◆まるで自分の人生を繕うように丁寧に針仕事をする姿が何よりも切ない(55点)
演技初挑戦のアントニオ猪木の存在感なしには成立しない作品だが、北の町・函館の風景が一人の登場人物のような役割を担っている。時代に取り残されたようなさびれた団地には、生活保護を受ける住人たちが暮らしている。元・覆面プロレスラーの大魔神は、用心棒の役を務めていた。学校でイジメを受け、母親からもかまってもらえない孤独な少年タクロウが、偶然、ひと夏を大魔神のもとで暮らすことに。親の愛を知らない少年と、事故で死んだ息子に十分な愛を与えられなかったことを悔やむ初老の男は、いつしか心を通わせていく…。
アントニオ猪木扮する主人公の大魔神は、大きな身体を猫背に折り曲げて縫い物をする。そして何度も不器用に針で指を刺す。彼が縫うのは、いじめっ子に破られたタクロウのTシャツや、息子の形見である子供用の覆面だ。まるで自分の人生を繕うように丁寧に針仕事をする姿が何よりも切ない。タクロウにプロレスを教えるときの嬉しそうな顔は父性そのもので、この主人公が深い喪失感を抱えているのがよく分かる。物語は擬似親子のような二人が、それぞれの家族と向き合い、一歩前に踏み出す様子を描くが、夏なのにどこかひんやりとした空気を感じさせるロケ地・函館のたたずまいが何ともいえない。夜の闇にまぎれて船の中で演じる“冒険ごっこ”は、普通に演じれば白々しくなるのだが、風の声が聞こえてきそうな北の海に浮かぶ船では、ファンタジックな世界さえも現実にしっくりと溶けていく。物語には、高齢化社会や離婚、いじめ、福祉の問題も織り込まれている。監督・脚本は、作家、ミュージシャンなど多方面で活躍する辻仁成。監督の実体験も踏まえたこの小品には、悔恨の中に新しい希望を見出すあたたかさが感じられた。
(渡まち子)