まるで2本の墓標のようなタワーの姿に心を奪われる(70点)
© 2008 Jean-Louis Blondeau / Polaris Images
何の代償も求めない命懸けのパフォーマンスが不思議な感動を呼び起こす。1974年、建設中のWTC(ワールド・トレード・センター)のツインタワーで命綱なしの綱渡りを行なった仏人の大道芸人フィリップ・プティの入念な準備と挑戦を描くもの。第81回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作だ。世界各地の有名な建物を制覇したプティは違法行為での逮捕歴500回以上。他人を傷つけない優雅な犯罪者は、存在意義と本能である綱渡りを決して止めない。ワイヤーの上で優雅にお辞儀をする姿は、どこか幻を見ているような気になる。
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精神 - 渡まち子
ナレーションやテロップ、BGMをいっさい使わない演出(60点)
© 2008 Laboratory X, Inc.
ドキュメンタリーは題材が勝負だが、心の病とは、ずいぶんとデリケートなテーマを選んだものだ。精神を病む人々が集う小さな診療所「こらーる岡山」の医師と、患者たち、精神科医療を取り巻く現状と課題を、淡々とした映像で描いていく。想田和弘監督は前作「選挙」で自分の作品を“観察映画”と称したが、ナレーションやテロップ、BGMをいっさい使わない演出は今回も同じだ。そのためメリハリは薄くなるが、その分、登場人物の言葉が重く感じられる。
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潜水艦ものならではの描写は興味深い(45点)
© 2009「真夏のオリオン」パートナーズ
終戦まであと数日というのに、何もかもがこざっぱりしてまったく極限状況に見えない戦争映画だ。悲壮も絶望も、むろん希望も感じられない。亡くなった祖母が持っていた楽譜「真夏のオリオン」の哀しい由来を語る形で、米国海軍駆逐艦と決死の駆け引きを繰り広げたイ-77潜水艦の艦長・倉本をはじめ、親友や恋人、同船した部下たちの思いを描く。そもそもすべてにユルい演出を施す篠原哲雄監督に、ハードな戦争ものを描かせるなど無茶なのだ。だが、海中深く身を潜めチャンスを伺う様子、人間魚雷“回天”を使った酸欠を防ぐ奇策など、潜水艦ものならではの描写は興味深い。お国のための死より生きることを肯定するスタンスは、現代の観客に受け入れられよう。ただし、好敵手同士のスポーツの対戦のような軽い物語として。
本作の魅力は新キャラのマーカスに尽きる(70点)
これはSFというより、もはや戦争映画。それほど戦いは熾烈で未来は荒廃している。スーパーコンピューター“スカイネット”が支配する2018年の地球で、わずかに生き残った人類は、ジョン・コナーを指導者として機械と戦っていた。そこに謎の男マーカスが、カイルという少年を救うべくコナーのもとへとたどり着く。カイルは後にジョンの父となるのだが、母サラが残した予言のテープと現実との差異がジョンを動揺させる。未来から過去へと移行する旧シリーズとは違い、この1本だけを見れば時間移動はない。加えて、旧作では重要な役割を果たしてきた個性的なターミネーターもいない。そこにはただ残忍な殺人マシーンがいるだけだ。「ターミネーター」のタイトルは不要なのではと思うほどなのだが、それでもジョンが言う懐かしいキメ台詞やシュワルツェネッガーの驚きの特別出演にはワクワクする。
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自らの生き様を貫き通す中年レスラーの悲哀が感動を呼ぶ。復活したミッキー・ロークが見事だ。(80点)
© Niko Tavernise for all Wrestler photo
ランディは80年代に栄光の頂点を極めたプロレスラー。だが今では人気も肉体も衰えていた。薬の副作用で心臓発作を起こした彼は、引退を決意。新しい人生のため生まれ変わろうとするが、娘や愛する女から拒絶されてしまう…。
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摩訶不思議な世界観が面白い(60点)
名優・役所広司の初監督作品は、今村昌平からエロティシズムを抜いたような作風で、摩訶不思議な世界観が面白い。大人になりきれない中年男が家族の死を乗り越えて成長するほろ苦いファンタジーだ。一人息子が事故で重態になり動揺した拓郎は、息子の恋人・光からの電話に思わず息子のフリをしてしまう。それ以来、子供の頃に出会った“ガマの油売り”が現われるようになる。時空を超えて主人公に話しかける油売りは、人間の悲喜劇や優しい嘘をそっと見守る守護天使のような存在だ。光の異常に高いテンションなど意味不明の演出もあり、ちょっとはしゃぎすぎの感も。だが、死を受け止めることで生を肯定する意図が伝わって、いつしか前向きになる。仏壇を覗くと、あの世での再会を待つ陽気な人たちに会えそうだ。
作り手のサガンに対する愛情が、残念ながらほとんど伝わってこない(45点)
© 2008 ALEXANDRE FILMS / Etienne George
劇中でサガンは「私には書くことしかできない」と言う。その言葉通り小説家としての才能はあるが、若くして手に入れた富と名声に翻弄された破滅型の作家サガンの波乱の人生を描く物語だ。映画を見て驚くのは、主演のシルヴィ・テステューが驚くほど実物のサガンに似ていること。どこか貧相で子供のような表情はサガンに生き写しで、映画に説得力を与えている。だが作り手のサガンに対する愛情が、残念ながらほとんど伝わってこない。物語は終始彼女のスキャンダラスな側面ばかりを追い、唯一の才能である“書くこと”の苦悩や喜びをほとんどスルーしているのが原因だ。物語を生み出すことこそが彼女の個性だというのに。ラストの海辺での息子との会話にだけ、主人公へのいたわりを感じる。この物語のサガンはとても孤独だ。
変り種のホラー作品として楽しむといい(50点)
© 2007 INTEGRATED INFORMATION INTERNATIONAL, LLC.
これは宇宙版ブレア・ウィッチ・プロジェクトだ。1998年に墜落したロシアの宇宙ステーション「アルマズ号」から回収されたブラックボックスに残された映像を編集し、極秘の計画「アルマズ・プロジェクト」の真相を探ろうとするもの。乗組員を追いつめたものの正体は何か。それ以前に、そもそもこの映像は本物か。この映画は二重の謎に包まれている。人間以外の“何か”のため、悲劇的な運命をたどる宇宙船には、不気味なムードが。だが、固定カメラに映る映像に確固たるものは何一つなく、何もかもが謎だ。ならば、映画として大胆な仮説のひとつもあって良かったのではなかろうか。想像力をどう膨らませても構わないのなら、いっそ、変り種のホラー作品として楽しむといい。それがこのテのハッタリ映像の醍醐味というものだ。
単純にキワモノとして見るに限る(45点)
© Lam Duc Hien, Photographer
監督が映像美で鳴らすトライ・アン・ユンで、米・韓・日のイケメン俳優競演とくれば、期待するファンも多かろう。だが、残酷描写やグロテスクなオブジェが登場するハードな内容なので要注意だ。心に傷を抱える探偵クラインが探すのは、謎の青年シタオ。一方、香港マフィアのボスも溺愛する愛人を探す過程で彼を追っていた。シタオは他人の傷を引き受けるキリストのような存在だが、探偵やマフィアの救いにはならない。無慈悲な傷を受けながら何度でも生き返るが、結局誰の人生にもかかわらない。これがキムタク・キリストの限界か。第一、救世主を信じる地盤がこの物語にはない。“痛み”をテーマに宗教的な深読みもできるが、単純にキワモノとして見るに限る。何もかもちぐはぐなこの話は、トライ・アン・ユンの新しい挑戦なのだから。
新人監督・横浜聡子の個性を感じる映画(60点)
© 2009「ウルトラミラクルラブストーリー」製作委員会
全編津軽弁で描く不思議系の恋愛映画だ。舞台は青森。風変わりで子供のような農業青年が東京から来た女性に一目ぼれし、初恋を実らせようと常識はずれの方法で猛アプローチ。やがて奇跡が起こる。分かりやすさから出来るだけ離れようとしている作品で、それは農薬によって日常から離脱する主人公の言動とも重なっていく。あっけにとられるラストも含めて、新人監督・横浜聡子の個性を感じる映画だ。全体的に軽いテイストで演技も嘘臭い感じがちょっと面白い。この作品が好きかと問われると疑問なのだが、何か新しい流れが生まれる気配を感じてしまうのは否定できない。トンデモナイ役柄で演技するARATAなど、役者のすっとぼけた雰囲気を味わいたい。ありえないことが集まると“進化”が生まれる。それは映画も同じだ。
バイオレンスとエロティシズムにユーモアをまぶした話(55点)
© 2008 SPIRIT FILMS, LLC. All Rights Reserved. THE SPIRIT trademark is owned by Will Eisner Studios, Inc. and registered in the U.S. Patent and Trademark Office.
この作品が目指すのは、ひたすらスタイリッシュな映像を作ること。強いコントラストのモノクロの中、パート・カラーの赤が怪しげだ。物語は、覆面とスニーカーのヒーロー・スピリットが、愛する街を守るため、宿敵のオクトパスと死闘を繰り広げるというもの。主人公の個性は、一度死んで蘇ったこととその意味を本人が知らないことだ。猫の視点で始まる導入部は洒落ているが、なぜか分からないまま闘っているので、街を守るモチベーションとして弱く、説得力も薄い。映像美に重点を置いた作りは物語としては未熟だが、バイオレンスとエロティシズムにユーモアをまぶした話は意外にも楽しめる。異常にモテる主人公の周囲のセクシー美女たちが見もの。特にスカーレット・ヨハンソンのワケの分からぬ人物造形には笑いが止まらない。
◆秀作TVドラマの劇場版。巨費が動くマネーゲームと現実の不況が絡み合い、異様な迫力がある。(75点)
非情な手段で企業を買い叩き“ハゲタカ”の異名を取った天才ファンドマネージャー鷲津政彦は、盟友の芝野の訪問を受ける。日本を代表する大企業アカマ自動車を、中国系巨大ファンドの買収から救ってほしいと頼まれるが…。
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小三治 - 渡まち子
名人の生き方に頭が下がる(60点)
記録を残すのが嫌いなことで有名な10代目柳家小三治のドキュメンタリー映画は、彼の人間性を垣間見ることができる貴重な作品だ。独演会や落語会、全国をまわる旅の道中や舞台裏から伝わるのは、芸に対する生真面目な姿勢である。「自分は現役のプレイヤーだから」と繰り返し、すでに江戸落語の名人になった今も決して守りに入らないところがいい。弟子の芸に対しては「教えることは何もない。ただ見ていればそれでいい」と断言する。小三治の最大の魅力である独特の“間(マ)”はこうやって生み出されてきたのだろう。ラストに演じる「鰍谷(かじかだに)」の語りには、思わず引き込まれた。趣味も多彩で、熱中する姿がどこか可愛い。言葉では多くは語らないが、仕事も遊びも必死で格闘する名人の生き方に頭が下がる。
偶然に頼るラブストーリー(50点)
© 2009 J Storm Inc.
人生に迷う大人が主人公だが、展開は少女漫画のようで、偶然に頼るラブストーリーだ。古びたアパートの隣同士に暮らす聡と七緒は、壁越しに聞こえる生活音を通して互いが気になり始める。熊澤監督らしい清潔感あふれる演出の中、思わぬ悪意に傷つく様子などビターな一面もあって、ハッとさせられた。だが、男女が顔を合わせることなく“音”で癒される設定が作品の個性なのに、音の力が恋の決定打にならないのは物語として弱い。冷静に考えると、隣の音が筒抜けなどという生活は御免なのだが、奇麗事の物語を“ナチュラル”と勘違いできれば楽しめよう。あくまでもささやかなお話として、もっと短くまとめてポエティックな作品にするべきだったのではないか。会話だけで恋の成就を示唆したエンドロールがしゃれていた。
終始クライマックスのようなテンション(45点)
© STUDIO HITMAN/映画「ROOKIES」製作委員会
いくら直球勝負の青春映画とはいえ、この暑苦しさは尋常じゃない。夢と奇跡の大安売りのようなセリフの連打に、白々しさを通り越して感心してしまいそうだ。物語は、問題児ばかりの野球部の部員たちが、憧れの甲子園を目指して奮闘するというもの。レギュラーメンバーに新キャラを加え、部員一人一人の成長と絆が描かれるが、川藤センセイの大仰な言葉の中、終始クライマックスのようなテンションで物語にメリハリがない。そもそも生徒に説教をタレるほどの人生経験が、佐藤隆太では感じられないのが問題だろう。だが、現実のすさんだ教育現場を思うと、熱血教師と不良生徒の絆という、あまりにありがちな物語と、クサすぎるセリフさえ、まぶしく感じる瞬間が確かにある。こういう映画をファンタジーと呼ぶべきかもしれない。