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	<title>映画批評なら映画ジャッジ！ &#187; 楽映画批評</title>
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	<description>最新映画の批評が満載！批評家による映画批評を参考にされて、良い映画を見て頂く為のサイトです。</description>
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		<title>ナイト＆デイ</title>
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		<pubDate>Mon, 27 Sep 2010 01:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ナイト＆デイ]]></category>

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		<description><![CDATA[トム・クルーズとキャメロン・ディアスが久々にスター性を発揮（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2度目の共演を果たしたトム・クルーズとキャメロン・ディアスが、米国内はもちろん、ザルツブルク、セビリア、楽園のような無人島などをダイナミックに駆けめぐる。爽快なアクションに、コメディとロマンスが絶妙の塩梅で配合された、極上エンターテインメントだ。</p>
<span id="more-12742"></span>
<p>　ジューン（ディアス）は旅先の空港でハンサムな男性ロイ（クルーズ）と出会ってときめくが、乗り合わせた飛行機内でロイはほかの乗員乗客を全員殺害。2人は不時着・炎上した機体から命からがら脱出する。翌日、ジューンを訪ねてきたCIA局員は、ロイが機密を持ち逃げした裏切り者のスパイだと言うのだが……。</p>
<p>　ロイが善玉か悪玉か明かさないままストーリーを引っぱったのは大正解。おかげで観客は精神的に宙ぶらりんにされたまま、ジューンと一緒に非日常の体験に投げこまれる。ジューンがピンチに陥るたびにロイが颯爽と現れるのも、単なる騎士道精神で助けに来たのか、それとも腹に一物あるのかと疑心暗鬼。ちなみにタイトルにある「ナイト」は、夜（night）ではなくて、騎士（knight）の方だ。</p>
<p>　何も知らない天然ボケ女と、すべてを心得た凄腕スパイのミスマッチぶりが何よりケッサク。絶体絶命の危機を迎えるたびに、ロイに眠らされ、何千キロも離れた場所で目覚めるジューンが笑いを誘う。数パターンのカースタントはいずれもハイレベルだが、それでいてギャグも満載。冒頭の“つかみ”のシーンからして、機内でロイが壮絶な大立ち回りを演じているのを、トイレに入ったジューンはまったく気づかないのだから世話はない。</p>
<p>　オールドファンならピンと来るだろうが、この機上シーンはおそらく『007／ロシアより愛をこめて』（63）が元ネタだ。あちらでは列車のコンパートメント内でショーン・コネリーとロバート・ショウが映画史に残る大格闘を繰り広げる間、睡眠薬を盛られたダニエラ・ビアンキが何も知らずに眠りこけていた。</p>
<p>　とはいえ、ビキニ姿さえ披露していればよかった60年代のボンド・ガールとは違い、21世紀のヒロインはただの“添え物”ではいられない。最初はキャーキャーとパニクるだけだったジューンも、ロイに命じられるままカーチェイスや銃撃戦に果敢に参加。最後は“救う男と救われる女”という関係性さえ逆転させていく。もちろんフェミニズムの時代のヒロインだからといって、ディアスがビキニ姿を披露していないということではないのだが。</p>
<p>　監督のジェームズ・マンゴールドは、シリアスな人間ドラマ（『17歳のカルテ』）からSFロマンス（『ニューヨークの恋人』）、クライムアクション（『3時10分、決断のとき』）まで何でもこなす才人だ。彼の達者な演出を受け、長期低迷気味だったトム・クルーズは持ち前のカッコよさを数年ぶりに回復。このところシリアスな役柄が続いていたディアスの方も、久々にコメディエンヌとしての魅力を全開にした。異論もあろうが、あえて2人の“復活作”と形容してしまおう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>シングルマン</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Sep 2010 03:00:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年10月02日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シングルマン]]></category>

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		<description><![CDATA[売れっ子ファッションデザイナーが映画監督デビュー（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ダニエル・クレイグ演じる007の衣装を担当するだけでは飽きたらなかったか、ファッションデザイナーのトム・フォードが映画監督業に進出。クリストファー・イシャーウッド（ミュージカル『キャバレー』の原作者）の同名小説を、余技とは思えない緻密さで映像化し、コリン・ファースに09年ベネチア国際映画祭の主演男優賞をもたらした。</p>
<span id="more-12738"></span>
<p>　長年のパートナー（マシュー・グード）を失って悲しみに暮れる大学教授のジョージ（ファース）は、その日、自ら命を絶つことを決意し、職場や銀行で着々と身辺整理を進めていた。ところが今日が最後の1日だと思うと、見慣れた人々も少しずつ違って見え、ジョージ自身もまた、普段はしない行動をいろいろとしてしまう。親友のチャーリー（ジュリアン・ムーア）と孤独を癒し合ったあと、ジョージはついに決意を実行に移そうとするが、そこに事態を察した教え子のケニー（ニコラス・ホルト）が訪ねてきて……。</p>
<p>　感情をあまり表に出さないジョージの内面的な心の揺れを、抑えた演技で的確に表現したファースがすばらしい。彼のいささかクラシックな風貌は、かっちりとした眼鏡やスーツと相まって、1962年の時代背景に違和感なくとけこむ。フォード監督（脚本・製作も兼務）のキャラクター造形も秀逸だ。「後始末」をする人が困らないよう、ジョージは遺書や生命保険証書や鍵の類をデスクに並べ、果ては自分の葬儀用の衣装まで用意する始末。「ネクタイはウィンザーノットで」とメモを残すに至っては、巧まざるユーモアすら感じさせる。</p>
<p>　作品全体に、曰く言いがたい寄る辺なさや孤独感が通底しているのは、ジョージがロサンゼルスに暮らすイギリス人（＝異邦人）であることも一因。この点には原作者イシャーウッドの境遇が色濃く反映されている。ジョージに年の離れた同性のパートナーがいた点も、イシャーウッドの（さらにはトム・フォードの）実人生と重なるものだ。</p>
<p>　カリフォルニアが舞台なのに、なぜかフォードは主要キャストをイギリス人俳優で固め、アメリカ人のジュリアン・ムーアにまでイギリス人の役を振った。『アバウト・ア・ボーイ』で懸命に母親の自殺を止めていたホルトがケニー役にキャスティングされたのは、果たして故意なのか偶然なのか。</p>
<p>　プラネタリウムも百貨店もCD店も、閉鎖となると普段の何倍もの客が押しよせる。転校の決まった女子は急にきれいに見えてくる。最後だと思えば特別な感慨や感傷が湧くのは人情だ。フォードの脚本は、いらだちの種だった隣家の少女、ゲイのスペイン人青年といったサブキャラクターを適宜配し、ジョージの目に、前日までは見えていなかった光が見えてくるプロセスを丹念に追った。それだけに、O・ヘンリーの「警官と賛美歌」を思わせるエンディングが一層ほろ苦い。</p>]]></content:encoded>
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		<title>食べて、祈って、恋をして</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 01:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月17日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[食べて、祈って、恋をして]]></category>

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		<description><![CDATA[J・ロバーツのエキゾチックでモラトリアムな世界漫遊録（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ここしばらく「子育て中心モード」を取っていたジュリア・ロバーツが久々の単独主演。自分を見つめ直す旅に出た傷心の女性ジャーナリストを、異国情緒あふれる多彩なロケーションの中で演じている。原作は全世界で700万部を売り上げたエリザベス・ギルバートの自伝的小説だ。</p>
<span id="more-12719"></span>
<p>　ニューヨークで一見、公私ともに充実した暮らしを送っていたエリザベス（ロバーツ）は、結婚8年目にして夫のスティーブン（ビリー・クラダップ）との離婚を決意。年下のデイヴィッド（ジェームズ・フランコ）との熱烈な交際も結局はうまくいかず、1年間、仕事を休んで、自分を解き放つ旅に出る。それはイタリアで食べ、インドで祈り、バリ島で瞑想をするはずの旅だったが……。</p>
<p>　大輪の花のようなロバーツの魅力は四十代に入った今も健在。その華やかなオーラを目にすれば、ヒロインがいとも簡単に旅先で友達を作るのも、そう不自然には感じない。泥沼の離婚訴訟で疲弊したエリザベスに、イタリアで出会う男たちは「何もしない歓び」を教え、インドで出会うテキサス男（リチャード・ジェンキンス）は執着を忘れることを説き、バリ島で出会うブラジル男（ハビエル・バルデム）は新たな愛を運ぶ。だがヒロインもまた、触れあう人々の心に、何かを残して次の地に旅立つのだ。</p>
<p>　とはいえ「何となく満たされないから離婚します。ついでに食べて、祈って、恋をしてきます」という三十代のヒロインに、全面的に感情移入できないのもまた事実。バブル期ならいざ知らず、仕事にあぶれた人があふれる昨今では、エリザベスの決断に疑問や反感を覚える向きも多かろう。「人は平凡な人生の中で、もがきながら生きるもの。満たされないからと言ってチェックアウトしたりしない」というヒロインの親友（ヴィオラ・デイヴィス）の言葉は、おそらくエリザベスのどのセリフよりも強く私たちの共感を誘うのだ。</p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>トイレット</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12659.html</link>
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		<pubDate>Tue, 24 Aug 2010 05:00:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[トイレット]]></category>

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		<description><![CDATA[荻上直子が一皮むけた（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　乳児を何週間も放置する親がいるかと思えば、親の遺体をミイラ化させる子がいたりと、何だか最近、家族がおかしい。そんな中で公開される荻上直子監督の３年ぶりの新作は、切っても切れない家族のつながりを、独特のセンス・オブ・ユーモアでくるんだ良作だ。</p>
<span id="more-12659"></span>
<p>　人とかかわるのが嫌いなプラモデル・オタクのレイは、母親の死をきっかけに実家に戻り、引きこもったピアニストの兄モーリー、勝ち気な大学生の妹リサ、そして日本から移り住んだばかりで英語の話せない“ばーちゃん”（もたいまさこ）と同居する。母親が生前に呼びよせたばーちゃんが本当に血縁なのかと疑うレイだったが、ばーちゃんがトイレから出るたびに深いため息をつくのも気になって……。</p>
<p></p>
<p>　全編海外ロケはすでに『かもめ食堂』で経験済みの荻上だが、この最新作は舞台が外国であるばかりか、キャストの大半がカナダ人、セリフは全編英語という意欲作。とはいえ特別に奇をてらった印象はなく、家族の日常の物語として普通に面白くできている。書きたい物語を書いたら、たまたま登場人物が外国人でしたという感覚か。もたいまさこが出ていなければ、日本人の監督・脚本で作られたことさえつい忘れてしまいそうだ。</p>
<p>　そのもたいは本作でも存在感抜群。「言葉を越えたコミュニケーション」なんてきれいごとには目もくれず、レイや私たちをひたすらディスコミュニケーションの奈落に突き落とす。それぞれに変人だが、善良でもある３人の兄妹の人物造形も好感度大。そんな４人を自在に動かし、荻上は血のつながりの温かさを、さらには血縁を超越した家族の情を描いてみせた。若い兄妹のささやかな成長と、避けがたい世代の交代を、時にひょうひょうと、時にしんみりと綴った語り口が心地いい。</p>
<p>　個性的な作風を高く評価される一方で、荻上は物足りなさも感じさせる映画作家だった。『バーバー吉野』では物語の根幹たる不思議な髪型の由来を説明せず、『かもめ食堂』や『めがね』では曰くありげなキャラクターを登場させておきながら、その曰くを掘り下げない。映画ライターは（基本的には）映画をほめるのが商売だから「観客の想像にゆだねるところがいい」なんてウソも書くけれど、誰もが内心ではこう思っていた。荻上直子に「過去」を創造する力があったなら、どれほど作品に深みが増すだろうかと。しかし、しょせんは無い物ねだりとあきらめていた。</p>
<p>　だがこの最新作で、荻上はスルリとその関門を越えている。それも本筋から切りはなされた単なる「こぼれ話」としての過去ではなく、現在につながる過去を正攻法で創っている。クリエイターとして一皮むけた荻上の、次作が早くも待ち遠しい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>花と蛇3</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Aug 2010 03:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[花と蛇3]]></category>

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		<description><![CDATA[ストリップ劇場に行かなくても“みなたん”のヌードが見られるぞ！（50点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　清純派グラビアアイドルから、すっかりお騒がせタレントになってしまった小向美奈子が、団鬼六原作のSM映画で堂々、主演。SM趣味のない筆者としてはどれほど集客に貢献するのかよくわからないが、とにかくプレス資料に記載の売り文句をそのままご紹介しておこう。なんと本作では「芋虫ころがし、生け捕り揚羽締め、三点逆股くぐり図といったオリジナル緊縛の数々が惜しげもなく披露」されているのだあ！</p>
<span id="more-12658"></span>
<p>　あらすじは……まあ、いいですよね。皆さんも特に興味はないだろう。小向美奈子が縛られたり、ムチで叩かれたり、利尿剤を飲まされたりするうちにMに目覚めるというお話。女優の名前を「杉本彩」や「谷ナオミ」に差し替えれば、すべてのSM映画の説明になる。</p>
<p>　で、興味は“みなたん”に絞られるわけだが、これは期待を裏切らない。堤幸彦は主演俳優のボーカルを消すという失笑モノの音楽（？）映画を作ったが、主演女優が脱がないポルノ映画なんぞを作った日には、6000万人の日本男児が草食・肉食の別なく暴動を起こす。水着の写真からイメージするよりバストはかなり垂れ気味だったが、それはそれなりに肉感的。とりわけ前屈みになったシーンのエロさは圧巻だ。ファンはぜひご堪能あれ。</p>
<p>　ただ、SM映画って、その趣味のない人間から見ると、いかんせんストーリーがアホ臭いんだよね。見ず知らずのヤクザに拉致され、ムチで叩かれて、あなた、快感を感じますか？　だから小向にはぜひとも一般映画であの愛くるしい笑顔や自慢のスライム乳を見せてほしいと思うのだが、果たして今後、お声がかかることがあるのかどうか。素晴らしい才能や個性（バストを含む）を持ちながら、人生の損得勘定ができずにすべてをドブに捨ててしまう芸能人やスポーツ選手は数知れない。ろくな才能を持たない凡人としては、他人事ながらつくづく惜しい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>特攻野郎Aチーム THE MOVIE</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12603.html</link>
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		<pubDate>Thu, 12 Aug 2010 09:00:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月20日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[特攻野郎Aチーム THE MOVIE]]></category>

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		<description><![CDATA[これぞ真夏の打ち上げ花火ムービーだ（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　80年代の人気TVシリーズが、リドリー＆トニー・スコット兄弟のプロデュースでスクリーンに復活。無実の罪で追われる身となった４人の米軍レン
ジャーが、脱獄して正義の味方の＜Ａチーム＞を結成するまでを、アクション満載で描き出す。</p>
<span id="more-12603"></span>
<p>　イラクに赴任中のハンニバル（リーアム・ニーソン）は、部下のフェイス（ブラッドリー・クーパー）、バラカス（クイントン・“ランペイジ”・ジャ
クソン）、マードック（シャルト・コプリー）とともに、盗まれた米ドル紙幣の原版をゲリラ集団から取り戻す。ところが思わぬ罠にかけられて軍刑務所に収
監。4人は濡れ衣を晴らそうと、それぞれ荒唐無稽な方法で脱獄するのだが……。</p>
<p>　タイトルが出るのは始まってから20分も後だが、4人の出会いを描いたその「メキシコ編」だけでも、豪快な銃撃戦あり、武装ヘリのドッグファイト
あり、笑えるシーンも数々ありと、下手なアクション映画1本分に相当するほどの中身の濃さだ。もちろん本筋に入ってからもバグダッド、フランクフルト、ロ
サンゼルスと三大陸を股にかけた＜Aチーム＞の活躍は続く。監督・脚本のジョー・カーナハンは、計画を説明するハンニバルのセリフに、手際よく実行シーン
の映像をかぶせた。頭脳戦とドンパチをバランスよく配した構成もいい。</p>
<p>　戦車で空を飛ぶ（！）といった漫画チックな物語を、絵空事になる寸前で踏みとどまらせているのが、個性豊かなキャラクターの魅力だ。知恵者のハン
ニバル、二枚目のフェイス、モヒカン刈りのバラカス、イカレたパイロットのマードックと、設定は各人各様。試写を観る前は「ニーソンのようなインテリのイ
ギリス人にタフな米兵役が務まるのか？」とも案じたが、ひげ面で葉巻をくわえた軍服姿は思ったよりも違和感がない。『第9地区』で“変な人”ぶりを存分に
披露したコプリーは、ハリウッド・デビューとなった本作でも持ち味を遺憾なく発揮した。</p>
<p>　CIAと民間軍事会社の傭兵を悪玉にする設定は、現実のステレオタイプそのままで、わかりやすいことこの上ない。それぞれを演じたパトリック・
ウィルソンとブライアン・ブルームは、手強い悪党ぶりを見せつけて、作品をかっちりと引き締めた。フェイスの元恋人役のジェシカ・ビールは、ストーリーに
対する貢献こそほとんどないが、「紅一点」としての役回りは過不足なくこなす。クーパーとビールがスピード写真の狭いボックス内で演じる絡みは、18禁の
要素などなくても相当に扇情的だ。</p>
<p>　テレビドラマの焼き直しだけにハリウッドの企画の貧困を嘆く声が上がるのは避けられまいが、一定の水準で作ってあればたいていの批判は跳ね返せる
もの。その点、本作はド派手で陽性、そして健全。サマーシーズンのブロックバスター・ムービーとして、十分に評価＜A＞を与えられる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ヒックとドラゴン</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 03:00:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ヒックとドラゴン]]></category>

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		<description><![CDATA[年齢層に応じて楽しめる感動の3Dアニメ（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『シュレック』や『マダガスカル』で知られるドリームワークス・アニメーションの最新作。バイキングとドラゴンが壮絶な戦いを繰り広げていた時代を舞台に、マッチョなバイキング文化から浮きまくりの少年と、傷ついて飛べなくなったドラゴンとの、心温まる交流と冒険が描かれる。</p>
<span id="more-12561"></span>
<p>　いつものようにドラゴンに襲撃されたバイキングの村。族長の息子なのに戦いがからっきし苦手なヒックは、自作の飛び道具をまぐれ当たりさせ、伝説のドラゴンを撃ち落とす。これで汚名を返上できると1度は喜んだヒックだったが、飛べなくなったドラゴンにとどめを刺せず、トゥースと名付けたそのドラゴンと密かに友情をはぐくむことに。しかしヒックがピンチに陥ったとき、トゥースが仲間たちの前に姿を現してしまい……。</p>
<p>　ヒックがおかしな新兵器を繰り出す冒頭部では、てっきりティンカーベルのような「ものづくり」の天才のお話かと思ったのだが、どっこい、ヒックにはもっと高い次元の取り得があった。それは自分と異なる者を偏見なく受け入れる包容力であり、他者の命を奪うことを恐れる「強さ」。共同で監督・脚本をこなしたクリス・サンダースとディーン・デュボアは、弱虫な（はずの）少年と、残忍な（はずの）ドラゴンが少しずつ距離を詰めていくプロセスを、ユーモラスに、また丁寧に描写した。ヒックがおずおずと差しだした手にトゥースがそっと鼻先を寄せるシーンなどは、『ET』の“指タッチ”にも劣らぬ名場面だと言っていい。</p>
<p>　だが本作は、「ナンバーワンよりオンリーワンを目指そうよ」というふやけたメッセージを伝える凡作でもない。トゥースとの触れ合いを通してドラゴンの習性を学んだヒックは、一躍バイキング学校の優等生になり、ひいては村の運命をも変えていく。悩み多き思春期の観客は、自信を持つことの大切さを、勇気の真の意味を、周囲の環境になじめないときの心の持ち方を、この作品から学ぶだろう。</p>
<p>　一方、もっと若い観客は、3Dの特性を生かしたダイナミックな映像に目を見張るはず。とりわけヒックの作った「人工尾びれ」でトゥースが再び空を舞うシーンは必見だ。アングルと距離を自在に変えるカメラワーク、飛び去る雲や岩が生みだす疾走感。落下シーンや戦闘シーンにも、思わず手に汗握るほどの迫力がある。</p>
<p>　100％ハッピーではないエンディングの味わいもまた格別だ。そのアンハッピーがヒックとトゥースの距離をさらに近づけ、観る者に不思議な感動と余韻を残す。優れた児童文学と同様、若い観客が何年か後にもう1度観れば、必ず新たな発見がありそうな1本。様々な年齢層の子供（と大人）たちにお薦めしたい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ソルト</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 05:00:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年07月31日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ソルト]]></category>

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		<description><![CDATA[アンジーの七変化とアクション（だけ）は必見（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アンジェリーナ・ジョリーは（あるいは彼女のスタントマンは）この映画で何度、高所から飛び降りたことか。高架道路から飛び、トラックの屋根から飛び、地下鉄から飛び、エレベーターシャフトから飛び、その間に格闘、射撃、爆破、暗殺。ついでに目の色や髪の色を変え、人相を変え、服装を替え、ついには男装まで披露してくれた。</p>
<span id="more-12544"></span>
<p>　CIA分析官のソルト（ジョリー）は、尋問中のロシアのスパイ、オルロフから、二重スパイとして名を挙げられる。誤解だと訴え、拘束しようとする上司のウィンター（リーヴ・シュレイバー）や防諜部のピーボディ（キウェテル・イジョフォー）から逃げ出したソルトは、しかしオルロフの言葉どおりに訪米中のロシア大統領を暗殺。さらにホワイトハウスに潜入して米国大統領の命を狙うのだが……。</p>
<p>　冒頭の30分間の吸引力は強烈だ。思わぬ運命の渦に呑みこまれたヒロインが、ストッキングを脱いで監視カメラを覆い、消火器を改造して迫撃砲を作り、武装集団が固めるCIAのビルから単身、脱出。さらにはワシントンの町を舞台に、斬新でド派手なカーチェイスを繰り広げる。この時点ではまだ観客の気持ちはソルトと一体だから、その緊迫感たるや半端ではない。</p>
<p>　だが、それもソルトが攻撃に転じるまでだ。『ターミネーター』シリーズを例に取るまでもなく、アクションもので本当に面白いのは逃亡劇。獲物がハンターに変わった途端に、たいていのアクション映画は魅力をなくす。本作もまた、ソルトの正体が明らかになった時点でサスペンスとしての魅力は雲散霧消。ストーリーやキャラクター造形にも多くの破綻があるために、感情移入度は尻すぼみに下がった。これではアンジー姐さんの七変化を観賞するぐらいしか、楽しみはありませんわな。</p>]]></content:encoded>
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		<title>小さな命が呼ぶとき</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 07:00:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年07月24日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[小さな命が呼ぶとき]]></category>

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		<description><![CDATA[難病ものというよりも経済映画、バディ映画として観たい（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　92年作品の『ロレンツォのオイル／命の詩』は、難病の息子を持つニック・ノルティとスーザン・サランドンの夫婦が、「まだ効果が証明されていない」と渋る医師を説得して新薬を試させるという物語だった。日本だったら「功名心にはやる医師が親の反対を押し切って新薬を試す」ということはあっても、その逆はあまり考えられないので、大いに文化の違いを感じたものだ。『小さな命が呼ぶとき』も、『ロレンツォ～』と同様、実話をもとにした物語。ただしこちらの父親は、我が子の治療薬を開発するためだけに、なんと製薬会社を作ってしまう。</p>
<span id="more-12522"></span>
<p>　エリート・ビジネスマンのジョン（ブレンダン・フレイザー）は、8歳の娘と6歳の息子を難病のポンペ病に冒され、焦りを募らせる。ストーンヒルという学者（ハリソン・フォード）が有望な研究を行っていることを知ったジョンは、安定した職をなげうち、バイオ・テクノロジーのベンチャー企業を共同起業するのだが……。</p>
<p>　安直なお涙ちょうだい劇かと思いきや、新会社の設立→ベンチャー・キャピタルの獲得→大手製薬会社への身売り→そこでの主導権争いと、ジョンがロールプレイング・ゲームさながらに新薬開発を押し進める姿が興味を引く。経済小説というのはよくあるが、これはあまり見る機会のない「経済映画」。強い熱意と執念で時には患者の全国組織を立ち上げ、時には大会社の慣例まで変えていくジョンを、フレイザーは等身大に演じきった。</p>
<p>　対するストーンヒルは、研究者としては優秀ながら、プライドが高くて人づきあいがヘタ。年長のストーンヒルが大きな子どもで、年下のジョンが交渉術に長けた大人という、年齢とキャラクターの逆転現象が面白い。それでもオイシい役のオファーしか受けないフォードのこと。製作総指揮を兼務した本作では、「いいとこあるじゃん」と思わせる場面を随所に作り、ストーンヒルをちゃっかり儲け役に変えている。</p>
<p>　難病の娘のキャラがあまりカワイくないのが難点だが、あえてそこには目をつぶろう。なぜなら本作は、難病ものとしての側面よりも、バディ映画としての側面の方がずっと魅力的だから。片や我が子の命、片や研究資金を求めて運命共同体となったジョンとストーンヒルが、互いに譲れないゴールを目指して二人三脚で突っ走る。もちろん二人三脚だから転倒も不可避。２人の関係がどれほど事実に即したものなのかは知る由もないが、脚本のロバート・ネルソン・ジェイコブスは少なくともいい「ドラマ」を書いた。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ゾンビランド</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 05:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月24日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ゾンビランド]]></category>

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		<description><![CDATA[アクションあり、ロマンスあり、笑いありの健全ホラー（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画ライターがどんな映画でも観るかというと、決してそんなことはないわけで、たとえば私はホラーは観ない。理由は簡単、夜ひとりでトイレに行けなくなっちゃうから。今回はそんな恐がりでも安心して観にいけるゾンビ映画をご紹介しよう。何たってこれ、登場人物が不気味なゾンビに食い殺される不健全な映画ではなく、登場人物がゾンビをジャンジャンぶっ殺していく健全な（？）作品。おまけにアクションあり、ロマンスあり、胸を打たれるシーンありの痛快コメディなのですよ。</p>
<span id="more-12521"></span>
<p>　舞台はすでに人類の大半が人食いゾンビとなった世界。さえない大学生のコロンバス（ジェシー・アイゼンバーグ）は、「トイレに用心」「後部座席を確認しろ」といった「生き残るための32のルール」を作って、どうにか命をつないできた。親元に戻ろうとしたコロンバスは、旅の途中でタフガイのタラハシー（ウディ・ハレルソン）や、詐欺師の姉妹と出会い、ゾンビがいないという噂の遊園地をともに目指すのだが……。</p>
<p>　オープニングの段階から、つかみは上々。「二度撃ちしてとどめを刺せ」「シートベルトをしろ」といった「生き残るためのルール」が、ユーモアとサスペンスを交えた実例で紹介される。本作のゾンビも、動きの鈍いリビングデッドではなく、最近はやりのウイルス感染型ゾンビ。当然、全力疾走もオーケーなので、ルールその1は「有酸素運動で鍛えろ」ということになる。感染の拡大期に「まず太めが食われた」というコロンバスのモノローグには、多くのアメリカ人が爆笑し、続いて頭をかいただろう。</p>
<p>　ルーベン・フライシャー監督が「これはゾンビが出てくる『ミッドナイト・ラン』だ」と語るとおり、コロンバスとタラハシーの迷コンビぶりが実にケッサク。引きこもりのコロンバスとゾンビ退治に燃えるタラハシーではどう見ても水と油だが、年齢も性格も違う男ふたりが、次第に義兄弟的な友情を結んでいく描写がいい。</p>
<p>　詐欺師の姉のウィチタを演じたエマ・ストーンは、いかにも男を手玉に取りそうなエロい顔だち。妹のリトルロックには名子役のアビゲイル・ブレスリンが出演を快諾し、「彼女が（こんなゾンビ映画に）出るわけがないから、彼女に似た人を探していた」というフライシャー監督を喜ばせた。ちなみに登場人物の役名がみんなアメリカの地方都市の名前なのは、初めは互いに不信感を抱いていた彼らが本名を名乗るのを避けたためだ。</p>
<p>　それにしても、この題材を単なる悪趣味なスプラッター映画や、寒いギャグ映画に終わらせないフライシャーの力量には恐れいる。タフなタラハシーが心の奥に抱えた傷や、小悪魔ウィチタの意外に妹思いな一面を見ているうちに、こちらもすっかり彼らの旅の道連れだ。人と関わらずに（しかもある意味、それが賢いことだと思って）生きてきたコロンバスが、ルールのひとつを破ってウィチタのために命を張る大詰めには、図らずも胸が熱くなった。</p>
<p>　遊園地でゾンビの群れに囲まれた4人が、メリーゴーランド、ジェットコースターなどの遊具を使ってゾンビを倒していくアクションは最高の見せ場。3Dで続編が作られる企画もあるようなので、この第1作からしっかりチェックしておきたい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>インセプション</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 05:00:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月23日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[インセプション]]></category>

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		<description><![CDATA[クリストファー・ノーランが夢を料理（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『メメント』では記憶を、『プレステージ』では魔術をテーマに特異な世界を構築してきたクリストファー・ノーラン監督が、次なる題材に選んだのは夢。レオナルド・ディカプリオを主演に迎え、観る者を潜在意識の迷宮へと誘いこむ。</p>
<span id="more-12507"></span>
<p>　他人の夢の中から貴重な情報を盗み取るのが仕事のコブ（ディカプリオ）は、サイトー（渡辺謙）という男から、普段とは逆のインセプション（他人の頭に特定の考えを植えつけること）を依頼される。夢の世界の設計士アリアドネ（エレン・ペイジ）、変装が得意なイームス（トム・ハーディ）らの仲間を集め、首尾よくターゲットのロバート（キリアン・マーフィー）を夢の世界に誘いこんだコブたちだったが、ロバートが潜在意識の防護訓練を受けていたために、予期せざる逆襲にさらされて……。</p>
<p>　手首にケーブルをつないでターゲットと一緒に眠り、夢を「共有」するという発想が、まず面白い。初めはターゲットが見る夢に「潜入」するものと思っていたが、コブたちは自ら「設計」した夢にターゲットを招き入れている様子。その分、夢特有の荒唐無稽さには欠けるが、それでもパリの繁華街を折り返したり（？）、無重力状態を現出させたりと、ノーラン監督、なかなかのスペクタクルを見せてくれる。</p>
<p>　コブたちが三重に設計した夢にターゲットを誘いこむという設定（夢の中でまた夢を見るという具合）は相当に複雑。コブがターゲットに何をさせたいのかや、ノーランがコブに何をさせたいのかが、なかなか見えてこないのが難点だ。とはいえ、必ずしも細かい筋を追う必要はない。夢の各階層で展開される激しいアクションとドラマの同時進行は、それ自体に十分な見応えがある。</p>
<p>　ノーランは夢にまつわる一般的な皮膚感覚を、巧みに脚本に織りこんだ。眠っているコブが水に濡れれば夢の中で雨が降り、眠っているコブの乗った車が橋から落ちれば夢の中が無重力になるという具合。さてはノーラン、「海で泳いだ夢を見たらオネショをしていた」とか「飛ぶ夢を見たらベッドから落ちていた」なんて経験があるんじゃないかしら？　現実世界で数分眠れば、その数倍の時間を夢の世界で過ごせるという設定も、日頃の実感をよく表しているように思う。</p>
<p>　いろいろ書いたが、この映画の事前情報として必要なのは、実は批評ではなく、ルールブックかもしれない。</p>
<p>　１）夢の中で死ねば、目が覚める。</p>
<p>　２）ただし強い睡眠薬を使用するミッションでは、夢の中で死ぬと「潜在意識の虚無」に落ちこみ、廃人になる。</p>
<p>　３）それを防ぐには、仲間が水をぶっかけるなどして強制的に目を覚まさせればいい。</p>
<p>　４）現実世界での感触を知る独楽やサイコロを常に持ち歩き、今いる場所が夢か現実かわからなくなったら、それを使って確かめる。</p>
<p>　……とまあ、このあたりのルールを押さえておけば、客席で「潜在意識の虚無」に落ちこまずにすむだろう。さらにはコブと妻（マリオン・コティヤールが怪演）の過去にまつわるサブストーリーや、ラストシーンの恐ろしい含みも、すんなり理解できるはずだ。</p>
<p>　劇中のセリフは、夢にまつわる刺激的な指摘に満ちている。たとえばコブがアリアドネに語る「人は知らぬ間に夢に入りこんでいる。ここからが夢だとわかる夢はない」は、まさに至言。あなたも今、本当は夢に入りこんでいるのかもしれませんよ。退屈な映画批評に眠気を誘われて……。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>イエロー・ハンカチーフ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12441.html</link>
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		<pubDate>Wed, 30 Jun 2010 23:00:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年06月26日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[イエロー・ハンカチーフ]]></category>

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		<description><![CDATA[寄る辺なき魂が、孤独という共通項で響き合う（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ご存じ、山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』（77）のリメイク作。オリジナル版で高倉健が演じた前科者にはウィリアム・ハートが、また武田鉄矢と桃井かおりが演じた若いカップルにはエディ・レッドメインとクリステン・スチュワートが扮している。桃井かおりは小さな（しかし濃い）役で友情出演。監督はインド出身のウダヤン・プラサッドが務めた。2008年作品が今になって公開される事情は定かではないが、もしかするとスチュワート主演の『トワイライト』シリーズが大ヒットした恩恵かもしれない。</p>
<span id="more-12441"></span>
<p>　6年の刑期を終えて出所したばかりのブレットは、先住民だと名乗る青年ゴーディ、十代の少女マーティーンの即席カップルと知り合い、彼らの車に同乗することになる。アメリカ南部をドライブする道すがら、ブレットは自分の身の上を明かして、こう語る。「妻に手紙を書いた。今でも待っていてくれるなら、ヨットに黄色い帆を張っておいてくれと……」</p>
<p>　年齢も境遇も違う3人の男女が、ぎこちない関わり合いを重ねつつ、次第に距離を詰めていくプロセスが心に浸みる。物語が進むうちにわかってくるのは、妻のメイ（『ER』のドクター・デルアミコことマリア・ベロ）と出会う前のブレットが、生きる目的や喜びを何も持たない、死人のような生活をしていたということだ。</p>
<p>　先住民に育てられた白人だと思われるゴーディも、自分の帰属する場所をどこにも見出せずにいる様子。演じるレッドメインは、武田鉄矢とはまた違った「ウザさ」を上手に醸し出している。残るマーティーンも父親との間に問題を抱える根暗な女の子。そんな寄る辺なき3人が、孤独という共通項を介して、不器用な友情を紡いでいく。</p>
<p>　陰気なロードムービーの背景をなすのは、舞台となったルイジアナ州に残るハリケーン・カトリーナの爪跡だ。3人が旅をする先々に、うち捨てられた廃屋や、簡素な仮設住宅が建っている。そんな荒廃を駆け抜けたあとでは、荒廃せざる人と人とのつながりが、ことさらに尊いものに感じられるのだ。「黄色いハンカチ」という設定を「黄色い帆」に変えたのかと思わせておいて、最後にオリジナル版に敬意を表してみせた演出も心憎い。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>レポゼッション・メン</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12442.html</link>
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		<pubDate>Wed, 30 Jun 2010 11:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月02日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[レポゼッション・メン]]></category>

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		<description><![CDATA[ユニークな近未来の世界観と、粋な演出を楽しもう（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　人工臓器が爆発的に普及した近未来。高額の人工臓器をキャッシュで買える者はいいが、そうでない者は高利のローンを組まされる。支払いが滞ると、やって来るのが回収屋＝レポゼッション・メン（レポメン）だ。車や宝飾品なら話は簡単だが、人工臓器はどのようにして“回収”するのか？　強力なティーザー（スタンガン）で相手を気絶させ、メスを使って摘出するのである。相手が死んでしまうって？　そんなこと、レポメンの知ったことではない。</p>
<span id="more-12442"></span>
<p>　ユニオン社に雇われる非情なレポメンのレミー（ジュード・ロウ）は、ある仕事の最中に事故に遭い、自ら人工心臓を埋めた体になる。自分がそういう立場になると、ついつい回収の矛先が鈍って収入が激減。ついにはローンの支払いが滞り、親友のジェイク（フォレスト・ウィテカー）に追われる身に……。</p>
<p>　舞台となった近未来の世界観がユニークだ。必ずしも医療用のものだけではなく、生活の利便性を高めたり、性的魅力を増したりするための人工臓器が販売されているらしい。たとえばレミーが心を奪われるクラブ歌手のベス（アリシー・ブラガ）は、高感度の人工耳に替えていて、そこにイヤホンをつないでレミーに遠方の音を聞かせたりする。ここでは書けないある「感度」を高めるために人工の生＊器を移植しているという設定にはさすがに目が点になったが、考えてみれば現在の豊胸術や睫毛エクステが発展すれば、いずれそういう方向に向かうのかもしれない。</p>
<p>　ミュージックビデオで経験を積んだミゲル・サポチニク監督は、エロティックなシーンを生臭く描かず、オシャレに暗示させるのがうまい。10個もの人工臓器を持つベスが、次々と人工の部分を数えあげたあと、レミーに「唇のことを聞いて」とささやくセリフの妙。セクシーなムードを盛り上げておいて、濡れ場に移る寸前に、ベスにロウソクを吹き消させる粋。終盤にはレミーとベスが人工臓器をスキャンしなければならなくなり、自らメスを入れた傷口にスキャナーを突っこむシーンもある。ベスが人工生＊器を持っているという伏線を忘れない賢明なあなたには、壁の向こうから聞こえる彼女の苦悶のうめきが、ちょっと違った声に聞こえるかもしれない。</p>
<p>　ロマンスの話が先になったが、本作はSFアクションや人間ドラマとしての魅力も水準以上。逃亡劇の緊迫感は、同じ近未来SFの傑作『ガタカ』（97）や『マイノリティ・リポート』（02）を彷彿とさせる。逆手に持ったナイフなどを操るロウのバトルアクションも鮮烈。マルコ・ベルトラミ（『ハート・ロッカー』）が担当したスコアや劇中曲の選択も、カッコいいったらありゃしない！</p>
<p>　守るべき女と出会ったことで、1度は捨てた生への執着を取り戻すレミーの姿は、「人は何ゆえに生きるのか」という哲学的な命題を考えさせもする。レミーがユニオン社への反撃に打って出てからは、ストーリーのスピード感と破天荒さが2段階ほどシフトアップ。レミーの息子や、ベスやジェイクの意外な行動が、自然に観る者の胸を熱くする。実を言うと、原作者＆脚本家のエリック・ガルシアは、そのすべてを引っ繰り返す驚愕の結末を用意しているのだが、詳しい話は明かさぬが華だろう。ここではただ、一言こう述べるにとどめる。観るべし！</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ソフトボーイ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12200.html</link>
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		<pubDate>Mon, 14 Jun 2010 11:00:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月19日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ソフトボーイ]]></category>

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		<description><![CDATA[A型人間は割を食う（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　スポーツライター山際淳司の「たった一人のオリンピック」には、競技人口の少ないスポーツなら今からでもオリンピック選手になれるだろうとふと思い立ち、特に好きでもなかったボート競技を始めた大学生のことが書かれている。一方、『ソフトボーイ』で描かれるのは、県内に男子ソフトボール部を持つ高校が皆無であることに気づき、お気楽に全国大会出場を目指したお調子者の物語。佐賀県の高校で実際にあったエピソードを元にした、ギャグ満載の傑作青春ムービーだ。</p>
<span id="more-12200"></span>
<p>　牛津学園調理科のオニツカ（永山絢斗）は、幼なじみのノグチ（賀来賢人）から「ソフトボール部さえ作れば全国大会出場ばい！」と世間をなめきった言葉を聞かされる。昔からノグチに振り回されっぱなしだったオニツカは、今度も気が進まないまま、なし崩し的にメンバー集めを手伝うはめに。男子の少ない高校でどうにか集めた9人の部員は、しかしキャッチボールもろくにできない素人ぞろいで……。</p>
<p>　動機の不純なへっぽこチームが、次第に競技への情熱をはぐくみ、最後に勝利以上のものを得る。そんなスポーツコメディの常道は、本作でも忠実に踏襲されている。林民夫の脚本にはアメリカのシットコムのような上質のギャグが目白押し。青春ものの定番である玉突き衝突的な片思いの描写も、ほどよくストーリーに織りこまれている。学校きってのヤンキー、存在感の薄いデブ、見かけ倒しの黒人留学生といった脇役キャラの造形も上々。だが本作を凡百の類似作品からひときわ際立たせているのは、オニツカとノグチの関係を描いた「人間ドラマ」の部分だろう。</p>
<p>　本人はその場の思いつきで適当に世渡りをしているだけなのに、その言動はなぜか回りの人々を惹きつけ、いつの間にやらムーブメントの中心にいる。そんなＢ型人間は、確かにこの世に存在する。実話の「主役」だった高校生も、おそらくそうしたタイプの人物だったのだろうと想像されるが、本作の成功の一因は、そんなノグチではなく、凡庸なA型人間のオニツカを主役に据えたことだ（注：劇中ではノグチやオニツカの血液型については特に触れられていません）。</p>
<p>　ノグチのせいで教頭には怒られ、大好きな女子マネには振り向いてもらえず、一流シェフになる夢は後回し。ところがノグチはオニツカの気持ちなどまるで気にせず、KY丸出しで自分の計画を話すだけ。A型人間の私たちが本作を観て共感するのは、オニツカと同じ苦々しさを、日頃「身近なノグチ」に味わわされているからだ。それでもノグチとの関係を切れないのは、彼らの中に私たちにはない何か、そう、悔しいけれど「魅力」と呼ばざるを得ない何かが見て取れるから。リアリティのかけらもないジャニーズ映画とは違い、賀来と永山がノグチの嫌な部分、オニツカの駄目な部分をきちんと表現しているのが素晴らしい。</p>
<p>　0対34でリードされてなお、「努力すれば来年は勝てる」ではなく、「次の回に逆転するけんな！」と飛び切りの笑顔で言えるノグチは、この閉塞の時代にも世界に羽ばたき、サイコーの女の子をモノにし、あるいは就活で早々と内定を取るのだろう。エンディングで小振りな幸せを手に入れるオニツカの姿は、鑑賞後の後味をさわやかにする反面で、なぜだか少しほろ苦い。こんな脚本が書ける林氏は、おそらくノグチではなく、オニツカのひとりなのだろうと思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ザ・ウォーカー</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/12118.html</link>
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		<pubDate>Wed, 02 Jun 2010 00:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月19日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ザ・ウォーカー]]></category>

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		<description><![CDATA[驚愕のラストに向けた伏線を見逃すな！（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　いやあ、たまげた。本作の最後に明かされる「ある事実」には心底、驚嘆した。本当はサプライズがあることすら知らずに劇場に行った方が衝撃度は増すのだけれど、「なになに？　どんなビックリがあるの？」とワクワクしながら公開を持つのも、それはそれで楽しいだろう。だから言っちゃう。あなたは本作のエンディングに必ずや目を丸くするだろう。そして劇中にちりばめられた数多くの伏線を思い起こし、それを再確認するためにもう1度観たくなるだろう。観るがいい。それだけの価値はある。</p>
<span id="more-12118"></span>
<p>　舞台は戦争で文明が崩壊し、無法状態のまま30年が経過した世界。ウォーカー（歩く者）と呼ばれる主人公（デンゼル・ワシントン）は、世界にたった1冊だけ残った「ある本」を携え、西へと歩き続けている。一方、同じ本を血眼で探すギャングのカーネギー（ゲイリー・オールドマン）は、ウォーカーがそれを持っていることを知り、力ずくで奪い取ろうとするのだが……。</p>
<p>　灼熱の砂漠、崩れた高架道路、爆撃の跡と思われるクレーター。監督のヒューズ兄弟は、色味を落とした画面の中に、強烈な終末感の漂う世界を現出させた。食うために人を殺す無法者がいる一方で、シャンプーやウェットティッシュが珍重されるゆがんだ物々交換経済がシニカルだ。製作も兼ねたワシントンは、牛刀やショットガンで敵をズバズバなぎ倒すウォーカーをクールに熱演。極限状況でのアクションやサバイバルをスタイリッシュに切り取ったドン・バージェスのカメラにもシビれる。</p>
<p>　ウォーカーとは何者なのか、なぜ西に向かうのかといったいくつもの謎を提示しながらストーリーは進んでいくのだが、その最たるものは彼が運ぶ本の中身だろう。実のところ、ウォーカーやカーネギーがしばしばそらんじるその一節を聞けば、欧米の観客は即座にその本のタイトルを理解する。しかし平均的な日本人にとっては必ずしもなじみの深い本ではないと思うので、ここで多少のヒントを出しておくのがこの国で映画ライターをする者の務めかもしれない。ウォーカーが運ぶ本とは、そう、人類史上一番読まれていると言われる「あの本」だ。え、『1Q84』？　違いますがな。</p>
<p>　現在これだけ普及している本が、なぜ世界に1冊しかなくなってしまったのかは、最終戦争が起こった理由とも密接に関わってくる。そして9.11テロ以降の現実世界の情勢とも。「その本が戦争の原因とも言われた。戦後、人々は率先してその本を処分した」と語るのはウォーカーだ。「死の陰の谷を歩むとも」という有名な一節を暗唱するウォーカーに、ヒロインのソラーラ（ミラ・クニス）が「それ、あなたが作ったの？」と真顔で尋ねるのは、だから気の利いたギャグであると同時に、人類の精神文化が30年の間にどれほど変容してしまったのかを端的に示すエピソードでもある。ウォーカーがそれに対して「そうだ」と答えるのは、こちらは正真正銘のジョークだけれど。</p>
<p>「絶望した者にあの本の言葉を説けば自在に操れる」というカーネギーのセリフも、オウム真理教やイスラム原理主義者の事件を容易に連想させ、嫌でも宗教の功罪を考えさせずにはおかない。もちろんカーネギーのセリフに託された毒は、一義的にはキリスト教に向けられている。キリスト教国である米国出身の作り手たちが、このＢ級（2級ではない）エンターテインメントに、どこまで真剣に宗教批判を盛りこもうとしたのかはうかがい知れないが、結果的にはなかなか挑戦的な問題提起がなされていると言えそうだ。</p>
<p>　ちなみに本作の原題『THE BOOK OF ELI』は、中学生でも「イーライの本」と訳すだろうし、実際その解釈で誤りはない（イーライが誰であるかは、本作に秘められた謎のひとつだが）。だが、ある程度キリスト教についての知識を持つ者なら、エンディングを迎えたとき、タイトルに込められた二重の意味に気づいて、はたと膝を打つだろう。ここで生半可な解説を書くのは避けるが、興味を持たれた方はぜひ調べてみてください。</p>]]></content:encoded>
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		<title>孤高のメス</title>
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		<pubDate>Sat, 22 May 2010 00:00:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年06月05日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[孤高のメス]]></category>

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		<description><![CDATA[「命のリレー」に感涙するもよし、医学の意義を再考するもよし（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　現職医師・大鐘稔彦の医療小説を『フライ，ダディ，フライ』の成島出監督が映像化。1989年、腐敗した市民病院に赴任した米国帰りの外科医、当麻（堤真一）は、卓越した手技と医療への熱意によってナースや若手医師を感化していく。世話になった市長（柄本明）が肝硬変で倒れると、当麻はまだ法律で認められていなかった脳死患者からの肝臓移植を決断。しかし当麻を快く思わない外科医長の野本（生瀬勝久）は、それを追い落としの口実にしようと目論み……。</p>
<span id="more-12066"></span>
<p>　医術と仁術を兼ね備えた当麻の人物造形が秀逸。医局や上司ではなく常に患者に目を向けた仕事ぶりと、おごりとは無縁の気さくな人間性が好感を呼ぶ。順天堂大学医学部が協力した手術シーンのリアリティも出色。主演の堤は相当、手技の練習を積んだと見える。脳死状態となった息子の臓器を他人のために役立ててほしいと訴える母親（余貴美子）、病魔に冒された父に寄せる市長の娘（中越典子）の心情は、それぞれに感動的。全体として、ストレートなお涙ちょうだい劇で泣きたい方には自信を持ってお薦めできる作品である。</p>
<p>　ただし『孤高のメス』の真価は、そこにはない。ポイントは「当麻＝名医＝人格者」vs「野本＝ヤブ医者＝ゲス野郎」という、今どき少年漫画でもお目にかかれない白黒はっきりした対立の構図が貫かれていることだ。あいにく現実の世界はそれほど単純にはできていない。「腕はいいけど不愉快な医者」や、「好人物だが全然頼りにならない先生」が星の数ほどいることを、私たちは身をもって知っている。だから、ここまで単純化されると、自然に頭のどこかで警報音が鳴る。こいつは眉にツバを付けて観た方がいいぞ、と。</p>
<p>　実際、ひねくれ者の筆者は試写室でこんなことを考えた。ひと昔前なら確実に死んでいた病人や怪我人を、他者の犠牲の上に成り立つ最新医学で延命させることは、果たして本当に進歩なのか、善なのか、正義なのか？　そうした「死すべき運命」にある者を自然の摂理に従って死なせてあげないから、自分が誰だかわからなくなるまで生きざるを得なくなり、国民医療費は増大し、あげくは介護する家族の人生をも破壊することになるのではないか……。</p>
<p>　いまだ意見の分かれる脳死移植の問題を扱いながら、『孤高のメス』では、脳死者の体を単なる「移植用臓器の畑」と見なす観点のみを美化・正当化し、それに疑問を呈するキャラクターを1人として登場させていない。2時間を超える上映時間がありながら、この偏向ぶりはどうしたことか。両論に目を配るフェアな姿勢を貫けば、たとえ最後は脳死移植を肯定するにせよ、ずっとその説得力を増すことができただろうに、つくづく惜しい。</p>
<p>　2009年に亡くなった動物行動学者の日高敏隆さんは、あるエッセイの中で「野生動物にとっては歯の抜けたときが死ぬときだ」という卓見を書かれていた。野生動物にあらざる私としては、さすがに歯が抜けたぐらいでは死にたくないが、それでは肝臓だったらどうか。あるいは心臓だったら、片足だったら、自発呼吸だったら？　こう考えると、どこに線を引くべきかは一筋縄では答えの出せない問題だ。『孤高のメス』は、この難問に対する自分の意見や立ち位置を見つめ直すための、誠に優れた叩き台だと言える。</p>]]></content:encoded>
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		<title>マイ・ブラザー</title>
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		<pubDate>Sat, 22 May 2010 00:00:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[マイ・ブラザー_2010]]></category>

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		<description><![CDATA[ナタリー・ポートマンも菩薩である（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　スザンネ・ビア監督のデンマーク映画『ある愛の風景』（04）を、『マイ・レフト・フット』のジム・シェリダン監督がリメイク。よき夫、よき父、よき海兵隊将校である兄のサム（トビー・マグワイア）は、厄介者の弟トミー（ジェイク・ギレンホール）が出所するのと入れ替わりにアフガニスタンに出征し、乗っていたヘリを撃墜される。自堕落だったトミーは、悲しみに沈む兄嫁のグレース（ナタリー・ポートマン）と2人の姪を支える中で次第に更生していくが、彼らの間に絆が芽生え始めた頃、死んだはずのサムが別人のようになって生還し……。</p>
<span id="more-12065"></span>
<p>　過酷な捕虜体験のために心が壊れたサムを、マグワイアは鬼気迫る表情で熱演。妻の不貞をしつこく疑い、近所の犬の鳴き声にも拳銃を取り出し、ついには取り返しのつかない騒ぎを起こすキレぶりが圧巻だ。トミーの人間的な成長を的確に表現したギレンホールも上々。何かというと兄弟を比較する父親を演じたサム・シェパードも、物語に厚みを加えた。</p>
<p>　だが本作で最も素晴らしい演技を見せたのは、他ならぬナタリー・ポートマンだろう。夫の戦死を伝えられたときの悲嘆や、2人の娘に注ぐ慈愛、鼻つまみ者の義弟に対する思いの変化や、帰還したサムへのとまどいが、驚くほどリアルに観る者の胸に迫る。1970年代に「山口百恵は菩薩である」というタイトルの本を書いた評論家がいたが、最後にサムの告白を聞くポートマンも“菩薩度”では同等。またしても「顔だけの女優」ではないことを証明したポートマンの名演を、サービスカットの入浴シーンも含め、とくと堪能したい（露出度は「水戸黄門」の由美かおるさん程度のものですけどね）。</p>
<p>　本作に不満がないわけではない。出征前のサムがどれほど立派な人物だったかは、家族のセリフとして語られるだけなので、「別人のようになって帰還」という設定がもうひとつリアルに立ち上がってこないのだ。名手デヴィッド・ベニオフが脚本を担当しているだけに、何か具体的なエピソードでそれを語れなかったものかと惜しまれる。物語の肝となるアフガニスタンでのサムの「行為」も、時系列で客観描写するのではなく、最後まで引っぱってサムの口から語らせた方が効果的だったのでは？　そうすれば私たちもグレースと一緒に衝撃を受け、許せるか許さざるかと惑うことができたのに。</p>
<p>　本作を「反ブッシュ映画」や「反タリバン映画」として語る向きもあるが、それはいささか皮相的に過ぎるだろう。シェリダン監督が「“戦争”を別のものに置き換えてもらっても構わない」と語るとおり、これは大きな困難に直面した家族が、愛の力で再生できるのかを問う普遍の物語だ。誤解してならないのは、「愛の力で再生する家族を描く映画」ではなく、あくまでも「それができるかを問う映画」だということ。「最後に芽生える希望に涙した」といった耳ざわりのいい宣伝文句を書くこともできるけど、個人的にはこの夫婦、もう元には戻れない気がするな。また、元に戻ってはいけないのだとも言えるかも。さて、皆さんはどうお感じになるだろうか。</p>]]></content:encoded>
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		<title>書道ガールズ!! わたしたちの甲子園</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11980.html</link>
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		<pubDate>Mon, 10 May 2010 09:13:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[書道ガールズ!! わたしたちの甲子園]]></category>

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		<description><![CDATA[沈滞する地方都市に美少女たちが喝！（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　地方在住の女子高生が得意の書道で町おこしに一役買った実話を映画化。部室での衝突や友情といった普遍的な題材に、活力を失いゆく地方都市という今日的なテーマを織りこみ、瑞々しい作品に仕立てている。四国中央高校で書道部長を務める里子（成海璃子）は、新任顧問の池澤が衆人環視の中、音楽に合わせて巨大な半紙に字を書いたのを見て、「邪道だ」とショックを受ける。だが文房具屋の娘の清美（高畑充希）は、廃業を決めた父親のために商店街でそのパフォーマンスを披露しようと決意。里子らも成り行きで協力するのだが……。</p>
<span id="more-11980"></span>
<p>　「美少女」としての大器ぶりを早くから認められながら、このところクズ映画にばかり出続けていた成海が、一本気で融通の利かない書道部長を好演。同時期に公開の『武士道シックスティーン』と合わせ、ようやく自分の居場所を見つけた感がある。共演にも桜庭“スピカ”ななみや、山下“リハウス”リオら、いずれ劣らぬ美少女たちが顔をそろえた。</p>
<p>　とはいえ日テレ出身の猪俣隆一監督は、本作を“美少女映画”にはしていない。というより、そういう作りにすることを意図的に避けている節がある。彼女たちが身につけるセーラー服はあくまでも膝丈で、ダッフルコートや髪型は昭和の気配が漂うくらいダサダサ。床に置いた巨大な紙にガニマタ・中腰で書をしたためる姿は、いかに美少女が演じようともカワイく見える代物ではない。だが、そんな美化しすぎない製作姿勢がかえって等身大の共感を誘うし、モデルとなった女子高生たちへの逆説的な敬意を表しているようにも思える。</p>
<p>　脚本の永田優子は、中心となる5人の女子高生のキャラと背景を巧みに描き分けた。「やる気がないなら退部しなさい！」と宣告するお堅い里子と、「まあまあ、みんなで楽しくやろうよ」となだめる香奈（桜庭）とのやりとりは、今日も全国の中・高・大学の部室で繰り返されているはずだ。書の才能を持ちながら家庭の事情で退部する美央（山下）と、不況のあおりで転校していく清美は、それぞれの親子愛のエピソードで観客を泣かせる。いじめられっ子だった小春（小島藤子）はほとんど口をきかないが、まれに発する一言が重い。</p>
<p>　公害の元凶である製紙工場の煙突が「郷土のシンボル」的な扱いをされているのには激しい違和感を覚えたが、地場産業が衰退し、シャッター商店街が増えていく本作の背景は、全国の地方都市に共通のもの。だからこそ自らの友情と町の活気を取り戻すために奮闘する美少女たちの墨だらけの顔が、ことさらに輝いて見えるのだろう。視野の狭かった里子が、様々なできごとを経て成長していく姿にも好感。代役なしで書道シーンに臨んだキャストが、最後の大会で大書する「再生」の一文字が熱い。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ホームレス・ワールドカップ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11954.html</link>
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		<pubDate>Thu, 06 May 2010 03:09:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ホームレス・ワールドカップ]]></category>

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		<description><![CDATA[大会に挑むホームレスの真剣さに打たれる（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アフリカ大陸初のW杯も、もう間近。試合内容もさることながら、治安やインフラなどの諸問題を抱える南アフリカ共和国が、どれほどの大会運営を見せるのかも興味深い。その南ア、実は2006年にも1度、W杯を開いていた。……といってもホームレスだけが参加資格を持つミニサッカーの世界大会だ。『ホームレス・ワールドカップ』はその大会に参加した選手たちの、ひとときの人生を切り取ったドキュメンタリーである。</p>
<span id="more-11954"></span>
<p>　くだんの大会には48の国々から、計500人の選手が参加した。もちろんホームレス諸氏が自発的にチームを組み、ポケットマネーで渡航費や滞在費を出したわけではない。こうしたイベントが開かれる陰には、有り余る金と組織力を持った主催者やスポンサーが存在する。実を言うと、そうした金持ち連中に対して、私は少しシニカルな見方をしていた。選ばれた500人のホームレスに束の間の海外旅行気分を味わわせるより、もっと日常的な支援で多くの人を救ってやれよ、と。だが出場選手たちの真剣さや成長ぶりを目にした今、こういう大会もありなのかなと感じ始めている。</p>
<p>　作品の中では7人の選手が主にフィーチャーされている。その人間模様が実に様々。ドラッグで身を持ち崩したアイルランド人、生まれたときから貧しいままのケニア人、父親に虐待されて路上生活を始めたアメリカ人、戦争で家を失ったアフガニスタン人など、ホームレスになった理由にも国情が出るようだ。ロシアでは自由に住民票を移すことができないらしく、地方から都市に流入すると、仕事も住居も得られない「不法滞在者」になってしまう。62歳のスペイン人は、若い頃にレアル・マドリードでプレーした後、銀行強盗になったという。</p>
<p>　彼らの技量や、大会にかける思いは様々だ。優勝やプロ入りを狙う選手もいれば、大舞台にすくんでしまう選手もいる。だが、意図するしないにかかわらず、彼らの多くは大会を通じて何かを得る。自分以外は全員敵だと思って生きてきたアメリカの青年は、「スポーツマンシップ」なるものに触れて少しだけガードを下げた。女性と接したことのなかったアフガン青年は、パラグアイ娘に好意を寄せられ、舞い上がった。各国のコーチ陣やホームレス支援団体の職員が、そんな選手たちの諸事情をくみ取り、全人格的にサポートしている姿にも頭が下がる。</p>
<p>　ホームレスになった人々は、一様に自信や自尊心をなくしてしまうものだという。そんな彼らが、自分たちでも勝てること、勝てないまでもがんばれることを再認識し、生活改善への意欲を持つことができるなら、この徒花のような大会を開く意義もあるだろう。実際、フィーチャーされた選手の何人かは、大会を契機に家族を、仕事を、家を取り戻した（そうでない選手もいたが）。ミニサッカーはストリートサッカーとも呼ばれる。そのコートを出た選手たちが、ストリート（路上生活）からも抜け出せることを切に願う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>プレシャス</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11813.html</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Apr 2010 04:14:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[プレシャス]]></category>

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		<description><![CDATA[ヒロインのどん底が観客の勇気にすり替わる（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この春、私たちはスクリーン上で、2人の素晴らしい教師と出会うことになる。1人は『17歳の肖像』でオリヴィア・ウィリアムズが演じたスタッブス先生、そしてもう1人は『プレシャス』でポーラ・パットンが演じたレイン先生だ。</p>
<span id="more-11813"></span>
<p>　ヒロインのプレシャス（ガボレイ・シディベ）は16歳。とんでもなく太っていて、読み書きもろくにできず、学校ではいじめられてばかり。家に帰っても母親（モニーク）から精神的・肉体的に虐待されている。お腹には実の父親にレイプされてできた子どもを妊娠中。12歳の時にも彼女は同じことを経験し、ダウン症の子どもを生んでいた。やがて妊娠が学校にばれ、フリースクールに転校させられたプレシャス。しかし様々な問題を抱えた同級生や、知性と包容力にあふれたレイン先生との出会いが、彼女を一変させる。生まれて初めて知った学ぶ喜び。おぼろげに見えてきた希望ある未来。ところがそんなプレシャスに、さらなる過酷な試練が降りかかり……。</p>
<p>　『プレシャス』は多くの点で、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』（00）とよく似ている。ヒロインを次々と襲う不幸、信ずべき人間から向けられる悪意、ヒロインが我が子に捧げる無私の愛、死刑宣告、そして辛い現実をひとときだけ忘れさせてくれる夢想シーン……。</p>
<p>　だが、この『プレシャス』には、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』にはなかった要素が1つある。それがレイン先生の存在だ。静かな自信をたたえたこの女教師は、一般の学校を放り出された問題児に辛抱強く読み書きを教え、理解することの喜びを実感させる。そして十代にして人生を投げている生徒たちに、自分を大切にすること、進学すれば未来がよりよいものになるのだということを教えこむ。監督のリー・ダニエルズはもう少し育ちの悪い女性をイメージしていたというが、ポーラ・パットンが造形した教養ある女性像も、これはこれで悪くない。以前の学校では“透明な存在”だったプレシャスが、授業中に発言を求められ、戸惑いながらも「認められた気がする」と語るシーンが印象的だ。</p>
<p>　『17歳の肖像』のヒロインが最後に恩師を頼るのとは対照的に、子どもを生み、母親と決別したプレシャスは、レイン先生の翼の下からも離れていく。だが、それは“死刑宣告”を受けた状況下でのみ肯定される、特殊な決断だと考えるべきだろう。乳飲み子ばかりか、障害を持つ長女をも引き取り、時限爆弾を抱えた体でひとり社会に踏み出す16歳に、どう考えたって明日はない。しかし、どん底で開き直ったヒロインの決意が、観る者に不思議な勇気と感動を与えるのもまた事実。『明日に向って撃て！』のラストシーンがそうであったように、『プレシャス』もまた、主人公の絶体絶命が観客の希望にすり替わる、そんな稀有な作品であるらしい。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>ファンボーイズ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11812.html</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Apr 2010 04:13:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ファンボーイズ]]></category>

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		<description><![CDATA[傑作パロディの裏側に『スター・ウォーズ』への深い愛情あり（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　わずかなカメオ出演者を除けば、さほど名の売れた大スターが出ているわけでもない。ストーリーだって『スター・ウォーズ』オタクがジョージ・ルーカスの会社に泥棒に入るというしょーもない内容。しかも危うくDVDストレートになりかけた90分の小品だ。それでも私は、この『ファンボーイズ』を2010年のベスト10に入れるかもしれない。</p>
<span id="more-11812"></span>
<p>　時は『エピソード1』の公開を前にした1998年。父親の経営する中古車店で堅気の道を歩み始めたエリック（サム・ハンティントン）は、いまだにオタク道を邁進するライナス（クリス・マークエット）、ハッチ（ダン・フォグラー）、ウィンドウズ（ジェイ・バルチェル）らから裏切り者扱いされている。そんな時にライナスが末期ガンであることが判明。死ぬ前に『エピソード1』を見せてやりたいと、4人はルーカスの本拠地スカイウォーカーランチを目指して旅出つが……。</p>
<p>　……というあらすじとは裏腹に、お涙ちょうだいシーンはほとんど皆無。ギャグ満載の陽性なロードムービーに仕立てられている。仇敵である『スター・トレック』オタクとのウルトラ低レベルな泥仕合あり（「『トレック』にはホモが出てる」「出てない」「ピカード船長は？」「あれはホモじゃなくてイギリス人だ！」）、『スター・ウォーズ』トリビアを出題して4人組の“忠誠心”を試そうとする者あり（「衛星エンドアに住む毛むくじゃらの種族は？」）。へっぽこなバトルシーンでは当然、ライトセーバーが大活躍。「アイム・ユア・ファーザー」などの名セリフや、ゴミシューターのシーン（おわかりですね？）などのパロディも、いずれ劣らぬ爆笑を誘う。</p>
<p>　それでいて『絶叫計画』シリーズのような“パロディのためのパロディ”に陥っていないのも本作の素晴らしいところ。それもひとえにしっかりした縦糸（『エピソード1』を巡るクエスト）と横糸（『スター・ウォーズ』シリーズへの愛情）が、全編をきっちり貫いているからだ。サブストーリーも恋あり、友情あり、夢と現実との相克ありと、なかなかにぎやか。カーク船長ことウィリアム・シャトナーや、レイア姫ことキャリー・フィッシャーが、いいところでカメオ出演し、4人組の力になってくれるのもうれしい。</p>
<p>　ラストシーンで、我らがオタクたちは『エピソード1』の公開初日を迎える。コスプレしたファンが集結する祝祭的な劇場の雰囲気を、ファンなら我がことのように思い出すだろう。ライナスのいない客席で、エリックが最後につぶやくひと言が実に痛烈。でも、こういうのを本当の「愛のムチ」って言うんだよな。</p>
<p>　さて、本作は期間限定のレイトショー公開だ。そしておそらく劇場で見られる機会は2度とない。なぜならファンの要望を受けて特別に公開が決まったものの、その翌週にはDVDがリリースされてしまうから。でもね、これ、劇場で観た方が絶対楽しいですよ。だってこんな地味な映画を、しかもレイトショーであることも厭わずに観にくる観客は、間違いなく筋金入りの『スター・ウォーズ』ファンだ。どれだけ客席の一体感が盛りあがることか。全国のSWファンよ、参集せよ！　フォースが共にあらんことを。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>17歳の肖像</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11721.html</link>
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		<pubDate>Fri, 02 Apr 2010 07:38:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[17歳の肖像]]></category>

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		<description><![CDATA[少女のイタ過ぎる初体験が、観る者の胸を締めつける（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ニック・ホーンビィは『ぼくのプレミアライフ』（97）や『アバウト・ア・ボーイ』（02）で、大人になりきれない男のささやかな成長を描いてきた作家／脚本家だ。その彼がイギリスの女性ジャーナリストの回想録を脚色し、悲しくも瑞々しい1人の少女の成長記を書きあげた。</p>
<span id="more-11721"></span>
<p>　1961年のロンドン郊外。オックスフォード大学への進学を目指す16歳のジェニーは、高級車に乗ったデイヴィッドに声をかけられ、その話術や文化的洗練のトリコになる。彼の誘いでナイトクラブや絵画オークションといった大人の世界に触れたジェニーは、デイヴィッドが後ろ暗い仕事で稼いでいるのを知っても、見て見ぬ振りをしていたのだが……。</p>
<p>　まずはアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガンを称えよう。撮影時には22歳だったというが、ハイティーンのナイーブさをほとんど違和感なく演じて秀逸。「フランス人になりたい！」というミーハーさと、知識・芸術・文化への高尚なあこがれを併せ待つサナギが、危ういチョウになる様をビビッドに演じきった。オードリー・ヘップバーンの再来と形容する向きもあるようだが、むしろ顔立ちは大先輩のジュディ・デンチに似ているかも（そう言われてマリガンが喜ぶかどうかはわからないけれど）。</p>
<p>　デイヴィッド役のピーター・サースガードも、いつもながらうまい。『ニュースの天才』（03）ではヘイデン・クリステンセンの巧言令色に翻弄された彼が、本作では逆に巧言令色を駆使して世を渡り、易々とジェニーの両親を丸めこむ。キャストで唯一のアメリカ人だがイギリス訛りも堂に入ったもの。『シャーロック・ホームズ』のロバート・ダウニー・Jr.はサースガードの爪の垢でも飲むべきだった。</p>
<p>　ジェニーの「冒険」の切なさを増幅するのが60年代初頭の不自由な時代背景だ。吝嗇家の父親（アルフレッド・モリーナ）がジェニーにオックスフォード進学を強要するのは、あくまでいい結婚相手を探すためであって、娘の社会進出を助けるためではない。だから羽振りのいいデイヴィッドが現れた途端に、厳しい教育パパから、婚前旅行を黙認する打算パパになってしまう。デイヴィッドの化けの皮がはがれると、すでに高校を退学していたジェニーはすべてを失うことに……。</p>
<p>　事実を元にした物語だから仕方がないとはいえ、デイヴィッドのメッキがはげる顛末はある意味、ひどく陳腐ではある。だが、それをほとんど欠点と感じさせないのは、時代の空気や個性的なキャラクターをしっかりと書きこんだホーンビィの脚本と、脇役まで含めたキャストの名演あってこそだ。女性監督のロネ・シェルフィグも、厳しい階級社会の中で懸命にもがき、はい上がろうとする「中の下」の人々の辛酸を、代表作の『幸せになるためのイタリア語講座』（00）とよく似たタッチで、しんみりと描いた。</p>
<p>　『An Education（ある教育）』という原題を持つこの作品で、元教師だったホーンビィは1人の少女の痛々しい学びの体験を描くと同時に、教育全般の目的や意義を問うてもいる。大好きな女教師に年上の男性との享楽を諫められ、「退屈な勉強をして何になるの？　せっかく大学を出ても、先生みたいに死んだような人生を送るなら生きる価値がない」と言い放つジェニー。女性が社会進出を阻まれていた60年代のイギリスはもちろん、現在の日本でも、この問いかけは十分に問題提起として成立しよう。教職員の皆さん、ご自分だけではなく、大切な生徒たちを守るためにも、どうか十分な理論武装をしてほしい。</p>
<p>　くだんの女教師スタッブスを演じたオリヴィア・ウィリアムズがまた絶品だ。ノーマン・ロックウェルの絵のような美人顔を、ハイミス然としたメイクと眼鏡で封印するあたりはさすがにプロ。堅実な暮らしを送りながら教育に情熱を注ぐそのキャラクターは終盤、ジェニーの希望の光となる。万策尽きたジェニーが一縷の望みをかけてスタッブス先生を訪ねるシーンは必見だ。簡潔だが深い愛情に満ちた女教師の言葉に、私はあるべき教育者の姿を見た。そしてまた、そのセリフを書いたホーンビィの、元教員としての矜持を見た。そのシーンを観ながら客席で不意に嗚咽を漏らす人がいたなら、それは「もう1人のスタッブス先生」か「かつてのジェニー」かもしれない。</p>]]></content:encoded>
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		<title>月に囚われた男</title>
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		<pubDate>Fri, 02 Apr 2010 07:37:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[月に囚われた男]]></category>

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		<description><![CDATA[よくできた異例の低予算SF（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　デヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズの映画監督デビュー作。月面を舞台にした近未来SFでありながら、最新のＶＦＸなし、大がかりなセットなし、出演者は事実上サム・ロックウェルただひとりという特異な低予算映画として作られた。</p>
<span id="more-11720"></span>
<p>　月の裏側にある採掘基地でひとり勤務するサム・ベル。地球との交信設備が故障して以来、話し相手は人工知能のガーティのみとなっている。3年間の契約期間が満了するのを心待ちにしていたが、あと2週間で地球に帰れるという時期になって、体調不良や幻覚に悩まされ始め……。</p>
<p>　小さな違和感を積み重ねていく序盤のストーリーテリングがうまい。基地の外で大事故に巻きこまれたサムが、なぜか基地内で目を覚ます。事故現場を調査しようとするサムを、ガーティはやんわりと制止。それを振り切って事故現場に出かけたサムは、大ケガをした「自分」を発見するも、不思議と取り乱すことがない。こうなると観客は本作のどこに定点を求めたらいいのかわからなくなり、シュールな不安にさいなまれる。サムが見つけた「サム」は何者なのか、いや、「サム」を見つけたサムは何者なのかと。</p>
<p>　ネタを明かせば、この物語はクローン物だ。全編出ずっぱりのロックウェルは、抑制の利いた演技で、巧みに複数のサムを演じ分ける。自分が誰かのコピーに過ぎないと知った主人公がアイデンティティーの崩壊に苦悩するのは、クローン物の定番。しかしサムに関して本当に哀しいのは、たとえ自分がクローンであっても、3年働けば地球に戻れると信じていることだ。</p>
<p>　終盤、ガーティに「プログラムどおり仕事をしよう」と言われ、「俺たちはプログラムなんかされていない」と答えるサム。だが観客はその時点で、3年間の「契約期間」が、実は「耐用期限」であることを知っている。そして経済合理性をとことん追求する雇い主（ルナ産業）の非情さに言い知れぬ戦慄を覚えるのだ。経費節減のために正社員を減らし、期間労働者を使い捨てにする昨今の企業は、ある意味、「現代のルナ産業」と言えるかもしれない。</p>
<p>　傑作の誉れ高い『エイリアン』シリーズでは日系企業が隠れた悪役を演じていたが、こちらのルナ産業はどうやら韓国系企業であるらしい。月面基地の壁面には「サラン（愛）」という基地名がハングルで表示されているし、マシンが「アンニョンヒガセヨ（気をつけて行っていらっしゃい）」と韓国語の音声を出すシーンもあった。なにやら国際経済における日本の停滞と韓国の躍進を象徴しているかのようですね。日系企業が欧米から「手強い悪玉」と見られなくなってきたことを、私たちは喜ぶべきなのだろうか、それとも悔しがるべきなのだろうか。</p>]]></content:encoded>
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		<title>NINE</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 01:36:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[NINE]]></category>

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		<description><![CDATA[スクリーン上のセクシーな“国連会議”に酔え！（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　スランプに陥った映画監督の産みの苦しみを、周囲を取り巻く多彩な美女との関係を絡めて描いたミュージカル。同名のブロードウェー・ミュージカルの映画化作品だが、そのまた原点には名匠フェデリコ・フェリーニの代表作『8 1/2』（63）がある。</p>
<span id="more-11613"></span>
<p>　何はさておきキャスティングの豪華さに触れないわけにはいかないだろう。不遜で女好きな映画監督グイドを演じるのはダニエル・デイ＝ルイス（英）、その妻ルイザはマリオン・コティヤール（仏）、愛人カルラはペネロペ・クルス（西）。さらにグイドのミューズたる女優にニコール・キッドマン（豪）、心を許せる衣装係にジュディ・デンチ（英）、グイドの母親役にソフィア・ローレン（伊）を起用した。ほとんど国連かEUかという多国籍な陣容だ。それに加えて上記の全員がアカデミー賞受賞経験者。「百年に1度」の不況下に作られた映画とは思えない贅沢さだ。</p>
<p>　主要キャストの中では記者を演じたケイト・ハドソン（米）だけがオスカー未受賞だが、実は全編の白眉たる曲は彼女の歌う「シネマ・イタリアーノ」だ。その歌唱力、そのダンス！　ただの七光り女優だと思っていたが、いやはや、まいりました。コティヤールやクルスも歌唱シーンでは露出度たっぷりのコスチュームに身を包み、グイドならぬロブ・マーシャル監督（『シカゴ』）にサービス満点のご奉仕。歌えないデンチには語りでごまかせるシャンソン風の曲を与え、歌手が本業のファーギーにはセリフのない役（グイドが幼い頃に“教育”してもらった娼婦）を振るなど、マーシャル監督、適材適所もよく心得ている。</p>
<p>　マルチェロ・マストロヤンニが演じた『8 1/2』の主人公（役名はやはりグイド）にはフェリーニの半ば自虐的な自画像が投影されていたが、『NINE』のグイドは巨匠としての評価が確立してからのフェリーニの分身だ。劇中のプロデューサーがグイドに語る「君がイタリアを撮ったのではなく、イタリアが君の映画を真似たのだ」というセリフは、フェリーニへの最大級のオマージュだろう。とはいえこの主人公は、映画と女という2つの宿痾を抱えた、ある意味、非常にみっともない男。製作中の映画やもつれた女性関係から物理的にも心理的にも逃避し、それでもなお現実や幻想に追いまくられて彷徨する姿には、独特のおかしみやペーソスが漂う。</p>
<p>　よく言ってシュール、悪く言えば自己満足的だった『8 1/2』を下敷きにしていながら、誰もが理解可能なエンターテインメントに仕上がっているのも『NINE』の特筆すべき点。現実のシーンに唐突に幻想や回想を忍びこませても、『NINE』の方は観客をとまどわせることがない。ハリウッド特有の「万人に受け入れられる映画を作らなければならない」というプレッシャーが、本作に関しては明らかに好結果を生んだ。「王様は裸だ！」と叫ぶのは勇気がいるので“キネマ旬報王国”ではこんなことは書けないが、“映画ジャッジ！共和国”ではあえて明言してしまおう。『NINE』の方が『8 1/2』より8 1/2倍は面白い！</p>]]></content:encoded>
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		<title>アイガー北壁</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 01:32:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アイガー北壁]]></category>

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		<description><![CDATA[久々の傑作山岳映画がお目見え（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ジャーナリストとしては有能だが（あるいは、ジャーナリストとして有能であるがゆえに）人間性にいささか欠陥のあるベテラン記者が、劇中でいみじくもこう語る。「記事になるのは栄光か悲劇だ。『登頂を断念して無事に下山』では誰も読まない」と。この言葉はそのまま「映画になるのは栄光か悲劇だ」と言い換えられるだろう。1930年代、スイスの名峰アイガーの北壁は、「ヨーロッパ最後の難所」と呼ばれていた。本作はその初登攀を目指した若者たちの友情と苦闘を、実話を元に描いたドイツ映画。結末が「栄光」なのか「悲劇」なのかは、あえて予備知識なしで観にいくことをお勧めしたいので書かない。</p>
<span id="more-11612"></span>
<p>　ナチスドイツが国威発揚のためにアイガー北壁初登攀を煽り立てていた1936年、登山家として名を上げ始めていたトニーとアンディは、この＜殺人の壁＞に挑むことを決意する。一方、ベルリンの新聞社でアシスタントに甘んじていたルイーゼは、2人と幼なじみだったことから大抜擢され、上司のアーラウと共に現地取材に赴く。出発の前夜、トニーは想い出の詰まった登山日記をルイーゼに託すと、翌早朝からアンディと共に北壁へのアタックを開始。しかしオーストリア隊も負けじと後を追って……。</p>
<p>　監督・脚本のフィリップ・シュテルツェルが再現した、当時のアイガーを巡る状況が興味深い。未踏の北壁に挑む登山家を「見物」するのが、物見高い金持ちたちのレジャーだったのだ。彼らはふもとのホテルのテラスに望遠鏡を並べ、北壁が征服される歴史的な瞬間を持った。もちろん時には登山家が滑落する姿や、凍死する姿も見たはずだ。金持ちの1人が「残酷だな。まるで剣闘士の戦いを見物するローマ貴族だ」と口にするのは、まさに至言。夜ごと正装して豪華な食事を楽しむ下界の人々と、風雪にさらされながらわずかな岩棚でビバークする登山家との対比に、こちらの口中には苦いものが広がった。実際の山でのロケと、冷凍倉庫でのセット撮影を組み合わせた映像は驚くほどリアル。高所と極寒のイメージに思わず身がすくむ。</p>
<p>　シュテルツェル監督は人間描写の腕もたしか。寡黙なトニーとお調子者のアンディという構図は、2人が登場して数シーンで明確になる。ルイーゼと久々に再会するシーンでは、躊躇なく彼女をハグするアンディに対し、トニーはぶっきらぼうに突っ立ったまま。だがそれだけで、観客にはルイーゼが2人のどちらを好きかがわかるのだ。トニーとアンディが生死の瀬戸際に立たされる終盤、上司からの取材命令を突っぱねるルイーゼの叫びは強く胸を打つ。しかし、あえて彼女にカメラを持たせても、それはそれで劇的な映画になったように思う。</p>
<p>　実話に基づいた映画というのは意外に脚色が難しく、わけてもモデルとなった人物が存命の場合にはその傾向が倍加する。彼らへの配慮が最優先となり、一定の感動は呼ぶもののストーリーの面では凡庸な作品になりがちなのだ。アンジェリーナ・ジョリーの『マイティ・ハート／愛と絆』（07）や、現在公開中の『しあわせの隠れ場所』などはその典型だろう。</p>
<p>　その点、この『アイガー北壁』の元ネタは70年以上も前の話だから、かなり大胆な脚色が可能だったと推察される。たとえばドイツ軍に籍を置くトニーとアンディが反ナチス的で、逆にライバルのオーストリア隊がナチス党員であるという設定は、主人公コンビへの感情移入を促すための創作なのではあるまいか。ルイーゼなどは、ことによるとまったくの架空の人物かもしれない。それでいいのだと思う。映画作家は面白い映画を作るのが一番の仕事。その点で、シュテルツェルは実に素晴らしい仕事をした。あなたもぜひ「ふもとのテラス」からトニー、アンディ、ルイーゼの試練を見守り、3人の愛や友情、命ぎりぎりの決断に涙してほしい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>シャーロック・ホームズ</title>
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		<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 07:52:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シャーロック・ホームズ]]></category>

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		<description><![CDATA[ホームズが武闘派アクションヒーローに（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　これはホームズではない……。英国グラナダTV版のホームズ（演じるはジェレミー・ブレット）を見たときにも「どこか違う」と思ったものだが、本作のホームズはさらにイメージが違う。まあ、何と違うのかと聞かれれば、こちらの基準は偕成社やポプラ社から出ていた児童書版のホームズなので（最近の子どもたちよ、信じられないだろうが、昔の子どもはテレビゲームの代わりに読書をしていたのだよ）、イギリスの映像作家が作ったホームズの方が原典に近いんだよと言われれば、グーの音も出ないのだが。</p>
<span id="more-11583"></span>
<p>　それにしてもロバート・ダウニー・Jr.がホームズで、ジュード・ロウがワトソンというキャスティングはいかがなものか。「せめて逆にしてくれよ」と思ったのは私だけではなかったはずだ。過去にはチャップリンにも毛むくじゃら男にも黒人にもなりきっているダウニー・Jr.だが、本作ではイギリス訛りひとつとっても中途半端。やっぱり、これはホームズではない……。</p>
<p>　だが、ホームズ物だと思わなければ、これはこれで上々のアクション・エンターテインメント。そもそもストーリーはコナン・ドイルの原作にはないオリジナルだ。敵を殴り倒しながら悪の巣窟に踏みこみ、窓からテムズ川へとダイブし、時には全裸でベッドにつながれる新たなアクションヒーローがそこにいる。クライマックスを飾るタワーブリッジでの格闘などは、まさに手に汗握る迫力だ。</p>
<p>　もっとも、ガイ・リッチー監督（『スナッチ』）の演出は、テンポの早さもさることながら、その独特の癖の強さで客を選ぶ。ホームズ一流の人物洞察力や科学実験癖が、ほとんどギャグのネタとしてしか使われていないのも、長年のファンには不満が残るところ。また、原作でおなじみのある愛すべき脇役が、全然愛すべきではない行動をとってしまう点も、おそらくシャーロッキアンの怒りを買うだろう。『シャーロック・ホームズ』というタイトルを冠したこの作品、「面白かったか？」と聞かれれば、「十分に面白かった」と答えよう。ただし、しつこいようだが、これはホームズではない……。</p>]]></content:encoded>
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		<title>噂のモーガン夫妻</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11585.html</link>
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		<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 07:52:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[噂のモーガン夫妻]]></category>

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		<description><![CDATA[都会派カップルがド田舎でロマンチックなドタバタを展開（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　都会で飛ぶ鳥を落とす勢いだった主人公が、ひょんなことから田舎暮らしを余儀なくされて、自分のすさんだ生き方を問い直す。そんな主題の物語は昔から繰り返し作られているけれど、『噂のモーガン夫妻』はそこに中年夫婦の愛の再生というテーマを絡めた点が新しい。監督・脚本のマーク・ローレンスは『トゥー・ウィークス・ノーティス』『ラブソングができるまで』に続いて三度ヒュー・グラントを主演に起用。彼の妻役は『SATC』のキャリーことサラ・ジェシカ・パーカーが務めた。</p>
<span id="more-11585"></span>
<p>　夫の浮気が原因で別居中のポール（グラント）とメリル（パーカー）は、たまたま一緒にいるときに殺人事件を目撃。FBIは殺し屋が夫妻の口封じを図ると考え、2人をワイオミング州の片田舎に住む保安官に預ける。夫婦仲が険悪なまま一つ屋根の下で暮らすことになった2人は、ニューヨークとは勝手の違う田舎暮らしに四苦八苦しながらも、互いの本当の気持ちに気づいていくのだが……。</p>
<p>　実世界ではタイガー・ウッズの“無条件降伏”といった体の謝罪会見が話題になったばかり。謝罪なら奥さま本人にすれば十分だと思うが、あちらのメディアはそれでは許してくれないらしい。本作のポールもまた、メリルの許しを乞おうと猛烈に謝罪する。夫婦カウンセリングも受けます、不妊治療にも協力しますと、男性である筆者から見れば涙ぐましいほどの譲歩ぶりだ。ところがメリルの怒りは一向に解けず、氷の彫刻やら、小惑星に妻の名前を付けるやらといった（しょーもない）プレゼント攻勢も（当然ながら）ことごとく空振り。やはり「女が望むこと」と「女が望むだろうと男が思うこと」の間には、深～いギャップがあるようです。</p>
<p>　グラントもパーカーも、ロンドンやニューヨーククラスの大都会でなければ一瞬も生きていけそうにないタイプだから、彼らをワイオミングという舞台装置に放りこむことは、それ自体がギャグだ。マンハッタンではそれぞれ弁護士、不動産ディーラーとして成功しているポールとメリルも、田舎に行けば薪割りひとつできない身。彼らがクマに出くわしたり、嫌煙権などどこ吹く風のオヤジにやりこめられたりする顛末が大いに笑いを誘う。口の減らないポールはこれでもかというくらい皮肉なジョークを連発するので、お聞き漏らしのないよう。保安官夫妻を演じたサム・エリオットとメアリー・スティーンバージェンも、達者な演技で、ひ弱な都会者との対比を表現した。</p>
<p>　ローレンス監督はしかし、単に笑わせるだけではなく、夫婦の間のビミョーな機微も丹念にすくい取る。ポールとメリルのケンカ腰の会話から立ち現れる夫婦の日常は、配偶者のいる身なら誰にでも覚えがあるようなもの。浮気をした側、された側のそれぞれの事情や心情が垣間見えてくるのも切ない。互いへの信頼を取り戻しかけた夫妻が、満天の星の下で結婚式の誓いを思い返すシーンは本作の白眉。シェークスピアを引用したメリルの誓いも、ジョーク満載のポールの誓いも共に素晴らしい一文で、観る者の胸にはジンワリと温かいものが去来する。</p>
<p>　実を言うとローレンスはその後にもいくつかストーリー上の「爆弾」を仕掛けているのだが、人と人とのつながりを笑いに包んで肯定する基調は最後まで変わらない。観客全員が頬を緩ませて劇場を出る、本作はそんなタイプの好編だ。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/raku/11496.html</link>
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		<pubDate>Wed, 24 Feb 2010 00:53:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々]]></category>

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		<description><![CDATA[ギリシア神話の神々やクリーチャーが現代の米国によみがえる（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ホーム・アローン』や『ハリー・ポッター』シリーズのクリス・コロンバス監督が、ギリシア神話を題材にした同名の児童文学を映像化。17歳のパーシー・ジャクソンは、メトロポリタン美術館で古代ギリシアの展示を見学中、突如、翼の生えた怪物に襲われる。思わぬ人物の助けで危機を脱したパーシーは、自分が海神ポセイドンと人間とのハーフであること、全能の神の最強の武器＜ゼウスの稲妻＞を盗んだ疑いをかけられていることなどを聞かされて……。</p>
<span id="more-11496"></span>
<p>　ゼウスやアテナといったギリシア神話の神々が、現代ニューヨークの、それも「エンパイアステートビルの上」で暮らしているという設定は、リアリズムを問われないお子様向けの物語ならでは。そのくせ神々がしばしば「下界」で人間の女を孕ませるというのだから（半人半神のハーフが何十人も暮らす訓練所がある）、うっかりお子様に観せると、答えに窮するような質問をされるかもしれない。だが、ストイックな一神教の神様とは違い、ギリシア神話の神々は、もともとスケベで欠点だらけのしごく人間的な存在だ。本作はそんな神話の記述を下敷きに、ゼウス、ポセイドン、ハデスといった有名どころの神々や、メドゥーサ、ケンタウロス、ミノタウロスといったクリーチャーに、適材適所のキャラクターを割り振っている。</p>
<p>　主演のローガン・ラーマンは、昨年公開の『3時10分、決断のとき』で強い印象を残した18歳。彼を得たことで、原作では12歳だった主人公の年齢が17歳に変更された。母親を冥界にさらわれたパーシーは、半人半獣の親友グローバー、アテナの娘のアナベスとともに全米を旅し、人間を石に変えるメドゥーサや、5つの頭を持つ怪物ヒュドラの魔の手を逃れていく。ついに探し当てた冥界（地獄）の入り口が、有名な「HOLLYWOOD」という立て看板のすぐ横にあるのは、映画業界人ならではの内輪受けギャグか。</p>
<p>　ピアース・ブロスナンが半人半馬のケンタウロス、ユマ・サーマンが頭髪の代わりにヘビを生やしたメドゥーサを演じているのも見どころ。ほとんど不自然さを感じさせないVFXには恐れ入る。フルCGの怪物たちはいささか作り物っぽいが、それでも迫力はかなりのもの。パーシーが縦横無尽に操る水も、CGで表現するにはかなりの技術を要したはずだ。クライマックスのシーンでは、空飛ぶ靴を履いたパーシーが、＜稲妻＞を盗んだ意外な犯人と、エンパイアステートビルの外で空中戦をかわす。これがハリポタ・シリーズでおなじみのクィディッチをも上回る興奮度で、クリス・コロンバスの面目躍如たるところだ。</p>
<p>　単なるアクション物にとどまらず、学校になじめない子どもや、親と離れて暮らす子どもに温かな目を向けているのも、コロンバスらしいところ。緩急を利かせた演出は、さすがに手堅い。</p>
<p>　余談だが、怪物に襲われている最中、味方のケンタウロスに護身用の剣（見かけはペン）を渡されたパーシーが、「これ、ペンじゃないか」とつぶやくシーンには期せずして笑ってしまった。「This is a pen.」はかつて多くの日本人が真っ先に習った英語だが、実際にアメリカ人が「This is a pen.」と口にしたのは初めて見ました。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>プリンセスと魔法のキス</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Feb 2010 00:52:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[プリンセスと魔法のキス]]></category>

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		<description><![CDATA[ディズニーが手描きアニメに回帰（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ディズニー映画の衣鉢を継いだ物語なら、プリンセスが醜いカエルにキスしたところで、カエルが王子様の姿に戻るのが常道。その種のおとぎ話を臆面もなく是とするディズニー・スピリットは、ドリームワークスに『シュレック』という傑作パロディを作らせるほど、あまねく広く流布している。『プリンセスと魔法のキス』は、ディズニーがそれを逆手に取った新作。呪いが解けるどころか、プリンセス（と勘違いされた娘）までがカエルになってしまったところから始まるファンタジーだ。</p>
<span id="more-11495"></span>
<p>　舞台は1920年代のニューオーリンズ。外遊にやって来た怠け者のナヴィーン王子は、ヴードゥーの魔術師の策略でカエルにされる。王子を助けるつもりでキスをした働き者のティアナも、やはりカエルに変貌。そこで2人はワニのルイスや、ホタルのレイの手を借りて、女魔術師ママ・オーディオの家を目指すが……。</p>
<p>　……というのが型通りの紹介になるだろうが、実はストーリーは本作の主要な要素ではない。なぜなら、これはミュージカルだから。名手ランディ・ニューマンの書いたジャズ、ブルース、ゴスペルなどが、登場人物たちのキャラをくっきりと際立たせ、喜怒哀楽を華やかに盛り上げる。声優にもいたずらに知名度を求めず、きっちりと歌える役者たちが起用されている。</p>
<p>　注目されるのは、2003年に手描きアニメから撤退していたディズニーが、本作で伝統の技法に回帰したこと。古き南部の情緒豊かな街並みや、野生動物の潜む暗い沼沢地を描くには、やはりCGアニメよりレトロな手描きの方が合っている。人物や動物の極端で滑稽なデフォルメ表現も手描きならでは。かっちり計算しなければ描けないCGでは、これほど縦横無尽にはできない。前半のミュージカルシーンではデフォルメの度合いをさらに上げ、商業デザインのような独特の絵柄を作っている。</p>
<p>　ティアナがディズニーアニメ史上初の黒人のヒロインであるという点も新機軸。おまけに白人の友人シャーロットをおバカな引き立て役として登場させているのだから念が入っている。そうは言っても、そこはディズニー映画。性格の違いから反発し合っていたティアナとナヴィーンが、次第に引かれ合うようになるのはお約束だ。終盤にはちょっぴり泣かせるエピソードも盛りこみつつ、夢を信じることの価値を称えるディズニー的な大団円にまっしぐら。ハリケーンの爪跡がいまだ残るニューオーリンズに、また1つ温かなエールを送る作品だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>コララインとボタンの魔女 3D</title>
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		<pubDate>Fri, 12 Feb 2010 01:09:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>町田敦夫</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[楽映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[コララインとボタンの魔女 3D]]></category>

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		<description><![CDATA[独り試練に立ち向かう少女の決意が心を揺さぶる（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』（93）のヘンリー・セリック監督が、またまたストップモーション・アニメを駆使して創り上げた、ちょっぴりダークなファンタジー。11歳の少女コララインは、新居で見つけた不思議な扉の向こうで、現実世界とよく似た「もうひとつの世界」と出会う。「別のママ」は料理上手、「別のパパ」は楽しいことが大好きと、構ってくれない本当の両親とは大違いだが、なぜか彼らの目はボタンになっていて……。</p>
<span id="more-11375"></span>
<p>　人気作家ニール・ゲイマン（原作）の創造した、タフでトンガったヒロイン像がユニークだ。コララインはいわゆる素直な優等生ではなく、意地悪な男の子にはきっちりとしっぺ返しをする女の子。これなら白雪姫みたいにあっさり毒リンゴを食べさせられることはないだろうと思わせる。彼女と同年代の観客は、そんなヒロインへの感情移入を最初は留保するかもしれない。だがコララインの不満や悩みは、彼らの多くが共有するものだ。彼女が独り異世界に踏みこみ、奪われた両親を取り戻そうと奔走し始める頃には、コララインの困惑や、恐怖や、心細さまでが、彼ら自身のものとなっているだろう。</p>
<p>　「別のママ」の正体が魔女だとわかってからは、怒濤のクライマックスまで一直線だ。コララインが過去に犠牲になった3人の子どもの目を取り返し、消えた両親を奪還するという物語の構造は、まるで一面ずつステージをクリアしていくコンピューターゲームの趣き。「アイテム獲得」や「ボスキャラ倒し」といった要素も盛りこまれているので、さらにその感が強くなる。</p>
<p>　ただし本作には、コンピューターゲームが決して持ち得ない美点もある。運命が自らに課した責任を引き受けてひとり試練に立ち向かうコララインの勇気が、あるいは意外なところから差しのべられる救いの手が、真に観る者の心を動かすことだ。本作の作り手は現実の世界を手放しで礼賛してはいない。現実は往々にして退屈だし、思うに任せないことだらけだ。しかしそんな不完全な世界を不完全なままで肯定し、のみならず感謝さえしたくなるようなある種の健全さを、本作は斜に構えた外見の裏にたたえている。お子さんのいる方はぜひ一緒に鑑賞し、いろいろと話をされるといい。</p>
<p>　ストップモーションアニメというのはご存知の通り、人形をほんの少しずつ動かしながらこま撮りしていく手法。CGアニメが全盛の世にあって、適度なぎこちなさと大いなる手作り感が味わえる。コララインの表情が本当に豊かで、ともすればCGで作った顔をのっぺらぼうの人形に「貼り付けた」だけのようにも見えるが、実際には20万通り以上ある頭部をひとこま単位ですげ替えながら、表情の変化を作っている。当然、撮影には膨大な時間がかかるわけで、たとえば61匹のネズミがサーカスを演じるシーンなどは、2～3分の長さの映像を作るのに66日かかったとか。</p>
<p>　古くからあるストップモーションアニメを、最新の3D技法と組み合わせているのも本作の特徴。筆者は2Dと3D、両バージョンの試写を観たが、異界に通じるトンネルが画面の奥に延びていく様子や、魔女の作った世界が崩壊していくときの一種異様な揺らぎなどは、3Dの映像の方が圧倒的に優れていた。サーカスやミュージカルシーンの「奥行き効果」や「飛び出し効果」もいい具合に仕込まれている。3D上映の割増料金を払っても、本作に関しては損はないと断言しよう。</p>]]></content:encoded>
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