サルバドールの朝 - 福本次郎

◆思想と行動、犯罪者として警察に追われることが熱く生きることと勘違いしている、そんなどこか甘ったれた青年をダニエル・ブリュールがスペイン語がけでなくカタルーニャ語まで駆使して好演。物語にリアリティを与えている。(50点)

 彩度を落としブルーを強調したさめざめとした映像は抑圧された人々の心。主人公はスペインという国とその人民を独裁政権から解放しようと戦う。しかし、彼が目指したのは、自由な社会ではなく無秩序な混沌。貧しさの中から立ち上がった革命の闘士ではなく、ただ「政治を語る」ことが若者の熱病のようだった時代にファッションリーダーになりたかっただけなのだ。思想と行動、犯罪者として警察に追われることが熱く生きることと勘違いしている、そんなどこか甘ったれた青年をダニエル・ブリュールがスペイン語がけでなくカタルーニャ語まで駆使して好演。物語にリアリティを与えている。

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包帯クラブ - 福本次郎

◆高く透き通った空と力なき冬の陽光を背景に、風になびく純白の包帯。そのイメージの中、強烈な喪失感と未来への漠然とした閉塞感にさいなまれるヒロインが、やさしさだけでは解決しない他人の痛みを理解する過程で成長する。(50点)

 高く透き通った空と力なき冬の陽光を背景に、風になびく純白の包帯。そのイメージは、まだ人生に対して純粋な心で立ち向かうことができる高校時代を象徴している。悩み、傷つき、そして成長する。そこに必要なのは同じ目的に向かって走ることができる友人。強烈な喪失感と未来への漠然とした閉塞感にさいなまれるヒロインが、やさしさだけでは解決しない他人の痛みを理解する過程で大人への階段を上っていく。ただ、文学かぶれの若造が自分の言葉に酔っているようなベタなセリフと、フォークソング風ギターの音色が暑苦しい。

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めがね - 福本次郎

◆必要なもの以外は何も持たない、必要なこと以外は何もしない。ただひたすら風景を眺めてぼーっとしている。だが、ひとりになりたくても、結局誰かとつながっていたい、そんな旅行者の心を十分に余白を取った抑えた演出で描く。(60点)

 必要なもの以外は何も持たない、必要なこと以外は何もしない。空いた時間は動かず考えず、ただひたすら風景を眺めてぼーっとしている。エメラルドグリーンの海と雲ひとつない青空の下、時間やカネや人間関係に縛られずにいる人々。だが、自由でいるようで、他人に気を使わせないように気を使っているようなぎこちなさ。ひとりになりたくても、結局誰かとつながっていたい、そんな旅行者の心を十分に余白を取った抑えた演出で描く。都会で暮らす人間には、退屈な日常に身をゆだね、忙しい人生から距離を置くにも決意と努力が必要なのだ。

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スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ - 福本次郎

◆変幻自在のカメラワークに独特の色彩感覚と個性豊かな登場人物。そうした映像の断片を見ていると非常に洗練されている。しかしそのスタイルにこだわる余り作品からはダイナミックなパワーが薄れ、陳腐な展開になってしまった。(30点)

 変幻自在のカメラワークにスピードあふれるカット、そして独特の色彩感覚と個性豊かな登場人物。そうした映像の断片だけを見ていると非常に洗練されている。しかしそのスタイルにこだわる余り、作品からはダイナミックなパワーが薄れ、ただ「用心棒」のストーリーをなぞるだけの陳腐な展開になってしまった。日本の寒村を舞台にした時代劇風西部劇、その思いつきを映画にしようとするエネルギーには感服するが、もっとオリジナリティのある仕掛けを考えなければ仏作って魂入れずとなってしまう。

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題名のない子守唄 - 福本次郎

◆謎めいたヒロイン、忌まわしい記憶、そして迫り来る魔の手。ちりばめられた映像の断片を組み立てていくうちに過去が姿を現し、彼女の目的が明らかになっていく。その上質なミステリーの手法は洗練の極み、片時も目を離せない。(70点)

 謎めいたヒロイン、フラッシュバックで繰り返される忌まわしい記憶、そして迫り来る魔の手。ちりばめられた映像の断片を組み立てていくうちに過去が姿を現し、彼女の目的が明らかになっていく。その上質なミステリーの手法は洗練の極み、スクリーンから片時も目を離せない。そして彼女の壮絶な体験と犯罪組織の全容が解明されたとき、映画は彼女個人の問題をはるかに凌駕し、現代社会の病巣を鋭くえぐりだす。しかし、この巧みな構成をもつ衝撃作を、B級ホラー映画のようなセンスの悪いエンニオ・モリコーネの音楽が完全にぶち壊す。ヒロインの感情を陳腐なものにし、観客をうんざりさせるような耳障りな音楽は作品の質を著しく貶めている。イタリア音楽界の巨匠もついに焼きが回ったか。

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ミス・ポター - 福本次郎

◆絵の中の動物たちに語りかけ命を吹き込むと、動物たちは物語のキャラクターとなって動き出す。木々のざわめ、土と泥、湖水の清さと生き物の営み、それらを愛した絵本童話作者の姿を通して、環境を保護することの大切さを訴える。(60点)

 絵の中の動物たちに語りかけ命を吹き込むと、動物たちは物語のキャラクターとなって動き出す。時に作者の思い通りにならず、勝手に走りだし、危険に飛び込んだりする。その舞台はまだ手付かずの森や湖と手入れの行き届いた農場という緑と水の豊かな場所。人間と自然が共存することができた時代の面影を強く残している。木々のざわめきを聞き、土と泥に戯れ、湖水の清さと生き物の営みを観察する。それらを愛した絵本童話作者の姿を通して、開発の波から環境を保護することの大切さを訴える。

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サッドヴァケイション - 福本次郎

◆必死で過去から逃げようとする主人公に対し、過去よりも未来だけを見ていこうという母親。映画はその対比を男女の本質的な差異とまで断言し、女性賛美にまで昇華する。しかし、間延びした会話と映像がそんな物語の特性を殺す。(40点)

 密入国の手引きから中国人孤児との生活、自分を捨てた母親との偶然の再会と復讐。二転三転して先が読めないプロットは秀逸で、登場人物もみなどこか秘密めいた過去を持っている。しかし、そんな物語の特性を殺してしまうような間延びした会話と映像。もっと煮詰めて100分ぐらいにまで濃縮していれば引き締まった作品になったはず。宮崎あおいやオダギリジョーのエピソードはこの物語に直接関係がなく、彼らのために無駄なエピソードを挿入するのは本末転倒。話が横道にそれてしまい、映画のテンポを乱している。

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HERO - 福本次郎

◆強引な力技で引っ張っていく演出はまさしくエンタテインメント。物語の齟齬を熱意とチームワークで乗り切っていく。主人公のセリフを通して法律用語を平易な言葉に置き換え、変わろうとしている法廷を身近に感じさせてくれる。(50点)

 キャストを豪華にするとそれだけエピソードが拡散し無駄が多くなる。ただ顔見世のために出てきたような俳優も多く、登場する意味のないキャラクターが散見する。中井貴一や綾瀬はるかなど、何のために出てきたのだろう。それでも強引な力技で最後まで引っ張っていく演出はまさしくエンタテインメント。物語には限りなく齟齬が出てくるのだが、そこは熱意とチームワークで乗り切っていく。主人公のセリフを通して、法律用語を平易な言葉で置き換え、変わろうとしている法廷を身近に感じさせてくれる。

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ミルコのひかり - 福本次郎

◆顔に感じる風は青。ざらついた木の肌は茶色。色の概念を表現する感性はそのまま芸術的に昇華され、視覚を失ったからこそ才能が開花する。研ぎ澄まされた主人公の耳は何気ない音にも意味を見い出し、音が主役の物語を紡ぎだす。(50点)

 顔に感じる風は青。ざらついた木の肌は茶色。色という概念を触覚で表現する感性はそのまま芸術的に昇華され、視覚を失ったからこそ才能が開花する。主人公の聴覚は敏感になり、見えないことが想像力を刺激する。さらに自然の音、人工の音、さまざまな音そのものに膨大な情報が埋め込まれていることに気付く。それは目が見える者は見過ごしてしまうような繊細なシグナル。研ぎ澄まされた耳は何気ない音にも意味を見い出し、音が主役の物語を紡ぎだす。

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ホステル2 - 福本次郎

◆街外れの廃工場で若者を切り刻む組織は、米国人の古いヨーロッパに対する憧憬の裏返し。しかし、その組織には、先人から粛々と伝授されてきた拷問や処刑法に対する敬意がなく、拝金主義に毒されていく東欧の末路を見るようだ。(50点)

 街外れの廃工場で拉致してきた若者を切り刻むという人殺しを楽しむための組織・エリートハンティングは、米国人の古いヨーロッパに対する憧憬の裏返しだ。発展途上国に対する優越感を持ちながらも、数千年の伝統の中で培われた未知の部分に恐れを抱いている。大鎌を持った全裸の中年女が逆さ吊りにした犠牲者を切り刻みながらその血を浴びて恍惚となるシーンは、死神や魔女といった欧州における暗黒の歴史の強烈なメタファーとなり、米国人の恐怖をかき立てるのだろう。泣き叫ぶ者に拷問具で苦痛を与え、さんざんもてあそんだ上に殺すという異常な心理ゲームに、理性を超えた戦きを覚えるのだ。

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ルーツ・タイム - 福本次郎

◆エチオピア皇帝の崇拝とアフリカ回帰、そして西洋医学よりも呪術と薬草が効くと信じる自然信仰。これらがジャマイカの人々にとって心の源流となる思想であることを描きたかったのは理解できるが、映画的な見せる工夫に乏しい。(30点)

 んちゃ、んちゃ、んちゃ、んちゃ・・・というレゲエのリズムに乗って赤・黄・緑にペイントされたおんぼろカーが走る。車の中では伸び放題の髪とひげの典型的なラスタファリアンがふたり。ダラダラとした内容のない会話と変化に乏しい映像、そして繰り返される単調な音楽に、やがて退屈は頂点に達する。劇中、盛んに流れるエチオピア皇帝の崇拝とアフリカ回帰のプロパガンダ、そして西洋医学よりも呪術と薬草が効くと信じる自然信仰。これらがジャマイカの人々にとって心の源流となる思想であることを描きたかったのは理解できるが、もう少し映画的な工夫はできないものだろうか。

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ミリキタニの猫 - 福本次郎

◆「自分は偉大なアーティスト」、自分の絵は「傑作」と言ってはばからない主人公。そこには絵画に生涯を捧げようと決心したのに、戦争によって夢を奪われ、数十年も回り道をした、彼の人生と失われたプライドが凝縮されている。(70点)

 そこにいあわせた人々と関係者の運命を暗転させ、米国人の怒りを沸騰させた911テロ。ホームレスだった孤高の画家もその例に漏れず、瓦礫整理という名目で住み慣れた路上を追われる。彼の落ち着き先はドキュメンタリー映画作家のアパート。映像作家が画家を取材対象に選んだことから、画家の人生は好転する。それはかつて自分が米国政府や米国民から受けた差別への怒りが、やがてすべてを赦して受け入れようという変化。他人の役に立ちたいと願うものすごく親切な人もたくさんいる米国社会の懐の広さに触れて、心を閉ざしていた画家は笑顔を取り戻していく。

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ブラック・スネーク モーン - 福本次郎

◆妻に逃げられた農夫とセックス依存症の女。お互いが相手の心にあいた深い穴に気づき、それを埋めるために気持ちを通わせていく。しかし、この作品の非現実的な雰囲気は、夢の中で夢を見ているような地に足のつかない感覚だ。(30点)

 妻に逃げられた信心深い農夫とセックス依存症の若い女。お互いが相手の心にあいた深い穴に気づき、その空白を埋めるために気持ちを通わせていく。しかし、この作品はどこか非現実的な雰囲気が終始漂い、夢の中で夢を見ているような地に足のつかない感覚に見舞われる。それはS・L・ジャクソン扮する主人公の信仰と良心に基づく行為が、余りにもセンスの悪い音楽とあいまって、見事に空振りしているからだろう。この男女の物語を通じてブルースの神髄を語ろうとする試みは計画倒れに終わっている。

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私のちいさなピアニスト - 福本次郎

◆世界にあふれるあらゆる音はメロディに変換され、鍵盤に走らせる指で再現される。そんな天才的な才能を持ちながら不幸な境遇に育った少年とピアニストとしての大成しなかった女。ふたりの姿を通じて、人生の再生と希望を描く。(40点)

 木を登るリス、ゆるやかに水が流れる小川、静かに羽を羽ばたかせる蝶、せわしなく首を動かすガチョウ。世界にあふれるあらゆる音はメロディに変換され、鍵盤に走らせる指で再現される。その絶対音感はさらに、一度耳にした旋律を記憶するという能力を併せ持つ。そんな天才的な才能を持ちながら不幸な境遇に育った少年と、ピアニストとしての大成しなかった女。ふたりの姿を通じて、人生の再生と希望を描く。しかし、前半のコメディタッチの演出が非常に違和感があり、映画のトーンを壊している。

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恋とスフレと娘とわたし - 福本次郎

◆自分の気持ちの押し付けが愛と勘違いする母と娘。相手のことを考えているようで自己満足を求めているだけ。そんなイタい感情の連鎖を、俳優たちがイタいほど熱演。しかし、それがコメディに昇華せず、悪ふざけにしか見えない。(30点)

 娘を思う母親の気持ち、それが強すぎると押し付けがましくなる。そして、そんな母に育てられた娘は、自分の気持ちを押し付けることが愛と勘違いするようになる。相手のことを考えているようで、実は自己満足を求めているだけ。そんなイタい感情の連鎖を、俳優たちがイタいほど熱演する。しかし、そのイタさがコメディにまで昇華しているわけではなく、悪ふざけにしか見えない。特に母親役のダイアン・キートンは異常にテンションが高く、自動車での追跡シーンは見苦しいほど。女心をデフォルメしようという試みは理解できるが、ここまではずすと共感は得られないだろう。

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