて、鍛え上げられたような表情。両者のにらみ合いには、「無言の会話」がくっきりと描かれている。</p>
<p>　コステロとチュウは、お互いに銃をいじっているのを見ているだけで、相手が相当な腕前だと分かってしまう。銃を解体し、どちらが早く組み立てることが出来るか。全く言葉を交わすことなく、勝負が始まる。コステロが勝ち、チュウが手を叩く。クワイが「お前は誰なんだ」と尋ねると、コステロは「レストランの経営者だ」と答える。「うそつけ」と言って、クワイが皿を投げる。それを撃つコステロ。最小限のセリフで、男たちがお互いを認め合っていく心の動きが、実によく分かる。何と見事な描写だろうか。</p>
<p>　撃たれて飛び散る血はスローモーションによって赤い噴煙となる。サム・ペキンパーのウェスタンのようだ。森の中の銃撃戦では、月が雲から出たり、雲に隠れたりして、辺りが明るくなったり、暗くなったりする。光と影が交互に訪れる中、大量の弾丸を撃ち合う男たちが、絶妙のカット割で描かれる。雨の中の銃撃戦は、アパートの上階から下の階へ、逃げていく男たちのアクションが素晴らしい。そこから、ヒチコックの「海外特派員」を思わせるような傘の群れの場面になるのが鮮やかだ。強風の吹く中、雑誌を固めた巨大なキューブを盾代わりに、殺し屋同士が撃ち合う場面も圧倒的な迫力がある。月光、雨、風と自然を使い、さらに様々なアイデアを盛り込んだ銃撃場面は芸術的と言っていいほどだ。</p>
<p>　コステロがクワイたちを雇うきっかけが、偶然にクワイたちの殺しを目撃したことだったり、コステロの復讐の相手が余りに簡単に見つかったり、ストーリーは完全とは言えない。だが、それが全く気にならない。一瞬でお互いを認め合ったコステロとクワイたちの男同士の友情と、自身の行動への迷いのなさが、作品に一本の芯となって通っているからだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ブギーマン 死霊の鏡</title>
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		<pubDate>Wed, 05 May 2010 02:56:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[未公開映画特集]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ブギーマン 死霊の鏡]]></category>

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		<description><![CDATA[ドイツ・トラッシュ・ムービー界の巨匠、ウーリー・ロメル監督の代表作。スプラッター場面はそれなりだが、意味不明な展開が笑いを誘う（64点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　トラッシュ・ムービーの世界はとても広い。本作は1980年製作のB級ホラーだ。スプラッターともオカルトともつかない作品で、その分野では有名なドイツのウーリー・ロメル監督の代表作である。あるウェブサイトでは最低映画の一つにも挙げられているので、ご存じの方もいるかも知れない。いや、ほとんどの人が知らないだろうし、別に知らなくてもいい。</p>
<span id="more-11953"></span>
<p>　本作の何が「最低」と呼ばれる所以なのかというと、ストーリーが意味不明、わけが分からないのである。怪異が起こるのだが、それが常識的な因果関係や作劇上真っ当な展開から外れている。凡作にならずカルト化した理由でもあるので、かえって良かったのかも知れないが・・・・。</p>
<p>　まず、タイトルがよく分からない。ブギーマンは子供をさらう鬼や妖怪の類なのだが、ジョン・カーペンターの「ハロウィン」（1978）がヒットし、その中に出てくる殺人鬼がブギーマンと呼ばれたので、早速いただいたらしい。本作にはブギーマンは一切出てこない。いたずら好きな子供が「ブギーマンだ！」と叫ぶ場面があるだけだ。</p>
<p>　主人公はレイシー（スザンナ・ラブ）とその弟（DVDジャケットには弟と書いてあるが、兄かも知れない。字幕では「兄」となっている部分もある。英語ではどちらもブラザーなので分からない。ここではジャケットの解説文に合わせて弟としておく）ウィリー。2人の幼いころから物語が始まる。父親が出ていってしまったので、母親は男を連れ込んでいちゃいちゃしている。それを姉弟が覗いてしまう。姉は叱られただけで済んだが、弟はベッドに手足を縛られて、男に殴られる。完全に児童虐待だ。姉は包丁を持ち出して弟を縛った縄を切って助けるのだが、その包丁で弟は母親とセックスの最中の男を殺してしまう。まあ子供が家族を殺すという設定だけは「ハロウィン」と共通していなくもない。</p>
<p>　それから20年後、殺された男が悪霊となって鏡の中で復活し、次々と殺人を始める。</p>
<p>　こう書くと、当然「男」は恨みのある姉弟を襲うと思うだろうが、なぜかそうではない。とにかく近くにいる人間を手当たり次第に殺すのである。</p>
<p>　安っぽいシンセサイザー（オルガン？）がジャーンと鳴って、鏡の破片が赤く光る。この破片の近くにいたり、破片に反射した光を浴びた人が殺される。その「法則」は、分かるようで分からない。</p>
<p>　スプラッター場面は今見ると大したことはないが、それなりに悪くない。女性が自分の喉をハサミで突いたり、子供が窓に首を挟まれて死んだり。青年の首の後ろから長い針のようなドライバーが刺さって先端が口から突き出て、それが恋人の口に突き刺さり、「串刺しキス」になるという、洒落た？殺人場面もある。</p>
<p>　殺された男の霊は、本当は姉弟を襲いたいのだと思うが、周囲の人間ばかりを殺していく。それも、鍬やナイフが独りでにフワーっと浮いて襲いかかるという間抜けさ。残虐場面にもかかわらず笑ってしまう。</p>
<p>　とにかくいろいろな突っ込み所がありすぎて、もはや楽しむしかない。この手の映画が好きな人だけにしかお薦めはしないが、それほど退屈もしなかった。</p>
<p>　よく分からない催眠術（？）の先生役でジョン・キャラダインが出演している。主演のスザンナ・ラブは、ロメル監督の当時の奥さんだったらしいが、なかなか可愛い。どうでもいいが、名前に「ラブ」と付いているのが、ポルノ女優みたいでいい。70～80年代のポルノ女優って、ベロニカ・ハート、アネット・ヘブン、モニカ・スイートハート、ナターシャ・ナイスなど、「ハート」「ヘブン」「スイートハート」「ナイス」と見も蓋もない名前が付いていた。まあ「ヘブン」も「ハート」も「天国」「心」とは綴りが違うのだが、カタカナ表記でしか見ていないから分からなかった。ほとんどが芸名（源氏名？）みたいなものだろうが、当時は本名だと思っていて、「何でポルノ女優に限ってこんなに優しい名前が多いのだろう」と、何故か悲しくなったものだった。</p>]]></content:encoded>
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		<title>心霊音 THE MOVIE</title>
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		<pubDate>Tue, 04 May 2010 02:53:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[未公開映画特集]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[心霊音 THE MOVIE]]></category>

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		<description><![CDATA[ある建物の心霊現象を扱ったフェイク・ドキュメンタリー。ハイビジョンとデジタル処理で浮かび上がってくる霊が怖い（48点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画監督・阿見松ノ介がある建物の心霊調査を依頼され、女優2人と撮影に訪れる。ハイビジョンで撮影した映像をデジタル処理すると、本物の心霊現象が浮かび上がってきた。</p>
<span id="more-11952"></span>
<p>　本作はいわゆるモキュメンタリーである。フィクションをドキュメンタリーのように撮る表現形式で、フェイク・ドキュメンタリーといった方が分かりやすいだろう。本来、フェイク・ドキュメンタリーはフェイクであると悟られないように作ることが重要なのだが、最近はさらにひねって、「モキュメンタリーのパロディー」も登場している。本作も、ジャケットのイントロダクションにはっきり「モキュメンタリー形式のホラー」と書いてあるので、最初からドキュメンタリーだと言い張る気はないらしい。とすれば、モキュメンタリーのパロディーなのだろう。</p>
<p>　監督は阿見松ノ介だが、劇中で阿見監督を演じている人物とは違う。出演は松平哲郎、品川美月、みぶ真也など、阿見作品でおなじみのメンバーだ。浅尾典彦氏は本人役で出演し、著書「アリス・イン・クラシックス」の宣伝までしている。そんな仲間内で作った極めて小規模な作品なのだが、注目すべき点はある。</p>
<p>　本編が終わった後、心霊場面だけを集めた映像集になる。本編ではよく見えなかった映像がデジタル処理され、そこに霊の姿が浮かび上がってくる。デジタル処理して見えてくる霊というのは、結構怖い。これまで「映っていない」と思っていたものが、本当は「映っていた」のではないか、と思えるからだ。デジタルが「この世」と「あの世」をつなげてしまう恐怖と言い換えてもいい。</p>
<p>　テレビというのは非常に身近なメディアだ。それが間もなく、アナログからデジタルに代わろうとしている。これまで「見えない」ものが「見える」ようになってしまうのだ。デジタルが「あの世」とお茶の間をつなげてしまうのではないか、という妄想はかなり怖い。</p>
<p>　ただ、本作のモキュメンタリーとしての完成度は低い。モキュメンタリーと、モキュメンタリーのパロディーと、どちらつかずで、中途半端な印象なのだ。例えばフェイク・ドキュメンタリー・ホラーの達人・白石晃士監督は、「ノロイ」（2005）「オカルト」（2009）ではモキュメンタリーのパロディーを、「パラノーマル・フェノミナン」（2010）ではモキュメンタリーそのものを撮っている。撮り方があきらかに違う。「オカルト」は個人的には2009年度のベスト1ではないかと思うほどの傑作だが、モキュメンタリーの体裁を保ちながら、撮り方は普通の映画そのもので、「編集」を相当に意識している。そしてラストに、モキュメンタリーを笑い飛ばす壮大なフィクションが用意されている。「パラノーマル・フェノミナン」の方は、編集を無視して30分ワンカットで撮っているのである。</p>
<p>　モキュメンタリーなのか、モキュメンタリーのパロディーなのかで、見る方の態度もまるで変わってくる。本作はモキュメンタリーのパロディーとしては見せ方が上手くない。ただ、本編の最後に出てくる幽霊の描写はかなり怖い。デジタルメディアがこれから変化していくことを考えると、フェイク・ドキュメンタリーの世界はまだまだ可能性があると思う。</p>]]></content:encoded>
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		<title>川の底からこんにちは</title>
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		<pubDate>Mon, 03 May 2010 02:51:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[川の底からこんにちは]]></category>

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		<description><![CDATA[希望が持てない今の世の中で、どうやって頑張ればいいのか。その問いに、実に痛快な答えを出してくれるコメディーの秀作。主人公を演じた満島ひかりが素晴らしい（82点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　槇原敬之は「世界に一つだけの花」で、ナンバーワンにならなくても、オンリーワンになればいい、という意味のことを歌っている。名曲だとは思うが、私はこの歌が好きではない。自分も含めて多くの人は、所詮、ナンバーワンにもオンリーワンにもなれないと思うからだ。「オンリーワン」といえるようなものを持っている人が、果たしてどれだけいるのだろうか。</p>
<span id="more-11951"></span>
<p>　今が希望の持ちにくい世の中であることに、間違いはないだろう。映画の主人公だったら、自分の中に他人と違う才能を見つけ、それを開花させるべく、努力していくのだろうけれど、そんな才能がない人はどうやって、頑張ればいいのか。</p>
<p>　このコメディーが初の商業映画だという弱冠26歳の石井裕也監督は、実に驚くべき、そして痛快な答えを出してくれた。「しょうがない」から「諦める」のではなく、「しょうがない」からこそ、「頑張るしかない」というのだ。「開き直り」が「ヤケクソの努力」につながるコペルニクス的転回は、もはや「悟り」といっていい。</p>
<p>　主人公は上京して5年目のOL佐和子（満島ひかり）。「どうせ私なんて中の下ですから」「でもしょうがないですよ」が口癖で、無気力な毎日を送っている。付き合っている男・健一（遠藤雅）は子持ちのバツイチで全く頼りない。そんなとき、佐和子の父親が病気になったと知らせが来る。</p>
<p>　佐和子は仕方なく実家に帰り、倒産しかかったシジミ工場を継ぐことになる。勝手に会社を辞め、子連れで付いて来た健一は、子供を残したまま、佐和子の幼馴染みの女性と東京へ逃げてしまう。シジミの売上は落ちる一方。工場の従業員たちは佐和子を「5年前に父親を捨てて東京に駆け落ちした女が帰ってきた」と嫌う。自分の意思とはまるで無関係に、シジミ工場やら子供やら、いろんなものを押し付けられ、いいことは何一つ起こらない。全く希望の持てない状況で、ヒロインは開き直る。「しょせん自分は中の下」で、希望が持てないのも「しょうがない」。だからこそ、「頑張るしかない」と、逆境に立ち向かっていくのである。</p>
<p>　自分がダメ人間で仕方ないから頑張る、という佐和子の考えが、実に痛快でカッコいい。自分をオンリーワンとみなして自己肯定する欺瞞とは、真逆だと思う。</p>
<p>　ヒロインを等身大に描くため、石井監督は佐和子のみっともない部分をあえて見せる。冒頭から腸内洗浄を受ける場面だし、子供の漏らした小便を拭いたり、トイレで用を足しながら話したり、畑に汚物を撒いたり、糞尿に関する描写が妙に多い。それが単にコミカルな場面にとどまらず、佐和子の生々しい存在感を表現しているのは、満島ひかりの演技力のおかげだろう。「カケラ」にしても、本作にしても、満島ひかりが映画を成立させているようなところがある。彼女は本当にいい。今、最も優れた女優の一人だと思う。</p>
<p>　よく考えれば佐和子は社長令嬢で、実家も大きなお屋敷だ。「中の下」と言えないかも知れないが、あくまでも「オンリーワン」的な価値観に逃げず、自分のダメさを見つめようとする主人公の意思が、それを感じさせない。「中の下の生活　所詮みんな中の下　楽しいな　楽しいな」。開き直った佐和子が作るシジミ工場の社歌が、希望格差社会に生きる我々への応援歌に聞こえてくる。</p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>アーサーと魔王マルタザールの逆襲</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/tsuu/11950.html</link>
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		<pubDate>Sun, 02 May 2010 02:48:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>小梶勝男</dc:creator>
				<category><![CDATA[通映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アーサーと魔王マルタザールの逆襲]]></category>

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		<description><![CDATA[リュック・ベッソンによる「アーサー」三部作の第2部。「アーサーとミニモイの不思議な国」（2006）に続き、実写と3DCGアニメを見事に合成し、フランスらしいユーモラスでお洒落な「地下王国」の世界を見せてくれる（68点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ミクロな地下世界を描きながら、「アバター」のようにエコロジーや自然回帰、反文明主義的な薄っぺらさに支配されていないのがいい。まるで無国籍都市・新宿のような、ピカピカ光る繁華街なのだ。</p>
<span id="more-11950"></span>
<p>　前作で身長2ミリの民族「ミニモイ」の国を危機から救った少年アーサー（フレディ・ハイモア）が、再びミニモイの国を訪れるストーリー。冒頭、ミニモイたちがアーサーを迎える「満月の宴」を用意する場面が素晴らしい。森の中、虫たちを重機のように使いながら、小人たちが果実を収穫していく。現実の果物や虫の質感を3DCGでリアルに描きつつ、架空の世界を表現する。その完成度はかなりのものだ。そこから実写への移行にも、全く違和感がない。</p>
<p>　アーサーの祖母役はミア・ファロー。我々の年代には「ローズマリーの赤ちゃん」（1968）の若妻や、ウディ・アレン映画のヒロインというイメージが強い。ああもうおばあちゃんの役なのか、と自分が年をとったことを思い知らされてしまった。</p>
<p>　自然との一体化を修行するアーサーは、思想的にはエコロジーやアニミズムなのだが、表現される地下世界「パラダイス通り」は大都会のように賑やかで楽しい。ちょっとした溝がまるでビルのようにそびえ立ち、音楽が鳴り響き、ネオンの光でギラギラと輝いている。昆虫たちはここでは乗り物代わりに地を走り、空を飛ぶ。小さな住民たちはカラフルで派手な衣装に身を包み、結構お洒落だ。テントウムシの飛行機を運転するアーサーたちと、カエルやネズミとのチェイスはスピード感があって迫力たっぷり。ユーモラスかつハラハラさせてくれる。本作の最大の見所だろう。</p>
<p>　現実にもミクロの世界では、様々な営為が行われているわけだが、床下にこんな世界があると想像すると、とても楽しくなる。映画は魔王マルタザールが現実世界に現れるところで終わる。3部作の第2部なので、途中で終わってしまうのは仕方ない。だが、最終章も見てみたいと十分に思わせる出来だった。</p>]]></content:encoded>
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