いつのまにか物語に引き込まれる(60点)
にぎやかで奇妙なバルカン式ドタバラ喜劇だ。祖父から都会へ行って花嫁を連れ帰ることを命じられた少年ツァーネがマフィア相手に大活躍する。クストリッツァ映画常連の味のある動物たちやヘンテコな登場人物たちが入り乱れ、おなじみの管弦楽器が鳴り響けば、いつのまにか物語に引き込まれるはず。ひたすら唐突なプロットで突き進むが、映画全体を俯瞰してみると、いたるところに二つの対比するものが描かれていることに気付く。偶然と必然、素朴と残酷、グローバリズムとローカリズムなどがそうで、それらの関係性を、人間が宙吊りになりバランスをとる場面で描くのが人をくった教訓のようだ。ベタなギャグもこの監督ならでは。旧ユーゴの内戦で地獄を見たクストリッツァの喜劇は、いつだって人生を肯定する寓話なのだ。
どこかレトロな雰囲気が魅力的(55点)
© 2008 THE CODE プロジェクト
冒頭からテンポのいい音楽でのせられる、インターネットシネマの劇場版。どこかレトロな雰囲気が魅力的だ。主人公は暗号の天才“探偵507”。依頼を受けて中国の上海に飛んだ彼は、今まで見たことのない配列の暗号解読に挑むが、そこには、旧日本軍の財宝にまつわる哀しい事実が待っていた。上海マフィア、怪しげな情報屋、美しい歌姫、謎の狙撃手などが次々に登場し複雑に展開するとみせかけて、謎解きの妙技はあっさりと描かれる。見所は林海象監督特有のノスタルジックな世界観だ。探偵という職業にこだわる林監督の美意識が、観客を過去へと引きずり込む。作り物めいた異国情緒も狙ったものだろう。浮世離れした風貌の尾上菊之助はピタリとハマッたが、松方vs宍戸が師と弟で対決するのはちょっと疑問。
少女の特殊能力があまりにも取ってつけたようで絶句(40点)
© 2008 Twentieth Century Fox
壮大なネタのわりには、あっさりと90分で終わる近未来SFアクション。傭兵のトーロップが依頼された仕事は、特殊な能力を持つ少女をNYへ運ぶこと。危険な旅の果てに待つのは人類の未来を揺るがす陰謀だった。東欧、アジア、極北、NYとあっという間に旅してしまうが、着いた先に待つのはチャチな信仰宗教集団のような悪者では、がっかりしてしまう。さらに少女の特殊能力があまりにも取ってつけたようで絶句。スーパーコンピューターに処女懐妊ときては思わず「はぁ?」だ。一見ワルだが本当は心優しいマッチョマン。ヴィン・ディーゼルは永遠にこういうキャラを演じ続ける俳優である。飽きないのだろうかと余計な心配をしてしまいそうだ。名女優のランプリングが顔を見せるが、実はこの人は仕事を選ばないので要注意である。
悲しみに胸がつまった(55点)
© “April Bride”Project
あまりにも“そのまんま”なタイトルに、お涙頂戴との悪口も言いにくくなるが、この難病もののラブ・ストーリーは実話に基づいたもの。24歳で末期の乳がんにかかった長島千恵さんと恋人の赤須太郎さん、二人をささえた家族や友人の愛を描く。何しろ恋人の太郎ちゃんの“いい人”度はハンバではない。真面目に交際し、病気にひるまず、献身的に介護し、仕事もちゃんとやる。千恵さんを失って彼女の遺言テープを見る彼の悲しみに胸がつまった。20代女性の乳がんについてはネットや書籍でも圧倒的に情報が少ないらしく、映画が乳がん治療や検診への道を開けば千恵さんの思いも報われよう。主演の榮倉奈々はまるまると健康的でとても末期ガン患者には見えないのが玉にキズ。この物語を撮ったのが廣木隆一というのはちょっと意外である。
ワケが分からない(30点)
パン兄弟の「レイン」をセルフ・リメイクしたものだが、オリジナルよりアクション重視の作品となった。引退を考えている凄腕の殺し屋ジョーは、バンコクで最後の仕事である4件の殺しを請け負うが、ひとつの迷いが彼の人生を変えていく。冒頭からジョーが自らに課すルールが紹介されるが、そのルールがいともあっさりと破られ続ける展開に唖然。ついていけない…と思った頃に思い出したようにルールを復唱し観客をスベらせる。他人とかかわらないと言ったその舌の根も乾かぬうちにカタギの女性とつきあったり、通訳に情をかけたりと、ワケが分からない。こんなにプロ意識の乏しい殺し屋がいたもんだろうか。バンコクの街を疾走する、バイクや水上ボートでのアクション・シーンはなかなか見応えがある。主人公の行動に説得力がない分、猥雑な街の空気が主役になった。
リアルで血生臭い戦闘シーンは迫力たっぷり(70点)
© 2008 Talentaid International Ltd. All Rights Reserved.
ラブストーリーのイメージのピーター・チャン監督の映画とは思えないほど、骨太で男っぽい作品だ。19世紀、内乱状態の中国で、義兄弟の契り“投名状の誓い”を結んだ男たちの、友情と裏切りのドラマが展開する。ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武という豪華スターの競演だが、アクションよりも複雑にからみあう人間ドラマが中心。3人の信念、野心、嫉妬、愛などの悲痛な思いが、すべて清朝の重臣たちのコマとして利用され、友情と絆が壊れていくのが哀しい。実話に基づくが、権力志向のパン将軍と元盗賊のアルフの間で揺れる純粋なウーヤンの視点が、物語にロマンと悲哀を加えている。名手ジェット・リーのアクションの見せ場は少ないが、その分、彼の確かな演技力が確認できる。ワイヤーアクションに頼らない、リアルで血生臭い戦闘シーンは迫力たっぷりだ。
正統派のドキュメンタリー(70点)
© Publifoto – OLYCOM
20世紀最高の歌姫マリア・カラスを映画化したものは、どうしてもゴシップ中心になるが、これはオペラ歌手であることにしっかり焦点をあてた正統派のドキュメンタリーだ。何よりカラス本人の生の言葉や歌声、映像が中心になっている点が良い。ギリシャ系米国人だったカラスは、生涯、家族愛に恵まれない。これが彼女の人生観や恋愛遍歴に影響したのは明白。一方で、歌への姿勢が真摯で、少女時代の努力の積み重ねに言及した部分では、天才というだけなく人一倍努力家だったことが分かる。ヴィスコンティ、パゾリーニなど、映画界の名匠たちも多く登場、演技面でも秀で、妥協しなかった。大げさな賞賛や華麗な生涯を強調することなく、カラスの長所も短所も平等に紹介し、才能と努力を浮かび上がらせた。優れた芸術家のドキュメンタリーはこうあるべきだと思う。
今までになくノワールなジャッキー・チェン(50点)
© 2009 Emperor Dragon Movies Limited All Rights Reserved
今までになくノワールなジャッキー・チェンが見られるが、コミカルで人間味ある彼の演技の長所を考えると、やはりミス・キャスト。歓楽街・歌舞伎町の裏社会を舞台に、行方不明の恋人を探すため中国から密入国した鉄頭が、ヤクザの世界でのしあがる姿を描く。バイオレンス描写がすさまじいが、何よりトレードマークのアクションがほとんどなく、笑顔さえみせないジャッキーにとまどってしまう。物語は、発端である恋人探しがいつのまにか脇に追いやられ裏社会の権力争いが主軸になり、中途半端な印象も。しかもそこに社会性を込めるほどの奥行はない。印象的なのは、無国籍なカオスと化した歌舞伎町の猥雑な空気だ。密入国者がうごめく場所での勢力争いでは誰も信じられない。根はまじめな鉄頭が、歌舞伎町という権力の場でつぶされていく運命が哀しかった。
ストーリーがかなり手抜き(45点)
© Disney Enterprises, Inc. All rights reserved.
動物に服を着せるべからず!という項目を動物愛護法に加えてほしいと、本気で思っている私としては、このセレブ犬の格好はどうにも許せないのだが、それはさておき。ビバリーヒルズで贅沢に暮らしていたチワワ犬クロエが旅行先のメキシコで迷子、誘拐、サバイバルと大冒険を繰り広げながら成長する。いつもスキのない脚本で勝負してくるディズニーにしては、ストーリーがかなり手抜き。犬のクロエと飼い主の姪レイチェルは成長するが、肝心の飼い主には何の変化もない。所詮飼い犬のクロエの生活は変わらないだろう。物語に不満があるが、犬たちの表情は、驚くほど愛くるしく真剣そのもの。トラウマを抱え傷ついた元警察犬のシェパードの哀愁の表情にグッときた。チワワの大集会の場面は圧巻。チワワは世界最小の犬種ながら、性格は大胆で勇敢なのだ。
どれをとっても脚本に無駄がない(75点)
怖いほど閉塞感を感じるクライム・サスペンスの秀作だ。韓国で実際に起こった猟奇殺人事件をベースにしているこの物語は、元刑事でデリヘルを経営するジュンホが、良心のかけらもない猟奇殺人鬼を追い続ける追走劇。詰めが甘い警察、頼りにならない法律、犯人の底知れぬ心の闇と、どれをとっても脚本に無駄がない。韓国映画特有の過剰な暴力描写にはマイるが、犯人に翻弄される主人公の焦燥がヒリヒリするほど伝わってきて目が離せない。囚われた女性が携帯に残した伝言が、恨みごとではなく「この仕事はもう辞める。怖くてたまらない」と絶望感に満ちているのが、安易なヒューマニズムを拒否し、悪意に満ちた社会の闇の存在を感じさせる。こんな秀作でデビューする映画人がいるのだから、韓国映画のポテンシャルの高さは疑いのないところだ。
すべてが過剰でけれん味たっぷり(55点)
© 2009「GOEMON」パートナーズ
すべてが過剰でけれん味たっぷり。独特の世界が広がる歴史異聞だ。秀吉が天下人として君臨する時代、世間を騒がせた義賊・石川五右衛門の壮絶な戦いを、驚きの設定で描く。秀吉、三成、霧隠才蔵に服部半蔵が追うのは南蛮製の箱に入った信長暗殺の秘密。徹底的にデジタルにこだわった映像はCGの申し子・紀里谷和明の得意とする世界だ。豪奢で異国風の文化が花開いた安土桃山時代の狂乱の表現に全力を注いでいる。現実離れした映像と懲りすぎの人物像は、リアリティを失ってなんぼだが、濃いキャラの中で広末涼子だけが映像に負けている。石川五右衛門がいいキャラすぎるのはつまらないが、一種のパラレル・ワールドと思ってしまえば楽しめよう。
軍拡並みに熾烈なのが情報戦争。嘘をつかずにはいられない産業スパイの恋がスリリングだ。(70点)
© 2008 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
元MI6の諜報員レイと元CIAの諜報員クレアは、因縁の仲。退職し現在は共に産業スパイとなった二人は、互いに探りあいながら惹かれていく。雇い主企業が開発する新商品をめぐって、彼らはある計画を思いつくが…。
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劇映画「ミルク」の公開に伴って再注目されているドキュメンタリー(70点)
1984年の作品だが劇映画「ミルク」の公開に伴って再注目されているドキュメンタリーだ。ゲイとして全米初の市政執行委員に当選したハーヴェイ・ミルクは、同性愛者の権利獲得問題だけでなく、有色人種や移民、老人や身障者など、すべてのマイノリティのために草の根運動を行なったこと、法や政治を動かすためにディベートの腕も磨き、資金集めも行なう現実的で有能な政治家だったことが分かる。ミルクを知る数多くの友人・知人のインタビューと在りし日の貴重な映像が満載だ。
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超ありがちな設定のやさぐれ刑事(50点)
© 2008 Twentieth Century Fox
人気ゲームの映画化だけあって、アクションは現実も幻覚もスタイリッシュだ。妻子を殺され復讐に燃えるという、超ありがちな設定のやさぐれ刑事が、真相を追ううちに大企業の陰謀に巻き込まれる。繰り返し登場する黒い羽根のイメージが効果的で、もしやこれは異色ファンタジーかと思い始めた頃、製薬会社による新薬実験という腑に落ちる展開になっていく。だが、ベトナム戦争でも試されたというその薬の効果に統一感がないのがマズい。最強であるはずの軍曹との対決がこうまで軽く流されては、クライマックスの興奮に水をさすではないか。話はB級だが、スローモーションで細部を見せるガン・アクションなど、時折ハッとするほど美しく凝った映像は一見の価値ありだ。
本物の記録映画のような錯覚を覚えた(60点)
名もなき人々の思いから激動の中国近代史を浮き彫りにするセミ・ドキュメンタリー。四川省・成都で、再開発のために閉鎖される巨大国営工場420。そこで働いていた労働者たちの声を丹念にひろっていく。文化大革命や自由化政策など、時代の流れに翻弄されながらも、労働への誇りや家族、初恋などの思い出を語る俳優の表情が自然で、崩れ落ちる建物の映像と共にこれが本物の記録映画のような錯覚を覚えた。ジャ・ジャンクーは、常に個人よりも国家を優先する中国史の中で、失われる記憶を焼き付け、映画に庶民の語り部の役を与えたのだろう。山口百恵からインターナショナル、さらに古典詩まで、この作品に寄り添うすべての“うた”が心に染みる。