シドニー・ルメット最新作(75点)
83歳にもなるが現役で活躍するシドニー・ルメットという映画監督がいる。『十二人の怒れる男』等で4度もアカデミー監督賞にノミネートされる、実力もある監督だ。その他には『セルピコ』『狼たちの午後』『プリンス・オブ・シティ』等有名作品も多数あり、きっとわたしたちは彼の作品を1つはどこかしらで観た事があるだろう。そのシドニー・ルメットが新しい映画を監督した。『その土曜日、7時58分』というクライム・スリラーである。所々クスっとしてしまう部分もあり、シドニー・ルメットらしい作品であった。
今回主演を務めるのはイーサン・ホーク。今年彼の長編映画監督2作目の『THE HOTTEST STATE』が公開された。『チェルシー・ホテル』が公開された時はかなり話題にはなったが、評判はイマイチ。新作もイマイチである。彼は『トレーニング・デイ』での演技でアカデミー助演男優賞にノミネートされた実績があるので、俳優業に徹した方がいいのかもしれない。『その土曜日、7時58分』の中では、ある家族の次男ハンクを演じる。
それから長男アンディーを演じるのは『カポーティ』の演技で2005年度アカデミー賞主演男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマン。今年は残すところ2ヶ月もないが、今年中に彼の出演作が他に2作品も公開される。ローラ・リニー共演の『THE SAVAGES』とマイク・ニコルズ監督作品でトム・ハンクスとジュリア・ロバーツが共演で超話題の『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』である。また『その土曜日、7時58分』でアンディーの妻ジーナを演じるのはマリサ・トメイ。演技力もあり人気も衰えない女優だ。わたしは彼女とほんの少しだけ会話をしたことがあるが、気さくで本当に良い人だった。それからアンディーとハンクの父チャールズをイギリス人俳優アルバート・フィニーが演じる。常に重要な役を演じる俳優である。
ストーリーはというと、これがなかなかとんでもないのである。ニューヨークに住む不動産会計士のアンディーはブラジル移住の為に強盗の計画を立てていた。彼はその計画を金が必要だった弟のハンクに持ちかける。彼らが強盗するのはなんと彼らの両親が経営する宝石店だった。実際に店に向かうのはハンク1人。両親は今は働きには出ていないとは聞いていたが、ハンクは自らの手で両親の店を襲う事を躊躇し、知り合いを金で雇う。そして強盗の日、ハンクは車で宝石店まで友人と同行する。友人が宝石店に襲撃に入り、ハンクは車の中で友人の帰りを待つ。しかし、思いもよらない事態が。なんと銃声を聞いてしまうのだ。そしてアンディーとハンク2人の兄弟の運命は急速に転落していくのである。
このある家族の悲劇のストーリーは父チャールズ、兄アンディ、弟ハンクの3人の視点から描かれる。例えば、ハンクが?していた頃兄は?していた、というようにストーリーの中で中心になる人物が度々切り替わる。イギリス映画『GO』等と同じ様な手法だ。キャラクターを良く知る上で、この手法は非常に効果的だが、この映画では切り替わる回数が多く時間軸もジグザグで、わたしは少々くどく感じた。
しかしながら、『その土曜日、7時58分』の脚本は素晴らしい。この映画のジャンルをクライムスリラーとは言ったが、脚本だけ読むと、これはおそらくトラジックコメディだ。アンディの妻はハンクと肉体関係があったり、両親の店を強盗するのもまさに悲喜劇以外の何ものでもない。この事件のきっかけは言うまでもなく、兄アンディ。浅はかな彼は私利私欲の為に弟までも利用する。モラルの崩壊した男だ。きっとこの男こそがこのストーリーの中で1番悲しく、おかしなキャラクターだろう。
シドニー・ルメットの映画の中に出て来るキャラクター達は殺人犯だったり、強盗犯だったり、嘘つきだったりするのだが、皆それぞれ人間らしい心も持ち合わせている。『狼たちの午後』でアル・パチーノ扮する強盗犯が、強盗した銀行の職員と仲良くなったりするように、ルメット氏の作り出すキャラクターたちはどこか憎めない。それ故にわたしたちは彼らに感情移入してしまう。
この映画はなんとなく実際にはありえなさそうなストーリーだが、よく考えてみると、親殺し、子殺し等少なからず起きている世の中。両親の経営する店を強盗ということもあり得るのかもしれない。人間の心は脆いものだ。罪の意識は感じていようとも間違いは犯してしまう。欲や妬み、様々な原因により、わたしたちの心は腐敗してしまう。そして下品になってしまうのだ。わたしたちはもっと品格を大事に持つ必要がある。
(岡本太陽)