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	<title>映画批評なら映画ジャッジ！ &#187; 米映画批評</title>
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	<description>最新映画の批評が満載！批評家による映画批評を参考にされて、良い映画を見て頂く為のサイトです。</description>
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		<title>マチェーテ</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Sep 2010 01:00:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[マチェーテ]]></category>

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		<description><![CDATA[ロバート・ロドリゲス監督による今まさにタイムリーな映画（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2007年にクエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスが監督した、70年代のB級映画を色濃く反映した映画『グラインドハウス』。その中に実際には存在しない映画の予告編がいくつかあったが、中でもとりわけぶっ飛んでいた事で話題をさらったのはロドリゲス氏が監督した予告編『マチェーテ（原題：MACHETE）』。その人気の高さからDVDスルーの映画として制作する企画があったが、なんとロドリゲス氏は長年彼の作品の編集等に携わったイーサン・マニキスと共同監督で、ファンのためと謳い同名の劇場用長編映画にしてしまったのである。</p>
<span id="more-12737"></span>
<p>　ジョーク満載で遊び心溢れるメクスプロイテーション（アメリカに住むメキシコ系移民のためのエクスプロイテーション）映画として制作された本作は、元々『デスペラード』からロドリゲス作品で度々登場し、『スパイキッズ』シリーズでお馴染みの66歳の俳優ダニー・トレホのために1993年に書き下ろされた。見るからに悪人顔で、長髪を振り乱し、中南米で使われている伐採用のなたのマチェーテ（彼の名前も）を武器に格闘するトレホ氏扮する主人公の姿は痛快だ。</p>
<p>　物語の冒頭で、メキシコとアメリカ両国の政治家を取り込む麻薬王トレス（スティーヴン・セガール）に裏切りに遭った後、逃れて来た主人公マチェーテをテキサスに見つける。彼は普段金を稼ぐ為に庭師の仕事を探しているが、ある日ストリートファイトに参加する。その時、いとも簡単に相手を打ち負かすマチェーテの姿を見ていた街のビジネスマンのブース（ジェフ・フェイヒー）は大金と引き換えに、彼に不法滞在しているメキシコからの移民達を国外退去させている悪徳上院議員マクラフリン（ロバート・デ・ニーロ）の暗殺を依頼する。</p>
<p>　ところがその暗殺計画は、不法移民の敵を消し去るどころか、逆に不法移民批判を煽ってしまうよう仕向けられた罠だった。狙撃に遭い負傷するマチェーテは、とある病院で手当を受ける。しかしそこにもブースに送られた追っ手が。病院内で彼らと攻防を繰り広げるマチェーテ。そして追っ手の1人の体を切り裂き、出てきた腸を掴んで窓の外にジャンプ！実はメキシコ政府のために働いていたマチェーテ。プロフェッショナルでかつ型破りな彼は伝説として後世に伝えられてもおかしくない衝撃的な映像を生む。</p>
<p>　マチェーテのサイドキックとして登場するのは『アバター』で強い印象を残したミシェル・ロドリゲス扮するルズ。トラックでタコスを売る彼女は、メキシコ系移民達を手助けしており、マチェーテとも親交を深めていく。また、彼女の天敵として登場するのがジェシカ・アルバ扮する移民局員サルタナ。マチェートと出会い、彼の魅力に負け、この冷血そうなアメリカ人の女性の心境は変化していく。不思議とマチェーテにかかれば女はイチコロなのがまた笑わせてくれる。</p>
<p>　それからブースの娘エイプリルに扮するのはリンジー・ローハン。『チャプター27』以来となる映画出演の彼女は本作で頭空っぽの淫乱お嬢様を熱演。ここのところ下火になっていた彼女なだけに、マチェーテと母親役との3Pシーンやクライマックスで修道女姿にマシンガンを手にするバカバカしい画はこれからの起爆剤となるのだろうか。女性陣の華々しい活躍も本作の大いなる注目点である。</p>
<p>　嘘臭いスマイルがまるでブッシュ大統領を思い起こさせる不法移民を激しく批判する演説を展開するマクラフリンと共に、薄汚い心を持つアメリカ人として登場するのはドン・ジョンソン扮する国境警備員のヴォン・ジョンソン。彼は手下を引き連れ、国境付近を巡回し、国境を越えて入って来るメキシコ人達を誰彼構わず銃で撃ち殺す。</p>
<p>　2010年4月末、米アリゾナ州では新しい移民法が成立した。これは不法移民を摘発するもので、メキシコと繋がっているアリゾナ州では不法移民の州人口に締める割合は全米で最も高く、また不景気の影響等が移民法を作る引金になったという。本作で扱われている題材は、自ずとアリゾナの移民法を思い出させる。そのため、本作はかなりタイムリーな作品となったのだが、もちろんアメリカに対するメッセージも含まれてはいるが、世間を騒がす作品というよりは皮肉的な笑いを散りばめたエンターテイメント性の高い作品と言える。</p>
<p>　本作には「We didn&#8217;t cross the border, they crossed us（わたしたちは国境を越えていない、アメリカが越えて来たのだ）」とサルダナが叫ぶシーンがある。そう、テキサスもアリゾナもかつてはメキシコの一部だった。だからそんな地域でメキシコ人をまるで害虫の様な視線で見つめるというのはちょっと納得し難い話なのだ。</p>
<p>　アメリカではタダの不法移民の1人だったマチェーテ。しかし、彼の持つカリスマ性は徐々に周りに影響を与え、彼は次第に他の不法移民達を導くようになる。そして彼らは権力に立ち向かう。実はこんな日がアメリカに訪れるのもそんなに遠くはないのかもしれない。</p>]]></content:encoded>
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		<title>SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 01:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD]]></category>

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		<description><![CDATA[エドガー・ライトのハリウッド進出第一弾（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　男の子達に人気のゲームや漫画の醍醐味は襲ってくる敵を次々と倒してゆくというもの。ブライアン・リー・オマーリー原作で、『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』のエドガー・ライト監督が映画化した『THE SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』はまさにそんな作品。映画で人気のゲームと同じ様なスタイルを取ってしまったら惰性により飽きてしまうのが通常。しかし、本作はコメディ、アクション、ミュージカル、そしてラブストーリーと、いろんな要素がミックスされて作られた一瞬たりとも飽きさせない傑作なのだ。</p>
<span id="more-12697"></span>
<p>　トロントに住む22歳無職のスコット・ピルグリム（マイケル・セラ）は平凡なロックバンド「セックス・ボブ・オム」のベース・ギタリスト。中国人女子高生ナイヴス（エレン・ウォン）と付き合い、デートでダンスダンス・レボリューションを楽しむ等、幸せに過ごしていたが、ある日ピンク色の髪のアメリカ人ラモーナ（メアリー・エリザベス・ウィンステッド）に出会い恋に落ちてしまった事が彼にとんでもない災いを招いてしまう。ラモーナには実は7人の元カレがおり、同盟を結び次々と襲ってくる元カレ達を、スコットは1人ずつ倒さなければならないのだった。</p>
<p>　『スーパーバッド 童貞ウォーズ』や『JUNO/ジュノ』で、へなちょこ俳優の座を欲しいままにしたマイケル・セラ。『SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』で主人公を演じる彼は本作でもやっぱりへなちょこ。主人公スコットは1年前、エンヴィ（ブリー・ラーソン）というガールフレンドにロックスターになるからという理由でフられた。そんな彼女も今やレコード会社と契約し、彼女率いるバンドのポスターが街中に張り巡らされている。彼の心にぽっかり穴が空いて1年、今度は彼女の出世が彼に追い討ちをかけ、仕事も無い彼はすっかり自分を愛せなくなってしまっているのだ。</p>
<p>　そんな彼が頼りにしているのが2人の登場人物。1人は妹のステイシー（アナ・ケンドリック）。彼女は物語の中で唯一登場するスコットの家族、また口調もしっかりしていて、女関係にだらしない兄にはっきりと物申す。もう1人は親友でゲイのウォレス（キーラン・カルキン）。彼の家に居候し続けるスコットに、温かくも冷静に助言する。彼らとは別にボーカル＆ギターのスティーヴン（マーク・ウェバー）、クールな女性ドラマーのキム（アリソン・ピル）と組んでいるバンド：セックス・ボブ・オムに所属しているという事も、バンド自体は特別ではないものの、スコットにちょっとだけ自信を与えている。</p>
<p>　どこからともなく次から次へと襲って来るラモーナの元カレ軍団。彼らは何故だかそれぞれにスーパーパワーを備えており、スコットは苦戦を強いられてしまう。ジェイソン・シュワルツマン、クリス・エヴァンス、ブランドン・ラウス、斉藤兄弟等が元カレに扮しており、肉弾戦の他にもミュージカル風の攻撃やバンドの音楽攻撃等、毎回違ったスタイルの戦いを見せファイトシーンは観ているだけでも楽める。軍団に1人元カノが混じっているのがまたニクい。</p>
<p>　全編ロックミュージックで彩られる本作。サウンドトラックにはセックス・ボブ・オムの音楽を手掛けたベック（ベック・ハンセン）をはじめ、レディオヘッドのプロデューサーであるナイジェル・ゴッドリッチを音楽監督に、ブロークン・ソーシャル・シーン、メトリック、ザ・ローリング・ストーンズ等が参加し、この青春映画を盛り上げる。また興味深い点では、監督のエドガー・ライト自身が任天堂の宮本茂氏に直々に手紙を書き、「ゼルダの伝説 時のオカリナ」より「大妖精の泉」という曲が使われている事。こういった「ゼルダの伝説」を知らない人には全く通じない、オタク達の鳥肌を立たせる演出はやはりエドガー・ライトならではと言えよう。</p>
<p>　エドガー・ライトと言えば、もちろんゾンビやポリスアクション映画の凝りに凝ったパロディを世に送り出し、映画オタク達を熱狂させた若い映画監督。今回『SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』で彼が焦点を当てるのはゲームで、まず8ビットのユニバーサルのイントロで幕を開け、ギターヒーロー、スーパーマリオブラザーズ等お馴染みのゲームを連想させるシーンが登場する。それに加え、ファイティングシーンで敵を倒すと、「KO!」と呼び声が掛かり、また敵がコインに変わり、時には巨大なモンスターを召還する等あまりマニアックなディテールは使わずに誰にでも容易に理解出来るゲームの映像や効果音を使っている。</p>
<p>　毎回編集の面白さを見せてくれるエドガー・ライト作品。本作は特にゲームっぽさを映画に取り込んでいるため、展開は驚く程スピーディで、それに合わせ編集量も豊富。アイデアや技術が非常に優れた作品で、贅沢な時間を提供してくれる事は間違いない。映画館で1度観るだけは勿体ないくらいだ。</p>
<p>　この映画を一言で表すなら、まさに今まで観た事がない様な映画。未知との遭遇。しかし、その根底には主人公が愛する女の子のために戦うという真摯な姿勢と普遍的なテーマを見る事が出来る。キスしている時に唇が重なっているところからハートがこぼれ出す、といったスイートなシーンもあり、実は女の子を誘うデート映画に最高かも。心に傷を負い、自分に自信のないスコット。青春映画には通過儀礼が欠かせない様にラモーナの元カレ達と戦う過程で、自分自身を見つめ直す彼。 誠実だからこそ彼女との出会いがスコットに大きな心の葛藤を呼び、全く予測の出来ない展開を導く。もう大満足の映画である。</p>]]></content:encoded>
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		<title>THE KIDS ARE ALL RIGHT</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/12672.html</link>
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		<pubDate>Sun, 29 Aug 2010 01:00:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[THE KIDS ARE ALL RIGHT]]></category>

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		<description><![CDATA[レズビアンカップルが精子提供者に出会うとき（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画『しあわせの法則』等で知られるリサ・チョロデンコ監督最新作『THE KIDS ARE ALL RIGHT』では、アネット・ベニングとジュリアン・ムーアの演技派の2大女優が2人の子を持つカップルを演じている。本作を観るまでは、そういった現代ではあまり多くない家庭環境を描くという事が本作をユニークなものにしている様にも見受けられるが、チョロデンコ監督とスチュアート・ブラムバーグ氏が手掛けた脚本は、そこに重点を置かず、あくまでも自然な家庭を描き出す。</p>
<span id="more-12672"></span>
<p>　レズビアンカップルのジュールス（ジュリアン・ムーア）とニック（アネット・ベニング）は同じ精子提供者を使い、子を出産した母親同士。提供者の身元は不明だったが、年下の息子レイザー（ジョシュ・ハッチャーソン）が父親の不在を気にし始め、18歳の年上の娘ジョニ（ミア・ワシコウスカ）が精子バンクに父親の事で問い合わせる。そして姉弟は実の父親ポール（マーク・ラファロ）に出会うのだが、この事が平穏だった家庭に波を立たせる事となるのだった。</p>
<p>　ザ・フーのアルバム「キッズ・アー・オールライト」からタイトルを引用した本作の舞台がカラッとした気候の南カリフォルニアであるせいか、緩めでライトな雰囲気を醸し出す本作。ところが、物語が展開してゆくに連れ、家族は次々に問題に直面し、本作はそれらを深いところまで追求してゆく。血の繋がりのある父の存在を知ってしまっても、家族は今まで通り存続出来るのか。逆に、突然血のつながりのある子供がいると知った父が、彼らと家族になる事は可能か？また、単純に良い夫婦関係や良い家庭を保つ事の難しさ、家族の誤解による衝突等を、実に自然な空気の中でじっくりと見せてゆく。</p>
<p>　男っ気の全くない家に育ち、例え自分に悪影響を与える男友達クレイ（エディ・ハッセル）の本質を見抜けないレイザー。クレイとばかりつるむ息子にゲイではないかと不安を抱くレズビアンの親2人。オーガニック野菜を使ったレストランを経営する父親の突然の出現にときめくジョニ、そして開放的で気楽に人生を楽しむ彼に胸騒ぎを覚える本当は家を出て働きたいジュールズ。血のつながりのある子供と時間を過ごし、父親になるのも悪くないな、と思い始めるポール。そんな彼に家庭での居場所を脅かされるニックと、主な登場人物がそれぞれ丁寧に描写され、彼らの心情が交錯するのが見所だ。</p>
<p>　答えを導き出すのが困難な家庭問題を正直に捉えたチョロデンコとブラムバーグの素晴らしい脚本に応えるかの様に、主演女優2人がキャラクターに息を吹き込み、本作は演技面でも強い印象を残す。アネット・ベニングはブロンドのショートヘアーで、家庭内では父親的な存在感を漂わせる医師のニックに扮し、ちょっとお堅い一家の大黒柱的存在を徹底的に演じきり、ジュールズに扮するジュリアン・ムーアに至っては、チョロデンコ監督が、本作を彼女のために書き下ろしたというだけあって、彼女の存在が物語の中の酸素であるかの様に自然で必要不可欠にさえ映る。</p>
<p>　物語の舞台であるカリフォルニア州では一度同性婚が認められたが、再び禁止となり、現在アメリカでは同性婚を認めるか認めないかが常に議論の的だ。ところが本作『THE KIDS ARE ALL RIGHT』は政治的な側面は特に見せず、それよりも何が正しくて何が悪いとも言えない人生のグレイゾーンを提示し、わたしたちにそれを見つめさせようとする。また本作の様なセンシティブな題材を感傷的に描くのはおそらく簡単だったに違いないが、それをユーモアたっぷりでリサ・チョロデンコ監督は語る。本作の気取らない自然な空気や、登場人物達の不完全さが爽やかな感動を呼び、そして家族というものについて深く考えさせられるという点が本年度のショーレースでの活躍の期待を煽る。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>インセプション</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Aug 2010 03:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年07月23日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[インセプション]]></category>

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		<description><![CDATA[クリストファー・ノーランの新しいコンセプト（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ダークナイト』で『タイタニック』に迫る興行成績を叩きだした映画監督クリストファー・ノーラン。彼の手掛ける『バットマン』シリーズの続編が期待される中、レオナルド・ディカプリオ主演のSFアクション映画『インセプション（原題：INCEPTION）』が先に世に送り出された。『メメント』から始まったノーランの伝説。明晰夢にインスパイアされた本作もまた彼ならではの感覚を刺激する作品。1億6千万ドルという巨額な制作費を投じた本作にわたしたちの常識は覆されるばかりだ。</p>
<span id="more-12587"></span>
<p>　ドミニク・コブ（レオナルド・ディカプリオ）は人が眠っている間に潜在意識に侵入し、人の持つアイデアを盗み出すプロ。サイトー（渡辺謙）に依頼を受け、コブと彼のチームはサイトーのライバル会社を父親から譲り受けようとしているロバート・フィッシャー（キリアン・マーフィー）の夢に潜入し、彼に会社を解体させるというアイデアを植え付ける任務を遂行しようとする。ところが、ロバートの夢の中にいる護衛達、コブの死んだ妻モル（マリオン・コティヤール）からの妨害を受けるチーム。彼らは果たして任務を遂行する事が出来るのだろうか。</p>
<p>　コブのチームには、サイトーの他、長年共に仕事をしてきたアーサー（ジョセフ・ゴードン＝レヴィット）、夢の世界を作りあげる建築家のアリアドネ（エレン・ペイジ）、他人になりすます能力を持つイームス（トム・ハーディ）、チームの夢を安定させる鎮静剤を作る調合師のユセフ（ディリープ・ラオ）を含む6人がおり、それぞれを個性豊かな俳優達が演じている。またキリアン・マーフィやマイケル・ケイン等、ノーラン作品の常連組の姿もあり、キャストだけでも満足させてくれそうな作品だ。</p>
<p>　アルゼンチン人作家のホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説等に影響を受け、約10年もの年月を要しノーランは本作の脚本を書き上げた。それは夢を映像として見せるには多額の制作費が必要、とノーランが判断したためで、彼の今回の映像面へのこだわりは過去最高とも言える。フィルム・ノワール調の雰囲気の中で物語は展開し、折り畳まれる街、ペンローズの階段等、随所に革命的映像が散りばめられている。特に、ジョセフ・ゴードン＝レヴィットの無重力でのフィストファイトは必見だ。</p>
<p>　夢は潜在意識を投影させるが、映画も夢と同じ様に人間の潜在意識を映し出す。これは『スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』という映画で説明されている。そういう意味で、コブの夢の中では欲望や恐怖が色濃く反映されているが、その他の登場人物の夢の中はほとんど全てが整然としており、夢というリミットレスな世界がうまく描かれていない様にも見受けられる。しかし、ノーラン氏は本作を『オーシャンズ11』や『ミニミニ大作戦』の様な犯罪映画として制作しており、登場人物たちにとって夢は彼らのビジネスの場、彼らが得たいものを得られる様、仕事場が働きやすい状態になっているのだ。</p>
<p>　ノーランの作品の多くは観客までもが映画の登場人物同様トリックにかかってしまう傾向にある。本作でも夢から夢へと登場人物たちが移動し、一筋縄ではいかない物語は更に複雑化する。それと同時にわたしたちの思考も試され、よくぞこの映画を巨額な制作費を投じてハリウッドで作ったな、と賞賛したくなる。</p>
<p>　『インセプション』はかなりダークな面も持ち合わせている為、『オーシャンズ11』の様な小粋な犯罪映画とはいかない。しかし、エディット・ピアフの「水に流して」を夢から現実に戻る際の合図にしているなど、『ダークナイト』で、あれだけ凶暴な性格のジョーカーをコミカルに描いただけあり、ユーモアも欠かないところがやはりノーランらしい。映画監督クリストファー・ノーランはわたしたちの感覚を刺激するばかりか、映画界をも刺激する紛れもない逸材だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>トイ・ストーリー3</title>
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		<pubDate>Mon, 05 Jul 2010 05:00:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年07月10日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[トイ・ストーリー3]]></category>

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		<description><![CDATA[あのピクサーの名作アニメが11年振りに帰って来た！（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　本編よりも面白いのではと思わせられた1999年『トイ・ストーリー2』の約5分間のオープニングシーン。スターウォーズを思わせる凝った演出で冒頭からわたしたちは心を鷲掴みにされてしまったが、11年の後に3D映画としてスクリーンに登場する事になったシリーズ最新作『トイ・ストーリー3（原題：TOY STORY 3）』ではちょっとハラハラする西部劇風のオープニングで物語の幕を開ける。ウッディ（トム・ハンクス）、バズ・ライトイヤー（ティム・アレン）、ジェシー（ジョアン・キューザック）、ミスター＆ミセス・ポテトヘッド（ドン・リックルズ＆エステル・ハリス）、ハム（ジョン・ラッツェンバーガー）やレックス（ウォーレス・ショーン）といった主要キャラクターを総登場させるこのオープニングはまさにピクサーの余裕を感じさせる。</p>
<span id="more-12464"></span>
<p>　今回の物語はお馴染みのおもちゃの持ち主であるアンディが高校を卒業し、大学進学を控えているところから始まる。時間の経過に伴い、遊ばれなくなってしまったおもちゃ達は今やずっと箱の中。アンディと再び遊ぶ事を心待ちにしている彼らだが、アンディは進学のために家を離れようとしている。売るもの、屋根裏行き、一緒に持っていくもの、と持ち物の仕分けに追われるアンディはなんと大の仲良しであるウッディだけを大学まで持っていく決断をする。</p>
<p>　前作までの監督ジョン・ラセターはこの3作目では作品のプロデュースに回り、多くのピクサー映画の編集を手掛けたリー・アンクリッチが監督を務めている。また『リトル・ミス・サンシャイン』の脚本を手掛けたマイケル・アーントが本作の脚本を書き上げ、プラスチックのおもちゃ達のウィットに富んだ会話と、次から次へと繰り広げられる予期せぬ展開と小さな子供から大人まで心躍らすストーリーはアカデミー賞オリジナル脚本賞受賞者の才能を改めて知らしめる結果となっている。</p>
<p>　ウッディ以外のおもちゃ達は屋根裏に保管される予定だったが、ひょんな事から彼らはサニーサイドと呼ばれる町の託児所に身を寄せる。託児所は毎年新しい子供が入って来るため、おもちゃにとっては常に遊ばれる機会のある楽園。託児所のおもちゃ達を率いるロッツォ・ハグベア（ネッド・ビーティ）に手厚い歓迎を受け、期待を胸に留まる事を決意するバズを始めとするアンディのおもちゃ達。ところが、サニーサイドはおもちゃの牢獄という事実を耳にしたウッディは仲間を助けに行こうと試みる…。</p>
<p>　アンディの進学以外にも、サニーサイドでの他のおもちゃ達の出現がシリーズ中最も複雑な物語を生んだ本作。中でもアンディの妹モリーの着せ替え人形バービー（ジョディ・ベンソン）とサニーサイドの着せ替え人形ケン（マイケル・キートン）の出会いそして恋模様のやりとりが起爆剤となり、特に彼らのバックグラウンドを知っている人には大ウケという効果を生んでいる。</p>
<p>　3Dに関しても、飛び出す効果を前に押し出す形を取らず、登場するキャラクターがおもちゃ故に全体的に彼らに丸みを帯びさせ、奥行きのある映像に仕上げているのが効果的に視覚に作用している。2Dでも映画を十分に楽しむ事は出来るが、3Dだとよりおもちゃらしさを楽しむ事が出来るという贅沢を提供するピクサー。これもまた彼らの余裕というべきか。</p>
<p>　好きだったおもちゃを手放すという事。それは本作では主に成長を意味する。これは『トイ・ストーリー2』でのジェシーの過去でも触れられていた事。おもちゃは年をとらないが、それで遊ぶ子供達の興味は成長と共に違うものへと変化する。その避けたくても避けられないジレンマと克服を主におもちゃ側から描き出し、また同時に人間そしてプラスチックのおもちゃ達両面からの視点で「失う」という事について深く追求し、前向きでビタースウィートな答えを本作は導きだしている。</p>
<p>　『トイ・ストーリー3』では、シリーズで初めてアンディや彼の母親の人格が分かる様に描かれており、前2作よりも物語に多くの層が出来ている。また、本作はおもちゃ達、アンディ、彼の母、と主な登場人物すべてにとっての成長物語となっているのも見所で、やはりピクサーのストーリーテリングは圧倒的な説得力がある、と実感出来る力作だ。誰でもいずれは経験する、またはしたことのある特別な想いが本作には詰まっている。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ベスト・キッド</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/12361.html</link>
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		<pubDate>Wed, 23 Jun 2010 05:00:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年08月14日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ベスト・キッド]]></category>

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		<description><![CDATA[「ジャケットかける、ジャケットとる」？（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「ワックスかける、ワックスとる」ではなく、「ジャケットかける、ジャケットとる」になった84年のリメイク版『ベスト・キッド（原題：THE KARATE KID）』。物語の舞台も中国・北京に移し、異国の地で12歳のアメリカ人の主人公ドレ・パーカー（ジェイデン・スミス）は“カンフー”に魅せられる。「え、空手じゃないの？」と疑問を抱く人も少なくないだろうが、物語の中で主人公の母親が言う様に、そのあたりの事情は「Whatever（どうでもいい）」なのだ。</p>
<span id="more-12361"></span>
<p>　父を失い心にぽっかり穴が空いてしまったドレは物語の冒頭で母親シェリー（素晴らしいタラジ・P・ヘンソン）の仕事の都合で北京に引越す。新しい環境の中でカルチャー・ショックを感じつつもメイ・イン（ウェンウェン・ハン）という少女にときめくドレ。ところがそれが原因で彼は学校のいじめっ子達に反感を買ってしまう。いきなり恐怖を植え付けられてしまったドレにいじめっ子たちの嫌がらせは止まず、ある日彼が窮地に陥っているが、アパートの管理人ハン（ジャッキー・チェン）がカンフーでいじめっ子達を一掃。強くなりたいドレはハンの指導のもと徐々に才能を開花させてゆく…。</p>
<p>　『ピンクパンサー2』等で知られるハラルド・ズワルトが監督する本作は主人公が高校生だった84年版よりもさらに若年向けに作られているにも関わらず、2時間12分という上映時間。ところが、ほとんどを北京で撮影し、古きと新しきの混在する街の風景を見せつつ、母と子、師匠と弟子、また恋のエピソード、と実にスピーディで簡潔に様々な展開をしてゆくため、例え子供でさえもその上映時間に集中力を欠かないよううまく作られている。</p>
<p>　80年代の『ベスト・キッド』を観て日本のマーシャルアーツに心躍らせた世代が皆観ていたものはやはりジャッキー・チェン主演の香港映画。彼を本作のサイドキックとして登場させるのは非常に面白い試みだが、ジャッキー・チェンという人のキャラクターをうまく役に反映させていないのが気になるところ。その役柄は新鮮ではあるもののシリアス過ぎるのだ。夏のハリウッド映画だからこそ、あのお茶目で愛らしいジャッキーが物語の中にいると、映画としてよりしっくりしたはず。</p>
<p>　そんなジャッキーを完璧に食ったのは主人公扮するジェイデン・スミスという逸材。夫婦でプロデューサーを兼ねるウィル・スミスとジェイダ・ピンケット＝スミスの息子で、ハリウッドの恩恵を受けて育ったサラブレッドの彼の俳優としての才能は計り知れない。彼を主人公に起用したのは本作の誇れる点で、スターのエネルギーが小さな体から溢れ出ているのが見えるはず。父親同様、これから柔軟に器用に映画界での活躍が期待される。</p>
<p>　80年代の『ベスト・キッド』のストーリーラインはそのままに、またいくつかのシーンで過去の作品にオマージュを捧げている2010年版。映画の肝である空手がカンフーになってしまった事で、リメイクというよりは真面目なパロディに近い印象を与えるのは計算か、計算ミスか。サマームービーであるため、そのあたりの事はやはり「Whatever（どうでもいい）」のだろう。</p>
<p>　子を持つ親となった人も少なくない80年代『ベスト・キッド』を観て育った世代。次は彼らの子供達がアジア文化に興味を持つ番。それに選ばれたのはやはり中国。『アリス・イン・ワンダーランド』といい、ハリウッドは子供達に中国に目を向けさせようとしている様だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>サバイバル・オブ・ザ・デッド</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 05:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[2010年06月12日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバル・オブ・ザ・デッド]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のロメロ作品はゾンビ西部劇だ！（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『ザ・クレイジーズ』等ジョージ・A・ロメロ監督作のリメイクがチラホラ見当たる昨今。彼の作品に影響を受けた映画監督は数多くいるが、若い世代にはゾンビ映画の巨匠の生み出した世界観を体現するのは難しく、リメイクものはどれも芳しくない印象。それを余所見に巨匠は70歳の今もなおゾンビ映画にこだわり作品を作り続ける。そして新しく彼のライフワークの仲間入りを果たしたのが『サバイバル・オブ・ザ・デッド（原題：SURVIVAL OF THE DEAD）』。各地で議論を巻き起こした前作『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』のその後を描く。</p>
<span id="more-12189"></span>
<p>　突如死者が生きる人間を襲い始めて4週間、世界は崩壊へとまっしぐら。主人公サージ（アラン・ヴァン・スプラング）は秩序を失った軍を抜け出し、仲間と強盗を重ねながら命をつないでいる。そんな中、出会った1人の少年（デヴォン・ボスティック）はある重要な情報を握っていた。プラム・アイランドと呼ばれる楽園の様な島があり、そこにはゾンビが全くいないという。半信半疑のまま船でその島を目指すサージ一行だが、島に着くやいなやある抗争のとばっちりを受けてしまう。</p>
<p>　ノロノロと歩くゾンビがまるでトレードマークの様に登場するものの、毎回違うテーマを提供するジョージ・A・ロメロ。『ランド・オブ・ザ・デッド』では覇権主義により生まれた大きな貧困の差を描き、『ダイアリー・オブ・デッド』では主観撮影（POV）を用い混乱のまっただ中に観客を放り込んだ。そして今回彼が彼が新たに放つのは、なんとゾンビ西部劇。楽園であるはずのプラム・アイランドに足を踏み入れた主人公達がそこに暮らす2つの一家の抗争に巻き込まれる様を描く。</p>
<p>　マルドゥーン（リチャード・フィッツパトリック）率いるグループはゾンビを飼いならし、人肉ではなくそれに代わる新しい食料で彼らを養おうとする連中。方やオフリン（ケネス・ウェルシュ）率いるグループはゾンビを皆殺しにしようとする。小さな島の中で異なる2つのアイデアが対立し合う様は今も昔も変わらないわたしたち人間の姿。ごく最近ではアメリカはアリゾナ州で移民を圧迫する法律が制定された事により反対派が猛反発している様に、ロメロは常に現代社会を寓話的に描きだそうとする。ロメロ映画は目に映るものよりも物語の奥に隠された要素を知る事が最も大切なのだ。</p>
<p>　またロメロの作品に欠かせないのは全編に散りばめられたユーモア。ホラー映画であるにも関わらずどこかコミカルで、怖いというよりは可笑しいという印象の方が強い。それはロメロ自身のチャーミングな性格が影響しているのだろう。新作『サバイバル・オブ・ザ・デッド』でもそのユーモアのセンスは存分に発揮されており、リメイクを手掛けた若手映画監督との「違い」を改めて伺い知る事が出来る。</p>]]></content:encoded>
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		<title>アイアンマン2</title>
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		<pubDate>Fri, 28 May 2010 08:21:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年06月11日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アイアンマン2]]></category>

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		<description><![CDATA[豪華だが物語に物足りなさを感じてしまう第二作目（50点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2008年の第一作目と同じくアメリカのサマームービーの先陣を切って封切られたアメリカン・コミック原作の『アイアンマン2（原題：IRON MAN 2）』。主人公トニー・スタークは細々と俳優活動を行っていたロバート・ダウニー・Jr.をスターとして復活させ、その後の彼の俳優としての人生を大きく変えた。ダウニー・Jr.の演技というよりは彼の人柄が皮肉的でチャーミングな完璧な主人公像を作り上げ、人々は新しい物語でのあのトニー・スタークを待ち焦がれた。</p>
<span id="more-12101"></span>
<p>　前作でトニー・スターク（ロバート・ダウニー・Jr.）は自らをアイアンマンであると公表し、勝手に紛争鎮圧をし始めた。本作では会社そっちのけでその事ばかりに気を取られる彼にペッパー（グウィネス・パルトロー）は不信感を抱き、彼のヒーロー的行為に政府は異議を申し立て、パワード・スーツを没収しようとし、一方でロシア人のウィップラッシュ（ミッキー・ローク）がトニーの前に立ちはだかる。ライバル武器製造会社社長のジャスティン・ハマー（サム・ロックウェル）も台頭し、山ほどの試練を与えられるトニーだが、そんな中、胸に埋め込んでいるリアクターが出す毒素に苦しみ始める…。</p>
<p>　前作では監督を俳優のジョン・ファヴローが手掛けたが、本作では監督を再びファヴローが、脚本を『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』等で知られるこちらもまた俳優のジャスティン・セローが手掛け、今回は成功している2人の俳優がタッグを組んだ。ベン・スティラーと共同執筆した『トロピック・サンダー』で脚本家デビューしたセローは、今回トニー・スタークと早くに逝ってしまった父、ウィップラッシュと報われなかった父、という「父と息子」というテーマを軸に、『アイアンマン2』を前作よりも遥かにスケールの大きいアクションを盛り込んだ物語に仕上げている。</p>
<p>　アイアンマンのパワード・スーツは今回もまた物語の中で変化を遂げ、今回は前回までのマーク3を軽量化したマーク4から登場する。改良は重ねるものの胸のリアクターから出る毒素がトニーを悩まし続け、その問題が父と息子というテーマの物語と徐々に重なってゆく展開が非常に賢い。リアクターは言うなればトニーの心。彼の心に変化が起きるとき、物語も急展開を迎える。</p>
<p>　第一作目の成功により、敵役のミッキー・ロークをはじめ、スカーレット・ヨハンソン、ドン・チードル、そしてサミュエル・L・ジャクソンと素晴らしい俳優達を動員した本作。それに加え、最新技術を駆使した迫力の映像が我々の心を躍らせるが、残念な事に映画の雰囲気は前作と全く同じ。ダークだった『X-メン』がアクションの要素を大幅に増やし『X-MEN2』となり、ファンタジー色が強かった『バットマン・ビギンズ』が極上のクライムドラマへと変貌を遂げた『ダークナイト』の様に、第二作目は第一作目を開花させる役割を果たす。『アイアンマン』の世界観を冒険させたリスキーな作品であったら技術以外の進化を提供する事が出来たはずだが。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ロビン・フッド</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/12014.html</link>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 02:58:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ロビン・フッド]]></category>

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		<description><![CDATA[ラッセル・クロウとリドリー・スコットがロビン・フッドの起源を描く超大作映画（45点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アカデミー賞俳優ラッセル・クロウが英国伝説のアウトロー集団の首領に扮するアメリカの今年の夏の超大作映画『ロビン・フッド（原題：ROBIN HOOD）』。ここ数年毎作クロウとタッグ組む映画監督リドリー・スコットがメガホンを取る本作は、彼が初めてクロウを主演に起用しアカデミー作品賞や主演男優賞受賞に導いた『グラディエーター』を彷彿とさせるアクション満載の作品。物語の中で血湧き肉躍る戦いが繰り広げられ、吠えるロビン・フッドに注目だ。</p>
<span id="more-12014"></span>
<p>　ロビン・フッドというと、タイツを履いた好青年というイメージを持つ人も少なくない。また、ロビン・フッドに関する映画で大作ものでは1991年のケヴィン・コスナー主演作まで遡り、その当時のロビン・フッドはさすがにタイツ姿ではなかったが、端正な顔立ちをしたきれい目の人物という印象を与える。しかし、ラッセル・クロウ演じるロビン・フッドは無精髭を蓄え、体は肉厚という戦士を思わせる風貌だ。弓矢の名手というよりは剣か槍などを持っている方が様になる。</p>
<p>　物語の舞台は13世紀イギリス。第三回十字軍遠征からイギリスへ帰還中、軍の射手であったロビン・ロングストライド（ラッセル・クロウ）は金銀財宝目的でフランスの城等を襲っていたが、リチャード王（ダニー・ヒューストン）が死去した事により、ロックスリー卿は王冠をロンドンに持ち帰ろうとするが、その道中で彼は殺害されてしまう。それを目撃したロビンは、悪徳代官（マシュー・マクファディン）によって人々が虐げられている、ロックスリー卿の故郷ノッティンガムへ騎士に扮し訪れ、彼の妻マリオン（ケイト・ブランシェット）そして父ロックスリー領主（マックス・フォン・シドー）に出会う。</p>
<p>　本作では歴史的事実、アクション、そしてロマンスを交え、皆が知っているロビン・フッドの物語ではなく、ある1人の射手がどの様にしてシャーウッドのアウトロー率いるあのロビン・フッドになったのかを描いてゆく。よって物語が佳境に入るまではロビン・ロングストライドをロビン・フッドと同一視する事は極めて難しく、それが良い意味でも悪い意味でも物語に作用している。また、本作はコミカルな要素も多少あるものの、正直夏の超大作映画としてのド派手な娯楽作品というよりは、ロビンを取り巻く人々の人生が目まぐるしく変化してゆくドラマ性に重点を置いている。彼らの新しい人生は本作のエンディングから始まり、わたしたちはその目撃者となる。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>HOT TUB TIME MACHINE</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/11973.html</link>
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		<pubDate>Mon, 10 May 2010 09:01:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[HOT TUB TIME MACHINE]]></category>

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		<description><![CDATA[世の中にファックユーと言いたい大人の男達の為の応援歌（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　40代の迷える3人の男達を主人公としたスティーヴ・ピンク長編初監督映画『HOT TUB TIME MACHINE』。まだマイケル・ジャクソンの顔の色が黒かった時、彼らは人生最高の日々を送っていたが、その時想い描いた未来予想図とはまるで違う現実に打ちのめされ現在人生座礁中。モトリー・クルーの「ホーム・スイート・ホーム」を始めとする、全編80年代のヒットソングで飾られる本作はとことん馬鹿で楽しく、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』を彷彿とさせる、男たちが日常を忘れハメを外そうとするコメディ。しかし、本作がタダのお馬鹿映画ではないのは、悲しい悲しい要素が底辺に広がっているから。</p>
<span id="more-11973"></span>
<p>　アダム（ジョン・キューザック）は彼女に捨てられ、ニック（クレイグ・ロビンソン）は妻への信用を失い、仕事にも不満を抱え、ルー（ロブ・コードリー）は良い年して遊んでばかり。長い事顔を合わせていなかったが、それぞれ人生の危機を迎えた親友3人は、ルーの起こした事故を機に再会し、アダムの甥でゲームオタクの20歳のジェイコブ（クラーク・デューク）を連れて4人でスキーリゾートへ向かう。そこは彼らにとって忘れられない思い出の詰まった特別な場所。早速以前滞在したホテルのジャクジー風呂で馬鹿騒ぎする男達だが、次の日彼らは周りの異変に気付く。なんと彼らは1986年にタイムスリップしてしまったのだ。</p>
<p>　お風呂がタイムマシーンになってしまうという発想はかなり滑稽だが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で車がタイムマシーンになるのも言ってしまえば似た様なアイデア。そんな80年代ならではの悪趣味で可愛らしいスタイルがタイトルからも読み取る事が出来る。また本編には、テレビに映るレーガン大統領、『ベスト・キッド』に影響された男子、レッグウォーマー、カセットプレーヤー等典型的な懐かしの光景が登場し、タイムスリップというよりは登場人物達が奇妙な80年代のテーマパークに迷い込んでしまったかのよう。</p>
<p>　タイムスリップものの映画でよく思い出されるのが、時間を超えた先で本人に会ってしまうという経験。ところが本作ではタイムスリップする当事者の時間が巻き戻り、肉体だけがその当時と同じ状態になってしまう。そこで面白いのがタイムスリップした本人同士は時間が戻る前の状態に見えるという点。もちろん、彼ら目線で語られるこの映画の観客にも彼らは40代の男達として映る。</p>
<p>　精神は40代のままで昔に戻ってしまうアダム、ニックそしてルーの男3 人組。「バタフライエフェクト」を意識し、元いた世界に異変を起こさないよう、過去にやった事と同じ事を繰り返そうとする彼ら。しかし、彼らに降り掛かった状況は実は誰もが一度は願い事が叶った事。 これは人生をやり直すチャンス。正直なところ、現在の世界では共に人生の袋小路に陥っている彼らだけに実は元の世界に戻る必要はないという事実がこの物語の悲しい所以。</p>
<p>　ある者にとっては80年代は最高の時で、ある者にはそれは戻りたくない場所。人生やり直す事は出来ないはずだが、もう一度その思い出の詰まった時に戻り、男達のそれぞれの想いが交錯するのが本作の見所の1つ。また、リアリティに欠ける点が目立つため、物語自体の説得力はやはり『ハングオーバー』に比べると弱いが、やるせない気持ちを抱える登場人物達が、タイムスリップを通してそれぞれに答えを見つける様は、内容が後ろ向きながらもどこかポジティブなものを感じさせる。80年代にブレイクしたジョン・キューザックが主人公に扮し、プロデューサーも兼ねているのも非常に意味深だ。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>GREENBERG</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/11869.html</link>
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		<pubDate>Wed, 21 Apr 2010 01:08:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[GREENBERG]]></category>

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		<description><![CDATA[シリアスかつコミカル、本作でも映画監督ノア・バームバックの才能が光る（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『イカとクジラ』や『マーゴット・ウェディング』で知られる映画監督ノア・バームバックの新作『GREENBERG』の主人公は無職の40歳、ロジャー・グリーンバーグ（ベン・スティラー）。ニューヨークの生活の中で精神的に疲れ果て病院に入院していた彼は、15年の後に出身地ロサンゼルスに戻り、とりあえずは職は探さず、しばらく休暇で家族とベトナムに行く弟フィリップ（クリス・メッシーナ）の豪邸の留守番役を受け持つ事にする。家の玄関のドアを修理したり、マメに苦情の手紙を書いたり、犬の世話をしたりしながら、旧友アイヴァン（リス・エヴァンス）やフィリップのパーソナル・アシスタントであるフローレンス（グレタ・ガーウィグ）らに会い、一度は去った土地に再び繋がりが芽生える。</p>
<span id="more-11869"></span>
<p>　以前はニューヨークでミュージシャンとして活躍していただけに、かなりナルシスト気味のロジャー。旧友の集うパーティでは「現在求職中」と言う代わりに、「今は何もしない事にしているんだ」と言う。そんな彼に「その年で勇敢ね」と、昔の恋人ベス（ジェニファー・ジェイソン・リー）は返答しにくいロジャーの発言にそう言葉を返す。地元に留まり、結婚し子供を持ち、すっかり落ち着いてしまったベスとアイヴァン。大抵の人は彼らの様に年相応に振る舞おうとするだろうが、ロジャーはそんな流れにはどうしても逆らいたい。</p>
<p>　フローレンスは最近恋人と別れたばかりで心に傷を負った25歳。街のギャラリーで友人と遊んだり、バーでパフォーマンスをしたりしながら人や物事に流される日々を送る中、彼女はふと出会った雇い主の兄で、普通の大人とは違い、どことなく傷つきやすそうなロジャーに好意を抱き始める。ロジャーもまた彼自身が頑固で繊細ゆえに、外見は特に彼のタイプではないが、彼をジャッジせずあるがままを受け入れてくれるフローレンスに心地良さを感じる。なんとなく互いが彼らにとっての居場所の様に見える2人。</p>
<p>　現代に生きる人々に見られ、特に大都会で生きる人が抱える傾向にあるアイデンティティ・クライシス。フローレンスは多くの若者が漠然と生きている様に根無し草状態でふわふわ漂い、ロジャーはそれとは少し違い、青年期への執着から、周りに取り残されてしまっている印象を与える。何かを求めて現代を彷徨う孤独なロジャーとフローレンスは、共に繋がりを持つ事で、彼らを置き去りにしている世界と結び付こうとする。</p>
<p>　年齢を重ねるごとに積もりゆく不安。それに押しつぶされそうになっている人々を監督・脚本のノア・バームバックは、『GREENBERG』の中で優しく描き出す。また、ダークな素材を取り入れながらも『彼女と僕のいた場所』から始まったバームバックの作品同様、彼独特のユーモアが本作全体に満ち溢れている。それから本作では、LCDサウンドシステムのジェームズ・マーフィが主にサウンドトラックを手掛けているのだが、彼の紡ぎ出す音楽が登場人物の心情と重なり合い、人物描写に長けた監督ならではの才能も伺い知る事が出来る。</p>
<p>　近年ハリウッド大作コメディ映画への出演が著しく目立つベン・スティラー。ところが今回のインディペンデント系映画でのこのロジャーは意外にもハマり役。演技面で評価される事の少ないスティラーのコミカルかつシリアスな演技は、役者としての大きな飛躍であり新鮮にすら映る。</p>
<p>　またアメリカではマンブルコア映画の女王として知られる共演のグレタ・ガーウィグ扮するフローレンスが本作では非常に魅力的で、物語が進むにつれて彼女の存在がまるでもう1人の主人公の様に大きくなってゆく。今まではかなり小規模な作品への出演が多かったガーウィグだが、演技らしい演技ではなく、自然体でモゴモゴ喋る彼女のスタイルが本作ではより多くの観客に認知される事となるはず。</p>
<p>　ロジャーはロサンゼルスの街を走る車から、何気ない日常の風景の中に空中で踊る空気人形を見つける。頭の中を空っぽにして伸び伸びと生きたい、それを見つめるロジャーの眼差しはそう語る。考えれば考える程膨らんでしまう頭の中のモヤモヤ。そのモヤモヤを抱える主人公ロジャーとフローレンスの2人。キャラクター設定は非常に細かいものの、ケース・スタディ風の物語のため、本作はまるで本物の人生の様に展開が全く読む事が出来ない。バームバックが彼らを愛情を持って描いた様に、わたしたちは彼らがどう人生のページをめくっていくのか温かく見守もろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>アリス・イン・ワンダーランド</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Mar 2010 00:40:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アリス・イン・ワンダーランド]]></category>

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		<description><![CDATA[ティム・バートンが生み出した新しいアリスの冒険物語（30点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ルイス・キャロル著のあまりにも有名な小説『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』（1951年には2つの物語を絡めたディズニーが映画『ふしぎの国のアリス』が公開）の続編にあたるディズニー映画『アリス・イン・ワンダーランド（原題：ALICE IN WONDERLAND）』は前2作のアイデアを継承し、鬼才ティム・バートン監督と、多くのディズニーアニメ映画の脚本を手掛けたリンダ・ウールヴァートンによって作られた新しいアリスの物語。今回のアリスは多感な19歳で、物語は彼女の不思議な冒険ではなく、彼女の内面により焦点が当てられる。よって本作はアリスが彼女自身が何なのかを探る成長物語となっているのが大きな特徴だ。</p>
<span id="more-11639"></span>
<p>　憂鬱な表情を浮かべ、母親と馬車である場所に向かうアリス（ミア・ワシコウスカ）。その日は、彼女の婚約パーティが開かれる予定だった。しかし、会場で白うさぎを見つけ追いかけているうちに、うさぎの穴に落ちてしまうアリス。落ちた先はワンダーランドと呼ばれる頭の大きな恐ろしい赤の女王（ヘレナ・ボナム＝カーター）が支配する世界。そこには国の年代記に記されている救世主アリスの出現を待ち望む者達がおり、赤の女王の妹である白の女王（アン・ハサウェイ）はアリスの助けを借り再び女王の座を手に入れる事を望み、帽子屋のマッドハッター（ジョニー・デップ）は赤の女王に復讐の炎を燃やしていた。本当にこのアリスは彼らが望んでいたアリスなのか！？いきなりワンダーランドにやって来た女の子は運命に巻き込まれてゆく。</p>
<p>　本作はハリウッドの超大作映画が次々と3D化されている波に乗り、「流行」を取り入れた旬の作品。しかし、やはりジェームズ・キャメロンの『アバター』を観た後では、本作の様なただ単に3Dを取り入れただけの作品は退屈にすら映ってしまう。ティム・バートンの世界観が3Dには相応しいだけに、それは非常に残念な所だ。また、本作のキャラクターたちがあまり魅力的に作り上げられていないのも不思議で、ジョニー・デップもメイクをたくさん施しているわりには特別な印象を与えず、アン・ハサウェイに関しては、ゴス系のメイクが全く似合っておらず違和感だけが漂う。ただ、赤の女王に扮するヘレナ・ボナム＝カーターだけはその他のキャラクターを圧倒する存在感を放っている。</p>
<p>　19歳の時は、将来何か自分にとって意味のある事をしたいと望むが、大抵それが何なのか分からず悶々とする日々を送るもの。ディズニーは今回、アリスにワンダーランドでの体験を通して彼女に情熱を見出させようとするが、全ての事象が簡単に片付けられ、「成長物語」の説得力に欠ける。また、本の中で芋虫が煙草を吸ったり、「わたしを飲んで」と書いてあるクスリがあったり、おかしなティーパーティがあったりと、奇妙な世界が既に出来上がっているため、バートン氏独特のセンスが際立たず、新しい物語であるにも関わらず創造性を宿さない。その時点ではまだ「普通のアドベンチャー映画」という感想に留まるが、最後のディズニーからのメッセージ（オチ）には吐き気すら感じた。これを観る時間があるなら、今地球で起きている問題に自分なりに取り組んだり、子供と一緒に食事をしながら会話を楽しむとかした方が有意義な時間を過ごせるはず。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>A PROPHET</title>
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		<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 23:30:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[A PROPHET]]></category>

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		<description><![CDATA[数々の映画祭で大絶賛を浴びた感動の名作（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『リード・マイ・リップス』『真夜中のピアニスト』のジャック・オーディアール監督最新作『A PROPHET （原題：UN PROPHETE）』の主人公マリック（タハール・ラヒム）は6年の刑を受けた19歳のアラブ系の青年。外の世界でも塀の中でも独ぼっちの彼だが、刑務所内を操るセザール・ルチアーニ（ニエル・アレストリュプ）率いるコルシカ系マフィアグループに、入所早々殺しを強要される。そして鏡の前で1人、殺しの練習をするマリック。通常刑務所が舞台の映画やマフィアものとなると主人公はタフガイな場合が多い。ところが本作の主人公マリクは黒いピュアな眼差を持つストリート育ちの普通の青年。これは彼が刑務所にいる間に成長し、マフィアの新しいタイプのリーダーとなる物語だ。</p>
<p>　塀の外でも中でも結局権力抗争はあり、刑務所の中では昔から存在するコルシカ人マフィアグループと、彼らに比べれば新しいイスラム教徒のアラブ人マフィアが火花を散らしている。そんな中では一匹狼を貫こうとするマリックは隙だらけの存在。すぐに足を掬われてしまう。殺しの経験のない彼がルチアーニの依頼を渋々引き受けたのは生きるか死ぬかの選択を彼に迫られたため。断る事は出来ない。しかし、殺しが成功すれば、ルチアーニに守られる保障が付くという。無防備なマリックは、誰かの保護が無ければ遅かれ早かれ殺されてしまうだろう。</p>
<p>　フランスには現在多くの移民がいるが、中でも特にアラブ系が多く、その多くはフランスの植民地であったアルジェリアやモロッコやチュニジアから来ている。マリックもアルジェリア移民の子で、コルシカ人らが「アラブ人め！」等と差別的ニュアンスを含む言葉を吐く様に、フランスでは肩身の狭い思いをして来た事が伺える。2005年10月にフランスで移民達による暴動事件が起きた。これは本作の背景を知る上で不可欠であろう。なぜなら、マイノリティの立場である移民達が力を持ち始めたという証拠であるからだ。オーディアール監督は本作に政治的な要素は特に含めていないというが、アラブ系移民の立場や、今後のフランスが辿る道筋が本作に反映されているように見受けられる。</p>
<p>　殺しも、運び屋業も、服役中に学んでゆくマリック。殺人というものがどういう事なのかも身をもって体験するシーンは生々しく、観る側には少々凝視困難だ。殺そうと意を決するものの、初めての殺人はもちろん思った通りに行かず、狭い部屋で揉み合いになる肉体と肉体。マリックはとにかく必死でその場を乗り切ろうとするが、事がきれいにはいかないどころか滅茶苦茶。そんな混乱した様子をカメラは映し出し、殺しはやはり恐ろしい犯罪として、そのシーンが私たちの脳裏に焼き付いてしまう。</p>
<p>　マリックは犯罪と学業の両面で教養がなく、読み書きが出来なかった彼は刑務所の中で勉強を始める。マリックは教師に「読み書きを覚えたいか？」と問われ、とりあえず頷いてはみるものの複雑な表情をする。読み書きが出来るという事がどんな事か分からない彼の素直な表情を、新星タハール・ラヒムが見事に表してみせる。教科書をめくり一語一語言葉を覚えてゆく様に、徐々に知恵を身に付け、また犯罪の経験を重ね、マリックはルチアーニから信用を得てゆく。そしてマリックの信頼が厚くなる毎に、刑務所内での勢力の変動も生じる。</p>
<p>　「予言者」の意味を持つタイトルは、マリクがイスラム信者で神のお告げを聞く事が出来る等、宗教的見地からではなく、彼がマフィアの異種である事を指す。また監督のオーディアールは本作同様、主人公が徐々にマフィアのボスの力を超えてゆく『スカーフェイス』のトニー・モンタナの様なクレイジーな人物としてではなく、感情移入しやすいリアルな人物としてマリックを描きたかったという。彼は刑務所の中でも夢や悪夢を見たり、ミッション中にも関わらず初めて乗る飛行機に感動したり、銃を懐に抱え、人を殺そうという時でも靴屋のウインドウに飾られている美しい靴に目を奪われる。そんな人間的な心が本作の主人公には宿っており、また彼がある時ビーチに行った際には、感慨深げに水に足を浸す。彼は海の水の心地良さを心で感じる事が出来るのだ。</p>
<p>　オーディアール監督の見せる世界は、殺伐としているが、どこか神秘的で、素直で嘘がない。酷い事が起きても、そこには不思議と人間性がある。わたしたちの住む世界の何気ないものが崇高で美しく映される瞬間、純粋な青年を通して、監督自身の純粋な心の眼の映す世界を目撃した気がした。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ビルマVJ 消された革命</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Mar 2010 01:35:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ビルマVJ 消された革命]]></category>

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		<description><![CDATA[報道規制と闘い続けるVJ達が伝えたい真実。アカデミー賞最有力作品。（90点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2007年にミャンマー（旧名称：ビルマ）で大規模な反政府デモが起こった。今年のアカデミー賞ドキュメンタリー映画賞候補5作品に名を連ねる『ビルマVJ 消された革命（原題：BURMA VJ: REPORTING FROM A CLOSED COUNTRY）』はそのデモを記録したデンマーク人・アンダース・オステルガルド監督作品。本作は、多くの国民が団結し政府に抗議の意思を表したにも関わらず、酷い弾圧を受けた大事件を、厳しい報道規制の下、世界に伝え忘れさせまいと勇敢にもビデオを回す手を止めなかったビデオジャーナリスト（VJ）達の願いと血と涙の結晶だ。</p>
<span id="more-11571"></span>
<p>　ミャンマーではさかのぼること1988年、独自の鎖国的社会主義体制を民主化させようとする動きの中、8月8日にまず学生を中心とした大規模なデモが起こる。この民主化運動はその後、学生以外にも様々な職種の人々が集い、さらに規模が拡大していくが、その事実を受け軍部はSLORC（国家法秩序回復評議会）という軍事独裁政権を誕生させた。そしてこのクーデター以降、軍は武力行使に踏み切り、運動に関わった民衆は弾圧され数千人の命が奪われた。そこに登場するのがあのアウンサンスーチー。彼女はNLD（国民民主連盟）の結党に関わり、全国で演説を行った。そして民主化の波が全国を覆い尽くそうとしたその時、軍部は国民の力を恐れ彼女を自宅軟禁する。</p>
<p>　ミャンマーの独裁軍事政権はその後も終わる事なく、国内は不安と恐怖で溢れ、現在も人々は苦しみに喘いでいる。そんな民衆を救う義務感に駆られ、ミャンマーのビデオジャーナリスト達は国の真実の姿を世界中の人々に伝えようと試みるが、路上で抗議活動を行う活動家達同様、治安部隊や暴力組織に弾圧を受ける日々を送っている。</p>
<p>　ミャンマーは恐怖に支配された国だ。非道な軍部を恐れ多くの国民は行動を起こす事を拒む。例えば、ビデオジャーナリストにインタビューされても人々は何も答えない。なぜなら、それに答えた事で逮捕されてしまう可能性があるからだ。『ビルマVJ』でナレーターを務めるジョシュアは、それ程過酷な状況にある国をレポートするビデオジャーナリストの1人。彼を中心に本作は展開してゆくが、彼は治安部隊に目を付けられてしまい、渋々タイへと脱出する。そして彼はタイにいる間に、電話やインターネットを通じて仲間とやりとりしながら、新たにミャンマーで起こった大規模な反政府デモの一部始終を知る事となる。</p>
<p>　2007 年の大規模な反政府デモの事の発端は政府による燃料価格の引き上げ。実に2年間に9倍も価格が上がり、人々の悲鳴を聞いた僧侶達までもが抗議を始めた。道路を朱色の僧衣が埋め尽くす。普段は政治的な事へは関与しない僧侶たち。しかし、この時ばかりは人々のために立ち上がった。あまりの出来事に民衆は感動し、彼らの後に続く。道に拍手は止まない。ビデオジャーナリスト達も僧侶に守られ、行進しながら堂々と撮影を続ける。奇跡的光景が繰り広げられ、国に希望の光が射す。軍部が強硬手段に出るまでは…。</p>
<p>　この反政府デモにおいて、学生や僧侶にも多くの逮捕者が出てしまい、街からは僧侶の姿が消えた。また、デモを取材に来ていた日本人ビデオジャーナリストの長井健司氏も治安部隊による銃弾に倒れた。それらを捉えた痛ましい映像を見せつけらると、軍に操られている兵士達の事を考えずにはいられない。彼らも心を持った人間で、恐怖に駆られるであろうし、民衆に暴行を加えたいとは思わないはず。それでも事態が一向に改善されないのには、兵士達がヤク漬けにされている事以外にも驚くべき理由がある。</p>
<p>　現在ミャンマーの軍部には約8万人の少年兵がいる。この数は世界中の少年兵を持つ国の中でも最も多く、そんな少年兵の中には学校への登校中に軍に拉致され、無理矢理入隊させられた者も少なくない。もちろん彼らの親達は我が子をサポートするため、結果的に軍もその親達によってサポートされる。その代わりに、軍隊に入った者達がその中で高い地位を得ると、軍は彼らやその家族を経済的にサポートし、良い教育も与える。海外留学も可能なのだという。よって1度軍に入隊すると、兵士達は待遇の良さに満足し、それを失いたいと思わない。また例え、軍を除隊したくとも、その際には10人代わりを紹介しなくてはならない等、まるで誘拐の様な仕組みになっているのだ。</p>
<p>　独裁軍事政権、貧困、2008年に約13.4万人の死者を出したサイクロンによる被害への対応やHIV問題等、現在ミャンマーの抱える問題は数知れず。しかし、過酷な状況の中で生きる人々の苦しみは厳しい報道規制の下には無いも同然。忘れ去られる彼らの心の叫びや、消されてしまう事実を伝えるためにビデオジャーナリスト達は今も命がけの活動を続けている。異なる時間や場所で撮られた彼らのバラバラの映像を高度な技術で編集し、まとめた本作は今までに世界中で数々の賞を受賞し、昨年からアメリカでは特別上映を重ね、今年ついにアカデミー賞ノミネートという快挙を成し遂げた。それを受け、俄然注目度も高まった本作。ビデオカメラの手振れした映像を通し、これからさらに多くの人が閉ざされた国の実態の目撃者となるだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>渇き</title>
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		<pubDate>Thu, 25 Feb 2010 00:58:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[渇き]]></category>

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		<description><![CDATA[鬼才パク・チャヌク監督によるリアルなセックス描写が魅力の異色ヴァンパイア映画（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ヴァンパアが血を欲しがる衝動は常に性的な臭いを持つ。記憶に新しい映画『トワイライト』シリーズでも主人公の少女がヴァンパイアに噛まれる事をセックスに例えて演出している。その傾向は第62回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した異質な韓国産ヴァンパイア映画『渇き（英題：THIRST）』にも見られるが、本作ではフランスの自然主義文学家エミール・ゾラの小説「テレーズ・ラカン」の展開に沿って、その血と欲望の切り離せない関係を斬新な切り口で描いてゆく。</p>
<span id="more-11503"></span>
<p>　メガホンを取るのは『オールドボーイ』を含む復讐3部作で海外からも注目を集めたパク・チャヌク。今回も彼の抜群のセンスが作品全体を支配し、例えセックスと暴力の描写が多くとも、その奥にユーモアが感じられるものとなっている。まずソン・ガンホ扮する主人公の敬虔な神父サンヒョンがヴァンパイアになってしまうという意表を突く設定から、物語がパク氏ならではの一筋縄ではいかない展開になる事が読めるだろう。</p>
<p>　物語の冒頭、病院で死にゆく人々を看取るボランティアを続ける事に救いを感じる事ができず、サンヒョンは人助けをしたい一身で謎の伝染病のワクチン開発のための自殺同然の人体実験に志願する。アフリカの大地にポツンと佇む研究所。そこは最新の技術が完備された施設ではなく、他から完全に隔離され、徹底的に簡素化がなされた場所。気の遠くなるくらいの青空の下、可哀想な1人の神父は発病し息絶えるが、輸血により再び息を吹き返す、肉体に大きな変化を伴って…。彼はなんと人間の血を欲する体質になってしまったのだ。</p>
<p>　蘇った神父の噂は瞬く間に広がり、サンヒョンに奇跡の癒しの力があると信じる者たちが出現する。そんな中、彼はひょんな事がきっかけで幼馴染みガンウ（シン・ハギュン）と再会し、彼の妻テジュ（キム・オクビン）と運命的な出会いを果たす。テジュはガンウの母・ラ夫人（キム・ヘスク）の養女として育てられたが、後に義兄であるガンウと結婚した。家では奴隷の様に扱われ、鬱屈した毎日を送るテジュの前にサンヒョンが現れた事から彼女の人生はドラマチックにうねり始める。</p>
<p>　抑制せざるを得ない環境にいるサンヒョンとテジュは同じ人種の臭いを察知してか、互いに引かれ合う。神に身を捧げる者として童貞であるサンヒョンだが、抵抗し難い魅力を放つテジュの前には自制を働かせる事が出来ず、2人は愛欲に溺れてゆく。それだけでは飽き足りない彼女はサンヒョンにガンウ殺害を促す…。はじめテジュの心は空っぽで、目もぼんやりとしており、何か掴み所のない印象を与える。しかし、彼女がサンヒョンの影響で徐々に自分の殻を破り、恥じらいを捨て、人生を謳歌していく様は際限を知らない怪物を蘇らせてしまったかの様だ。</p>
<p>　サンヒョンとテジュの関係を語る中で欠かせないのは、濡れ場。しかし、本作におけるそれは、ヴァンパイアと人間のファンタジーセックスの美しさや官能さを見せるのではなく、叙情的な物語の中で、抑圧されて生きてきた2人の人間の体をもっての自我の解放。狂おしい程の愛しさ、優しさ、怒り、悲しみ、この2人が体を重ね合う事で互いの感情が爆発する。また、彼らの営みはリアルで、体を介して心で愛し合う事の素晴らしさを描き出す。このようなセックス描写はハリウッドでは不可能に近い。なぜなら人々はセックスばかりして戦争に行きたがらなくなるに違いないからだ。</p>
<p>　サンヒョンはテジュによって童貞喪失の手ほどきを受け、性的には開放的にはなるものの、物語の冒頭で彼が人の死を見つめる事に意義を見出せなかった様に、彼の神父としての、寧ろ彼のこの世での存在意義への問いはずっと続いてゆく。ヴァンパイアになり、テジュと出会い、初めて愛を知り、彼の心に大きな成長が見えれば、映画としてうまくまとめられたと言えるだろうが、本作は敢えてそれをしない。生まれ変わったにもかかわらず、主人公の無力感は最後まで消える事はなく、また聖職者でありながらも性の快楽を知ってしまった事で罪の意識と葛藤し続ける姿が印象的だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>終着駅 トルストイの死の謎</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Feb 2010 00:44:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[終着駅 トルストイの死の謎]]></category>

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		<description><![CDATA[プラマー＆ミレンが今年のアカデミー賞にノミネートされた話題作！（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　19世紀を代表する世界で最も愛されている作家の1人、ロシアの文豪レフ・トルストイ。彼は82歳にして放浪の旅に出た。そして旅の途中、アスターポポ駅で肺炎が原因で果てた。年老いて体調もすぐれななかったにも関わらず、彼が旅へと出なければならなかった理由とは一体何だったのか。ジェイ・パリーニ原作の同名小説を映画化した『終着駅 トルストイの死の謎（原題：THE LAST STATION）』は晩年の文豪の葛藤と、彼を取り巻く者たちの姿を描いてゆく。</p>
<span id="more-11406"></span>
<p>　本作でトルストイに扮するのは、この役で第82回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされているクリストファー・プラマー。プラマー自身もかなりの高齢で、さらに割烹着風の服に身を包み、白く長いあご鬚を蓄えていると、トルストイはもとより、仙人か何かに見えてしまう。彼が人々を無抵抗主義、そして愛へと導いた伝説の作家を時に優しさ一杯に、時にコミカルに、また時に怒りの表情と口調で演じ、非常に人間味溢れるトルストイ像を作り上げた。</p>
<p>　理想と情熱に生きたトルストイの生家のあるヤースナヤ・ポリャーニャの近くにはトルストイアン達（トルストイ主義者）が集い、そこにコミュニティを形成し、今で言うオーガニックな生活を送っていた。そこに新しくやって来るのは、トルストイの高弟チェルトコフ（ポール・ジアマッティ）から文豪の秘書として派遣されて来たワレンチン（ジェームズ・マカヴォイ）。トルストイとの対面に緊張する彼だが、伝説の文筆家トルストイの温かい歓迎に感動し涙する。</p>
<p>　ワレンチンをヤースナヤ・ポリャーニャに遣わしたチェルトコフは死が近づいているトルストイに、人々の望む死を作り上げようと計画していた。そのためには遺書の内容さえ書き換える必要があり、「遺産や著作権をロシア国民に残す」というチェルトコフの考えに同意するトルストイだが、それに怒りを露に阻止しようとする者がいた。それは本作でアカデミー賞主演女優賞候補に名前が挙がっているヘレン・ミレン扮する妻のソフィヤ。トルストイを愛するあまりに周りが見えなくなってしまい狂気に陥るこの女性の存在が、トルストイの気を散らせ、遺書の書き換えにはどうしても困難を来してしまう。また、どんなに自分勝手であろうとも妻の事が可愛くて仕方のないトルストイは、体力的に弱っているにも関わらず理想とプライベートの愛の狭間で葛藤する。</p>
<p>　トルストイ、ソフィヤ、彼らの娘サーシャ（アン＝マリー・ダフ）、チェルトコフの遺書にまつわる騒動と平行して、トルストイアンが暮らすコミュニティでのワレンチンと彼に不適な視線を投げる女性マーシャ（ケリー・コンドン）の関係を展開させ、多くの日本の文学者にも多大な影響を与えたトルストイがどの様にして辺鄙な土地で死を迎える事になってしまったのかを、本作は素晴らしいキャストと、美しい自然の中で丁寧に描き出す。独、英、露と3カ国が製作にあたり、アメリカ人マイケル・ホフマン（『素晴らしき日』『ソープデッシュ』）が監督・脚本を手掛け、俳優はイギリス人を多く起用するという、かなりインターナショナルな作品に仕上がっているのも魅力的だ。</p>
<p>　ワレンチンは童貞で今で言ういわゆる草食系男子。その彼が愛に溢れた環境で、自分の気持ちに正直な女性に出会い、彼の中に眠っていた情熱を見出し、また憧れの文豪トルストイと妻のソフィアの愛憎の物語の結末を見届ける中で、彼らの置かれた切ない運命を純粋な目と心をもって理解していく。1人の青年が一連の出来事によって成長してゆく姿が爽やかで美しい感動を運んでくれる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>FISH TANK</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/11327.html</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 01:47:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[FISH TANK]]></category>

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		<description><![CDATA[18歳にして子持ちのスーパー大型新人女優が誕生した（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　短編映画『WASP』で2004年アカデミー短編映画賞を受賞し、2006年の長編映画初監督作品『RED ROAD』ではカンヌ国際映画祭で審査印象を受賞した、元女優の映画監督アンドレア・アーノルドの長編映画第2作目『FISH TANK』。いわゆるワイドスクリーン型ではなく、正方形に近い枠の中に映し出されるイギリスはエセックス郡の風景の中で行きの詰まる思いをしながら踊る 15歳の主人公ミア。彼女に扮する演技経験ゼロのケイティ・ジャーヴィスが男っ気の全くない家庭に育つ思春期の少女を熱演し、その個性的で、力強く、優れた感覚を備えた体から何かとてつもなく巨大なエネルギーが溢れ出している。</p>
<span id="more-11327"></span>
<p>　ミアは低所得者が住む団地にパーティ好きの母ジョアン（キルストン・ウェアリング）と口の悪い妹タイラー（レベッカ・グリフィス）と暮らしている。いつも問題ばかり起こし、学校からも退学させられている彼女が唯一心から打ち込める事の出来るもの、それはヒップホップダンス。団地の中の空きアパートの窓に向かい1人でダンスを練習し汗を流すミア。窓から見えるいつもの景色は小さく、味気ない。</p>
<p>　タイトルの『FISH TANK』とは魚を飼う水槽のこと。水槽の中には外に出る事ができない命がたくさんあるというメタファーをもってそのタイトルは付けられた。エセックスは都会ではないため、広大な土地もある。ところが、カメラに映し出される広いはずの風景でさえも狭く閉鎖的だ。そんな限られた狭い空間の中で生きている本作の登場人物たち。監督は、そこに耐えきれないミアの心情を本作のスクリーンの枠によって感じさせようとしている。</p>
<p>　ミアは彼女の住む世界の居心地の悪さからか、いつも何かに憤っており、彼女の怒りは近所でダンスを練習している女の子グループや遊んでばかりの母親や妹に向けられる。ところが、彼女があるフェンスに囲まれた空き地で鎖に繋がれた白い馬を見つけると、その態度は穏やかになり、まるで一言一言語りかけるかの様に、慎重に優しくその馬を撫で、それを逃がそうと試みる。ミアは独ぼっちで寂しそうに空き地に捕われている美しいものに自分を重ねる。</p>
<p>　ミアの生活に劇的な変化が訪れるのはコナー（マイケル・ファスベンダー）という母親がある日アパートに連れて来てから居候し始める男の出現から。女所帯にいきなり男の香りがし始め、家庭の中にさらに居心地の悪さが増すが、ミアは徐々にその大人の男性に興味を持ち始める。娘に無関心な母親と違い、気さくで優しく、車で家族を釣りにも連れて行ってくれる彼を、ミアは徐々に現在の生活から救ってくれる人として見始めるが…。</p>
<p>　『ハンガー』『イングロリアス・バスターズ』で注目されたマイケル・ファスベンダー扮するミアの前に突然現れた母親のボーイフレンド・コナー。ミアにとっては年上の頼れる友達の様でもあり、なんとなく父親の様でもある彼は全てが完璧そうに見える。ところが、彼は彼なりの日常が嫌で逃げ出して来た身のはず。完璧そうな彼のバックグラウンドには絶対に何かしらの闇があり、決して悪い奴ではないが、問題に向き合わず逃げている男という事を念頭に入れて彼の行動を見ると、主人公だけではなくコナーのキャラクターもより興味深く映る。</p>
<p>　『RED ROAD』ではアンドレア・アーノルドは、ミステリー調の雰囲気の中、物語の展開が進むと同時に、1人の女性の心理の変化を見事に表現してみせた。今回の『FISH TANK』では、問題ばかり起こす思春期の少女の日常を淡々と描いく中で、彼女の心を揺り動かす出来事が起こり、それから得た経験により主人公が大人に1歩近づくという通過儀礼的展開が、物語に普遍的な要素を持たせている。そういう意味では米アカデミー作品賞にもノミネートされている『17歳の肖像』にも似たテーマを『FISH TANK』にも感じられるだろう。</p>
<p>　父親のいない主人公ミアにとっては、いくら母親が鬱陶しくとも彼女から受けている影響は非常に大きいはず。ダンスに関しても、小さい頃から飲んで踊る事が好きな母を見てきたから好きになったに違いないが、ミアはその事にはまだ気付いていない。ところが物語のラストは女家族3人の強い繋がりを感じさせる意外なものだった。伝えられない気持ちをダンスを通して伝え合う女たち。ミアはいつの日か母親や彼女自身のありのままを受け入れる事が出来るのだろう。</p>
<p>　主演のケイティ・ジャーヴィスはボイフレンドと電車の駅で線路を挟んでの口論中に本作のキャスティングエージェントにより偶然に発見された。彼女はほんとうにエセックスに住む女の子、また本作には脚本がほとんどなく、俳優たちのリアルに近い会話や表情を捉えているゆえ、特に演技経験のない彼女の話し方や振る舞いはきっとミアというよりはジャーヴィス自身のもの。この才能はまさにダイヤモンドの原石だ。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>Dr.パルナサスの鏡</title>
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		<pubDate>Sat, 23 Jan 2010 03:20:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[Dr.パルナサスの鏡]]></category>

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		<description><![CDATA[ギリアムの魔法の世界でヒース・レジャーは永遠の喜びを手に入れた（50点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　『ダークナイト』のジョーカー役でアカデミー助演男優賞を受賞したヒース・レジャーにとって、遺作となってしまったテリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡（原題：THE IMAGINARIUM OF DR. PARNASSUS）』。本作が彼の亡霊に取り憑かれているかの様な印象を受けるのは仕方が無いが、奇しくも本作でのレジャーはそれまで演じたどの役よりも気持ち良く演技をしている印象を受ける。</p>
<span id="more-11185"></span>
<p>　処方された薬のオーバードーズにより、本作の撮影中に28歳の若さで亡くなったレジャー。ドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラマンチャ』でもお馴染みの様にギリアムは『ドンキホーテを殺した男』の撮影中に、度重なる不幸に見舞われ、制作を中止せざるを得なかった過去を持つ。今回もまた物語の鍵を握る役を演じていた俳優が撮影途中で死んでしまうというとんでもない事件が起こり、撮影は一時中断されてたが、レジャーの役をジョニー・デップ、ジュード・ロウ、そしてコリン・ファレルの素晴らしい俳優3人が引き継ぐという奇跡が起きた。</p>
<p>　物語は2007年のロンドン、パルナサス博士（クリストファー・プラマー）率いる旅芸人一座が、とあるパブの前の暗がりで舞台を開いるところから幕を開ける。アントン（アンドリュー・ガーフィールド）、パーシー（ヴァーン・トロイヤー）、そしてもうすぐ16歳になろうとしている博士の娘ヴァレンティナ（リリー・コール）が怪しげな舞台セットの中で客寄せをしていると、それに引き寄せられる様に人が集まって来る。それは何か面白そうなものがあるからではなく、野次を飛ばしたくなる様な何か時代錯誤的な雰囲気を彼らが持っているからだ。そんな旅芸人一座に助けられ、彼らに同行する事になるのがヒース・レジャー扮する一度自殺を図ったトニーという男。彼には何か秘密がありそうだが…。</p>
<p>　パルナサス博士ら一行は自分達の劇場をイマジナリウムと呼ぶ。その彼らの目玉は劇場の中央に構える「鏡」。なんと鏡の中に一旦足を踏み入れると、抜けた先には入った人の欲望が反映する全く別のパラレルワールドが広がっているのだ。まるでそこは抜け道を探すのが困難な迷宮で、パルナサス博士はいわば鏡という欲望を形にする道具を用いて人の心を満たす役割を果たす案内人役を担う。それはスクリーンに摩訶不思議な映像を映し出し、想像の世界をもって人々を楽しませるギリアム自身とも言える。</p>
<p>　そんなパルナサス博士にはある秘密がある。何年も何年も前に、ある雪山にある寺院で、彼が世界を存続させるために物語を暗唱してた時、Mr.ニック（トム・ウェイツ）という悪魔がその寺院を訪れる。その時彼らはパルナサスの娘にまつわるある契約を取り交わしたのだが、その期日が迫った現在、博士は秘密を誰にも言えずその不条理な事実から塞ぎ込んでいる。映画制作も言わば時間との勝負。作戦を練り直す時間さえあれば、より良いものが作れるはず。本作でのパルナサス博士に降り掛かる一連の出来事は、やはり『ドンキホーテを殺した男』同様、ヒース・レジャーの死により本作の制作が破綻しかけたギリアム自身の経験を暗示させる。</p>
<p>　物語を読む事により、世界が存在し続ける事が出来るという帰結を述べる本作。それは、本作の脚本・監督を手掛けたギリアムを始めとする想像をカタチにする芸術家たちの存在の重要性を意味する。芸術がなくとも人々が行きてゆく事は可能だろう、しかし芸術がある事によって人々は苦しみから解放される事もあるのだ。それは本作で、鏡の中に入り、自らの想像の世界に浸り、そこから出た時に歓喜に満ちた表情を浮かべるパルナサス博士の客たちで描写される。</p>
<p>　テリー・ギリアムという映画監督は一年に一本映画を撮る様な職人方映画監督とは違い、構想を練りに練る芸術家肌。そんな彼と共に『ブラザーズ・グリム』以来、再び映画という芸術作品を作る事になったヒース・レジャー。ジョーカーを経て俳優としての壁を越えた彼は、ギリアムの魔法の世界の中で永遠の喜びを手にしたかの様だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>クレイジー・ハート</title>
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		<pubDate>Thu, 14 Jan 2010 00:54:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年06月12日公開]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[クレイジー・ハート]]></category>

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		<description><![CDATA[崖っぷちのカントリーシンガーが再起を図る（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　俳優としても活躍するスコット・クーパーの映画監督デビュー作『クレイジー・ハート（原題：CRAZY HEART）』。低予算の非常に小さな映画でありながらも、演技派の俳優たちが集い、彼らの技が物語の中で絶妙に映える。本作はアメリカ南西部の広大な自然を背景に、老年期に差し掛かろうとしているジェフ・ブリッジス扮するカントリーシンガーのミュージシャンとして、そして男としての葛藤を丁寧に描きだす。</p>
<span id="more-11118"></span>
<p>　57歳のバッド・ブレイク（ジェフ・ブリッジス）は才能があるにも関わらず、長年くすぶり続けているアーティスト。結婚にも失敗し、どこかに音信不通の息子がいる。そんな彼は、モーテルに宿を取り、いつも同情してくれるバー・オーナーのウェイン（ロバート・デュバル）と時々会話をし、ボーリング場やバーで地元のバンドと組みギグを行いながら音楽活動を続けている。その姿は地元のレスリング場を渡り歩き銭を稼ぎ、疎遠の娘を思いながらトレーラーハウスで生活する『レスラー』の孤独なランディとどことなくシンクロする。</p>
<p>　いわゆる初老と呼ばれる年頃になってもその日暮らしのバッド。酒を買う金すら無く、乗ってる車はポンコツ。しかし、彼のカリスマ性は体から滲み出ており、よれよれのシャツに、ボロジーンズ、ウェスタンハットにブーツを身に付けた髭面のおやじがギターを弾き歌うと、なぜかやはり魅力的で、女たちはメロメロになり、ギグの次の朝には誰かが彼の隣で寝ている。</p>
<p>　ミュージシャンには酒がよく似合う。バッドも酒を喰らってる姿が様になっているが、彼は酒に呪われているとでも言おうか、酒によってトラブルを起こしてしまう事も少なくない。ギグの前にもベロベロに酔っぱらい、知り合ったシングルマザーのジャーナリストのジーン（マギー・ギレンホール）とは新しい人生を歩むために、彼女と少しずつ信頼を築いていくが、酒が原因でその信頼関係にもヒビが。自分で自分をコントロール出来ない、まさに破綻的な男がバッドなのだ。</p>
<p>　カントリーミュージックではしばしば、歌詞の中で「失ったもの」について語られる事がある。 自分が自分であるがゆえに結婚や名声など多くのものを失ってきたバッド。 そんな彼が歌うT・ボーン・バーネット（『オー・ブラザー！』）の手掛けた曲たちがバッド・ブレイクという実在しない人物と密接に関連し、その人物像をはっきりと形作ってゆく。また、近年ではコミカルなキャラクターを演じる事が多かったジェフ・ブリッジスが、本作では崖っぷちシンガーの荒っぽいが愛嬌ある性格を見事体現し、彼の俳優としての才能が改めて示された。</p>
<p>　『レスラー』のランディ同様、バッド・ブレイクも一時は人気があった。ハンク・ウィリアムズ等の音楽に影響を受け開花した彼の才能に惚れ込み、バッドを師匠として慕うのが、コリン・ファレル扮するトミー・スウィート。彼はアリーナ級のコンサート会場を埋める事の出来るスターにも関わらず、師匠への恩を忘れずバッドにもどうにか再び表舞台に立って欲しいと願う義理堅い男。しかし、彼がバッドと関われば関わる程、バッドは今をときめくスターの影に隠れてしまう。</p>
<p>　プライドが許さず始めはトミーのコンサートへの前座出演を断っていたバッド。そんな彼を変えたのは、愛するジーンというよりは、まさに崖っぷちに自分を追いつめた彼自身。戦い続けた挙げ句に落ちるとこまで落ちてしまったバッドだが、ラストに見る彼の姿は、それまでの疲れきった男のそれではなく、どこか清々しさすら感じさせる。</p>]]></content:encoded>
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		<title>NINE</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Jan 2010 01:41:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[NINE]]></category>

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		<description><![CDATA[大事件！　これはフェリーニの『8 1/2』に対する侮辱だ！（3点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　例えば、誰かに好きな映画は何かと聞かれたら、映画好きの多くがフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』をその1つに挙げるだろう。それは製作年から40年以上たった今でも人々に愛され続けている世紀の作品であり、1982年にはブロードウェイミュージカル化もされ（2003年にはリバイバル上演された）、巨匠の魂は形を変えながらも時代を越え受け継がれている。『8 1/2』を基にした『NINE/ナイン（原題：NINE）』は『シカゴ』『SAYURI』で知られるロブ・マーシャル監督最新作。舞台出身の監督なだけに本作は『シカゴ』同様ミュージカル映画となっているのだが、これは衝撃的な事件だ。傑作が汚されてしまった。</p>
<span id="more-11054"></span>
<p>　マイケル・トールキンと共作し、本作が遺作となった2008年に逝去したアンソニー・ミンゲラが手掛けた脚本は基本的にはミュージカルの本を脚色しており、「イタリア」という時代劇映画を作ろうとする著名映画監督グイド・コンティーニが主人公で、彼を取り巻く女性たちとの関係や、構想が全く浮かばない映画からのプレッシャーから、主人公が妄想に溺れてしまうという物語。その設定自体はオリジナルもミュージカルも然程差異はない。</p>
<p>　ダニエル・デイ＝ルイス扮する、まさにミドルライフクライシスを迎えているグイドはチネチッタスタジオ5のセットの中で幻影を見る。そしてモーリー・イェストンの作曲&quot;Overture Delle Donne&quot;と共に次々と現れる美しい女優たち。ニコール・キッドマン、マリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ケイト・ハドソン、ファーギー、ジュディ・デンチ、そしてソフィア・ローレン扮する女性キャラクターがグイドを取り囲みグラマラスなオープニングを迎える本作。見るだけでうっとりの錚々たるオスカー俳優たちがスクリーンを彩るが、なんと監督を始めとする制作者たちは、本作があのフェリーニの名作の半ばリメイクに近い事に気付いてなかった。</p>
<p>　『8 1/2』はフェリーニの実体験が基になった映画。彼の幼少期の経験、女ったらしさによるトラブル、映画の構想がないにも関わらず世にも巨大なセットを建ててしまった事実など、彼自身の苦悩を客観視したとでも言おうか、自らを滑稽に捉えた作品なのだ。オリジナル映画もミュージカルもセンチメンタルな雰囲気はあるが、基本的には可笑しなコメディドラマ。ところがミュージカル映画『NINE/ナイン』では、激怒や悲しみの涙、ましてや自殺未遂もあり、不必要なシリアスさを提供する。例え本作がただ単にミュージカルを映画化したものだとしても（自殺未遂はミュージカルにもない）、その大元である『8 1/2』には敬意を払うべきであり、それを怠ったからこそ精神的レベルで人の心に触れる事の出来ない、芸術とはほど遠いものとなってしまったのだ。</p>
<p>　『8 1/2』において、観る側として最も繋がりを感じるのはやはりキャラクターたち。マルチェロ・マストロヤンニ扮するグイド、不機嫌な妻ルイーズ、空気の読めない愛人カーラ、娼婦のサラギーナ、他全てのキャラクターに魂が宿っており、フェリーニの魔法にかかった彼らが愛らしく映る。ところが映画『NINE』ではキャラクターたちの見た目は美しいが、彼らの中身は空っぽで、彼らに心を感じる事もない。映画にただハンサムな人々が登場し、彼らが歌って踊るだけ。何の創造性も、芸術性も、情熱も存在しない虚構の産物がロブ・マーシャル監督ミュージカル映画『NINE/ナイン』。映画の中にはただ空しい風だけが吹いている。</p>]]></content:encoded>
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		<title>シャーロック・ホームズ</title>
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		<pubDate>Mon, 04 Jan 2010 01:03:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[シャーロック・ホームズ]]></category>

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		<description><![CDATA[ガイ・リッチー監督作のホームズは喧嘩が強い！？（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もう数えきれない程、映画化やテレビシリーズ化されている現代推理小説の生みの親アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」。ベーカー街221Bにあるハドスン夫人の所有するアパートに住む細身の長身で、エレガントな風貌の私立探偵という基本的なホームズらしさを踏襲しつつも、主人公ホームズ像も作品によって様々に工夫されてきた。</p>
<span id="more-11051"></span>
<p>　そしてゼロ年代最後を間近に、全米で公開されるのがガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ（原題：SHERLOCK HOLMES）』。過去の同作品とは一線を画す本作は、『ロック、ストック＆トゥー・スモーキング・バレルズ』『スナッチ』のリッチー監督映画らしく、暴力を含むアクションシーン満載で、なおかつコミカルなエンターテイメント性の高い作品となっている。</p>
<p>　今回シャーロック・ホームズに扮するのは『アイアンマン』を大ヒットに導いたロバート・ダウニー・Jr.。想像出来る通り、彼のホームズは今までのホームズ像を覆すマッチョな体だ。彼は何かすっきりしない事があると、ファイトクラブの様な格闘場に行き、ストレスを発散する。なんとこのホームズはマーシャルアーツのスキルに長けているという設定なのだ。それはかなり無茶な様にも感じられるのだが、実際原作には多少のマーシャルアーツを使ってホームズが敵を倒す姿が描かれているという。</p>
<p>　そのダウニー・Jr.的ホームズの興味深い特徴はまず冒頭に現れる。オカルト的な儀式が執り行われている教会で、近づいて来る悪者を暗がりで隠れて観察するホームズがいる。彼はその男をどうやって打ち負かすか頭の中でシミュレーションし、その映像はスローモーションとして映し出される。彼は過去に起こった事を完璧に推理する能力を持つが、自らの能力を踏まえ何が起こるのかも性格に予測する能力も持っているのだ。そして彼がイメージした攻撃は首尾よくに遂行される。　</p>
<p>　また彼の衣装も今までと違い独特で、今回はまるで洒落た芸術家か詩人の様だ。その風貌と同様、佇まいもどこか自由人的で、言動がとてもリラックスしている。それはダウニー・Jr.の代表作『アイアンマン』のトニー・スタークや『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウを連想させるものである。それに加え、賢く、セクシーでシャーロック・ホームズはダウニー・Jr.にとってのアイアンマンに継ぐアクションヒーローとしての素質を感じさせる。</p>
<p>　ホームズと言えば、同居人で親友の医者ジョン・ワトソン。口髭を生やしたジュード・ロウ扮するワトソンは、ホームズの面倒見役、またそれでいてホームズ同様スリルを求める人物という印象を受ける。そんな彼は婚約者のメアリー（ケリー・ライリー）がいるが、ホームズはそんな彼女に少々や気持ちを妬き、彼女に不適切な言葉を投げる事も。これは物語の舞台である1981年でも現代でも変わらない、男同士の強い絆の間に入って来る女性に起こる現象だ。</p>
<p>　今回悪役はマーク・ストロング扮する主に黒革のジャケットを着用したブラックウッド卿という貴族の男。彼は秘密結社を結成し、魔術で世の中を操ろうと企み、ホームズを手こずらせる役どころ。このブラックウッド卿は現在までに多くの人々に影響を与えたアレイスター・クロウリーという実際にいた人物が基になっており、邪悪で不気味な人物として描かれるが、不気味さだけで言えば、クリスピン・グローヴァーあたりの方がもっと雰囲気が出たのではなかろうか。</p>
<p>　推理能力は論理的に物事を処理していくという力だけでは、きっと説明出来ないものだろう。現場に赴き五感を働かせヒントを得、それを頼りに過去の状況をイメージし、自分の感覚で答えを探し出していくという作業はどこかスピリチュアルなものすら感じる。そして今回のホームズの敵は魔術を使う男。そのホームズ対ブラックウッド卿はちょっとしたスピリチュアル対決と呼べるものかもしれない。</p>
<p>　レイチェル・マクアダムズ扮するアイリーン・アドラーはホームズが唯一抵抗出来ない美しく危険な女性。マクアダムズは普段、女の子っぽい役を演じる事が多いが、今回はチャーミングでありながらも大人の色気のある女性を好演し、完璧なまでのアイリーン像を作り上げる。それにしても今回の『シャーロック・ホームズ』のホームズ、ワトソン、アイリーンは、近年では『パイレーツ・オブ・カリビアン』のスパロウ、ウィリアム、エリザベスを彷彿とさせる。やはり男2人と女1人の方程式は物語を面白くさせるバランスの良い組み合わせなのだろうか。</p>
<p>　ガイ・リッチーはマドンナとの結婚期間中はまるで映画が当たらなかった。しかし、本作は子供から大人まで楽しめる易しい時代冒険活劇。続編が制作されるのも確実で、彼にとっては最も興行的に成功するであろう作品。やっとマドンナの呪縛から逃れたのか。次回はホームズのパンチやキックをさらに大きなスケールで見せてくれる事に期待したい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>すばらしき父さん狐</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Dec 2009 09:15:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[すばらしき父さん狐]]></category>

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		<description><![CDATA[ウェス・アンダーソンの世界では父さん狐が渋くてカッコいい（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　アレクサンドル・デプラの軽快で心地良いサウンドトラックがまるでもう1つの脚本の様に、物語を綴ってゆくウェス・アンダーソン監督最新映画『すばらしき父さん狐（原題：FANTASTIC MR. FOX）』。ヘンリー・セリックに代わり、マーク・グスタフソンがアートディレクションを手掛け、哺乳類の動物たちを擬人化させた人形がストップモーションでアクションや家族ドラマを繰り広げる。それらの動物の人形の声に扮するのも、ジョージ・クルーニー、メリル・ストリープ、ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ、マイケル・ガンボン、と演技派で豪華なハリウッドスター達。全てCGで作られるアニメが主流となり、加えアニメの3D化も進んでいるだけに、本作は新鮮で贅沢な時間を提供してくれる。</p>
<span id="more-11046"></span>
<p>　フェリシティ（ストリープ）に突然妊娠を告げられてから2年後、新聞のコラムニストとして働くミスター・フォックスこと父さん狐（クルーニー）は妻と息子アッシュ（シュワルツマン）と、穴の中で暮らしていた。家族の事を考え、引っ越しを計画する父さん狐。彼は、3人の悪名高き金持ちの農場主によって経営されている施設にあまりにも近いため、危険が及ぶ可能性があるという友人のアナグマの弁護士バドガー（マーレイ）の忠告を無視し、結局丘の上にある木の下に新居を構える。引越し後すぐに、父親の病気のために甥のクリストファーソン（エリック・チェイス・アンダーソン）がやって来て、一緒に木の下で暮らす事になる狐一家。ところが、父さん狐の困った&quot;野生本能&quot;が原因で、彼らの穏やかな生活は農場主たちに脅かされてゆく。</p>
<p>　父さん狐は現在コラムニストだが、以前はニワトリ泥棒をしていた。そして今、彼の新居は食用のニワトリや七面鳥が飼育されている施設の目と鼻の先。彼の血が騒ぐ。よって父さん狐の標的になるのが、ボギス、バンスそしてビーンという人間の農場主たち。父さん狐が家族に内緒で施設に侵入する姿は、友人と釣りを楽しむ父、妻には内緒でパチンコに出かける父、または子供の見えないところで煙草を吸う父の姿などを連想させる。今は家族がいて、若かった頃の様に何でも好き勝手に出来ないミドルエイジ・クライシスに瀕している男の頭と心のギャップがうまく描かれている。</p>
<p>　母さん狐フェリシティは無茶をやった父さん狐に言う、「どうしてそんな事したの？」、父さん狐は言う、「野生の動物だからさ」。男という生き物はどう頑張っても、所詮はワイルドアニマル。そのあたりの男の事情と動物・狐の本能を交え、巧みに父さん狐像を造ってゆく。結構自分勝手な行動は多いが、言い訳しない彼。まるで60年代のフランス映画俳優の様な風貌で、リラックスした佇まいがたまらなく渋く、なんだかそんな性格に憧れすら抱いてしまう様な格好良さが彼にはある。</p>
<p>　父さん狐に限らず、他のキャラクターもユニークで魅力的なのが本作の素敵な点。時々上の空になるモグラのカイリー（ウォレス・ウォロダースキー）や『ウェストサイド・ストーリー』に出て来そうなギャング風のネズミ（ウィレム・デフォー）、また体育の先生のスキップ・コーチ（オーウェン・ウィルソン）など、個性的なキャラクターが集まり、ウェス・アンダーソンの世界を演出する。また、登場する全ての動物が言葉を話すのかと思いきや、人間に飼われている家畜や犬は擬人化されず、野生の動物だけが人間の言葉を話すという趣向も面白い。</p>
<p>　そんな個性的なキャラクターの中でも、特に強い印象を与えるのは狐家の1人息子アッシュ。身長が低く、運動神経もあまり良くない彼は、運動神経抜群で容姿端麗、おまけに性格も良い、まるで真逆な従兄弟のクリストファーソンをライバル視し、時に彼に意地悪な行動をとる事も。生意気でなぜか自信だけはあるアッシュに、時に苛立を覚える事もあるが、実は寂しがり屋で人一倍家族思いの彼が、最終的には愛らしい存在になってしまうだろう。</p>
<p>　こういった徹底したキャラクター作りはやはり脚本によるところが大きく、アンダーソン氏特有の色も放つと同時に、ロアルド・ダール（「チャーリーとチョコレート工場」等）が1970年に発表した同名原作本の映画化を、長年待ち望んだ監督の情熱すらも感じられるものとなっている。またアンダーソンは『イカとクジラ』のノア・バームバックと共同で脚本を手掛けており、バームバック氏同様、アンダーソン氏も『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ダージリン急行』で難しい家族の物語を扱っているため、本作は父さんきつねの農場主たちとの戦いより、家族ドラマが主となり、またそれが人間味溢れる素晴らしい描かれ方がなされている。</p>
<p>　ロアルド・ダール著の原作は子供向けの本。しかし、ウェス・アンダーソン監督作は子供向けというよりは、大人を喜ばせる様な作風。殺人シーンもあり（実際には人ではないが）、何より家族のために、汚い仕事から足を洗い気質の仕事で生計を立てている父さんきつねの複雑な心模様に哀愁すら感じる。アンダーソン氏の映画に登場する家族はなぜかいつも複雑な状況下にある。そんな彼らは羨ましく感じられる程、人間臭くて、切なくて、愛らしい。本作も時にエモーショナルで、大人のための絵本を読んでいる様な気持ちになる愛すべき、愛すべき映画だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>ラブリーボーン</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 00:56:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[ラブリーボーン]]></category>

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		<description><![CDATA[強姦された上に殺害された少女の死後を描いた小説をP・ジャクソンが映画化（50点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「小説を完璧に映画化するのは不可能だ」、とピーター・ジャクソンは言う。ニュージーランドの鬼才の監督最新作『ラブリーボーン（原題：THE LOVELY BONES）』では「死後」という、それこそ人それぞれ全く考え方の違う題材を扱っているため、原作である2002年のアリス・シーボルドの同名ベストセラー小説からは重要な要素だけを拾い、物語を再構築する形をとった。よって、&quot;本と同じには成り得ない&quot;という事をかなり意識した作品となっている。</p>
<span id="more-11007"></span>
<p>　本作は、ピーター・ジャクソンの作家性を強く押し出した様なファンタジックな作品で、特にビジュアルに力を注いでいる。またジャクソン氏は、小説のファンではなく、映画オリジナルのファン獲得を目指し、映画全体を芸術的で怖可愛い世界観で埋め尽くした。しかし、その作戦は功を奏さず、物語あってこその映画であるにもかかわらず、それが非常に希薄なものに感じられるのだ。それに、映像もどこかやり過ぎという印象を受ける。</p>
<p>　1973年12月6日、14歳のスージー・サルモン（シアーシャ・ローナン）が隣人ジョージ・ハーヴェイ（スタンリー・トゥッチ）によって殺害された。彼女の家族は（父＝マーク・ウォルバーグ、母＝レイチェル・ワイズ、祖母＝スーザン・サランドン、妹＝ローズ・マクアイヴァー、弟＝クリスチャン・トーマス・アシュデイル）は突然姿を消したスージーに嘆き、家庭は崩壊の一途を辿ろうとしていた。その頃、スージーはこの世と天国の狭間に自分自身を見出す。そして、彼女は悲しみに暮れる家族と、初恋の相手、そして彼女を無惨にも殺し、犯罪の証拠隠滅に成功した犯人の行く末を見守り始める…。</p>
<p>　死んだ、という事は息絶えた本人にはどの時点で分かるのだろうか。スージーは彼女の魂が肉体と繋がりを持たなくなった瞬間、殺人犯から逃げ出す。走って、走って、家を目指す。彼女の魂は混乱しているのだ。その時の彼女はまだ彼女自身が死んでしまった事を知らない。本作はスージーが自分の死を自覚するまでの段階をミステリー調に描いており、彼女自身でその謎を解いて行く展開が非常に面白い。また、その亡くなった少女を演じるシアーシャ・ローナンが、等身大の瑞々しくも芯のある演技を披露しており、『つぐない』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた経験も納得の凄い女優である事が知らしめる。</p>
<p>　夢は記憶の整理と言う様に、夢には現実世界の出来事が違う形で現れる事が多々ある。スージーのいるこの世と天国の狭間はまるで夢の中。そこには彼女が体験した事や、彼女が天国への通過点から見ているこの世の出来事が、象徴的に現れる。ピーター・ジャクソンはそれらをサイケデリックな映像で見せ、70年代から活躍するミュージシャンのブライアン・イーノのパワフルな音楽がその世界を彩り、1973年に14歳だった少女の死の経験どんなものであるかを、わたしたちにも体験させようとする。</p>
<p>　スージーの父ジャックは、警察が全く役に立たない中、たった1人で殺人犯探しを試みる。パズルを組み合わせる様に、起こった事態を1つ1つ受け止め繋ぎ合わせていく彼は、スージーが知らない人には絶対に付いて行かない少女であったという事実が引っかかる。そこで彼は隣人であるハーヴィに疑いを抱き始める。緑色の家に住む1人身のその中年男の娘を見る目が気になっていたのだ（胡散臭いトゥッチ氏が素晴らしい）。ある日、ジャックがハーヴィ宅を訪れた際、彼はスージーが生きていた時は赤く美しく咲いていた、枯れたバラに奇妙さを感じる。そして枯れた花を手に取る彼はスージーを手の中で感じ、ほぼハーヴィが犯人である事を確信する。純粋で可憐なスージーの生命力の象徴は花とし、その花を通して父と娘の意識が繋がる一連のシーンが非常に興味深い。</p>
<p>　ジャックは娘の殺人犯探しに執着し、そんな夫に我慢が出来ず妻のアビゲイルは家を飛び出す。そんな壊れかけた家を救いにやって来るのがスージーの祖母のリン。彼女はファンキーな婆さんで、コミカルさを演出し、物語にメリハリを付けようとしているが、彼女がただの道化師の様にしか見えないのが残念。それを始めとし、才能ある役者たちの演技がうまく同調しない事と、脚本上でスージーの家族の描き方が非常に疎かなのが、この作品の薄っぺらな原因。本作は「殺人」を描く物語ではなく、思春期にあった亡くなった少女が、この世に残した未練を観察する事が、本作が特別である点。それゆえ、彼女の未練の大きな部分を占める家族のドラマがひ弱では、物語に共感を覚える事が難しく、感動も不発に終わるのだ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>アバター</title>
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		<pubDate>Tue, 22 Dec 2009 01:40:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[アバター]]></category>

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		<description><![CDATA[緻密で生命力溢れるジェームズ・キャメロンの革新的な映像の洪水（80点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　人類が利益を優先しなくなる日は訪れないのだろうか。実に1997年の『タイタニック』以来12年振りのジェームズ・キャメロン監督最新作『アバター（原題：AVATAR）』は22世紀が舞台。しかし、この映画の世界の人間も現在と同じくやはり貪欲で残酷。また、未来ではまだ貧富の差も存在し、貧困層は金に利用される。このキャメロン氏渾身の1作では、美しい大自然に覆われた神秘の惑星“パンドラ”を舞台に、金に執着した救い様のない人間の姿を映してゆく。</p>
<span id="more-10982"></span>
<p>　構想14年…。ジェームズ・キャメロン監督が、子供の頃に読んだSF小説を総まとめにした様な本作は、キャメロン氏自身により 1994年から脚本が書き進められ、1999年には公開すら予定されていたのだが、監督の想像力を形にするためのテクノロジーの更なる進歩が必要とされたために、制作は延期された。『アビス』『ターミネーター2』『タイタニック』と、常にわたしたちを驚異的な映像で魅了するキャメロン氏。今回、4年の歳月と制作費2億3,000万ドルをかけて作り上げられたものは想像を絶する映像の充溢。まさに空前絶後という言葉が相応しい革命だ。</p>
<p>　地球から4.3光年離れた宇宙に存在する巨大な青い惑星の衛星パンドラ。そこに人間は莫大な鉱石を見出し、その星を開拓していた。ところが、その星には大気はあるが、酸素がなく、生身の人間は呼吸が不可能なため、人間はその問題をまず解決しなければならなかった。そこで、人間が着手したのはグレイス博士（シガニー・ウィーバー）率いる科学者が考案した“アバター・プロジェクト”と呼ばれる、人間とパンドラの原住民ナヴィのDNAを組み合わせた肉体（アバター）を作る計画だった。</p>
<p>　ナヴィはネコ科の動物から進化した様な青い皮膚を持つパンドラの先住民で、身長3メートルもあり身体能力も人間より遥かに高い。そのナヴィの肉体を持つアバターに入り込むには、あるマシーンの中に横たわり、それにより自らの意識だけをアバターに移動させる。その間、人間の肉体は眠っており、逆にアバター側が眠りにつくと人間の肉体が起きるという仕組みになっている。</p>
<p>　時は西暦2154年、地球での戦闘で下半身不随の怪我を負った元海兵隊員であるジェイク・サリー（サム・ワーシントン）宇宙船の中で5年以上の眠りから目覚め、アバター・プロジェクトの一員としてパンドラに到着する。その理由は、科学者である双子の兄弟トニーが死亡し、トニーのアバターとジェイクは唯一適合可能で、彼がプロジェクトを引き継ぐ事が可能なためだ。</p>
<p>　初めてジェイクがアバターを体験する時、青くて巨大なナヴィの体に実際に自分の意識が入った驚きもあるが、一番感動を覚えるのは足の感覚がある事。久しぶりに体の自由を取り戻した彼は歓喜に震え、科学者たちの制止を振り切り走り出す。『潜水服は蝶の夢を見る』のジャン＝ドミニク・ボビーの様に自分の体の中に閉じ込められた彼にとって、アバターは肉体的にも精神的にも“自由”を意味するのだ。本作の映像と同じく、ジェイク扮するサム・ワーシントンは本作における画期的な産物。彼が怖いもの知らずで、実は繊細な主人公を見事に演じている。</p>
<p>　その後ジェイクは、グレイス博士の護衛として生物学者のノーム（ジョエル・デヴィッド・ムーア）とパンドラのジャングルの奥に入り込む。草木が生い茂り、美しいジャングル。しかし同時にそこは動物に襲われる可能性のある危険な場所でもあった。そして案の定、黒い巨大なトラ風の動物に襲われるジェイク。彼はそのせいでグレイス博士達とははぐれてしまい、1人でジャングルの夜を越す事になるのだが、再び彼に危険が及ぶ時、ナヴィ族の女性ネイティリ（ゾーイ・サルダナ）に命を助けられる。</p>
<p>　それは運命の出会い。はじめ狩りの名手のネイティリは、ナヴィ族にとって脅威である人間ジェイクを殺すつもりだった。しかし、偉大なる自然からのメッセージを受ける彼女は、ジェイクに不思議な力が宿っている事を感じ取り、ナヴィ族の人々に彼を紹介する。それからナヴィ族と暮らし、彼らの一員になるため彼らの文化を学ぶジェイクだが、ナヴィから信頼を得る事こそが人間たちが狙っていた事だった。ジェイクは、いかにも悪そうな筋肉隆々の海兵隊クアリッチ大佐（スティーヴン・ラング）に、足を治す手術費を払う代わりに、パンドラの自然を葬り去る様な任務を遂行する様、言い渡されてしまう。ネイティリに好意を抱き、ナヴィとして生活する事に心地良さを覚え始めたジェイクは与えられた任務と本心の狭間で揺れる…。</p>
<p>　ジェイクは手術費が払えない為に下半身が麻痺したまま。パンドラにやって来た人間たちはもちろん善良な者もいるが、基本的に貪欲な生き物として描かれる。ジェイクの立場を利用しようとする海兵隊大佐の姿や、利益に執着するプロジェクトの管理者パーカー・セルフリッジ（ジョヴァンニ・リビシ）がそれを象徴している。また、彼らは最初から最後まで“嫌な奴”を貫き、自然が破壊され、ナヴィ族が死にゆく姿を目の当たりにしても、彼らの心に変化は訪れず、彼らに人間性が垣間みられる機会はない。もし白黒はっきりしない、人間のグレーゾーンが描かれていれば、そのリアリティ溢れる人間心に、人々がより感情移入出来る感動的な物語になっていたに違いない。</p>
<p>　パンドラを侵略している人間とは反対に自然との調和を大切にしながら生きているのがナヴィ。もし彼らが動物の命を殺める際には、その魂に感謝と慰安の言葉で語りかける。彼らはまさに木々や動物や精霊たちと共存しているのだ。ジェームズ・キャメロンはそのナヴィが大切にするパンドラの自然を、奥行きのある新しい3Dスタイルで余すとこなくわたしたちに見せる（映画は2Dバージョンもあり）。ナヴィたちが暮らす大樹、浮遊する島々、見た事のない動物や花と、全てが息を飲む美しさを放つ。また、昼と夜で全く違う表情を見せるのがパンドラのジャングルの特徴で、まるでネオンの様に色とりどりの目映いばかりの光を放つ幻想的な草木には恍惚としてしまう。</p>
<p>　本作の最も興味深い点、それはナヴィ族の髪。彼らは皆長い黒髪を結っているのだが、その髪の先から何か神経の様なものが出ており、同じ様な特徴を持つ動物（馬や竜型のパンドラ特有の動物）とその神経同士で結合する事が出来るのだ（植物にも神経がある）。例えばそうする事によって、ナヴィと動物が意識で繋がり、動物たちを自在に操る事が可能なのだ。ただ残念な事は、ジェイクとネイティリが神経で結ばれ、意識を介するセックスが描かれない事。愛し合う2人が、相手と結び付き、互いに理解し合うという意味では、神経を繋げてセックスする描写がないはむしろ不自然なくらいだ。動植物とだけ結合出来るというのはおかしな話である。</p>
<p>　また、本作は内容的にいくつかの既存の映画を連想させる。白人がスー族の中に入り、彼らの風習を学んでゆく『ダンス・ウィズ・ウルブズ』、アメリカを開拓しに来た男がポカホンタスと恋に落ちる『ニュー・ワールド』、環境問題や戦争を批判する『風の谷のナウシカ』等馴染み深い物語がどうしても脳裏を過る。それから、シガニー・ウィーバー扮するグレイス博士の元々の名前は「シプリー」だったり、本作に登場する退役した海兵隊女性パイロットのトゥルーディ（ミシェル・ロドリゲス）が『エイリアン2』の仲間思いの女戦士バスケスを思い出させる事から、惑星開拓を描いたキャメロン氏自身の過去の監督作が上手にリサイクルされている事が伺える。</p>
<p>　パンドラは環境破壊が繰り返されている地球にとってはまるで理想郷。時には危険も存在するが、全てが美しいそこが地球にとってのアバターと言っても過言ではないだろう。そしてそこには貧富の差も無く、利益優先と言う概念も存在しない。ただただ「贅沢」に暮らすナヴィには人間がこう生きたいという理想が投影されている。</p>
<p>　また、映像は詳細部まで見事に描かれているのとは逆に、物語は自然破壊や格差社会等のいくつかの問題提起はするものの、それ自体は非常にシンプル。始まりから最後まで想像通りの展開が繰り広げられてゆくのだ。本作は161分の超大作。ところが、簡潔なストーリー展開や時間の長さを全く気にせず、映画が終わっても、もっと観たい、あの世界に浸っていたい、とわたしたち観る者に感じさせるのは、やはり緻密で生命力溢れるキャメロン氏の革新的な映像によるところが大きい。確実に、『アバター』は映画館で体験しなければ損と言える作品の1つだ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>インビクタス／負けざる者たち</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 00:00:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[インビクタス／負けざる者たち]]></category>

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		<description><![CDATA[イーストウッド監督30作目はネルソン・マンデラ！（75点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　知られざる物語。例えば、映画『ホテル・ルワンダ』の様に大きな出来事の裏にはわたしたちの知らない感動の逸話が隠されている事がある。そういった逸話を知る事によって、その出来事を以前とは違った視点で見る事が出来る様になる事も少なくない。昨年は『チェンジリング』と『グラン・トリノ』で大成功を収めたクリント・イーストウッド監督最新作『インビクタス 負けざる者たち（原題：INVICTUS）』はネルソン・マンデラが主人公のアパルトヘイト撤廃直後の激動の南アフリカが舞台。まるでフィクションであるかの様なドラマチックな展開の作品だが、これが真実だから一驚を喫してしまう。</p>
<span id="more-10958"></span>
<p>　ジョン・カーリン著の「Playing the Enemy」を基にアンソニー・ペッカム（『シャーロック・ホームズ』）が脚本を手掛けた本作は、1990年にネルソン・マンデラ（モーガン・フリーマン）が刑務所から出所するところから幕を開ける。そしてアパルトヘイトが事実上廃止され、1994年にはマンデラが南アフリカ共和国初の大統領に就任する。それと同時にユニオンビル（大統領官邸）内で、やっと人間としての尊厳が保たれる立場を手に入れた黒人たちと、それによって動揺する白人たちの姿も映してゆく。そんな官邸職員たちに自分の想いを伝えるマンデラ。</p>
<p>　官邸にて、マンデラの決定に、特に納得がいかない者たちがいる、それはマンデラの護衛の黒人たち。マンデラは彼の近くにいつもいる者たちから改革を進めていくために、白人の護衛を雇ったのだ。大統領に危険が及ぶのでは、と怪訝な表情を浮かべる黒人の護衛たちにマンデラはこう言う、「彼ら（雇った白人の護衛たち）は軍隊で経験豊かで有能だ」。以前からいる護衛たちは渋々自体を受け止めるが、彼らは「白人たちにマンデラを守れるはずがない」という思いを、白人たちも「黒人たちと一緒に働くのか、まいったなぁ」という思いを抱き、彼らの間に緊張感が漂う。</p>
<p>　黒人白人関係なく、当時人々が抱いていたのは「恐怖」。突然の変化に人々は不安でいっぱいだったのだ。そんな不安定な人々の心を1つにするためにマンデラが目をつけたもの、それはラグビー。南アフリカはアパルトヘイト問題を抱えていた事実から国際試合には参加出来なかった経緯を持つため、ラグビーチーム・スプリングボックはいわば、アパルトヘイトの象徴。しかし、マンデラはラグビーが人々を繋ぐ事を信じチームの 1995年第3回ワールドカップ優勝に力を注ぎ始める。</p>
<p>　そこで、まずマンデラはマット・デイモン扮するスプリングボックの主将フランソワ・ピナールと会談する。はじめは何故大統領に呼ばれたのか、理由が分からないピナール。しかし、本作のタイトルでもある、マンデラの27年間の長い投獄生活の中で支えになった、英国詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの&quot;征服されない&quot;という意味を持つ詩「インビクタス」を共有したとき、マンデラの想いが、静かにピナールの中で共鳴し、ピナールは不信感を抱くチームメイトに「我々も変わるべきだ」と説く。</p>
<p>　マンデラに強い信頼を託され、ゆっくりと胸の中で新しい何かが動き出したピナール。そんな彼にまるで啓示でも受けるかの様な瞬間が訪れるのは、チームがマンデラが27年間孤独に過ごしたいたロベン島収容所に足を運んだ時。ピナールはマンデラが過ごした房の中に足を踏み入れる。その部屋には何もなく、寝る事すら容易ではない狭さ。こんなところに27年間もいたなんて、と彼は想像以上の事実にただただ言葉を失う。それと同時になぜマンデラが国を変えたいのか理解するピナール。そして「マンデラの夢を一緒に叶えたい！」という確固とした気持ちが彼を支配する。</p>
<p>　ピナールの悟りを機に映画は前とは違う様相を呈してゆく。それ以降は南アフリカで開催されたワールドカップでのチームの戦いがメインとなっていくため、男たちの肉と肉がぶつかり合う激しいスポーツ映画に変化し、手に汗握る展開となってゆく。とは言うものの、本作は政治映画の要素ももちろんあり、ヒューマンドラマとしても捉える事が出来、良い意味でノージャンルの映画となっている。</p>
<p>　大統領に就任し、アパルトヘイトは事実上無くなったものの、消えない人種差別と経済格差に胸を痛めていたマンデラ。理想を追い求めるあまりに無理をし、過労に倒れる場面も。バラバラになった国家を「1つのチーム、1つの祖国」のスローガンを胸に決して屈しなかったマンデラに胸を打たれる。本作は寛容で頼もしい人物像を映すと共に、現在の政治リーダーがどうあるべきかを問う。</p>
<p>　マンデラが起こそうとした現象に、ピナールが共感し、彼らが諦めなかった事で歴史的事件は生まれた。ただ人種が違うと言うだけで、互いに意識し合ってた者同士の間にあった、長年溜った凝りが、スポーツを通して解消される瞬間には、南アフリカがアパルトヘイトをようやく克服した姿を垣間みる事が出来る。常に気まずい雰囲気を持っていた黒人と白人の護衛も互いに喜びの笑顔を見せ、それが国中にリープしていくのが想像出来るエンディングであった。そしてわたしたちが生きる時代に、世界的に最も重要な人物の1人ネルソン・マンデラを、心に触れるキャラクターとして丁寧に描いたイーストウッドはやはり見事と言えるだろう。</p>]]></content:encoded>
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		<title>マイレージ、マイライフ</title>
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		<pubDate>Tue, 15 Dec 2009 09:22:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[マイレージ、マイライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[ジョージ・クルーニーが敏腕リストラ請負人に扮する問題作！（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ジョージ・クルーニー扮する映画『マイレージ、マイライフ（原題：UP IN THE AIR）』の主人公ライアン・ビンガムはリストラ請負人。企業に雇われ人のクビを切りまくる彼の仕事は不景気の今最盛期を迎えている。酒もあるし、食事もある雲に囲まれた飛行機の中が、アメリカ各地を飛び回る彼にとってはまるでホーム。そんな生活が快適過ぎて、地に足を付けず、ずっと1人で気ままに生きてきたビンガム。しかし、彼は予期せぬ問題に直面する。それは今まで避けてきた、人との「つながり」を持つと言う事。</p>
<span id="more-10933"></span>
<p>　会社の上司達が従業員をクビにする事を恐れてビンガムらリストラ請負人達は忙しく今日も空を飛び回っている。場所から場所へと移動する日常の一秒一秒に喜びを覚えるビンガムだが、その生活にも危機が訪れる。なぜならビンガムと同じくアメリカ中を飛び回るアレックス・ゴラン（ヴェラ・ファーミガ）と「我々の時代がやって来た！」と勢いづく会社のオーナー、クレイグ・グレゴリー（ジェイソン・ベイトマン）が雇った新入社員ナタリー・キーナー（アナ・ケンドリック）という女性2人に出会ってしまったから。彼女達によってビンガムの快適な現状が徐々に変化してゆく事となる…。</p>
<p>　ビンガムはアトランタにアパートを持つが、そこには生活の香りが全く漂っていない。というのも彼は年間にして出張に322日出ており、彼の生活用品は全てスーツケースの中に入っているからだ。また彼は、時にリレーションシップ・フリーライフの演説を行い、しがらみのない生活の素晴らしさを唱える。特定の恋人も持たず、家族とも疎遠のビンガム。マイレージを1000万マイル貯める目標だけが生きるモチベーションとなっている。</p>
<p>　そんなビンガムも、物腰が軽く、知的でセクシーなキャリアウーマンのアレックスには同じ穴のムジナの様な特別な何かを感じる。シングルライフを謳歌しているビンガム。ところが彼にアレックスは何も要求せず、ただ包み込む。その余裕のある包容力にビンガムは心地良さを覚える。アレックスに扮するヴェラ・ファーミガは『ディパーテッド』『エスター』等で、近年活躍が目立つ柔らかな雰囲気を持つ美人女優。彼女の魅力は本作で最も開花し、それは彼女の出演するシーンが毎回待ち遠しく感じられる程だ。</p>
<p>　ビンガムに解雇を宣告される役にJ・K・シモンズやザック・ガリフィアナキス等が扮しているが、彼らに対するビンガムの態度は意外にも冷静で優しく、彼らに同調し、笑顔で彼らの未来を考えた語り口で相手を納得させる。それはもちろん本心ではなく、仕事を遂行する上でのテクニック。彼は解雇される従業員の肩の凝りをほぐすという、自らの職業に誇りすら抱いているのだ。</p>
<p>　ビンガムは映画の中でこう言う、「俺の事を知りたければ、俺と一緒に飛行機に乗れ」と。そんなビンガムのアシスタントとして、彼の仕事に同行するのがナタリー。まさにネット社会を風刺する様な、ネットを介してのリストラを提案する彼女。新米らしくポニーテイルで勢いだけは十二分にあるが、世間知らずな彼女はやはり現実に打ちのめされる。クビ切りの仕事の辛辣さ、そのノウハウをネットではなく、直接人と向き合いながら学んでゆく。はじめは機械的な彼女のキャラクターも、時間の経過に伴い、徐々に人間らしさが見えてゆく。そのナタリーを演じる『トワイライト・サーガ』のアナ・ケンドリックは繊細な若い女性を熱演し、本年度のアカデミー助演女優賞候補の呼び声が高まっている。</p>
<p>　『サンキュー・スモーキング』『JUNO/ジュノ』で新進気鋭の映画監督としてその名を知られる事になったジェイソン・ライトマン。ウォルター・カーンの同名小説を基にシェルドン・ターナーと共同脚色を手掛けた本作では特に、物語の実験的さを押し出しており、何にも属さず所有しないと決めた人間がどの様な人生を送るか、観察出来るようなものになっているのだ。またそれに加え、あのスマートで軽快な台詞も健在で、ライトマン節を堪能出来る。</p>
<p>　ビンガムは妹ジュリー（メラニー・リンスキー）の結婚式のために、アレックスを連れて地元に赴く。シングルではいたいが、そこで一層距離を縮める2人。ところが、結婚式当日に花婿ジム（ダニー・マクブライド）が結婚に怖じ気づいてしまうという大事件が発生する。ジムの元に説得しに遣わされるビンガムだが、結婚してしまったらどんな未来が待っている、という想いをジムに打ち明けられると、ビンガムの顔の表情が変わり生唾を飲む。それはビンガム自身の恐怖でもあったのだ。またそれはなぜ彼が人と繋がりを持ちたがらないのかようやく分かる瞬間。彼は地に足が付いてしまう自分が怖いのだ。</p>
<p>　年間35万マイルも仕事でアメリカ中を飛び回り、スーツケースの荷物も少ない身軽でカッコいい男ビンガム。しかし、彼は人と会社とのつながりを断ち切る事は得意だが、人との繋がりを持つ事に怯える脆い心を持つ男でもある。そんな男だからこそ物語の中に登場する様な素敵な女性がきっと必要なのだろう。それにしてもリストラをスムーズに行う為に企業がリストラ請負人を雇うというシステムって、そして彼らが人々に対して心にも無い事を言ってクビを納得させる世の中って、なんだか悲しい。</p>]]></content:encoded>
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		<title>A SINGLE MAN</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Dec 2009 02:27:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[A SINGLE MAN]]></category>

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		<description><![CDATA[ファッション界のカリスマ：トム・フォードが映画監督に！（65点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2009年のヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された『A SINGLE MAN』。過去にグッチやイヴ・サン＝ローランのデザイナーを務め、自らのブランドをも立ち上げたトム・フォードが初めて監督した映画だ。「ファッションデザイナーが映画監督に挑戦」、という文句だけでも意見が賛否真っ二つに分かれてしまいそうだが、クリストファー・イシャーウッドの同名小説を基にデヴィッド・シェアースと共同で脚色を手掛け、スター級の俳優陣を集めたフォード氏は本作で世の普遍性を謳う。</p>
<span id="more-10888"></span>
<p>　物語の舞台は1962年のロサンゼルス。52歳のイギリス人大学教授ジョージ・ファルコナー（コリン・ファース）は16年間連れ添った年下の恋人ジム（マシュー・グード）が交通事故で亡くなってしまった事を、事故の翌日に電話で知らされる。葬儀出席までもジムの家族に拒否され、孤独で失意に暮れる彼は、長年の友人であり、ジョージに想いを寄せ続けるアルコール中毒のチャーリー（ジュリアン・ムーア）の元に半狂乱で駆け込む。</p>
<p>　チャーリーという女性は基本的に自分本位。ジョージが落ち込んでいる時でさえも独り身の彼女自身の孤独を満たしたいのだ。どうして彼はそんな彼女と仲良くする必要があるのか。機知に富んだ会話が魅力のチャーリー。ジュリアン・ムーアが彼女を演じるとセクシーでまた可愛らしく映ってしまう。またどんなに馬鹿げた事を言ったとしても悪気の無い素直な女性だからこそジョージは時に彼女に居心地の良さを感じてしまうのだろう。</p>
<p>　ジムのいない未来はただの孤独でしかない…。抵抗し難いスペイン人の美男子カルロス（ジョン・コルタジャレナ）の誘惑すら気にならない程、心が崩壊しきっているジョージは自らの命を絶とうと計画する。しかし、ジョージに興味を抱く大学の教え子ケニー（ニコラス・ホルト）に付きまとわれ、彼と関わっていくうちに…。</p>
<p>　60年代初頭、それはまだ同性愛が世間的に認められていなかったとき。これはまさに、『ブロークバック・マウンテン』と同じ時期にあたる。ところが同性を愛してしまったが故の悲劇を扱ったアン・リー監督作とは異なり、『A SINGLE MAN』では、同性愛者である事の苦悩はほとんど描かれない。ジョージは自身のアイデンティティに関してオープンであるし、映画の中では特に同性愛者差別に関する問題提起はしない。本作は最愛の人を失ったジョージ・ファルコナーの1日の物語。そして生きる意味を見出そうとする彼の姿を通して、あくまでも純粋な人間性を映し出す。</p>
<p>　ジョージとジムの出会いは自然だった。それはまるで運命であるかの様に。ジョージの1日と交互にわたしたちは彼がジムと過ごした日々をフラッシュバックとして見る。彼らは2匹の犬を飼い、家庭と呼べる場所があった。ジョージが起きれば、家のどこかにかならずジムがいて、ジョージはカフカの「変身」を、ジムはカポーティの「ティファニーで朝食を」をソファの上で読んでいると、お互いに読んでいるものに対してジョークを言い合う。そんな小さな何気ない愛のある風景。映像としては登場しないが、彼らの関係の性的さも彼らの会話や仕草から感じ取る事が出来るだろう。</p>
<p>　ジョージは几帳面でこぎれいな性格の持ち主。身なりも家の中も全てが整っている。素敵なおじさん。しかし、ジムなしの彼は空っぽで、「感じる」という事が可能ではなくなっており、その様子を彼のきちんとした性格が余計に際立たせている。死のうと決めベッドに横になり、銃口を口に入れるジョージ。そんな時までも枕を直し、体の位置を替え、完璧さを求める彼の姿はハラハラさせられる一方で、滑稽にも映る。コリン・ファースは雰囲気に層のある役者だ。彼は平静に振る舞っていたとしても、深い悲しみが体を蝕んでいる男の微妙な表情を作り出す。ヴェネチアで男優賞を受賞した理由も分かる納得の演技だ。</p>
<p>　実生活でも犬も20年以上交際している年上のボーイフレンドもいるトム・フォード。似通った状況にある「A SINGLE MAN」は彼にとってはかなりパーソナルな作品であるに違いない。またトム・フォードの作品だからこそ、ファッションはもちろん、その映像はスタイリッシュでグラマラス。顔を映す時も、目や口のクローズアップが多く、雑誌の1ページ、1ページを繋ぎ合わせた映画の様だ。もし遠目のショットがもっと多くあれば、よりバランスの取れた作品に仕上がっていただろう。それにも関わらず、最愛の人を失った普遍的な人間の心理も十分に描く事が出来ている本作は、映画をどうしても作りたかったファッションガイの初監督作品としては合格点に到達していると言えよう。</p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>THE ROAD</title>
		<link>http://www.cinemaonline.jp/review/bei/10873.html</link>
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		<pubDate>Thu, 10 Dec 2009 02:33:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[THE ROAD]]></category>

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		<description><![CDATA[ヴィゴ・モーテンセン主演最新作、終焉を迎えた世界で描く親子関係。（70点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ローランド・エメリッヒ監督作『2012』や、ドキュメンタリー映画『COLLAPSE』の様に、様々な見地から世界の崩壊を唱える映画が見られる様になってきた今日。『ノーカントリー』の作者コーマック・マッカーシー著の原作を基にジョー・ペンホールが脚色し、オーストラリア人映画監督ジョン・ヒルコートがメガホンを取った映画『THE ROAD』でも崩壊後の世界が舞台。ただ、世界に何が起こったのかは描かれず、彼らにも、わたしたちにも原因すら分からない。きっと本当に世界が崩壊してしまったら、人々は何が起こったのかさえ分からないのかもしれない。</p>
<span id="more-10873"></span>
<p>　世界が詳細の分からない災いに見舞われてから10年以上が経ったとき、アメリカ南西部のアパラチア山脈付近を名前を持たない父と息子（ヴィゴ・モーテンセン＆コディ・スミット・マクフィー）が大陸を南下していた。空は灰色の雲に覆われ、地球上にあるほとんどの生命体は死滅し、生き残った人間の中には「人狩り」をし、人肉を喰らいながら生き延びる者達もおり、世界は「闇」で満ち溢れている。そんな中、「火を持ち」、唯一の希望である南の海岸を目指す父と子だが…。</p>
<p>　かつてヴィゴ・モーテンセン扮する男にはシャーリーズ・セロン扮する妻がいた。彼は物語の中で度々彼女の事を思い出す。原作では妻の存在はあまりないが、映画ではフラッシュバック映像として彼女は度々登場する。現在は男は息子と2人きり。妻の面影を残す息子を闇から守る事だけが何もない世界での生き甲斐であるかの様に息子に諭す、「火を運ばなくてはいけない」と。それは人間の中にある火。優しさ。尊厳。人間性。</p>
<p>　本作は原作者のコーマック・マッカーシーが自身の息子に捧げた作品であるという様に、父と子の関係が物語の大きなテーマとなっている。その父を実際に息子を持つヴィゴ・モーテンセンが扮したのは完璧なキャスティングで、彼は物語の中の父の心情を理解した演技を披露している。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の父親役とは違う、疲れの染み込んだ表情が印象的だ。</p>
<p>　息子には父以外に家族もいなければ、友達もいない。だから父が教える事が彼のすべて。父は世間知らずの息子に生存者の中には「良い人」「悪い人」がいる事を教えるが、父と母以外の人とはまるで関わった事がないだけに、人に対して興味津々。この世界において、道で人に出会うという事は命の危険をも意味する。ところが息子は、用心深い父とは違い、道中に出会う黒人男性（マイケル・K・ウィリアムズ）や老人（ロバート・デュバル）等にさえも興味を示し、話しかけたり食べ物を分け与えようとする。この息子役のコディ・スミット・マクフィーの純粋な少年の演技は本作の要。ヴィゴ・モーテンセンと完璧な親子像を作り上げるこの少年はただ者ではない。</p>
<p>　人が人に興味を持つのはごく自然な事。本作では飢餓や寒さに苦しむ状況下においても、わたしたちは人間性を存続させる事が可能か、という疑問を投げかける。生きる為なら人狩りだって許される、死人の肉なら食べても良い、やはり共食いは許されない。どこで境界線を引くかは社会も法律も存在しない世界では人の価値観に委ねられる。だからこそ、特に守るべき者がいる者には常に張りつめた警戒心が必要となる。この世界では人を信じるという事さえ不可能に近い。</p>
<p>　この映画で、最も感心な点に映像と音楽が挙げられる。色の無い荒涼とした風景。殺伐とした森。廃墟。道に捨てられた車。監督ジョン・ヒルコートは放棄された社会を、原作の雰囲気通りに映し出す。おそらくハリウッドの映画監督だと、必ずアメリカを象徴する建造物の見捨てられた姿が映画に登場するはずだが、本作にはランドマーク的なものが映り込まない。意外なそのアイデアには特に共感を覚えた。またニック・ケイヴとウォレン・エリスの作り出す音楽が不気味な世界を演出し、わたしたちの緊張感を高めてくれる。本作においての恐怖や感動は音楽によるところが非常に大きい。</p>
<p>　『THE ROAD』は基本的にはシンプルで淡々とした語り口の原作に忠実に脚本が書かれているため、原作を読んだ事がある人にとっても違和感無く観る事が出来る作品だ。しかし、ラストがあまりにも簡単なため作品に強いインパクトを感じる事は難しい。原作にはないが、もし息子が恐ろしい世界で生きて行くための成長の過程や苦悩がなんらかの形で描かれていれば、より映画として完成度の高い作品に仕上がっていた様に感じられた。</p>
<p>　「生き方」、それは人それぞれ考え方が違うのと同じで、皆違っても良い。だから心に「火」を持っていようがいまいが、それはその人の生き方に変わりはない。ほんとうに世界が崩壊してしまったら、わたしたちはどうなってしまうのだろうか。強ちこの映画で描かれる事は単なる想像ではない様にも思えるのだが…。</p>]]></content:encoded>
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		<title>バッド・ルーテナント</title>
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		<pubDate>Fri, 04 Dec 2009 05:19:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-高得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[バッド・ルーテナント]]></category>

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		<description><![CDATA[大爆笑！（85点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ハリケーン・カトリーナの直撃を受けたニューオリンズの刑務所が水の下に沈もうとしているところからヴェルナー・ヘルツォーク監督作『バッド・ルーテナント（原題：BAD LIEUTENANT: PORT OF CALL NEW ORLEANS）』の幕が開く。1匹の蛇は暗い水の上をたゆたい、檻の中に取り残された1人の囚人が、恐怖に震え助けを求める。そんな中現れる2人の刑事。助けを乞う囚人を目の前に1人がこう言う、「お前のためにずぶ濡れになれって？　俺は$55もしたスイス綿の下着を履いてるんだぞ、こんな茶色で糞まみれの水に入れるかよ」。その態度の悪い奴はドラッグ大好きなテレンス。彼を演じるにニコラス・ケイジがハマり役で、本作では『リービング・ラスベガス』以来の名演技を見せる。</p>
<span id="more-10775"></span>
<p>　不満をもらしながらも、結局取り残された囚人の救出を試み負傷したテレンスは、その英雄的行為により巡査部長から警部補に昇格。ところが、怪我の痛みは消えず、苦しみを和らげる為にドラッグに手を出す彼はすぐにそれが習癖になってしまう、すでにあった博打癖に加え。そしてクスリがなくなると、ディラー宅やクラブの近くに張り込み、ヤクを持っている者を拳銃を突きつけて脅し、ヤクだけ奪うという始末。</p>
<p>　ある日テレンスはアフリカ系移民の殺人事件現場に赴く。そしてその容疑者であるドラッグディーラーのビッグ・フェイトの周辺を捜査し始めると、テレンス自身が様々な問題に巻き込まれて行ってしまう。テレンスの行動はランダムで、問題はそれぞれ繋がりを持っていないが、脚本家ウィリアム・フィンケルスティンは、それらが全てうまくいく様に仕掛けており、観終わった時の後味は思いのほか良い。</p>
<p>　本作のオリジナルタイトルは1992年のアベル・フェラーラ監督作『バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト』と同じ。しかし、本作はリメイクではなく、全くのオリジナルストーリーだ。また、本作のサブタイトルは&quot;PORT OF CALL NEW ORLEANS&quot;となっているのだが、&quot;PORT OF CALL&quot;とは寄港地や立寄先という意味を持ち、一体それにどんな意味があるのか考えさせられる。それでもそれ自体には意味はなく、「理由」を抜きにして物語を展開させてゆくヘルツォークらしいタイトルだ。</p>
<p>　テレンスは「バッド（ダメ）」な警部補だが、性根までは腐ってない。守られているものには時に乱暴な態度をとるが、守られるべきものはとことん守り抜こうとする正義感も持ち合わせているのだ。だから殺人現場に居合わせた目撃者の身の安全を気遣い、エヴァ・メンデス扮する高級コールガールの恋人フランキーに危険が及ぶと、安全な彼の実家に居候させる。</p>
<p>　ドラッグ漬けのテレンス。彼は物語中には幻影を見たりもする。おもしろいのが捜査中に、そこにいもしないイグアナを見るシーン。そこではカメラがイグアナと同じ目の高さでイグアナを映し出すので、なんとも不思議な、一体何を意味しているのかわからない場面である。また、ハイになっている時に、既に銃に撃たれ死んでいる者に向かって、こうも言う、「もう一度あいつを撃て！魂がまだ踊っているぞ！」と。そして映し出されるのはブレイクダンスしている魂。物語としてはナンセンスだが、とてもユーモアに溢れるシーンの数々にわたしたちの笑顔が途切れる時間はない。</p>
<p>　テレンスはフランキーを実家にかくまっている時、彼女を子供時代に多くの時間を過ごした家の敷地内にある秘密の場所に案内し、子供時代を振り返る。海賊になりきって冒険を夢見ていたあの頃。彼は理解ある母親に金属探知機を借り、海賊の宝である銀のスプーンを庭で見つける。実際にはそれは銀ではなくただのスプーンなのだが。そしてその宝を隠すテレンス少年。しかし、彼はどこに隠し場所を忘れてしまった。</p>
<p>　特別な時間と空間で、よく知ってる人から子供の頃の特別なエピソードを語られると、なんだかドキっとする。そんな緊張感がそのシーンにあると同時に、嘘偽りない真摯な心をテレンスの中に見るだろう。フランキーが神聖な場所入り込む事を許されたと同時に、わたしたちもテレンスに彼の深層心理の奥深くに案内された様な気持ちになる特別なシーンだ。</p>
<p>　ヘルツォークという魔法使いに案内されて本作に参加する事になったニコラス・ケイジ。彼は魔法の王国に入って来てしまったかの様に、彼の大げさな演技がヘンチクリンなストーリーとヤク中のキャラクターに奇跡的にうまくマッチしている。ようやくアカデミー賞俳優、ニコラス・ケイジが復活した。</p>
<p>　寄港地ニューオリンズ。物語の中では特に意味をなさないそのタイトル。しかし、ヘルツォークがキャプテンを務める海賊船に乗り込んだわたしたち観客はニューオリンズにしばし降り立ち、テレンス警部補の奇妙な体験を観察する。タイトルは観客に向けたものなのだろう。そこで大いに笑って楽しんで、再び海賊船に乗り込みわたしたちは次の寄港地を目指すのだ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>THE 4TH KIND フォース・カインド</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 02:32:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>岡本太陽</dc:creator>
				<category><![CDATA[-ホラー映画]]></category>
		<category><![CDATA[-低得点映画]]></category>
		<category><![CDATA[米映画批評]]></category>
		<category><![CDATA[THE 4TH KIND フォース・カインド]]></category>

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		<description><![CDATA[エイリアンによる誘拐を題材にした残念な映画（10点）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ドキュメンタリーとフィクションがスクリーン上で所どころ同時に進行するというスタイルをとった映画『THE 4TH KIND フォース・カインド（原題：THE FOURTH KIND）』。2000年に実際にあったアビゲイル・タイラー博士にまつわる事件の一部始終を、ビデオ撮影された『ブレアウィッチ・プロジェクト』の様なドキュメンタリー的映像として見せ、それを基に制作されたミラ・ジョヴォヴィッチがタイラー博士に扮するストーリーはビデオで撮影されていなかった裏の出来事を描いてゆく。そのトリックによる効果が人々の恐怖心と好奇心を煽る事を期待した本作だが…。</p>
<span id="more-10729"></span>
<p>　オラトゥンデ・オスンサンミが監督したこの映画ではアビゲイル・タイラー博士の体験に焦点を当て物語が展開してゆく。アラスカ州ノームに住むタイラー博士（ミラ・ジョヴォヴィッチ）は息子と娘のいる心理学者で、夫が何者かに殺害されたと信じている未亡人でもある。彼女は受け持つ患者の何人かに同じ様な不眠症を訴える者がいる事に興味を持った事で町を騒然とさせる事件に巻き込まれていく。共通して患者が言う事は、”夜中にフクロウを見る”というもので、その調査を進めてい中で、博士が患者のうちの1人に催眠術をかけると彼は恐怖に捕われ発狂。彼の身に何が起こったというのか。</p>
<p>　フクロウの顔もどことなくエイリアンに似ているし、“フォース・カインド”が地球外生命体に誘拐された事を指す様に、当然ながらタイラー博士の患者はエイリアンに誘拐された疑いがある。本作の舞台ノームではエイリアンによる誘拐が多く報告されているが、例えば地球外生命体が人類が誕生するずっと前から地球を訪れていたとすると、人間をさらう事なんて彼らにとっては実は簡単な事で、ノームにいようと世界中どこにいようと彼らには関係ないのかもしれないし、わたしたちはもう既に気付かない間に誘拐されてしまっているのかもしれない。</p>
<p>　本作はとにかく奇妙、キミョウ。これをまじめに怖がらせようとして作ったにしては、映画の中に登場する録音されたエイリアンの声も不気味どころか、彼らを馬鹿にした様な音作りがされているし、第一アビゲイル・タイラー博士のドキュメンタリー映像がモキュメンタリーなのは残念でしかなく、結局全部フィクションなら映画はただの悪いジョークでしかないだろう。それにエイリアンを悪者として描く映画にも飽き飽きだ。</p>]]></content:encoded>
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