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	<title>映画批評なら映画ジャッジ！ &#187; 激映画批評</title>
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	<description>最新映画の批評が満載！批評家による映画批評を参考にされて、良い映画を見て頂く為のサイトです。</description>
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		<title>THE LAST MESSAGE 海猿</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 07:00:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月18日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[THE LAST MESSAGE 海猿]]></category>

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		<description><![CDATA[黒幕はCIA？（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『THE LAST MESSAGE 海猿』をみると、日本人も日本映画界も相変らず脳みその中は平和だなと感心する。</p>
<span id="more-12723"></span>
<p>　玄界灘に浮かぶ大規模天然ガスプラント「レガリア」で火災事故が発生した。海上保安庁の潜水士、仙崎（伊藤英明）は、後輩の服部（三浦翔平）ら仲間と共にこの困難な現場での救助作業を進めていた。ところが巨大台風が接近、ヘリさえ飛べぬ悪天候となり、彼らは数名の生存者とともにレガリアに閉じ込められてしまう。</p>
<p>　レガリアの造形は映画にふさわしい大迫力で、そこでの救助作業はテレビドラマではまずできない大スペクタクルだ。巨大なセットに大量の水を流す撮影は、さぞ（予算もふくめて）苦労の多い現場だったろうと想像がつく。こうしたスケール感のある大作が当たり前のように公開される邦画隆盛時代が到来したことを、まずは喜びたい。</p>
<p>　遠景等で使われるCGの出来もいい上、前述したセット内撮影もよくできている。さらに伊藤英明ら潜水士キャストは海上保安庁で本物の訓練を受けている。その伊藤英明などは2分間以上も息を止めていられるほどの本格的な役作りをしたという。ためしに私もやってみたが、あやうく天国のポチと再会するところだった。くれぐれもマネしないほうが良い。</p>
<p>　とどめは海保全面協力による本物の巡視船やヘリコプターの登場。それらが、手放しでほめてやりたいほどの見事なアンサンブルを奏で、「本物」感にあふれた映像を作り上げている。</p>
<p>　ただ、問題は「レガリア」の設定である。</p>
<p>　この施設は、日韓共同の国家プロジェクトとしてロシアの技術供与を得て建設され、両国間に位置する玄界灘に浮かんでいる。</p>
<p>　つまり、日韓露のエネルギー採掘施設が謎の大炎上というわけだ。てっきり中国かアメリカが工作員でも送り込んだのかと思ったが、そんな落ちはない。そもそも竹島を望む玄界灘で、日韓が共同で天然ガスプラントを建設する可能性などあり得るのか。建設どころか日本海の呼び方ひとつで紛糾しそうな気がするのだが……。</p>
<p>　こうした設定を、シニカルな視点ゼロで採用してしまうあたりに「平和」を感じてしまう。同時に、せっかくのこうしたスペクタクル映画が総じて子供向きで、大人にすすめ難いのも残念である。見た目の本物感に、中身が追い付いていない。</p>
<p>　なお本作は3D版も上映される。今回は伊藤英明の見事な肉体美が飛び出すわけだから、女性ファンも男性ファンもこぞって映画館に出かけていただきたい。</p>
<p>　それにしても、相変らず「最期、最期」と連呼する宣伝にはうんざりする。もっとも、じっさいに毎度おなじみ、主人公が死ぬかも死ぬかものワンアイデアで盛り上げているのは確かだ。それ以外にスリルを生み出すテクニックを持ち合わせていないかのように、死ぬ死ぬ詐欺を続ける一途さには頭が下がる。</p>
<p>　それで観客も喜ぶと思っているから、監督もクライマックスに加藤あい関連のシークエンスをあんなに長く挿入するのだ。だが、そういう露骨なお涙ちょうだいは興ざめのもとだから、次はもう少しひねっていただけたらと思う。それが、高いポテンシャルを持つ海猿のコンテンツとしての質を高める道ではないかと思うのである。</p>]]></content:encoded>
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		<title>食べて、祈って、恋をして</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 05:00:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月18日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[食べて、祈って、恋をして]]></category>

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		<description><![CDATA[男はイラっとくる映画（30点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もしあなたが女性で、とても温厚な彼氏がいて、その不機嫌な顔を見たことがないとする。そして何らかの理由で、その彼氏をイラつかせたい場合は、迷わず『食べて、祈って、恋をして』と一緒に見るとよい。終わった後、ヒロインの行動をほめちぎり、共感したことを表明すれば、なおのこと効果は高い。むろん、そんなデートに何の意義があるのかは不明である。</p>
<span id="more-12722"></span>
<p>　ニューヨークのジャーナリスト、リズ（ジュリア・ロバーツ）は、仕事も結婚生活も安定していた。だがどこか満たされぬ彼女は、唐突に離婚を決意。年下の彼氏と付き合いだすが、それでも満足は得られない。やがてリズは自分探しの旅にでる。</p>
<p>　年末の日比谷公園では、食うも食わずの若者たちが自動車組み立ての仕事すら切られて泣いているこのご時世。何に不満があるのやら、安定した暮らしを放り捨てて豪華世界旅行に旅立ち、悩みを解消しようとする女性の物語である。</p>
<p>　悩みを感じるポイントも、解消の方法も根本的にずれているような気がするが、本人は永遠にそこに気付くことはない。もっと幸せを感じる人生があるはずだ（＝私クラスのオンナなら、もっと幸せを得られるはずなのだ、現実はおかしい）と強迫観念のように信じ込み、その答えを探すためイタリア、インド、インドネシア（バリ島）の3か所を回る。</p>
<p>　イタリアではひたすらピザを食べ、今を楽しむ。インドでは瞑想を楽しむ。バリではいい男との恋を楽しむ。悩み解消、幸せ全開と、そういうお話だ。</p>
<p>　こうして書くとバカみたいだが、似たような女性は星の数ほどいるはずだ。恋に破れて旅に出る、自分探しの旅に出る、頑張った自分へのご褒美……。そういう女性たちの「癒し旅行」の最大公約数的なものがこの映画のストーリーであり、行き先3か国である。</p>
<p>　そんなもので解消するとは、なんてお手軽な（おカネはかかるが…）悩みなんだと言いたくもなるが、一見強そうに見える女性とて、実際は折れやすくもろい。自分を肯定しつつ、新たな道を示してくれる体験を、彼女たちは常に求めている。プライドが高い割に他人の意見に影響されやすく、結果として周りを振り回す。愛すべきオンナノコ（注・30代以上）の姿がここにある。</p>
<p>　とはいえ、そういう主人公を演じるのは難しい。一歩間違えばスイーツ脳の愚かな女になってしまう。いかな彼女たちでも、自分がその同類と認識するのだけは許せまい。だがこの映画のジュリア・ロバーツを見ていると、どう見てもそのバカ女にしか見えない。これはまずい。</p>
<p>　そもそもこの女優が現在身にまとっている落ちぶれ感がよくない。「ベスト・フレンズ・ウェディング」(1997)で共演した格下（当時）のキャメロン・ディアスの輝く印象に圧倒されたのが最初の兆候で、以来ここ10年ほどぱっとしない。過去の人になりつつあるのに、相変わらず大物顔で大作にパートタイム出演しているような悪いイメージがついている。あげく、これまで相手にしたこともない日本に、今回初めてやってきて愛想を振りまくなど必死感も漂う。</p>
<p>　要するに、演じる役柄とリンクしすぎて生々しいのである。</p>
<p>　現実逃避旅行のモデルプランの映画で、リアルすぎる女優を主演にするのは適役とはいえぬのではないか。この映画の客層は、彼氏にふられたショックを癒すためバリだのバンコクだのに出かけるようなメンタリティを持つ女性たち。すなわち彼女らの共感を、この女優が集められるかどうかがすべてだが、そこが少々不安なのである。むろん、「私はジュリアさんなら無条件で共感できる！」という女性にとってはこの批評は的外れだろうから、安心してお出かけになったらいい。</p>
<p>　映画自体の出来は安定している。イタリアで出されるパスタを食べるシーンなどは、細かいショットを重ねた見せ場として演出されるが、本当に幸せそうにみえる。フィアットパンダや2CVなど、スローライフを象徴するような車が印象的に登場し、心地よい「非現実」の刺激を与え続ける。イタリアにしろインドネシアにしろ、ぶらりと出かけてみたいなと思わせるに十分。JTB歓喜の演出力だ。</p>
<p>　非常に対象がはっきりした映画なので、そういう事はあまりないだろうが、間違ってもデートに選ぶのだけはやめたほうがよいだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>nude</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12721.html</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 03:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月18日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[nude]]></category>

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		<description><![CDATA[女性を誘えるAVドラマ（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アダルトビデオには、男女とも興味を持っている。もっとも、その方向には多少の違いがある。男性は出来上がった作品をみればそれで終わりだが、女性はむしろ「なんであんなコトをカメラの前で出来ちゃうんだろう」といった疑問から、女優さんの心境や出演に至った経緯、境遇といった内面の部分にまで興味を持つのではなかろうか。</p>
<span id="more-12721"></span>
<p>　つまり、女性たちは男どものように卑猥なエロ心だけでAVを見ているのではない。むろん、単なる技術的探究心およびエロ心のみで鑑賞する女性がいるならば、今後の研究のため携帯番号と暇な曜日を添えて当方までお知らせ頂きたい。</p>
<p>　ともあれ、引退したトップAV女優みひろの自伝的小説を映画化した『nude』のプレス試写会に、タレントを中心に女性ばかりが押し掛けたというのもうなづける話である。私は見る前からこれは女性のための女性映画だと認識していたが、どうやら世間でもそのように正しく認識されそうだ。</p>
<p>　新潟の高校を卒業した平凡な少女ひろみ（渡辺奈緒子）は、芸能界への憧れを胸に上京する。もっとも、何のつてもない彼女は、当初はごく普通の仕事に就き堅実な生活を始める。しかし、とある芸能事務所にスカウトされた瞬間から、ひろみは自分の運命が動き始めたことを感じ取る。</p>
<p>　もっとも、彼女をスカウトした事務所が持ってきたのはヌードモデルのお仕事。まあ、世の中そんなモンである。いきなりアイドルになるチャンスもなくはないが、それ以上に需要があるのは下半身のアイドルということだ。</p>
<p>　ここで普通の女の子なら躊躇したり、「一度でも裸の仕事をやったらまともな芸能人にはなれないかも」との計算が働くが、ヒロインは違った。「これを切っ掛けに有名になれるかも」と考えた。</p>
<p>　男から見れば典型的なカモ的発想で、愚かとしか言いようがないが、結果として彼女は成功した。このドラマの弱いところは、明らかにネジのとんだおかしな判断をヒロインがしているのにその事に目を向けず（というか、脚本家や監督はそのことを理解しているのか？）、結果としてこのヒロインの成功の価値が十分描けていない点。</p>
<p>　こんなにおかしな事をやっていても成功するヤツは成功する。そこの見解を描かなければ、みひろストーリーの意義も見えてこないと私は思う。主人公がのし上がっていったのは、おそらく相当ずば抜けた才能や運、努力があったに違いないのだ。かわいい顔に長めの髪に微乳というだけでは、私は受け入れるものの全国民的に広く受容されるみひろレベルにまでは達しない。</p>
<p>　その点を割愛することで主人公をあたかも普通の人のように描き、女性客の共感を集めようとするのはどうもアンフェアな気がして釈然としない。</p>
<p>　ところで2週前には『名前のない女たち』という、同じアダルトビデオの、ただし企画女優の世界を描いたドラマ映画が公開された。私は『nude』から先に見たのだが、両者の「AV撮影現場」のあまりの違いには驚かされた。</p>
<p>　なんといっても、『nude』はグラビアモデルでそれなりに名をあげたタレントが、やがてついにAVに出るという展開。現場での扱いは特A級というわけだ。それが、『名前のない女たち』におけるぞんざいな企画女優の扱いをみると実感できる。AVに興味のある人は、この両者を合わせて鑑賞することをすすめたい。いろいろと、業界の空気のようなものが見えてきて面白いはずだ。</p>
<p>　みひろ役の渡辺奈緒子は、最初の絡みが下着姿というヘタレな演出で、これはだめかと思わせながら、ちゃんと終盤ではオール公開という潔さ。引っ張りまくりのじらしテクだったとは、監督も心憎いことをやる。</p>
<p>　全体的に綺麗な映像で、題材の割には女性を引かせない配慮に満ちているが、ちゃんと男性の観客をも満足させている。ここは高く評価したいポイントだ。ちなみに専門家の私の目から見ても、渡辺奈緒子の微乳は、オリジナルみひろに負けぬほどの味わいと興奮をもたらしてくれる。</p>
<p>　まとめとして、女性を誘えるAV映画ということで、それなりに存在価値のある一本といえるだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>バイオハザードIV アフターライフ</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Sep 2010 01:00:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月10日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[バイオハザードIV アフターライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[迫力はあるが、どこかチグハグ（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『バイオハザードIV アフターライフ』は、内容からプロモーションまで、チグハグ感の漂うほほえましい話題作である。</p>
<span id="more-12711"></span>
<p>　たとえば私が見た完成披露試写会は、世界最速公開と銘打たれたもの。警備も厳戒態勢で、携帯電話などは当然全員没収である。しかし本作は、もともと海賊版に強い3D作品（3Dが売りの映画をPCでダウンロードして見てもあまり意味がないため）。マスコミと関係者しか来ない試写会で、多大なコストをかけてここまでしなくても……と思えなくもない。たとえるなら、足首までの真っ黒なレギンスをはいているのに、必死にお尻を抑えて階段を上がるミニスカ熟女のようなものか。</p>
<p>　おまけに場内アナウンスでは、本作の批評は9日まではNG、ぜったい発表してはだめよ（はーと）、とのお達しが。</p>
<p>　これはよくあることで、こちらは別にかまわないのだが、感想ブログすらNGといっておきながら、本作は先週末、大々的な一般向け先行公開を行っている。つまり、一般人の感想はとっくにネット上に溢れているのである。評判を隠したい宣伝戦略にしては、どこかヌケている印象を受ける。高級スーツで決めたダンディな紳士が、ズボンをはき忘れて歩いているようなものか。</p>
<p>　東京、渋谷駅前。世界中にアンデッドをあふれさせた元凶のアンブレラ社は、この大都会の地下でも研究活動を続けている。そこに単身襲撃をかけたアリス（ミラ・ジョヴォヴィッチ）は、しかしウェスカー会長（ショーン・ロバーツ）の猛烈な反撃にあう。</p>
<p>　歌手の中島美嘉が、日本最初の感染者役としてスクランブル交差点にたたずむ印象的なシーンに続き、シリーズ主演のミラ・ジョヴォヴィッチによる激しいアクションが開始される。日本びいきの彼女は今回も来日して宣伝に協力、世界最速試写会もこの国で開催されたし、日本のゲームの映画化であるからさすがに厚遇である。</p>
<p>　それにしても、渋谷駅前の地下に巨大なアンブレラ社の地下本部があるとはびっくり仰天の設定である。これでは半蔵門線の立場がないが、ここで行われるアクションシーン自体はなかなか盛り上がる。アリス軍団の非道な大虐殺ぶりは目に余るもので、もはやアンデッドとアリスのどちらが化け物なのかさっぱりわからない。</p>
<p>　むろんこれは重要な伏線で、観客に「さすがにこりゃ反則だろ」と思わせることで、彼女が無敵パワーを失うその後の展開に説得力を持たせているわけだ。</p>
<p>　そう、この最新作では新ネタとして、「アリスは前作までに得た超能力をすべて失う」のである。つまり、ちょっぴりいいパンチを持ってるだけの金髪細身ロシア美人に戻ってしまう。もちろん、ゾンビと対等に戦う肉体能力などない。気を抜けばあっという間に殺されてしまうだろう。</p>
<p>　これはドラゴンボールよろしく、回を重ねるごとに主人公がパワーアップしすぎて敵のインフレが起こる流れを、いったん断ち切るための英断である。それでスリルを生み出そうという狙いがある。</p>
<p>　ところが、せっかくそういういいアイデアを出したのに、危機一髪の状況から無傷で生還するなど、展開がことごとくチグハグである。オマエ全然無敵状態解消されてねーじゃねーかと突っ込まれる事確実。結局ここでも、ズボンだけはき忘れているのである。</p>
<p>　アリスのライバルで大ボスとなる（ゲーム版でおなじみの）ウェスカーも、あんなに冒頭の渋谷アクションで強さをアピールして期待を持たせながら、クライマックスではすっかりクレバーさを失った行動で失笑を買う。やっぱりここでも演出のマヌケさが目立つ。徹頭徹尾、この調子。もったいないなあと思う。</p>
<p>　本作の3Dはジェームズ・キャメロン監督のヒット作「アバター」と同じく、撮影時から立体用のカメラを使ったもので、昨今の3D映画の主流である「通常撮影→あとから3D変換」したものとは根本的に異なる贅沢仕様。</p>
<p>　とはいえ、一見した感じではその立体感・奥行き感よりも、通常の数百倍という毎秒1000フレームの特殊カメラ（立体撮影なので当然2台使用）によるスローモーション映像の凄さが目立つ。この組み合わせはとても効果がある。水滴一粒一粒まで確認できるバスルームにおけるバトルシーンの映像美にはとくに注目だ。</p>
<p>　もうひとつ長所をあげると、ゲーム的な一本道のストーリーの中に出てくる、脇役キャラクターが立っている。途中でアリスらが籠城する刑務所建物内の生存者の一人で、リーダーシップを発揮する元バスケのスター選手ルーサーなど、お約束的な登場人物はいかにもゲーム的な感じがして良い。</p>
<p>　贅沢な3D撮影にファントムカメラによる高感度スロー、幾多のVFX……。シリーズ最強の映像ツールを得て作られた最新作だが、それでも結論を言えば1作目の人体キューブ製造機のようなインパクトを再現することはできなかった。</p>
<p>　東京を舞台にはじまる点からも、日本市場を強く意識しているのがわかるが、果たしてどこまで受け入れられるか。注目したい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>悪人</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 07:00:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年09月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[悪人]]></category>

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		<description><![CDATA[真の孤独を知る人におすすめのラブストーリー（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　尽くす女、と呼ばれる女性がいる。遠方に住む異性の友人から窮状を知らされると、いてもたってもいられず送金の準備を始めたり、明らかに身の立つ可能性のないロックミュージシャンを食わせる事に生きがいを見出すタイプである。外部から見れば、どうみても堕ちる一方なのになぜそんな事をするのか。</p>
<span id="more-12700"></span>
<p>　人を愛するものは、自分をも愛する。強い自己愛とプライドを持つ女性が本来得るべき幸福を得ていない（と感じる）場合、激しい孤独に見舞われるが、そこで自らの存在意義を実感させてくれる「ダメンズ救い」が癒しになるわけだ。</p>
<p>　だが、はたして彼女たちは愚か者だろうか。私はそうは思わない。</p>
<p>　いつか彼も良くなるはずよと信じて生きる彼女たちの純粋な心は、何よりも美しい。そもそも、ボランティア女だのNGO女だのと揶揄するような男たちは、一度でもそういう女性とつきあってみたらいいのだ。苦労したときに支えてくれる優しさに触れたら、どんなに幸せか。むろん、この序文は私の単なる個人的願望および妄想の一種であり、あまりのめりこんで読む必要はない。</p>
<p>　さびれた漁村で、肉体労働をするワーキングプアの青年、清水祐一（妻夫木聡）。唯一の趣味のクルマに乗るとき以外は、親代わりに暮らす祖父母の面倒を見る日々。未来に希望を見出せぬそんな日常の憂さを晴らすように出会い系サイトで知り合った女は、しかし目の前で別の金持ち男の車に乗り去って行った。</p>
<p>　さて、この主人公はやがて別のメル友（深津絵里）を呼び出し、強引にホテルに連れ込み、鬱屈した感情をぶつけるようにその体をむさぼる。そして彼女にある告白をする。自分は人を殺してしまったんだ、と。</p>
<p>　ここからが切ない純愛ストーリー「悪人」の本題の始まりである。彼女は何を思ったか、なんと主人公をつれ、逃避行に出るのである。</p>
<p>　出会い系サイトなんぞで出会った初対面の男に抱かれ、その告白を受け止めて逃げようとする。この女性の心理に私は強く興味を持った。</p>
<p>　彼女は典型的な「尽くす女」だ。現状に満足しておらず、自分と社会のつながりを感じられず、強い孤独を感じている。そんな自分が、この男のためなら役に立てる、必要とされている。その一点、わずかな一点の喜び、幸福感のため、彼女は安定した暮らしも家族も、人間関係もすべて捨てて、反社会の闇へと身を投じるのだ。それも即座に決断して。</p>
<p>　これほどの孤独、寂しさ、切なさを感じさせる物語があるだろうか。出会い系サイトという、近寄ったこともない人には単なる無機質でいかがわしい媒体を持ってきたところがまたうまい。だがその実態は、おかしな連中に交じり、この映画に出てくるような寂しい人々、心の優しい女性が大勢さまよっている。日々、多くのドラマが繰り広げられているわけだ。</p>
<p>　このストーリーを突飛と感じたり、非現実的とみるような人にこの映画は向いていない。そういう人は、まだまだ本当の孤独を知らない幸せな人だ。ヒロインは、妻夫木聡がイケメンだったからついて行ったわけではもちろんない。</p>
<p>　この女性の心を主人公は瞬く間に理解する。なぜなら彼も、彼女と同じタイプの人間だから。</p>
<p>　そしてラスト、いよいよ破滅の時がせまったとき、主人公は恐るべき行動をとる。これには私も仰天したが、その結果は後日談のような静かなラストシークエンスをみればすべてわかる。彼は、それを彼女に与えるためにあんなことをしたのだ。</p>
<p>　金も力もない男が、愛する女にしてやれる最大のことをした。これを愛といわずになんというか。思い出すだけでも、いまだに涙が出てくる。愛に生きる映画批評家としては、これに低い点数を与えるわけにはいかない。まして2度の濡れ場では深津絵里のきれいな横ムネまで見られるのだ。文句などあろうはずがない。</p>
<p>　重層構造となった善意と悪意。それと違法合法がまったく対応しないことに、観客はやるせない思いを感じるだろう。誰が悪人で、だれが善人なのか。その答えを簡単に出せないところに、現実世界、そして法治社会の不完全さがある。</p>
<p>　その矛盾を受け入れる器用さをもてず、ただただ必死に生きる弱者たちの姿に深く共感できる。そんな人の目に、本作は見ごたえのある傑作と映るだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ベンダ・ビリリ！～もう一つのキンシャサの奇跡～</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 05:00:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ベンダ・ビリリ！～もう一つのキンシャサの奇跡～]]></category>

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		<description><![CDATA[ド貧乏な上に障がい者、だが明るい（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　小児麻痺というと、志半ばで引退した往年の野球選手ルー・ゲーリッグを真っ先に思い出す（実際は筋萎縮性側索硬化症だった）。難病に侵され満足に体を動かす事もできなかったのに「私は地上で最も幸せな男です」と語った引退スピーチ。直後に駆け寄ってきたベーブ・ルースと抱き合う様子が当時のフィルムに残っているが、涙なしでは見られない大リーグ史上有数の感動的なシーンである。</p>
<span id="more-12699"></span>
<p>　ポリオ（小児麻痺）ワクチンは、あらゆる予防接種の中でもトップクラスの安全性・効果を誇るため、先進国ではその患者はもうほとんどいない。だが、コンゴのような途上国には、体の自由と人生を奪う恐ろしい難病として、いまだに恐れられている。</p>
<p>　スタッフ・ベンダ・ビリリは、そんなポリオ患者やストリート・チルドレンで構成された音楽バンド。ただでさえド貧乏なコンゴ民主共和国（旧ザイール）の、しかも障がい者とホームレスがメンバーという、他に類を見ないハンディキャップ集団だ。</p>
<p>　『ベンダ・ビリリ！～もう一つのキンシャサの奇跡』は、そんな彼らを偶然みつけたフランスの映像作家が、足掛け5年にわたり取材したドキュメンタリー。その日常から練習風景、そして彼らと一緒になってプロデュースに四苦八苦する様子が、アフリカ特有の底抜けの明るさとともに描かれる。</p>
<p>　釜ヶ崎も真っ青の貧しい暮らしの中、日本なら粗大ごみ置き場にもないようなオンボロ楽器や、そもそも楽器なのかガラクタなのかよくわからないものを使って、彼らは独特の民族的なリズムを奏でる。それがまた独特のグルーヴ感があってなかなかいけるのである。</p>
<p>　ナレーションは「不屈の陽気さ」「世界が知らない天才」と彼らを称するが、まったくその通り。こんなに何もないところで、おそらく何の教育も受けていないのに、よくぞこんな美しい音楽を生み出したものだと驚かされる。</p>
<p>　とくにユニークなのが、彼らが歌うのは常に身の回り50㎝とでもいうべき、自らの現実であること。むろん、その現実は、「俺は丈夫に生まれたが、ポリオになっちまった」とか「母たちよ、ワクチンを赤ん坊に打ってくれ」とか、シャレにならない歌詞ばかり。尾崎豊もびっくりの説得力で、こんな歌詞を、車椅子から降りることもできないポリオ患者自らが歌うんだからたまらない。全くその通りでございますと頭を下げるほかはない。</p>
<p>　「俺は現実そのものをうたってる」と彼らは語る。夢ではなく、現実を語る人々。かわいい恋人に会いたい会いたい、早く会いたいと、そんなに会いたいならさっさと会いに行けといいたくなるような甘ったるい歌詞を歌う日本の歌手が聞いたら、赤面してしまいそうな迫力である。</p>
<p>　それをうまいことアレンジし、商品レベルに高めていく過程がまた楽しい。レコーディングも粗末な施設だったり、ときにはとんでもないところで録音したりしているようだが、中身が本物だからまるで他の「商品」とそん色ない。</p>
<p>　だが、そんな才能があっても、簡単に成功できるほど人生は甘くない。まあ、彼らほど甘くない人生を生きてる連中もいないわけだが、それでもさらにひどい運命が襲い掛かる。</p>
<p>　世界の片隅では、こんなに元気な奴らが、ド貧乏なくせに頑張っている。貧乏ならば日本有数と自負する私とて、彼らの奮戦ぶりには大いに励まされた。スタッフ・ベンダ・ビリリは、まさに貧乏界のマエストロ。苦しんでいる人々を励ます頼もしい奴ら。興味ある人は、映画館でその元気を分けてもらうといい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ちょちょぎれ</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 03:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ちょちょぎれ]]></category>

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		<description><![CDATA[美しい映像でみせる等身大の恋愛模様（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　人間は美しいものが好きである。花にしても美術品にしても、美しいから人は惹かれるわけだ。</p>
<span id="more-12698"></span>
<p>　もちろん、美しさには目に見えないものもある。女性と付き合うときだって、さりげなく皆に料理をとりわけてあげる姿や、一途にメールを返信するなど、思いやりの心が現れるのを思わず見かけた瞬間、男は恋をするのだ。むろん、意地悪でも浮気性でも、結局のところ黒髪ロングで細身の美人なら恋をすることもあるが、それは決して表に出してはいけない極秘事項である。</p>
<p>　家業の電気工事の仕事をしている守（片山亨）は、最近友人たちが続けざまに恋人や婚約者をみつけるのを見て、自分にそんな相手が全くいないことを痛感している。仕事先の親切な女性、雨宮さん（古川りか）にちょっとした憧れを抱いているが、ささやかな仕事上のサービスをするくらいで、思いを伝える勇気もない。そんなある日、守はなぜか友人のカノジョの親友（玲奈）に気に入られ、強引に押し倒されて交際を始めるが……。</p>
<p>　『ちょちょぎれ』のようなインディーズ作品を見ると、時折はっとする瞬間があって面白い。この映画の場合は、冒頭の沼のほとりの完成された風景美や、一人残らず美女揃いの女優たちの美しさがそれにあたる。デジタル一眼「キヤノン EOS 7D」で全編撮影されたそうだが、その精細高画質がこれらの美点をより際立たせる。</p>
<p>　本作は、どこにでもありそうな恋愛風景をいくつか絡めて見せていくことで、誰もがシンパシーを感じやすい恋愛映画になっている。それぞれの役者も誰か一人が目立とうとせず、また目立たせようとせず抑制が取れていて上手い。</p>
<p>　主人公は、だれかれ構わず握手を求める風変わりな男。相手の体温を感じることが、彼にとってのコミュニケーションということか。</p>
<p>　作業用の車の中で自家製のおにぎりを食べ、飲み物さえ水筒で持参する。そんな、堅実ながらどこか寂しさを抱えた男は、しかし自らそれを埋める相手を奪い取る気概にかけている。</p>
<p>　そこに入り込んでくるのが、現代的な肉食女子のごときヒロインである。玲奈演じるこの女性が、自分の部屋に彼を引っ張り込み、キスをし、満面の笑みを浮かべて幸せそうに上に乗る様子はまさに自由奔放を絵に描いたよう。自分の心を素直に表現できる女の子と、この男はあまりにも違いが大きすぎる。</p>
<p>　だが、男女は違いがあるほうがうまくいく場合もある。むしろそっちのほうが、互いを補完する関係で長続きしそうな気もする。はたしてこの二人の恋の行く末やいかに。</p>
<p>　なお恋愛にはダークサイドがつきものだが、この映画はそういう「いやな部分」も綺麗に撮る。セックスのような生々しい瞬間もやはり綺麗に撮る。そういうコンセプトの恋愛映画が見たい人には、大作にはない繊細さ、丁寧に作られたホームメイドの雰囲気を、一度体験してみて損はない。</p>
<p>　それにしても、これだけ綺麗に撮られたら、女優さんたちはさぞ幸せに違いない。一番幸せなのが彼女たち、というのも問題だが、男としてはそんな美人たちをただ見ているのもおつなものである。</p>]]></content:encoded>
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		<title>コップ・アウト 刑事（デカ）した奴ら</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 05:00:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[コップ・アウト 刑事（デカ）した奴ら]]></category>

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		<description><![CDATA[見た目はハリウッドの雛形映画、だけど中身は……。（40点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　バディムービーというのは、いまやすっかりアメリカ映画のお家芸となっている。その多くは刑事もので、相棒の片割れはおしゃべりな調子者の黒人。そのマシンガントークに白人の主人公がうんざり顔で応対しつつも、決めるべきところは二人で決めるという友情アクション映画──。</p>
<span id="more-12678"></span>
<p>　そんな典型例を語ればそれだけでギャグになるような、お約束中のお約束。『コップ・アウト　刑事（デカ）した奴ら』はまさにそんな雛形に収まる映画……に、一見みえる。</p>
<p>　NY市警の刑事モンロー（ブルース・ウィリス）とその長年の相棒ホッジス（トレイシー・モーガン）は、ミスにより1ヶ月の停職処分を食らった。これで大弱りなのがモンロー。別れた妻と暮らす愛娘の結婚式を前に、その費用のあてがなくなってしまったのだ。このままカネが用意できなければ、妻の再婚相手のいけ好かない大金持ちに父親面までされる羽目になる。そこで彼は、父の形見の超レアなベースボールカードを換金しようとするが、その寸前で強盗に奪われてしまう。</p>
<p>　泣きっ面に蜂な刑事さんのドタバタ奪回劇。不死身の男ブルース・ウィリスがそんな役を演じていることの面白さと、相棒役にアメリカで大人気のコメディアン、トレイシー・モーガンが扮していることが話題のバディ・ムービーだ。</p>
<p>　とはいえ、監督のケヴィン・スミスは一筋縄ではいかない作品ばかり作る毒持ちの鬼才。本作の中にも、典型的なお約束映画の方程式を、微妙に崩しまくる彼らしい演出カラーが見て取れる。</p>
<p>　二人が精を出す事件が、野球カード探しというビミョーにチンケな内容なのもそうだし、監督の趣味としか思えないオタクじみた映画ネタのやり取りなどもそう。これをみて喜べる人は、マニアとまではいかないにせよ結構な映画バカであると自覚しよう。</p>
<p>　ストーリーもギャグも、おまけに見た目もどこかチープな線を狙っているので、そのあたりをよく理解して挑むことが大切。いくら良くある「白人スターと黒人コメディアンのコンビによる刑事ドラマ」だからといって、大作アクション風味を期待すると、舞の海ばりの美しい肩透かしを食らう。この映画はアクが強く、万人向けでは決してない。</p>
<p>　とはいえ、私としてはケヴィン・スミス監督らしさの面においても、以前ほどとんがった感じが無く、平凡の域を出ていない点が気になった。</p>
<p>　じゃあいったい何を楽しみに見に行けばいいのよと言われると、いささか回答に窮するというのが正直なところである。</p>]]></content:encoded>
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		<title>トラブル・イン・ハリウッド</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 03:00:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[トラブル・イン・ハリウッド]]></category>

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		<description><![CDATA[デニーロ主演、プロデューサーはつらいよ（55点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　スレンダーな黒髪ロングの美女とめくるめく夜をすごす濡れ場が映画の中であったとすれば、男の観客は相手の男を羨ましく、幸せな奴だと思うだろう（むろん、美女の修飾語句は各自の好みに読み替えていただいて結構だ）。</p>
<span id="more-12676"></span>
<p>　だが実際のところ、その男がノーテンキに幸せを感じているとは限らない。その美女は浮気者かもしれないし、そのセックスとて疲れている所を強要されているのかもしれない。つまり、見た目とは裏腹に、案外不幸というパターン。</p>
<p>　『トラブル・イン・ハリウッド』は、まさにそんな映画。主人公であるプロデューサーは、この映画の中でほとんど何一ついい思いをすることが無い。これはそんな男の一週間を描いたドラマだ。</p>
<p>　「世界の大物プロデューサー30」に選ばれるほどのベテラン、ベン（ロバート・デ・ニーロ）は、しかし2つの仕事上の悩みを抱えていた。ひとつはカンヌ出品作のラストを、自分勝手な不条理オチにすると譲らない頑固者の映画監督。もうひとつは、主演作品にまったく似合わないヒゲ面の役作りを改めようとしないわがままな大スター（ブルース・ウィリス）。映画会社の女社長との間で板ばさみになりながら、それぞれを説得する。胃の痛むような一週間が始まった。</p>
<p>　時折つくられる、ハリウッドの内幕を描いた業界ドラマだ。ショーン・ペン、ブルース・ウィリスら人気俳優が本人役で出演していたり、プロデューサー役のロバート・デ・ニーロ自身が本作のプロデューサーを務めていたり（そして本国では大コケ）といったあたりが、映画ファンにとっての見所となる。</p>
<p>　ここで描かれるプロデューサーの日常は、ワガママな業界人に囲まれているおかげで理不尽そのもの。スターにひげをそる事を説得できなければ億単位の損害がでるなどと、ひどいブラックジョークの連続である。でかいカネを動かして荒稼ぎしている職業なのに、やっていることは子守と変わらない。一方、主人公は私生活では離婚した妻やわがままな娘の行動に手を焼かされている。</p>
<p>　ようするにこの男、ビジネスでもプライベートでも基本的に同じことをやっていて、同じ事で悩まされているのである。</p>
<p>　ろくでもない相手のわがまま、すなわち自分の能力とは基本的に関係の無いところで悩まされるのは、この職業ならではの気の毒な側面といえるかもしれない。彼の評判は、そうした「アクの強い連中」たちの仕事ぶりいかんによって決まるのだから。立場が弱いはずの相手にも頭はあがらない。</p>
<p>　こうした浮き沈みの激しい業界のルールの中で、決して野望に満ち溢れているわけでない主人公の姿が印象的。その日々は胃に穴が開くようなエピソードの連続で、冒頭に書いたとおり何かを楽しんでいるシーンがひとつもない。絶世の美女とのセックスの機会が訪れたのをみても、そう感じるのだから上手い演出だ。たしかにあれでは、たとえ相手の子が黒髪であったとしてもあまり楽しくはあるまい。むろん、美女の修飾語句は各自の（略）。</p>
<p>　結局のところ、ハリウッド映画のプロデューサーは多大な権力をもってはいるが、決してかけがえのない存在ではない。彼が「自分の映画」という言い方をしたとき、主演俳優に即座に否定されるシーンはとても印象的だ。そのとおり、プロデューサーに代わりはいても、優れた監督や俳優にはいない。たとえ立場が弱くても、彼らは唯一無二の存在であり、自信たっぷりだ。この対照的な立場の者との絡みを描くことで、プロデューサーの悲哀がよりいっそう感じられる。</p>
<p>　そうした人間ドラマとしてはなかなかだが、映画業界の雑学的なものがあまり見られないのは物足りないところ。業界ドラマのコンセプトからすれば、この点を不満に思う人は少なくあるまい。キャストの豪華さをみていると、余計にそう感じる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>名前のない女たち</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 01:00:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年09月04日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[名前のない女たち]]></category>

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		<description><![CDATA[AV版、下妻物語（55点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　日本のアダルトビデオは一日に50本以上も作られており、もはや世界トップ級の映像産業といっても差し支えない。ファンの熱狂度も半端ではなく、そうしたマニアが集まる掲示板等で無名女優の写真を一枚見せると、それだけで即座に出演作から名前まで返答があるほど。くれぐれも、ふざけ半分で奥さんの若いころの写真などは見せないことである。知らぬが仏という、えらい人の言葉もある。</p>
<span id="more-12675"></span>
<p>　ともあれ、この業界では年間のべ数万人の女優たちが働いているわけで、ちょっと想像しただけでも人間ドラマの宝庫だとわかる。中でも、様々な理由（身内バレ防止、容姿がイマイチ等）で名前を出さない、いわばその場限りの「企画女優」の存在は、誰もが多少なりとも興味を持つところ。『名前のない女たち』は、そんな彼女たちの内面に迫るドラマである。</p>
<p>　人並み以下の服装センスと引っ込み思案な性格のせいで、誰からも本気で愛されたことの無い平凡なOL純子（安井紀絵）。そんな彼女が、偶然街でAV女優にスカウトされた。「人生を変えたくない？」の一言に惹かれた彼女は、そのまま企画女優として集団学園ものAVに出演する。そのショッキングな体験は、しかし彼女に大きな満足感を与えるものだった。</p>
<p>　このヒロインは、不器用を絵に描いたような生き方をしてきた女。たとえば知性が高くとも、破滅の美学に取り付かれているとでも言おうか、ダメンズを救う事に生きがいを見出すような女性はたまにいる。いわゆるボランティア女というやつで、これは知的で生活力のある美人に多い。男にもモテる。</p>
<p>　しかしこのヒロインはそうではなく、同じ不器用でもほとんど知的能力が足りていないのではないかと思わせるタイプである。というより、たぶんそういう裏設定になっているのだろうと私は認識した。彼女が同僚の元ヤンAV女優に「顔かせ」と言われた後の不自然なやりとりをみれば、そう思わざるを得ない。こうした例は特殊でもなんでもなく、性産業に就き、生きがいを見出すタイプの知的障害者は決して珍しくないのだと、介護福祉に詳しいジャーナリストの山本譲司氏も言っている。この映画ではたくさんの「イタさ」「せつなさ」が描かれるが、それは言いようの無いやるせなさでもある。</p>
<p>　そもそもこの映画は、実際の企画女優多数にインタビューした中村淳彦のノンフィクションを元にしているから、内容のリアリティは高いと見てよい。</p>
<p>　ただ、ピンク四天王の異名をとる佐藤寿保作品の持ち味は、エロスと狂気の交錯する世界観であり、原作のコンセプトとは異なる。この作品でも終盤は、スプラッター風味の非現実的な展開になっていくが、私はこの流れに大きな違和感を感じた。</p>
<p>　この映画は、日の目を見ない企画女優という職業と、そこで働く女性たちの実態を描くことが大きな目的のひとつとなっていたはず。だから、大勢にインタビューした「本物」の原作資料を参考にして作られているわけだ。ならば最後まで現実の枠組みの中で展開させてほしいし、すべきだと思う。観客に「作り物くさい」と思われたら、この手の作品は終わりである。</p>
<p>　コスプレオタクのキャラで人気を博したヒロインが、はじめてファンから手紙をもらい、やがて自分の居場所を感じる物語。ヒロインの隠れ設定を生かせば、誰もが見ようとしないが確かに存在する「現実」を、堂々と見せられる人間ドラマに昇華させることも出来たろう。それを狂気の世界観に持っていくことは、現実を真剣に生きる人々の努力と苦しみから、結局目をそむけたことにはならないか。</p>
<p>　なお、主人公を演じる新鋭の安井紀絵は21歳。やがて親友となる同僚の元ヤンAV女優役の佐久間麻由は25歳。二人とも、見事な脱ぎっぷりでAV女優を演じている。二人とも味のある見事な肢体だが、とくに佐久間麻由の美乳っぷりは、専門家である私の目からみても特筆に価する。彼女をまだ知らない方は、映画館で体験しても損は無い。下手な3D映画などみるより、よほどお得感を味わえるであろう。 </p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ルー=ガルー</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12649.html</link>
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		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 01:00:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ルー=ガルー]]></category>

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		<description><![CDATA[京極夏彦作品の異色は、いまどきアニメの&#34;フツー&#34;（10点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　京極夏彦といえば、百鬼夜行（京極堂）シリーズに代表される、オカルト風味を取り入れた分厚い推理小説で知られる。</p>
<span id="more-12649"></span>
<p>　NHKの連続ドラマ「ゲゲゲの女房」の大好評でもわかるとおり、このところ日本では妖怪ネタが広く受け入れられる土壌が広がっているが、そんな事もあってか京極作品も大人気。「魍魎の匣」や「嗤う伊右衛門」といった作品は映画化されたし、アニメ化されたものもある。</p>
<p>　そんな中、「ルー=ガルー 忌避すべき狼」は異色中の異色作として2001年に登場した。京極作品ながら近未来SFで、しかも美少女アクションの要素も含む。作品世界の設定をアニメ雑誌で公募するといった遊び心ある企画も異例であった。</p>
<p>　ちなみに当時より私の周辺では、この作家のファンとライトノベルのそれはなぜか共通していた。どちらもほとんど読まない自分にその理由はよくわからなかったが、「ルー=ガルー 忌避すべき狼」の企画の話をきいたとき、すんなり合点がいったことだけは確かであった。そして今回、劇場用アニメーション化された事も、考えてみたら当然の成り行きという感じがする。</p>
<p>　舞台は近未来の日本。この時代、子供たちはモニタと呼ばれる端末で、健康状態から現在位置まで完全管理され安全を確保されていた。買い物など日常生活のほとんどもこれさえあれば完結する便利さと引き換えに、リアルに人々と接触する機会は衰退の一途であった。14歳の葉月（声：沖佳苗）もそうした&quot;物理接触&quot;が苦手な一人だったが、同世代の少女ばかりを狙った連続殺人事件の最中にクラスメートが失踪し、これまで知らなかった「外の世界」に目を向けることになる。</p>
<p>　製作はプロダクション I.G（「東のエデン　劇場版」ほか）＆トランス・アーツ（「劇場版　テニスの王子様」ほか）、監督は藤咲淳一（「BLOOD+」）。アニメファンならそれなりに期待というか、安心感を得てもおかしくない布陣である。</p>
<p>　しかし、私が最初に感じたのは、意外なことにそのアニメーション自体の品質の低さであった。劇場用のそれとしては動きも少なくスムースさにも欠ける。真新しい表現もなく、声優の演技もオーバー気味。絵柄の古さもあってか、10年前に出ていてもおかしくないような印象である。これはどうしたものか。予算の問題か、製作の問題なのか。</p>
<p>　一般公募した世界観も、そもそも10年前の公募アイデアの限界か、いまでは陳腐さを感じさせるばかり。携帯かスマートフォンのごとき端末ごしにしかコミュニケーションを取れない若者、管理社会、そこから外れたアウトローたちの活躍……すっかりどこかでやりつくされた要素ばかりである。パーティーの終了間際にやってきて、残り物の料理をつついている気分になる。</p>
<p>　事件の真相も、低質なアニメ画面の賜物か京極作品らしい「重さ」は掻き消え、もはや失笑ものというほかないレベル。いつから京極夏彦はラノベ原作者になったのかと勘違いされかねない出来栄えである。</p>
<p>　というより、そのあたりの層を最初から狙っているのだろうから、これはこれでいいのかもしれないが。それにしても、そういうジャンルにもよしあしというものはある。なんにせよ本作はすべてが古臭い。美少女キャラクターも、高飛車ハッカーや寡黙な格闘少女など、ほとんど水戸黄門並のマンネリ感しか感じない。オタクは保守的というのが私の持論ではあるが、もう少し工夫してほしい。</p>
<p>　結局のところ、発表時は京極夏彦の異色作、とされた本作も、いまどきのアニメとしてはあまりにも平凡。よほどの作品ファンでもなければ、積極的に見に行く理由は薄いだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>東京島</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12648.html</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 23:00:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[東京島]]></category>

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		<description><![CDATA[現代的でユニークな無人島映画ではあるが（40点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画の中で無人島が出てくる場合、65パーセント程度の確率でセクシー美女が漂流してくる。その美人はたいてい作品の中で不自然に大きなおっぱいを晒すので、男たちは無人島ものが大好きである。12チャンネル（東京の場合）や深夜帯にこの手の映画が多いのも、需要と供給の経済原則からみれば当然であろう。</p>
<span id="more-12648"></span>
<p>　しかし、平成日本ではそんな昭和の常識は通用しない。『東京島』で沖縄方面の無人島に流れ着く40代主婦は、たしかに美人だが裸にはならないし、周りの男どももその生命力に圧倒されて手を出せない。じつに現代的な展開（すなわち先読みしにくい）を味わえる。</p>
<p>　結婚20周年のクルーズの途中で事故にあい、南国の無人島に夫と流された主婦、清子（木村多江）。島のサバイバル生活の中で、夫のふがいなさに気づいた彼女は、ひとり文明社会への生還を強く誓う。やがて島にはきついバイト先を逃げ出してきたフリーター16人もやってきて、清子は島の中でたったひとりの女として生き生きと振舞い始める。</p>
<p>　木村多江は魅力的な女優だが、この難しい、そして女優としてはちょっと嫌であろう役柄をうまくこなしている。なにしろ、「平凡な主婦かつ不美人で、しかも年増」というヒロイン増。だめ人間揃いとはいえ、まわりの若い男たちに襲われるわけでもない状況は、オンナとしてはちょっと痛い。</p>
<p>　これをほとんどノーメイクで演じるのだから、たいした役者根性といえる。しかし、エルメスのスカーフをドレスのようにまとったシーンなどでは、しっかり地の美しさを垣間見せる。今までのは役作りよ、とでもいいたげな、女としての自信が、そのままヒロインに乗り移っており見事である。</p>
<p>　彼女の天敵として登場する、変わり者中の変わり者ワタナベを演じる窪塚洋介もはまり役。無人島生活が長く続いたころ、なぜか亀の甲羅を背負って浜辺を闊歩している姿にもまったく違和感がない。頭のネジが飛んだような役柄をやらせると、この人は本当にうまい。</p>
<p>　島のアイドル的存在（？）であるはずのたった一人の女性を、堂々とババァだのと罵って、オンナの武器を利用しようとしている主人公の痛いところをつくやりとりは、うまいこと観客に居心地の悪さを感じさせてくれる。</p>
<p>　さて、そんな草食大国ニッポンの縮図のような「東京島」に、やがて中国人男だけで構成された漂流者グループがやってくる。密航犯罪者であり、サバイバル技術に長けたたくましい彼らは、人数こそ少ないがニッポンのシマウマのような男子たちを圧倒する。</p>
<p>　まずいよやばいよとか言いながら、右往左往するだけの日本人若者集団が興味深い。かつて昭和の男たちは敗戦のトラウマか、欧米の男にコンプレックスをもっている者が少なくなかった。心身ともに能力差などないのに愚かな事であるが、そんな時代も過ぎ、2010年の映画では脅威となるのが中国人となっている。</p>
<p>　平成の若者は、経済政策大失敗でヒーヒー言っている、とっくに底が知れたマヌケな欧米白人などにコンプレックスなど感じていない。いまだにそんな連中の幻想に騙され六本木で目を輝かせているのは、相変わらずバブル脳なスイーツ女子だけである。</p>
<p>　むしろ世間をしっかり見据えた今時の若い男性たちは、歌舞伎町に数年くらして100万単位の借金（来日時の闇社会への経費）を完済し、それどころか200,300万といった金を溜め込んで凱旋帰国するアジアの労働者のたくましさに「かなわない」と感じるわけである。</p>
<p>　彼らから労働者としての自信を奪った社会のあり方に対して、私は少なからず怒りを抱いているが、そうした社会背景が意図せずこうした作品を生み出したのだとしたら、それはそれでユニークな観察対象として社会学的な好奇心を刺激するものだ。</p>
<p>　問題は、この映画のストーリーがあまりに退屈で、東京島の暮らしよろしくゆる過ぎるということ。それが個性というのかもしれないが、ならばその分、笑いの間の取り方には徹底してこだわって欲しかった所だ。コメディータッチの映画で笑えない事まで、オフビートの一言で許していいとは私は思わない。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>花と蛇3</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12647.html</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 11:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[花と蛇3]]></category>

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		<description><![CDATA[小向美奈子の文句なしストリップ映画（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先日『キャタピラー』で久々に主演・寺島しのぶのハダカをみた。彼女は出世作の「ヴァイブレータ」（2003）から、節目ごとに脱ぎっぷりのよさを見せ付けてのし上がってきた女優だが、37歳になった今でもきれいな身体をしていた。やはり細身の37歳は、オンナとして一番の食べごろといえる。むろん、この件に関して私の好み以外の根拠はない。</p>
<span id="more-12647"></span>
<p>　とはいえ、いかなご馳走でも毎日食すれば感動は薄れるもの。</p>
<p>　細身の黒髪30代もいいが、巨乳の茶髪20代もたまには食べたい。そんな読者諸氏には「花と蛇３」をおすすめする。団鬼六の原作を基にしたシリーズの3作目となる本作では、かつて15歳のFカップとして一世を風靡したグラビアアイドル小向美奈子が、成長した25歳のスライム乳のすべてを見せてくれる。</p>
<p>　財閥の会長と結婚し、幸せに暮らしていた静子（小向美奈子）は、夫の破産と急死により借金のカタに売られてしまう。売られた先はかねてから彼女を狙っていたライバルグループの総裁宅。そこで静子は、これまでの真面目な生活からは想像もできない愛欲と官能、変態の世界へと無理やり引きずり込まれてしまう。</p>
<p>　いまどき同人エロゲにも登場しないような古典的な「身請け」もの。ストーリーはほとんどギャグかと思うほどカビくさいが、むしろこの突飛さ、非現実的な空気のおかげで、ヒロインの悲惨な境遇によけいな同情を挟まずにすむ。</p>
<p>　そもそもこちらはそんな事よりおっぱいに集中したいのだから、これは行き届いた配慮と評価すべきポイントだ。おかげで、これぞ団鬼六の世界とばかりに広がる耽美的な緊縛SMワールドもじっくり堪能できる。</p>
<p>　さて、この映画を見に行く人は、薄味の家庭料理から一旦離れ、インパクトある外食を食べにくるタイプ。もっとわかりやすく言えば、そこらじゃ見かけないハイレベルな若い子の裸を見たいという、下半身に忠実な紳士たちである。</p>
<p>　そんな彼らの期待に応えるのも、我々映画批評家の重要な役目。</p>
<p>　そこで結論から言うが、本作は見事なまでのFカップ祭りというほかない納得の出来栄え。冒頭の自慰シーンからはじまり、徐々に過激さと露出度を増す心憎い演出で、終盤にはついに一糸まとわぬ元ティーングラドルの姿を確認できる。</p>
<p>　全盛期だった16歳当時のハリは失われたものの、よもや水着をつけないコムカイさんのスライム乳（のみならずあれもこれも全部）を見られる日がこようとは。人間、長生きしてみるものである。パート4ではいったいどんなビッグネームが、派手に縛られてくれるのだろうか。まだまだ、生きる楽しみは尽きない。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>トイレット</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 09:00:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[トイレット]]></category>

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		<description><![CDATA[弱いアイデアだけで、いきなり撮り始めたような印象（55点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　することは一緒なのに、どうしてこうも違うものが生まれるのか。各国のトイレ事情は、それだけで一冊本が出せるほどバラエティに富んでいる。便器の形や大きさはもちろん、紙で拭くのか水なのか、はたまた砂なのかといったところまで、さまざまな違いがある。</p>
<span id="more-12646"></span>
<p>　そんな中で日本トイレの特徴といえば、過剰なまでの無人くんサービス。水を流す音のでる機械はもちろん、近づけば勝手にふたが上がり、ワンタッチで便座のポリカバーが交換され、そしてご存知ウォシュレットに代表される温水洗浄システムさえ備える。</p>
<p>　世界広しといえど、ここまでいたれりつくせりなトイレを発明した国は無い。完全個室の確固たるプライバシー保護思想も心地よく、最近では便所飯なる習慣も根付いている。中国のニーハオトイレでは絶対にできない、まさにシャイな日本人のための粋な慣習である（ちょっと違う）。</p>
<p>　母親の葬式と自宅のトラブルを契機に、次男レイ（アレックス・ハウス）はひきこもりの兄（デヴィッド・レンドル）、女子大生の妹（タチアナ・マズラニー）と3人で暮らすことにした。ところが彼らの家には、母親が死の直前に日本から呼び寄せたという、レイは会ったことの無い祖母（もたいまさこ）がいた。英語がわからないのか一切コミュニケーションをとろうとしない彼女は、毎朝なぜかトイレから出るたび長いため息をつく。レイはそれが気になって仕方がなったが、他の兄妹は意にも介さず。どこか釈然とせぬまま、それでも奇妙な4人の共同生活は続いてゆく。</p>
<p>　荻上直子監督の新作は、監督念願の米大陸（といっても経費節約のためアメリカでなくカナダ）で撮影された。家族なのに異文化を背景にもつ祖母と、それぞれ問題だらけの子供たちのとぼけた交流を、のんびりじっくりと描いてゆく。「トイレ」がその異文化交流の難しさの象徴となっている。</p>
<p>　極端に言うと、「この外人一家、なんでばあちゃんだけ日本人なの？」の謎ときだけで109分間続く映画なので、ストーリーを楽しみたいタイプの人には向かない。台詞を語らぬもたいまさこのおばあちゃんの、どこか和的な癒しの雰囲気が魅力の作品といったところ。よって男性よりも、感性で感じ取ることのできる女性に向くはず。そうした人なら、見終わったとき「なんだか知らないけど、励まされた気分♪」となるだろう。</p>
<p>　それにしても、映像をつなぐセンスはいいし、個性もあるし、映画作りのテクニックも感じられるのに、どうも個人的にはぴんとこない。コミカルなタッチはしかし笑いのツボを的確に刺激してくれず、見ているのがきつい。</p>
<p>　とっぴなキャラクターの「秘密」が次々と提示されるものの、だから何？、の世界。しかるべき伏線もなければ魅力的な人間描写のエピソードも少ない。私の場合は、ついぞ彼らの誰一人に対しても共感を抱けなかった。それだけで判断するのもなんだが、これは相当見る人を選ぶだろう。</p>
<p>　力はあるのに、冒頭に書いたようなトイレジョーク程度のアイデアだけで1本映画が撮れると思っているのだとしたら、まだまだ大きな期待はできそうにない。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>KING GAME キングゲーム</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 07:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月28日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[KING GAME キングゲーム]]></category>

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		<description><![CDATA[江川監督らしさを押し出し、もっと過激なゲームを（10点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　中世のヨーロッパが起源だそうだが、合コンの風物詩こと王様ゲームはどこか日本人にぴったりな余興である。</p>
<span id="more-12645"></span>
<p>　引っ込み思案でひとり突出した事がしにくい国民性ながら、王様の命令という錦の御旗のおかげでちょぴり過激でエッチなコミュニケーションも可能になる。しかも王様自身、誰が何番なのか知らないというギャンブル性。すなわちうまい具合に、誰も責任を取らずにすむ。まるで官僚制のようなシステムになっている。これを日本的といわずなんというか。</p>
<p>　さらにいえば、過激になりすぎて場のムードを壊さぬためには、全員が空気を読み抑制を利かせる必要がある。たいして盛り上がらぬ序盤などは、必死に周りが鼓舞することも必要だ。</p>
<p>　素人さんが、よくもノーギャラでそんなバラエティ番組出演みたいな気疲れすることをやるもんだと感心するが、その協調精神こそが日本の美点なのかもしれない。</p>
<p>　奇妙な構造の部屋に、男女10人が集められた。それぞれ誘拐まがいの方法で集められた、何の関係も無い10人である。彼らはこの密室の中で、10日間に渡って王様ゲームを続けることを強要される。それぞれには個室と食事が用意され、夜はゆっくり眠れるが、いったいこの主催者は誰なのか。何を目的としてるのだろうか……。</p>
<p>　漫画家・江川達也が「東京大学物語」（06年）に続き監督した個性派ムービー。原作があった前作より、さらに実験的で挑発的な設定の、ワンシチュエーションスリラーだ。</p>
<p>　彼の漫画家としての腕はすでに定評があり、こうした異業種の才能が映画界に新風を吹き込んでくれることを私は常に期待している。この作品にしても、あらすじを読むだけでも面白そうだと感じられる。そういう当たり前の企画が、ありそうでないのが日本映画界の悲しさである。</p>
<p>　ともあれ、冒頭で説明したとおり日本らしさの塊である王様ゲームを、シュールなスリラーと組み合わせる。じつに見事な着眼点だなと私は感じたわけだ。だから、相当な期待を胸に試写室に出かけていった。</p>
<p>　だが残念ながら、それは裏切られてしまう。序盤は期待通りで、理不尽な監禁王様ゲームに参加した男女たちの、真の人間関係が明らかになるくだりは十分スリリングだった。ある男女のキスを、ある人物に実況させるシーンは、まさに江川イズム全開といった感じでその後の展開を楽しみにさせた。</p>
<p>　ただ、そこを頂点に中盤以降は物語がガタガタになり、人間描写も深まることなく終わってしまう。途中で面白そうなキャラが何の脈絡も無く脱落してストーリーから消え去るなど、どうみても監督が描写を放棄したとしか思えず、余裕の無さを感じざるを得ない。</p>
<p>　また、本作はどうみても低予算なのだから、無理に部屋の外にでることなく密室劇を極めたほうがよかったと思う。漫画なら予算の制限などなく世界のどこにでもいけるが、実写映画はそうはいかない。江川監督には、両者の溝を埋めるブレーンが必要かもしれない。</p>
<p>　「東京大学物語」を描ける人物が作る映画なのだからと、もっと過激な描写を期待してしまったのもまずかった。だが嫉妬と独占欲、愛の三つ巴を江川監督が描くのならば、やはりその期待は過剰だったとはいえまい。いくらなんでも「江川達也」でこのソフトさはないと思う。</p>
<p>　王様ゲームのリアリティも伝わりにくく、そもそも出演者、監督ともやったことがあるのだろうかと思ってしまうほど。設定は非現実的でもいいが、肝心のゲーム風景はリアルであってほしいものだ。木村佳乃のような芸達者がいるのにもったいない。</p>
<p>　結果的に、着想はよかったが脚本化の途中で力尽きてしまったような印象。あまりにも製作陣が力不足、いや、それだけでなくさまざまなものが不足した映画で、せっかくのアイデアがもったいない……と思わざるを得なかった。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>シークレット</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12635.html</link>
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		<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 07:00:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月21日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シークレット]]></category>

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		<description><![CDATA[自分の知らない妻の内面（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　新品のパソコンを購入するのはいいものだ。トラブルも少なく、末永く付き合っていける。本来、それ以上の楽しみを知る必要はないのだが、何かの拍子に中古パソコンの魅力に取り付かれたら大変である。</p>
<span id="more-12635"></span>
<p>　中身のパーツに意外ないいものが使われていたときの喜び。ときにはハードディスクの中にお宝を発見することもあるだろう。もしこれでまだ本体が比較的新しく、性能もよく、HDDだけ徹底的に使い込んでいるような固体に出会ったらたまらない。</p>
<p>　気に入ったパソコンが、過去誰に、どのように使われてきたのか。その歴史を味わうだけで好奇心と嫉妬心は際限なく刺激される。こうなるともう、新品のパソコンなど味気なくて買う気は起きなくなる。</p>
<p>　おや、余計な行間など読む必要はない。私はパソコンの話をしているだけだ。なのになぜ皆さん、そんなににやにやしているのだろう……。</p>
<p>　刑事ソンヨル（チャ・スンウォン）は、マフィアのボスの弟の殺害現場で、妻（ソン・ユナ）がつけていたイヤリングの片方を発見する。そういえば昨夜、彼女の帰宅は思いがけず遅く、服は乱れ、イヤリングを落としたなどといっていた。事件に深くかかわっている事を直感したソンヨルは、警察の捜査およびマフィアのボスの復讐から、妻を守らざるを得ない立場に追いやられる。</p>
<p>　愛する妻が、何かを隠している。それは、昨夜の殺害現場になぜ彼女がいたのか、といった表面的なことだけではない。殺されたのはなんといっても犯罪組織のボスの身内。そもそも、なぜそんな危ないシーンに平凡な主婦である清楚な妻が登場するのか。明らかに重要な情報が、自分が脳内に持つ妻についてのデータベースから抜け落ちている。</p>
<p>　まともな人生を送ってきたであろう清純な女の子が、じつは過去に何人もの男と愛憎のドロドロにまみれ、特殊な性癖を仕込まれていた……。なんて事実を知ったとかであればシャレにもなるし、ある意味よけいにその子にハマりこむ契機になりかねないが、人殺しの現場にいたというのはさすがにまずい。</p>
<p>　主人公は自分の知らぬ妻のダークサイドを薄々感じ取りながらも、愛（とじつはもうひとつ秘密＝シークレット、の感情）により、妻を守り続ける。</p>
<p>　徐々に謎ときのパーツはそろって行くが、この映画にでてくる連中はみなひとつか二つ、秘密を抱えている設定がポイント。謎が解けるたび、驚きの真相が明らかになるが、それは次の謎あかしにより、あえなくひっくり返されてしまう。終盤の二転三転は、ミステリ、サスペンス好きにはたまらない展開といえる。</p>
<p>　韓国名（カタカナ表記）と顔が覚えにくい、苦手という人は、「え、それって誰だっけ」とならぬよう、序盤から注意して暗記していくことをすすめる。でないとせっかくのどんでん返しの衝撃を楽しめない。</p>
<p>　奥さんを追うのが、主人公の同僚たる警察とマフィアの2団体、という点がユニーク。両者よりも早く、真相に到達しなければ妻を守れない。この制限事項がスリルを生む。この2者。どちらも強敵だが、とくにマフィアのボスが切れ者で、かつ残虐。見つかったらまともな殺され方はしないだろうから恐ろしい。</p>
<p>　奥さんを演じるソン・ユナは30代後半ながら清純派を絵に描いたような美人女優であり、この子をこいつらから守るためなら……と男の観客は皆奮い立つだろう。かつて常勝無敗の狩人と呼ばれた私とて、こんな美人が奥さんであれば、過去にあんなところやこんなところを誰かに調教されていたとしても命がけで守る。ちなみにこれは私の勝手な妄想であり、この映画のヒロインとユナさんにそういうエロい過去は（たぶん）ない。</p>
<p>　それぞれの登場人物の持つカードが明らかになったとき、真相も観客に知れる。エンドロールの最後まで目が離せないよくできたサスペンスだ。ただ唯一、それでも整合性の部分で釈然としない部分が残る気がするのが惜しい。すっきりとすべての謎と伏線がラストで消え去る快感があれば、なおよかったのだが。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>NECK ネック</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12633.html</link>
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		<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 05:00:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月21日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[NECK ネック]]></category>

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		<description><![CDATA[いい原石、もっとよく磨いていたら（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　深夜のファミリーレストランにいくと、ドリンクバーで遊んでいる暇な若者をたまに見かける。普通の飲み物に飽きたのだろう、コーラとメロンソーダを混ぜてみたり、レモンを浮かべてみたりと斬新なオリジナルカクテル作りに夢中である。</p>
<span id="more-12633"></span>
<p>　私のようなプロからみれば、これはドリンクバー初心者ならではのほほえましい風景。すぐに彼はそのカクテルにも飽き、やがてアイスコーヒーをまぜたり、コーヒークリームを演出に使って受けをとろうとするはずだ。沈殿したヘドロを再現して相模湖スペシャルなどと称する日も遠くは無い。誰もが一度は通る道である。</p>
<p>　ここで何がわかるかというと、意外な組み合わせが案外いけるということ。そしてそれを発見したときは、なんだかちょっとだけ嬉しくなるということ。もちろんその発見は苦労のわりに何の役にも立たないが、そんな小さな幸せを見つけるのも人生を楽しむコツといえる。</p>
<p>　少女時代の恐怖体験をきっかけに、幽霊研究にいそしむ大学院生、杉奈（相武紗季）は、自作の幽霊発生捕獲装置の実験台に、自分を口説いてきたアメフト部の首藤（溝端淳平）を採用する。だが実験はうまくいかず、彼らは人気ホラー作家の越前魔太郎（平岡祐太）とその美人編集者（栗山千明）を巻き込み、さらなる大掛かりな実験のため森の中の洋館へと向かう。</p>
<p>　ホラーと胸キュンラブコメの融合である「NECK ネック」は、ドリンクバー遊びから生まれた「意外といける組み合わせ」のような映画。やりつくされ、硬直したジャンルであるホラーに、ちょっとした新風を吹き込む挑戦だ。</p>
<p>　マニアックな方向に流れがちな最近のホラー作品としては、万人向けに徹したエンタテイメント性の高さも評価できる。主要な4人ともコメディー演技がうまいので、安定感がある。とくに栗山千明があの整った顔でバカをやると、あまりの落差に思わず笑いが出てしまう。美人は何をやっても人並み以上ということか。</p>
<p>　可能性を感じさせるチャレンジではあるが、これだけのメンバーを揃えながら肝心の笑いのテンポが細切れで、質量ともにものたりない。もっと笑いを増やし、ホットドリンクに浮かぶ氷のように時折ガチンコの恐怖シーンを入れ凍りつかせる。そんな感じにできたら傑作になれただろう。本作はそこまで徹底してジャンルミックスを研究した成果が見られず、ラブコメもホラー部分も中途半端。結局、他の邦画同様、アイデア＝思いつきは良くても煮詰めていない。いわゆる低コスト体質の弊害である。</p>
<p>　とはいえ本作が先鞭をつけたこの不思議感覚、ぜひ誰かが突き詰めて、あきれる不協和シェイクとして完成させて欲しい。</p>
<p>　本作でいえば、ラストシーンのちょいとエロ感を感じさせるやりとりなどはとてもいい。この胸キュン感覚をもっと味合わせてくれたらぐっと面白くなるだろう。くれぐれも、やりすぎて相模湖スペシャルにならぬよう。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>特攻野郎Aチーム THE MOVIE</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 03:00:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月20日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[特攻野郎Aチーム THE MOVIE]]></category>

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		<description><![CDATA[熱しやすく冷めやすい人向け？（40点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　熱しやすく冷めやすい人がいる。女性の場合だと、イケメンな彼が欲しくなって自分から誘い見事にゲットしたものの、何かの拍子で別れたが最後、相手がどう必死にアプローチしてきても決して二度と体を許さない、というタイプだ。</p>
<span id="more-12632"></span>
<p>　そのくせお友達としてなら喜んで続けてくれるので、男側に未練がある場合はたまったものではない。本人は自分の残酷さに気づくことなく、速やかに次なる恋へイナゴ集団のように完全移動する。男を振り回す、厄介な小悪魔タイプである。</p>
<p>　テレビドラマのファンというのも、そうしたタイプが少なくないのだろう。でなければ、1クールの回数が年々減り、次から次へと新カレならぬ新ドラマが発表される理由がない。映画業界でも「相棒」のように、ドラマ終了後、なるべく早い時期に映画化したほうがヒットすると考える人は多い。</p>
<p>　その意味では、アメリカの人気ドラマの映画化『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』のスタッフはずいぶんのんびりしたものだ。放映終了直後から映画化企画はあったとはいえ、元のドラマは80年代半ばに人気を博したもの。その間、ハンニバル役のジョージ・ペパードが亡くなってしまい、今頃映画化したところで、もうオリジナルキャストを採用することもできない（一部ゲスト的に出演）。冷めやすい小悪魔ドラマファンは、はたして本作を手放しで受け入れてくれるのか。</p>
<p>　戦略家のハンニバル（リーアム・ニーソン）をリーダーにした特殊部隊Aチームは、それぞれが意外な形で出会い、やがてさまざまなミッションを成功させてきた。あるとき彼らは偽ドル紙幣の原版をイラクのバグダッドで見事奪還するが、その後の混乱に巻き込まれ、あろうことか犯人扱いされてしまう。</p>
<p>　濡れ衣を着せられたAチームが、名誉挽回をかけて世界を飛び回り悪を追い詰めるアクション作品。ハンニバル登場の冒頭から、&quot;ありえねー&quot;派手な見せ場の連続で楽しませる。</p>
<p>　中でも最大の見所は、落下中の戦車でUAV（無人航空機）と空中戦を繰り広げる場面。確かに戦車が強い事は認めるが、空中戦をやらせるとはさすがAチームである。装甲最強とはいえその意外な挙動、思わぬ奮戦ぶりには笑いと迫力が入り混じる。</p>
<p>　逆にやや不満なのは、イラクを舞台に始まるなど中途半端に現代的な設定になっている点がちょいと生々しく、オリジナルのどこかのどかな作品のカラーを損ねている点。80年代特有のノーテンキさというか、どんくささが薄れていて、これがAチーム？　と頭をひねることも少なくなかった。</p>
<p>　アクションのスケールはデカいものの、それが痛快さにイマイチつながっていないのは、そのあたりが原因ではないか。</p>
<p>　ドラマを見ていること前提のようなサービスシーン、台詞も多く、元々のドラマファン以外には、そんなわけであまりオススメはしない。かといってキャスト変更等によるこの微妙な違和感、今でも原版を激しく愛するファンにはいかがなものか。あの有名なテーマ曲ひとつとっても、出し惜しみなどせず、もっとじゃんじゃん使ったら良かったと思うのだが。</p>
<p>　結局のところ、熱しやすく冷めやすい冒頭の女の子が、かつてのイケメン元カレと今では普通のお友達としてつきあうように、元ファンがライト感覚で楽しむのがちょうどいいのでは、と思う。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>ベスト・キッド</title>
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		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 11:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月14日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ベスト・キッド]]></category>

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		<description><![CDATA[傑作になりかけたが最後で台無し（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　基本的に、映画はその時代の人々の興味のあることをネタにするものだ。私なら、1970年代のボディビルダー、アーノルド・シュワルツェネッガーやフランコ・コロンブ、マイク・メンツァーらの確執を描いた映画があったら喜んで見に行くが、そんなものを2010年の日本で公開しようとしても、銀座シネパトスですら見向きもしないだろう。</p>
<span id="more-12615"></span>
<p>　娯楽映画は時代を映す鏡といわれるほどで、その時々の人々の嗜好を表すいい指標である。</p>
<p>　そう考えると、リメイク版『ベスト・キッド』が中国人師匠と米国人少年の師弟愛、というか擬似親子愛を描いたことはたいへん興味深い。なんといっても84年のオリジナル版は、いうまでもないが日本人師匠とアメリカ人少年の師弟関係を感動的に描いたドラマだったのだから。</p>
<p>　アメリカから母の仕事の都合で北京に越してきた少年ドレ（ジェイデン・スミス）は、誰一人知り合いのいないこの国になじめずにいた。ようやく地元の美少女と仲良くなれたと思ったら、それを快く思わない不良グループに目をつけられ、クンフーで痛めつけられる。やがて見かねたアパートの管理人ハン（ジャッキー・チェン）は、彼にクンフーを教えるのだが……。</p>
<p>　プロデューサーとして参加するウィル・スミス＆ジェイダ夫妻が英才教育を施した愛する息子ジェイデンを主演にすえた、万全の親ばか布陣。師匠役のジャッキー・チェンは、アクションよりも後半の擬似父子関係ドラマを重視した名演。おかげで彼がハリウッドに進出した後のアメリカ作品としてはトップクラスの傑作となった。</p>
<p>　アクション控えめとはいうものの、ジャッキー演じるハンが、主人公少年の大ピンチに颯爽と現れ救うシーンのヒロイックさといったらない。若いころのような「見世物」としてではなく、物語上の必然として使うクンフー。その技のキレ、突きの重さ、安定した体幹部の重心など、完璧すぎて言葉も出ない。このシーンは、ここ数年の彼の映画の中でもベストバウトだと私は思う。少なくとも私は、こういうジャッキー映画をずっと見てみたかった。</p>
<p>　なお「ベスト・キッド」は、母子家庭の限界をさりげなく描いたドラマでもあり、男の子を育てるために父性は絶対に必要なのだという、きわめて保守的な思想をもつ作品である。オリジナルでは女の子とのデートシーンなど、執拗に母親のうざったさを描くことでそのあたりが端的に表現されていた。本作でも似た描写はあるが、子離れできない母親に、それでもつきあってあげる息子の優しさにはほっとさせられる。</p>
<p>　本作の持つこうした考え方が、フェミニストの国アメリカの国民の目にどう映ったのかはわからない。だが、ミステリアスな東洋の文化とともに、広く受け入れられたのは確かだろう。</p>
<p>　ミステリアスという意味では、香港映画ですっかりおなじみのクンフーよりは、オリジナルの沖縄空手のほうがはるかに上。いまや語り草となっている、家事で空手の練習をするトンデモ会得法も、カラテならありうるかも……と思わせるだけの神秘性が（当時の米国内では）感じられた。ちなみに、このシーンは本作でも踏襲されている。</p>
<p>　かようにオリジナルをうまく生かし、舞台だけを没落する日本から昇り竜の中国へと変更したリメイクであったが、ただ一点、やってはいけないことをやってしまった。それは、例のラストの失笑ものの必殺技まで（別の形で）再現してしまったこと。あんなところを似せる必要などは無い。あれこそは80年代の恥ずかしい過去そのものだ。</p>
<p>　これのおかげでそこまでのジャッキーの重厚なシリアス演技も水の泡。なんだありゃ、と興ざめである。そこさえ決まれば見事に試合終了、となったと思うのだが、つくづく残念である。 </p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>キャタピラー</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12613.html</link>
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		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 09:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月14日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[キャタピラー]]></category>

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		<description><![CDATA[寺島しのぶの演技と明快な主張が見どころ（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この作品を語るとき、若松孝二監督は「反戦への思い」を常に強調していた。プロットは、戦場で負傷した夫が手も足も切断され、口もきけない「芋虫＝キャタピラー」状態で戻ってくるというショッキングなもの。</p>
<span id="more-12613"></span>
<p>　そんなわけで私は、その後の悲惨な夫婦生活を描くことで、戦争の無益さ残酷さを訴えるような作品なのかなとおぼろげに想像していた。しかし映画『キャタピラー』のテーマは、まったくそんな次元のものではなかった。</p>
<p>　時は戦時中。シゲ子（寺島しのぶ）の夫、久蔵（大西信満）は、幸いにして戦地から生還する。しかしその姿は、胴体と首以外は切断され、残った顔面の半分ほども焼け爛れており、声帯も耳も損傷しているという、恐るべきものだった。天皇陛下からは勲章をいただき、村人からは軍神とたたえられ新聞にも載ったが、シゲ子はどうしてもこの変わり果てた夫に慣れることができない。戦況とともに食糧事情も悪化の一途をたどる中、いったいこれから、どうやって暮らしていけばいいというのだろう。</p>
<p>　さて、このあと何が起こるかというと、驚くべきことにこの芋虫男が妻の身体を求めるのである。死にかけといっていいほどに肉体のほとんどを失い、損傷している男が、旺盛な食欲と性欲を見せる。生の象徴たるセックスと、死のそれである戦争。その両極端を対比させる映画的ダイナミズムをまずは堪能できる。</p>
<p>　苦りきった表情で夫の求めに応じる寺島しのぶは、ベルリン国際映画祭でみごと銀熊賞（女優賞）を受賞した見事な演技を見せる。脱いで身体をみせることなど当然、異様なまでのセックスシーンを、妻の複雑な心情が伝わるかのような生々しさで全部見せる。何度も何度も、上になったり下になったり、さまざまな体位でそれは繰り返される。</p>
<p>　特筆すべきは、それまで戦中ならではの粗末な着物姿をノーメイクのやつれた表情でずたぼろに見せていた彼女が、はじめて夫とコトをすませたあとの表情。これぞこの女優の真骨頂ともいうべき、女の妖艶な微笑みを見ることができる。脱ぐと魅力倍増、というとなんだか安っぽいが、こういう顔のできる女優を使いたがる監督の気持ちはよくわかる。</p>
<p>　さて、ここで少し観客は疑問に思う。「あれ、この奥さんなんだか嫌がってるけど、別にそんな不幸な事態じゃないじゃん」と。</p>
<p>　当然である。若者がばたばたと戦死していたこの時代、生きて帰ってきただけでも僥倖。腕がなかろうが足がなかろうが、文句を言うのは筋違いというものだ。この主人公の姿を見て「戦争ってなんて残酷なの」などと単純に感じるのは想像力が足りない証拠のようなもので、普通の感覚でみれば「何をこの妻は嫌がってるんだ、むしろ神に感謝してもいいくらいだろ」と感じるのが当然である。</p>
<p>　ましてこの夫には、ペニスもあれば思考する脳みそもあるのだ。恋愛というものは、究極的に言えばその2つがあれば成立する。子供だって作れるかもしれないし、心で愛し合うこともできる。簡単ではないだろうが、愛し合う夫婦が乗り越えられない障害ではまったくない。まして戦時中ならラッキーな部類といっても過言ではない。</p>
<p>　ここで注意深い観客は、若松監督の仕掛けと意図に気づくのである。つまり、先ほどいった2つ、性器と思考能力をあえてこのキャラクターに残したという事は、この映画における「絶望」が「夫の姿そのものとは別の場所にある」という意味なわけだ。</p>
<p>　逆に、監督が本気で戦争被害の悲惨さをこの夫婦（妻）に味あわせるつもりだったならば、その二つを真っ先に奪うはずなのである。その場合、私たちは寺島しのぶの綺麗なお尻や胸が見られなくなってしまい悲しいが、若松監督なら迷わずそうしていたはずだ。</p>
<p>　だがそれをやっていないという事は、この夫婦はつまり、事前に観客が想像したような関係ではないという事である。ファーストシーンはその明快な答えとなっている。</p>
<p>　それではいったい、なぜこの妻はこんなにも夫の姿を嫌がり、絶望のような表情、態度を垣間見せるのであろうか。</p>
<p>　その回答はあえてここでは記さないが、ヒントは「軍神」と「勲章」にある。すなわち、夫は文字通り手も足もでない芋虫姿でもどってきたものの、真の意味で自由を奪われたのはじつは妻のほうであるという皮肉。それを若松監督はこの映画で描いているのである。</p>
<p>　そして物語の最後、ある大事件がおきたとき、二人の表情は鮮やかに明暗が別れる。このときの寺島の顔に注目してほしい。この瞬間「絶望」は移動し、衝撃のラストシーンへとつながってゆく。きわめて論理的なストーリーである。</p>
<p>　とはいえ、よく考えてみると二人のドラマはじつのところ戦争とはほとんど関係が無く、単なる夫婦の間のいち問題にすぎないように見える。戦争は確かに物語を動かすきっかけとなってはいるが、極端な話これがただの業務上の事故か何かであっても、同じやりかたで同じテーマを描くことはできるだろう。</p>
<p>　そんなわけで、上手にまとまっているとは思うものの、監督が伝えたかったであろう「反戦争」のテーマはあまり感じられない。この点はきっと、想定外だったろうと私は思う。 </p>]]></content:encoded>
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		<title>ヤギと男と男と壁と</title>
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		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 07:00:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月14日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ヤギと男と男と壁と]]></category>

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		<description><![CDATA[自称「実話」のトンデモ軍隊話（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　右だろうが左だろうが、極端に行き過ぎれば似たようなもの。まず、人は何か政治運動をはじめると、たいてい最後は自分の無力感に気づかされる事になる。ここで理想と現実の折り合いをつけ路線修正できればいいが、それができない一部の人間はどんどん先鋭、過激化し、やがて誰からも支持されなくなる。</p>
<span id="more-12612"></span>
<p>　世間はバカだ、マスコミはバカだ、なぜ誰も気づいてくれないんだ、わかってくれないんだ。そんな風に思い出したらもう末期である。</p>
<p>　そういうテンパった人たちは一度、街で黒髪ロングの痩せた女の子をナンパして楽しく恋をして、脳みそをリフレッシュしたほうがいい。そうすれば、現実社会と自分の距離感を正確につかみなおすこともできる。ちなみに黒髪うんぬんは単なる私の好みであり、本記事の主張とは何の関連も無い。</p>
<p>　2003年、奥さんを寝取られた地方紙記者ボブ（ユアン・マクレガー）は、やけになってイラクの戦場へとスクープ探しに向かう。だがそんな素人記者に最前線でできることなどは無く、余計に欝になっていたところ、ボブは奇妙な男リン（ジョージ・クルーニー）と出会う。彼の話によれば、リンはかつて米軍に存在した超能力部隊「新地球軍」のエース級能力者だったというのだ。眉唾と思いつつも、二人で砂漠を旅していくうち、ボブはリンの話を信じるようになっていく。</p>
<p>　米軍に超能力部隊なんぞを作って、おバカな訓練をしているリーダー役はジェフ・ブリッジス。ところが前例がない訓練ということで、あらゆるオカルト的なコミュニティで修行して道を探った結果、どうみてもヒッピーかぶれな風貌へと変わってゆく。</p>
<p>　このくだり、混浴コミュニティーなんぞをまじめに体験したり、男性器におもりをぶら下げて鍛えたりなど、どこが超能力だかさっぱりわからぬ展開。あまりのくだらなさに爆笑できる。</p>
<p>　基本的に、米軍をおちょくり、同時にそうしたヒッピー的なもの、ニューエイジ文化というようなものをも茶化してゆく。出演者にはリベラルな面々が並んでいるが、だからか特に米軍批判の色が濃い目である。</p>
<p>　ただ、おそらく本作が真にやりたかったことは、米軍にそうしたリベラル思想（ベトナム戦争敗戦のトラウマによる反動）が入り込んだ結果、平和主義志向になるかと思ったら、逆にそうした考え方を殺人に利用されてしまった点を強調することにある。</p>
<p>　平和志向の超能力者も、結局は軍人のさだめから逃れられない。おバカなギャグ路線の途中で、軍隊の本質、非人間性、恐ろしさを浮き彫りにしようという試みである。チンコに砂袋をぶらさげていた連中が、やがて目力でヤギを殺そうとしはじめるあたりは、それを如実にあらわした重要な場面といえる。</p>
<p>　この狙い自体は悪くない。冒頭に書いたとおり、右も左もいきつくところはカルト。過激な社会不適格者である。よかれと思ってすすめた平和軍の構想が、正反対の殺人集団になったところで筋は通る。</p>
<p>　ただ、個人的にはそうした主張をもっと前面に押し出し、シニカルにまとめてほしかったという気持ちは残る。ラストシーンもちょっとセンスが無いし、惜しいところ。 </p>]]></content:encoded>
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		<title>魔法使いの弟子</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12607.html</link>
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		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 05:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月13日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[魔法使いの弟子]]></category>

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		<description><![CDATA[パロディ織り交ぜ笑わせるディズニー実写コメディ（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ハリウッドのエンターテイメント映画は、長年の積み重ねにより必勝の方程式ともいえる雛形を多数手に入れた。ワンパターンといわれようが、この雛形に毎年面白い映画を生み出す力があるのは確か。だが、そのフォーマットも、誰が装飾をほどこすかで面白さは大きく変わってくる。</p>
<span id="more-12607"></span>
<p>　その意味でハリウッド最強のプロデューサー、ジェリー・ブラッカイマーとニコラス・ケイジ（本作の企画は彼の持ち込みだとか）の二人は、鉄板といってもいいコンビ。雛形いじくりの能力にかけては、とくにブラッカイマー（およびディズニー）はトップクラスの実績・実力の持ち主といえるだろう。</p>
<p>　ディズニーアニメの古典「ファンタジア」をモチーフに、現代を舞台にした魔法アクションに仕上げた本作は、彼らにとって得意のパターンといえそうだ。</p>
<p>　善なる魔法使いマーリンの弟子バルサザール（ニコラス・ケイジ）は、今は亡き師匠の後継者を1000年以上も探し続けていた。やがてついにその少年デイヴを見つけるが、すんでのところで敵の魔法使いに阻止される。10年後、再びその少年を探し当てたバルサザールだが、デイヴは物理オタクの大学生（ジェイ・バルシェル）へと成長していた。</p>
<p>　世界を滅ぼす最強の魔女の復活を目前にして、ニコラス・ケイジ師匠はなんとかこのオタク学生を一人前の魔法戦士に育てようとするが、なにぶん相手は気まぐれな現代っ子である。やっとこさ教えた初歩魔法も、この学生はろくなことに使おうとしない。</p>
<p>　そもそも世界を救うことなどより、幼馴染のかわいこちゃん（テリーサ・パーマー）の気を引くことが彼の今の最大の興味だ。1000年以上も年代ギャップがあるのだから、そもそもこの師弟関係、うまくいくはずがない。</p>
<p>　前半は、この二人のかみあわないやり取りで、たくさん笑わせてくれる。ジェイ・バルシェルは公開中の「ヒックとドラゴン」で、へたれな主人公の声を好演している若手俳優。ダメ青年タイプの役柄をやらせたら、現在彼の右に出るものはいない。オタクが学園一のアイドル（しかも幼馴染）と恋をする、日本エロゲ業界も真っ青の妄想ラブストーリーを演じるには最適な人物だ。</p>
<p>　魔女との最終対決までの間にも、その部下たちとの小競り合いが適度に挿入され、飽きることはない。ディズニー的なものをおちょくるパロディ映画の側面もあるので、大人のファンも楽しめる。</p>
<p>　とくに笑えるのが、カーチェイスになると乗ってる車をフェラーリやメルセデスに魔法で変身させてしまうシーン。そんな魔力があるなら、敵のクルマを座敷猫にでも変えちまえよと誰もが思う瞬間である。</p>
<p>　だが彼らはそんな無粋なことはしない。ニコラスさんも敵の魔法使いも、結局のところ画面を派手にしてお客さんを喜ばせること以外は考えていない。見上げたサービス精神である。</p>
<p>　そんなハイテンションを盛り下げるのが、魔女を演じる「イタリアの宝石」ことモニカ・ベルッチ。この無表情な女優は、他の俳優のやりすぎなまでの情熱的演技からひとり浮きまくり、観客たちを萎えさせる。少しは回りにあわせる事も学んでほしい。</p>
<p>　上手いなと思わせるのは、幼馴染を単なる足手まといにしなかった終盤の展開。主人公が誰かを好きになると、その後そのヒロインは足を引っ張るだけの役回りになるケースがよく見られるが、これは観客のイライラをつのらせる。</p>
<p>　本作はうまいことそれを回避し、同時に1000年前には無かったある「武器」で古の魔女と戦うなど、クライマックスの盛り上げ方が上手い。ニコラス・ケイジの、共感を集める「愛の演技」には、思わず涙も出てしまう。</p>
<p>　かように器用さをみせつけるブラッカイマー印のアクション映画だが、そんな彼らでもミスをした。前述のカーチェイスシーンは、確かにすばらしいできばえだったが、撮影時に通行人を巻き込む事故を起こしてしまったという。こういう映画をノーテンキに楽しむためにも、その手の撮影事故だけは勘弁してほしい。 </p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>テコンV</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12573.html</link>
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		<pubDate>Wed, 04 Aug 2010 01:00:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[テコンV]]></category>

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		<description><![CDATA[竹島防衛キャンペーンなんかに利用しなきゃ可愛げがあるのだが（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「あんなオトコ大嫌いよ」といいながら、別れた男の影響を受け続ける女性がたまにいる。音楽の好みだったり、服装のセンスだったり、あるいは性癖だったり。嫌よ嫌よといいながら、高いプライドと自己愛の結果、影響を受けた自分を変えられない。日本と韓国の関係は、そんな滑稽な男女関係に似ている。</p>
<span id="more-12573"></span>
<p>　テコンドー選手のフン（声：キム・ボミ）は、並み居る強敵を倒してついに世界大会を制した。彼の父キム博士は、ガールフレンドのヨンヒやその父らと共に、正義の巨大ロボットテコンVの開発に精を出していた。だがその影では、テコンVの設計図を奪い世界征服をたくらむ謎の組織の魔の手がキム博士に迫っていた。</p>
<p>　『テコンＶ』は76年に韓国で公開され、国民的人気を博したアニメ映画。このたびデジタル処理で綺麗なフィルムへと生まれ変わり、めでたく公開となった。</p>
<p>　本作は、日本でいえば「マジンガーZ」や「ガンダム」のように、その時代を生きた少年たちの原風景となった重要な作品である。韓国アニメ黎明期ということで、日本アニメの影響を強く受けているのが特徴だが、必死に元ねたとの違いを出そうと努力した跡がいくつも見られる。同時に、そうした部分にこそ、かの国のアイデンティティーが色濃く出現しており、最大の見所となっている。</p>
<p>　もっとも、こうしたまじめな能書きは一応書いてみただけの話であり、見ている間は単純に大笑して楽しんだというのが実際のところである。</p>
<p>　まず序盤のテコンドー試合から笑わせてくれる。対戦相手の日本人は歯並びが悪く、見るからに悪人顔。出てきた瞬間にかませ犬だとわかる親切なキャラデザインだ。案の定、ハンサムな主人公がその凶悪日本人をコテンパンにのした後は、いよいよ決勝で白人のアメリカ人（悪人顔）と対戦、勝利する。愛し合った国ほど嫉妬する。これが国民性というものか。</p>
<p>　ちなみにこのシーンにおける人物のテコンドーの動きは、かなり正確に人体の動きが再現され、古いアニメーションの割には目を引くできばえとなっている。</p>
<p>　主人公たちが戦う敵組織を「アカ帝国」と呼ぶネーミングセンスにも苦笑い。黒幕のシンボルマークなどは、どうみても北朝鮮そのもの。そのアカ帝国ときたら、敵国のスポーツ選手を次々拉致して洗脳し、自国の戦士に仕立て上げる。どうみても、しゃれにならない展開である。日本人拉致問題がおき始めた70年代という公開時期を考えると、薄気味の悪すぎる符合というほかない。</p>
<p>　なお、この部分は作品の個性としてもきわめて重要である。というのも、アカ帝国はなぜか「決勝戦で負けた」二番手のスポーツ選手ばかりを拉致してるのである。これは日本人の感覚では理解できない。主人公にテコンドー決勝戦で負けたアメリカ人を連れてきて、洗脳して再びぶつけたところで、勝てるわけがないと考えてしまう。最初からチャンピオンを拉致すればいいのに、アカ帝国は馬鹿なのか？！</p>
<p>　だが、これは韓国人であれば説明無用で理解・共感できる部分といえる。勝負を制するのは技術ではなく、精神力と考える彼らには、その中でも「恨」のエネルギーこそ最強という共通認識がある。「死ぬほど悔しい」思いをした敗者に生じる「恨」のパワーこそ、悪者が利用するに値する強力な要素というわけだ。こういう日韓の違いを探す視点で本作を見ると、より楽しむことができる。</p>
<p>　次に肝心のテコンVについてだが、ミサイルよりパンチ攻撃の方が10倍くらい破壊力があるなど、戦闘能力バランスの猛烈な偏りがほほえましい設定。テコンドーで戦うロボットというのは、他国のアニメではまず見られない部分だろう。</p>
<p>　なおこの作品では、日本語字幕がときおり不自然な挙動をみせ、笑わせてくれる。まじめな博士なのにセリフの言い回しが突然チンピラ風になったりなど、狙ってやっているのでなければ基本的な日本語のリズムがおかしい。また、小鳥が歌を歌うメルヘンチックなシークエンスがあるが、歌ってる間中、画面に「ピヨピヨ」と字幕を出し続けるなげやりなセンスというのも他に類を見ない。</p>
<p>　こうして書くと、なんだかバカ映画のようだが、基本的にはまともな、意外としっかりしたアニメ映画であった。むろん、時代が時代だから作画技術やストーリー、世界設定に斬新なものはない。しかし、人間にあこがれるロボットの悲哀、親の思いを受け継ぐ息子の心、コンプレックスをバカにされダークサイドに落ちる悪役（その理由がまたなんとも……）など、様々なドラマを破綻なくまとめた手腕は評価していいと思う。</p>
<p>　プライドの高い日本のモトカノは、この時代にすでにそれなりのものを作っていたという事だ。元カレの影響受けまくりの出来栄えだが、それをうざいと思うか、可愛いとこあるじゃんと思うか。見る側の懐の深さが問われる部分であろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ヒックとドラゴン</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12565.html</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 07:00:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ヒックとドラゴン]]></category>

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		<description><![CDATA[文句のつけようのない横綱相撲（97点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ヒックとドラゴン』は、いくらほめてもたりないほどの傑作であるが、それは様々な要素が高いレベルで融合された、すなわち完成度の高さによるもの。何かが突出して良いのではなく、すべてがハイクオリティ。まさに死角のない横綱。事件前の朝青龍みたいなものである。</p>
<span id="more-12565"></span>
<p>　バイキングのリーダーの息子ヒック（声：ジェイ・バルシェル）は、偉大な父とは正反対の貧弱で気弱な少年。大切な家畜を襲う害獣のドラゴン族を狩らねば男とはみなされないこの村では、いつも半人前扱いされている。それが最大のコンプレックスだったヒックは、あるとき大怪我で飛べない最強のドラゴンを発見する。だがやさしいヒックはどうしても止めを刺すことができず、世話をすることによって友情を育んでいくのだった。</p>
<p>　ドラゴンとバイキングの終わりなき戦いが続くファンタジー世界観。両者の戦いに終止符を打つのは誰なのか。</p>
<p>　アメリカという国は、かつて先住民族たるインディアンを女子供にいたるまでほぼ絶滅に等しい数まで虐殺することによって、その反抗の声を完全に押さえ込んだ。情けをかけ、中途半端に残せばどんな禍根を将来に残すか、彼らは最初から知っていたのである。宗教勢力を政治から完全に一掃するため、織田信長が容赦ない焼き討ちを行ったのと同じだ。一見非道にみえたとしても、それが将来の自民族の平和につながる事もある。政治家には、ときにそれを断行する厳しさが必要というわけだ。</p>
<p>　そんなアメリカが、2010年にはこのような映画を作るまでになった。『ヒックとドラゴン』が伝えようとしているのは、建国当時から続く「皆殺しによる平和」「敵を圧倒するアメリカ」の精神ではない。</p>
<p>　殺しあってきた敵と、共生の道を探る。少年ヒックと最強のドラゴン・トゥースのコンビを架け橋に、両種族を平和へ導こうとする挑戦は、現実の国際政治が抱えるあらゆる紛争問題へのひとつの回答である。これまでも似た思想の映画は数多くあったが、ハリウッドのメインストリームにこうした作品が並ぶようになってきたのは注目すべき事柄といえるのではなかろうか。</p>
<p>　そうした深く斬新なテーマ性を横に置き、たんなる少年向けのダイナミックなアドベンチャーとして見ても本作はたいへんレベルが高い。ジェイソン・ボーンシリーズでリアルなアクションシーンを盛り上げたジョン・パウエルによる音楽は、それを上回るほどのアドレナリンを分泌させる。勇壮かつ雄大なスコアは、クライマックスの悲壮なる戦いの感動を二倍にも三倍にも増してくれる。</p>
<p>　この戦いのシークエンスは、単に映像を派手にする小手先の演出ではなく、十分に張られた前半の伏線を回収する事によって盛り上げてゆく。子供だましではない、本気の脚本力を味わうことができる。子供向けの映画でこういう事をやる。アメリカのアニメーションの凄み、映画文化の深みを感じられるはずだ。</p>
<p>　本作は3Dだが、割増料金目当てにとりあえず3Dにしてみました的な「駄3D」が量産される中、そうとう良い部類に入る。『ヒックとドラゴン』に関しては、無理をしてでも3D上映館に出かける価値がある。トゥースが初めて飛立つシークエンスの迫力、感動は3Dならではのものがあり、必然性が感じられる。</p>
<p>　もし就学前のお子さまに3Dデビューさせたいのなら、2Dで十分なトイストーリーよりも私はコチラをお勧めする。小さい子供たちは、なにも理解していないようで意外と本物を感じ取る力がある。なるべくいいものを見せてやるのが親の務めというものだ。</p>
<p>　定石を崩したラストシーンは、ドリームワークス社の「俺たちはディズニーとは違うんだ」との意思、意地を感じさせる秀逸なもの。プロデューサーや幹部らの間に波紋をおこし、意見収集試写会で議論を重ねた上での採用。その決断は大正解だったと私も思う。</p>
<p>　そこまで、脳みその表面だけで「共生、差別撤廃って大事だよねー」とヘラヘラ見ていた私のような観客を奈落のそこに突き落とす衝撃。これを見ることで、共生という口当たりの良い言葉の裏に隠された重い責任と覚悟、本当の意味での対等というものがどういうものか、観客は学ぶのである。</p>
<p>　ヒックとトゥースの関係はこのラストをもってようやく均等になり、プラマイゼロになる。考えてみれば、これ以外の結末はありえない話であった。</p>
<p>　唯一、日本版キャストの声になじむまで時間がかかり、前半のコメディーシーンを十分に楽しめなかった点が残念だが、『ヒックとドラゴン』がこの夏のダントツナンバーワン作品である事に間違いはない。これほどの映画作品を見られる（子供たちに見せてあげられる）機会はそうそうないから、幼い男の子がいるお父さんは、とくに見逃さぬよう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>シルビアのいる街で</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12563.html</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 05:00:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年08月07日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シルビアのいる街で]]></category>

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		<description><![CDATA[好きな女性を思うと何も手につかない男性にすすめたい（60点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　仕事すら手につかない状態になるほど、誰かを好きになる人がいる。</p>
<span id="more-12563"></span>
<p>　本当は好きな人のことを思うだけで生活にハリがでて元気が出る、なんて「白い恋」が理想かもしれない。だが、思えば思うほど活動意欲を失い、前に進めなくなる「黒い恋」もそう悪いものではない。そのくらい誰かを思える恋を一度くらいしなければ人生は味気ない。人を愛するのも一種の才能。自分の中にそれほどの恋愛意欲があったことを、まずは肯定してやるべきであろう。</p>
<p>　そうした情熱的、猪突猛進的な恋心が抑えられなくなると、相手の事をとにかく知りたくてたまらなくなる。知らない事すなわち不安。こうなると、いわゆるストーカーとの違いがあまりなくなってくる。恋人ストーカー状態である。</p>
<p>　「シルビアのいる街で」の主人公も、そうした「黒い恋」にはまりこんだ一人。この、きわめて実験的な異色ムービーは、彼が愛する女性を求める数日間の様子をひたすら観察するだけの映画である。</p>
<p>　映画が始まると、ベッド上で座り込むこの男（グザヴィエ・ラフィット）の姿が映っている。最初は静止映像かと思わせるが、やがてまばたきをすることから動画であることがわかる。4分間近く、ひたすら無セリフのこの映像が流れる。見ていると、のっけから不安になる。これはもう、尋常ではない映画だなと観客に知れる。</p>
<p>　やがて本作のメイン会場、フランスの町のどこにでもありそうなカフェテラスに彼は移動。日がな一日、そこに座り込んで行きかう人々を眺めている。そしてカメラはまたその様子を、なんの説明もすることなく、ただ写し続けている。</p>
<p>　信じがたいことではあるが、基本的にこの映画はたったこれだけの内容である。</p>
<p>　なんとつまらない実験映画だろうと思っただろうか？</p>
<p>　否。これが案外面白いのである。何の説明もない分、観客は男の挙動を細かく観察することになるが、するといろいろな事がわかってくる。どうやら男は「ある女」を探しているらしいこと。その女に狂おしいほどの恋をしていること。そしてなぜかその女のことを、あまり知らないらしいこと、などである。</p>
<p>　好きな女を知らない、というのも妙な話だ。もっとも、愛した女性が意外な職業だったり、想定外の生活をしていたり、といった事で驚かされるケースは、まれにあるかもしれない。清純そうな黒髪ロングの女の子がベッドで豹変、という嬉しいパターンなら歓迎だが、これは私の勝手な妄想であり、映画の批評とはまったく関係がない。</p>
<p>　話は戻って主人公の場合、どうやら愛する女性の外見すら、はっきり覚えていないようなのだ。これは明らかに異常である。いったいなぜそんな事になっているのか。その「女性」とは誰なのか、どんな関係なのか。その謎だけで観客を引っ張っていく。</p>
<p>　動きの少ないストーリーだから、映像表現にさまざまな工夫を凝らしている。</p>
<p>　たとえば、ひとつのシークエンスをひたすら長く追いかける点は真っ先に目に付く。2分や3分、同じ路地裏を撮り続けるなんてのは朝飯前。中には30分間以上ひたすら続く場面もある。主たる被写体が去ってもカメラを止めず、余韻を残したりといったトリッキーな演出も多用する。雑踏の真ん中にいるような、相当力を入れたに違いないサウンドデザインも見所だ。</p>
<p>　舞台となるフランスの古都ストラスブールの美しい風景と、老若男女問わず街中で愛し合うカップルの姿、さまざまなタイプの美女たちを、主人公の視線でひたすらカメラは撮り続ける。ステディカムで町並み楽しむムービーかよと突っ込みたくもなるが、ちゃんとオチはつく。</p>
<p>　後半になると、それこそ向かいのホームから路地裏の窓など、探しまくるにもほどがある山崎まさよしの歌の世界。アジア系から金髪美女まで「愛する君の姿」を町の中で探し続ける男のドラマも佳境に入る。記憶が不確かな女を捜す男の物語は、いったいどんな結末を迎えるのか。</p>
<p>　ストーカー的ともいうべき行動にはまりこみ、すっかり「黒い恋」に侵されている哀れな主人公氏だが、見た目がとんでもないイケメンなので不快感はない。ただしイケメンに限る、を地でいくストーリー。これがもし、みるからに女性にもてないタイプの主人公であったなら、きっとまったく違ったジャンルの映画が一本出来上がっていたことだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ジェニファーズ・ボディ</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Jul 2010 07:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月30日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ジェニファーズ・ボディ]]></category>

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		<description><![CDATA[ディアブロ・コディ脚本にキレがない（30点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アメリカという国は個人主義なので個性を尊重、人と違った事をやっていても認める気風があり、だから日本のような陰惨ないじめなどはあまりない。</p>
<span id="more-12538"></span>
<p>　──などと誤解されていた時期もあった。上記は一部正しいが、少なくとも現在では結末は明らかに間違っている。実際のところ、自由と民主主義の国にも一皮向けば差別意識渦巻く厳しい競争社会の本質があり、ときにそれは多人種国家ならではの残酷さで人々を苦しめる。</p>
<p>　『ジェニファーズ・ボディ』は、中西部の田舎の女子高校生の暮らしを舞台に、とくに女の子同士の間に生まれる「残忍性」を主題に描くホラー映画。</p>
<p>　学園の女王蜂的存在のイケてる女子高生ジェニファー（ミーガン・フォックス）と、地味で男っ気のないニーディ（アマンダ・セイフライド）は、はたから見ればまったく共通点もなく釣り合わない存在だが長年の親友同士。地元にやってきたおしゃれなインディーバンドを見に出かけた二人だが、早速ジェニファーがヴォーカルの男からナンパされる。適当にやり過ごすものの、その後、店でショッキングな出来事が起こり、ショックで放心状態のジェニファーはニーディの制止も聞かず、バンドの車に乗り込み連れ去られてしまう。</p>
<p>　この映画は10代少女の妊娠騒動をコミカルに描いて大ヒットした「ＪＵＮＯ／ジュノ」でアカデミー脚本賞を受賞したディアブロ・コディの脚本最新作だから、なによりもストーリーに期待して見た。彼女は今回プロデューサーもつとめていて、監督も若い世代（68年生まれ）の日米ハーフ女流監督カリン・クサマ。キャストには今が旬の人気女優が二人、仲良く名前を並べている。つまり女性による、女性のためのサスペンス映画というわけである。女性を何より愛する恋愛至上主義の映画批評家としては、おのずと期待が高まるというほかない。</p>
<p>　しかしどうだろう、私の期待はあっさり裏切られてしまった。ホラーの類は見尽くしたほど見ているディアブロ・コディが一番怖いと思うもの、すなわち「若いオンナならではの残酷さ」など、ほとんど描かれてはいない。あふれるホルモンに精神をのっとられ、右往左往するティーン女子の「怖さ」など、せいぜい隠し味程度の扱いである。</p>
<p>　その代わりに何が出てくるかといえば、「超常的なバケモノ」。こんなものが一番怖いとはコディさん、怖がりにもほどがある。</p>
<p>　導入部はよかったのだ。仲良し少女二人を写しながらも「こいつら本当は仲悪いんでないか？」と思わせる不穏な映像を見ると、観客は「何かおかしい」と違和感を感じて引き込まれる。</p>
<p>　だが、その主人公少女がヤリチンのバンドマンに連れて行かれた先の真相が明らかになった瞬間、一気に興醒めする。このジャンルのホラーは、「見せたら終わり」が鉄則である。それこそイケてるヒロインのはいてるパンツよろしく、「見えそで見えない」から観客のスケベ心、いや恐怖をあおることが出来るわけだ。</p>
<p>　もっとも、オカルトが好きな人はこれでも喜ぶかもしれないが。</p>
<p>　最終的にそのあたりは好みの問題とはいえ、やはりディアブロ・コディが書くとなれば、この人特有の現代的で生々しい筆致で、少女たちの「リアル」を暴き出す日常の裏側のようなものを見せてほしかった。それとホラーまたはサスペンスジャンルの融合となれば、相当面白いものを期待できるではないか。</p>
<p>　今回は字幕の表現もずいぶん平凡で、この脚本家らしい言い回し（ギャル語みたいなもの？）も表現してはいない。この点も残念。</p>
<p>　結末に至る流れも、どこにでもあるバケモノホラーそのもので、まるで新味なし。</p>
<p>　唯一面白い点といえば、いわゆる学園ヒエラルキーの実態というか空気を、そこそこ伝えてくれる点。ミーガン・フォックスはその頂点に君臨する女王蜂のキャラクターにぴったりだ。ただでさえ美人な上に、肉体改造をいとわぬ女優魂により、ハリウッドでも一二を争うセクシーかつナイスバディを身に着けた、まさに旬の女優である。</p>
<p>　その親友役アマンダ・セイフライドも、この手の役柄はお手の物。どんくさいダウングレードメイクの力もあって地味少女を好演。もっとも、さえない彼氏とのメイクラブ場面では横乳公開という嬉しいオプションサービスもあり、この女優が本当はミーガンにさえ匹敵する超美少女だと知るファンを喜ばせる。</p>
<p>　期待すべき方向を間違うと、少々ハズレ感が強くなってしまう本作。こういうのを地雷というのだろう。読者の皆さんが被害者とならぬよう、大事なポイントは本文に書いたつもりだが、なんといっても脚本家より女優に注目してみたほうが、爆死する可能性は低いといえる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ソルト</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Jul 2010 05:00:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年07月31日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ソルト]]></category>

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		<description><![CDATA[個性に欠ける上、迫力不足（55点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　若手セクシー女優世界一といわれるミーガン・フォックスの主演作が公開される週に、元祖セクシー女優というべきアンジェリーナ・ジョリーのアクション映画が公開される。ミーガンはアンジェリーナ・ジョリーの再来と言われている程よく似たタイプであり、日本でめでたく直接（？）対決が実現したことになる。</p>
<span id="more-12536"></span>
<p>　CIAロシア担当部の優秀な局員イヴリン・ソルト（アンジェリーナ・ジョリー）は、直属上司で任務上の恩義もあるウィンター（リーヴ・シュレイバー）とともに、ロシアからの緊急亡命者の尋問をすることになった。この男はロシア大統領の近くにいた大物であったが、各種スキャンの結果、嘘を言っていないことが証明された。ところが最後に男が発した証言が、二人と局内に衝撃を与える。彼はこう言ったのだ。「わがロシアの誇る優秀なスパイがすでにアメリカに潜入している。彼女の名はソルトだ」</p>
<p>　サービス残業のつもりで気軽にひきうけた尋問が、主人公をいきなり大ピンチに陥れる。この証言の瞬間、仲間だった周りのCIAスタッフの目つきが豹変する。盟友のウィンターだけは彼女の味方をしてくれたが、それでも彼の表情から狼狽の色は隠せない。さあどうする、すぐに逃げなければスパイ扱いされ大変なことになる！</p>
<p>　こんな感じでいきなりハイスピードのアクションが展開するが、運動不足かその勢いはすぐに失速する。ミーガン・フォックスの新作も萎え萎えだが、こちらも負けていない。できれば出来のよさで競ってほしいものなのだが。</p>
<p>　いろいろと問題点はあるが、アンジェリーナ・ジョリー主演作らしい個性がない点が一番まずい。だいたい本作は降板したトム・クルーズの後に彼女が決まり、主人公の性別が書き換えられた時点で、「ジェイソン・ボーンやジェームズ・ボンドをセクシー女優アンジェリーナが演じたらどうなるか」が最大の焦点となった企画である。それらの元ネタ作品を吹っ飛ばすような面白さ、個性がなければ話にならない。</p>
<p>　なのに、リアル系スパイアクションとしては、アイデアも格闘のスピード感もボーンシリーズの足元にも及ばず、007のような色気もしゃれっ気もない。ちんちくりんな細いオンナがちょこちょこ逃げ回るだけの、悲しいほどに迫力に欠けたシーンが延々と続くのみ、である。別にアンジェリーナさんの谷間がみたいとか、色っぽい唇のアップが見たいなどとは言わないが（註・断じて本当）、もうすこし彼女らしさを引き立てるアイデアを出さねばまずかろう。</p>
<p>　男の軍服で変装してホワイトハウス潜入とか、跳弾気にせず撃ちまくりとか、プロらしからぬ動き……というかトンデモすぎる描写も目立ち、演出の一貫性をスポイルする。オンナとしての悲しみを感じさせる展開もあるにはあるが、とってつけの感が否めない。</p>
<p>　そもそもソルトさんがなぜこんなに超人なのか、その理由付けも十分とは思えない。手塩にかけて育てられた凄腕諜報員であっても、同じく過酷な訓練を受けた敵たちが瞬殺される説得力にはなりえない。となると結論は、アンジェリーナ・ジョリーだから強い、という回答しか残らなくなってしまう。それでもいいかもしれないが、個人的にはそれが許されるのは、ララ・クロフトを演じるときくらいだろうと思う。</p>
<p>　ストーリーは単純なわりにテンポが悪く、少々退屈するが、見ようによっては笑える部分も。そのひとつは、黒幕がアメリカを滅ぼそうとするための手段。脚本書いてる本人も気づいてないんじゃないかと心配になるほどの人種差別的発想に加え、デタラメにも程があるスケールの大きさに大笑を禁じえない。</p>
<p>　もっともそんな内容でも、金融危機の前、まだアメリカの一極支配が磐石と思われていた頃に公開していたならば意味合いも変わっていたはずだ。だが結論からいえば、現在みるなら完全に笑い話。引き合いにだされた某民族の皆さんも、あきれて怒ることさえないだろう。</p>
<p>　本作の大テーマのひとつで、長期間、本国と連絡すら取らずに一般人として敵国で暮らす「スリーパー」スパイの存在についても、今に始まったものではない。この点も新鮮味や現代性を感じさせない原因となっている。</p>
<p>　アメリカ殺すに軍隊はいらぬ、ドルにそっぽをむけばいい。ロシアや中国はすでにそれを実行し、ここ数年の歴史で証明している。そんな時代にこんな大げさな「アメリカ殺し」の話をされても、ほほえましいお笑い以上のリアリティは持ち得ない。</p>
<p>　なお本作は、どうやら続編に続くような形で終わる。次はもう少し谷間、いやアンジェリーナらしさにこだわってほしいところだ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>インセプション</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 01:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年07月23日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[インセプション]]></category>

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		<description><![CDATA[たいした超大作、休養をとって本気で挑むべき（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　どんな分野であろうと、すべてを知っている人間などいない。つまりは、誰もがあらゆる物事を、不十分、不完全にしか知らないということだ。だからすべてを把握し、忠実だと思っていた奥さんが隣の大学生と浮気していたとしても、あなたはショックを受ける必要などない。</p>
<span id="more-12518"></span>
<p>　そんな何の気休めにもならない事を書いてもしょうがないわけだが、そもそも「知らない方が幸せなのでは？」と感じる局面は、だれでも一度くらい経験したことがあるはずだ。</p>
<p>　たとえば、日本経済の問題点を調べていけば借金の総額に誰もが唖然とする。だがより調べればそれが財務省による数字のトリックで、まだまだ挽回可能なものであることも同時にわかるだろう。ただし、より興味を持って追求していけば、そんな解決策を採用する政治はこの国にもう存在せず、もはや大増税の暗い未来しか事実上存在しないことを知ることになる。</p>
<p>　こんないやな気持ちになるくらいだったら、国や経済の事など最初から考えず、隣の大学生をどう口説くかだけ考えて暮らしていたほうが、よっぽど幸せなのではないか。そう思ったとしても無理は無い（重要な註・私の体験談ではありません）。</p>
<p>　現実と非現実の境界。真実（と信ずるもの）を知ったほうが幸せなのか否か。そんなややこしい哲学的問題を描く『インセプション』は、映画の内容もかなり複雑。監督のクリストファー・ノーラン（「ダークナイト」ほか）ではなく、主演のレオナルド・ディカプリオ＆渡辺謙の名前に惹かれた人。あるいは予告編の大迫力スペクタクル映像を見たくて映画館に出かけた人は、この映画の前ではあまりにも無防備。</p>
<p>　『インセプション』は本来、前日には十分な休養をとり、ワンシーン、ひとつの台詞たりとも見逃さない覚悟で、3回くらいは見ないと作品の真意を理解するには至らないであろう、重厚な作品である。</p>
<p>　他人の夢から深層心理に侵入し、アイデアの段階で企業秘密を盗み出す企業スパイ、コブ（レオナルド・ディカプリオ）。名実ともに業界ナンバーワンの腕を持つ彼とそのチームは、しかし大企業の経営者サイトー（渡辺謙）への侵入中、本人の強力な精神的抵抗の前に敗れ去る。だがそれは、最初からサイトーが仕組んだ「テスト」であった。類まれな能力を認められたコブは、サイトーからかつてない難解なミッションを依頼される。</p>
<p>　まず冒頭から感じるのは、編集が不親切設計で、その結果、作品世界のルールがきわめてわかりにくいということ。これは現実と非現実の境界をあいまいにするための意図的な演出だろうが、何の予備知識も無い場合、かなりの混乱が予想される。</p>
<p>　さらに「マトリックス」シリーズを見ている人などは余計な先入観がさらなる混乱の元になる。両者は一見似てはいるが、実はかなり根本的な部分で「ルール」が異なる。</p>
<p>　最低限の助言をしておくと、この作品における夢の世界を、対象個人の脳に侵入するようなイメージで捉えてはいけない。レオさまはじめ精鋭チームが侵入するターゲットの「夢」は、しかしそのターゲットの脳内だけにある要素で作られているわけではない。エレン・ペイジ演じる「デザイナー」は侵入先の夢の世界を（外部から）細かくデザインできるし、ほかにも姿かたちを自由に変えられる能力を持つ男などが存在する。対象の脳内にいるはずのない（ターゲットが一度も会ったことの無い）登場人物が出てきて、主人公を悩ませる場面も頻繁に出てくる。</p>
<p>　ようするに、ここでいう夢はパソコンでいう共有フォルダのようなもの。本人も、侵入者たちも、互いに影響を与え合うことができるルールになっている。ユング心理学でいう、集合的無意識の共通、の概念をモチーフにしているのかなと思うが、私にとっては専門外なので詳しい方の解説を待ちたい。そうした教養のある方にとっては、きっと見ごたえがある作品であろうと予想する。</p>
<p>　くせのある編集は最後まで続くが、とくにクライマックスではサイトーと主人公が絡む「あるべきはずのシークエンス」が100％カットされており、それがラストショットの絶妙な切り方へとつながる。ノーラン監督は、あえて解釈が真っ二つに分かれるように本作を作った。正解は出しませんから、さあ存分に議論してくださいというわけだ。</p>
<p>　主人公に重要な影響を与える妻（マリオン・コティヤール）についても言いたいことはあるが、どう考えてもネタバレになりそうなので遠慮しておきたい。</p>
<p>　映像面での見せ場は、さすがに馬鹿みたいな金をかけているので豊富にある。予告編にでてくる、世界が折れ曲がるようなシーンもいいが、個人的に面白かったのは無重力状態における格闘シーン。相当な想像力がないと、こういう場面を撮る事はできまい。大いに感心させられた。</p>
<p>　上映時間も長く、作品の全貌を掴みきれたとは思えぬ現段階での満足度をあえていうならこのくらいの点数。凄いものを作ったものだと頭では理解できるものの、感情に響くものは少なく、改めて鑑賞したいという欲求はあまり起こらなかった。</p>
<p>　信じたいものだけを信じたい。余計なことは知らないほうが幸せ。この映画の評価が異様に高い現状を見ると、今のアメリカ人はそんなふうに弱気になっているのだろうかと、じつに興味深く思えてくる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ゾンビランド</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Jul 2010 23:00:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月24日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ゾンビランド]]></category>

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		<description><![CDATA[気持ちのいい連中が活躍する、万人むけ大ヒットゾンビ映画（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ゾンビ映画といえば、娯楽映画のド定番。予算の大小にかかわらず面白いものが作れるし、コメディから恋愛、アクション、サスペンス、セクシー、そしてもちろんホラーと、どんなジャンルの要素も包み込む懐の深さがある。これはもう、ホラーではなく「ゾンビ」というジャンルで捉えたほうがよほどわかりやすい。</p>
<span id="more-12517"></span>
<p>　そんなわけで古今東西、数え切れぬほどのゾンビ映画が作られてきたが、そんな激しい競争の中で「史上最大のヒット」の快挙を達成したのが『ゾンビランド』。</p>
<p>　これは考えてみたら大変なニュースである。なにしろこの最新ゾンビ映画は、3Dでもなければ超一流のスターが出ているわけでもない。このジャンルの王道といってもいい「オタク監督」とは正反対の、「これまでゾンビ映画なんて見たことも無い」などと語るルーベン・フライシャー監督による万人向けの作品である。しかもベースはコメディーかつロードムービーという、異色作というから驚きだ。</p>
<p>　ゾンビウィルスにより、ほとんどすべての人間がゾンビ化してしまったアメリカ合衆国。テキサス州の引きこもり学生コロンバス（ジェシー・アイゼンバーグ）は、臆病で慎重な性格と、ネットゲームで鍛えた反射神経、そして自らに課した「生き残るための32のルール」なる規則により、なんとか生き延びていた。やがて彼は、どこかキレたあぶないマッチョオヤジのタラハシー（ウディ・ハレルソン）と出会い、ゾンビをぶちころしながら目的地へとドライブを続けてゆく。</p>
<p>　途中でくせのある美少女も合流し、幸せの黄色いハンカチよろしく不恰好なこのパーティーは旅を続ける。旅の終わりにハンカチが飾られることは無論ない。</p>
<p>　ゾンビコメディ映画『ゾンビランド』のいいところは、マニアックなネタに走らず、比較的わかりやすい笑いでまとめたところか。非オタ監督の面目躍如といったところだが、かといっておふざけ無しというわけでもない。アメリカ映画ファンには、ちょっとしたサプライズゲストも登場する。ただそれでも、独りよがりの趣味に走らず、観客第一のコンセプトを貫いたところに好感を持てる。</p>
<p>　たとえば、屈強な米兵が全滅して、引きこもりのゲームオタクが生き残るという設定からしてシャレがきいている。この映画で活躍する「人間」は、童貞オタクにテキサスおやじに詐欺師の女。見るからに社会不適格なダメ人間ばかりである。</p>
<p>　しかもこれらのキャラ立てが巧みで、初見は「なんか嫌な奴」とマイナス感情を抱くように登場させ、その先入観を裏切るエピソードをちりばめていく心憎いつくり。映画がクライマックスを迎えるころには、観客はこのデコボコ集団に完全に感情移入し、心から応援することになる。</p>
<p>　その遊園地におけるゾンビ軍団との戦いは、決して特別な映像的見せ場があるわけではないが、そこまでのドラマの積み重ねで人間が描けているため、この上なく盛り上がる。中でも、ただのバカなオッサンかと思っていたウディ・ハレルソン演じるタラハシーが、尋常ではない数を相手にした悲壮なる戦いを繰り広げる場面は大変な感動を呼ぶ。</p>
<p>　ゾンビ映画初心者といいながらこの監督は相当研究を重ねたようで、適度なフラグ切りともいうべき変化球を織り交ぜ、ゾンビ映画フリークをもうならせる。</p>
<p>　最後の人類となった負け犬軍団が、そのしぶとさ、往生際の悪さでゾンビの国をたくましく闊歩する痛快ムービー。くえないその性格が、妙に頼もしい。オタクといけてる美少女の恋という、最近の流行もおさえた堅実さ、器用さも覗かせる。</p>
<p>　これならナンバーワンヒットも納得。地味にみえて小技の聞いた、観客重視、鑑賞後感最高の、まさに万人にすすめられる新感覚ゾンビエンタテイメントである。だまされたと思ってごらんあれ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>シュアリー・サムデイ</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/geki/12504.html</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 01:00:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>前田有一</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月17日公開]]></category>
		<category><![CDATA[激映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シュアリー・サムデイ]]></category>

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		<description><![CDATA[芸能人の戯れ（20点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　芸能人のように人前に出る仕事をしていると、おのずと自我は肥大し、ときにはおかしな行動をとる人が現れる。空気の読めない主張をしてブログが炎上したり、高慢キャラで映画批評サイトを作ってみたり、刺青に彩られた菊の門をご開陳したりと、その行動内容は多岐に渡る。</p>
<span id="more-12504"></span>
<p>　映画好きの有名人が、無謀にも映画作りに挑戦するというのは、その中でもありがちなパターンだ。高揚感漂う撮影現場、クランクアップの感動、魔法のような編集により撮影時の何倍もの魅力を放つ完成品。そうした仕事にかかわっていれば、いつか自分も……と思ってしまっても無理はない。</p>
<p>　若くして成功した映画俳優、小栗旬がそうだったのかは知らないが、映画好きで知られる彼も、「シュアリー・サムデイ」でその困難（初監督）へ挑むこととなった。</p>
<p>　高校時代。自他共にみとめる大馬鹿野郎な5人組は、文化祭中止に抗議してハッタリで作った自作爆弾とともに教室に立てこもった。警察も出動する大騒ぎに発展してしてやったりの巧（小出恵介）たちだったが、何を勘違いしたか本物の爆薬をつめてきた仲間のせいで本当に大爆発。その後の人生を狂わせてしまうのだった。</p>
<p>　この事件がプロローグ。本編はそこから数年。それぞれろくでなしの大人に成長した悪友たちが再会するところから物語は始まる。その後の展開は、ヤクザあり風俗嬢あり、追いかけっこありライブありと、説明するより見てもらったほうがいいと思われる大サービス。それなりにどんでん返しもあったりして、やりたい事があふれている印象を受ける。</p>
<p>　ヤクザが銃をぶっ放しても警官がなかなか来ないファンタジーじみた世界観の中でそううい仕掛けをしても、どうせ大した効果はないのだが、意欲だけは感じられる。</p>
<p>　笑いあり、涙あり、驚きあり。初監督作品を満艦飾で飾ろうとする小栗旬の情熱がひしひしと伝わってきて、批判する事さえ気の毒になってしまう。あらゆる意味で稚拙だが、若い子が夏休みの間がんばって作った不恰好な工作を批判する気にはとてもなれないのと同じである。無理して努力した跡は見受けられるが、思い付きレベルのアイデアを並べただけで、作品の粋まで達してはいない。小栗旬の名を冠してなければ、企画段階で落とされる程度のものだろう。</p>
<p>　それでも、小栗旬の好きなもの、情熱を受け止めてやりたい、支援してやりたいというパトロン的な気分で見る方を私は否定しない。ただし、そういう特別な思いのない方にはすすめないし、かなりキツイ出来といわざるを得ない。</p>]]></content:encoded>
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