◆名作アニメを忠実に実写映画化。癒し系の草なぎ剛が愛する姫と小国を守る勇猛な侍を好演している。(65点)
1574年、春日の国。“鬼の井尻”と恐れられる無敵の侍・井尻又兵衛は、未来からタイムスリップしてきたという小学生・川上真一によって命を救われる。城に連れていかれた真一は、かつて夢でみた美しい廉(れん)姫と出会うが…。
実は本作には原案がある。それは映画版クレヨンしんちゃんシリーズ第10作「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」。子供たちが大好きなアニメ「クレヨンしんちゃん」と言えば、お尻を出したり、きれいなお姉さんが好きだったり、お下劣なギャグを連発する爆笑コメディのイメージだろう。だが、子供向けとバカにしてはいけない。劇場版は今も作られ続けているが、中でも「アッパレ!戦国大合戦」は、数々の映画賞に輝いた傑作アニメーションなのだ。
アニメの実写版そのものは珍しくない。だが、あの「クレヨンしんちゃん」を実写化しようという発想にまず驚く。アニメによほど詳しい人は別として、相当な映画好きでも「クレしん」まではノーマークという人は多いはずだ。だが、劇場版第10作まで担当した監督が、秀作アニメ「河童のクゥと夏休み」の原恵一と知れば、作品のクオリティの高さは容易に想像できよう。実写化に挑んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」の山崎貴監督だ。オリジナルにできるだけ寄り添いながら、得意のVFXを用いて戦国の山城や迫力の合戦を再現。さらに、身分や時代を超えて結ばれる“人の想い”をじっくりと描いている。
この物語が普通の時代劇と違うのは、ひょんなことから戦国時代にタイムスリップした真一と、真一を追って車に食料や諸々の道具を満載して追・タイムスリップした両親という未来人家族が紛れ込んでいる点だ。命懸けの日々をおくる戦国の人々と知り合い、改めて自分の生き方を見つめ直す真一たち一家。一方で、未来にはあるという“自由な生き方”に目を輝かせる廉姫。そんな彼らの関係は、少し規模が大きいが、異世代間の意見交流と言えようか。真一たちの存在は、やがて又兵衛と廉姫のやるせない恋にも影響を及ぼすことになる。
注目すべきは、歴史上の有名人物ではなく、名もない人や小国の争いを描いたことだ。春日の国が戦に巻き込まれるのは、大国・大倉井の領主・高虎が廉姫に申し込んだ婚儀を春日側が蹴ったため。未来から来た真一たち一家から、春日も大倉井も歴史には名を残していないと知らされた春日の領主は、結婚の名を借りた屈辱的な併合を拒否し、武士としての誇りを賭けて大国に挑む。現代の文献にも小さく残る、真一ら川上一族の戦場での活躍とははたして?!
「クレしん」調の爆笑ギャグこそないが、小さなエピソードを丁寧に積み重ね、そこにアニメの名セリフをきちんと挿入する律儀な作りは、オリジナルへの敬意を感じさせた。身分違いの恋、男同士の友情、タイムスリップの辻褄。そして、新たに付け加えた、戦国時代と現代をリンクするラスト。まさかこんな形で「クレしん」を味わえるとは。大切な人を守りたいと思う気持ちは今も昔も変わらない。「BALLAD(バラッド)」とは、英語で、武勇伝やロマンスを伝える物語的な伝統歌謡のこと。ほとんどが悲劇的な結末を迎えるそれは、本作のテーマにふさわしい言葉だ。だが、映画を見終わった後には、まるで陽だまりのようなあたたかさを感じることを付け加えておきたい。
(渡まち子)