誘拐された娘を助けるため特殊能力を持つ父親が繰り広げる壮絶な追跡劇。シンプルなのが何より良い。(70点)
17歳の娘キムを溺愛する父親ブライアンは、彼女の初めての海外旅行が心配でたまらない。不安は的中し、キムはパリで何者かに誘拐される。事件の最中に携帯電話で話していたブライアンは、米国から単身パリに乗り込むが…。
離婚して孤独に暮らす主人公にとって、目の中に入れても痛くないほど可愛いのが娘のキム。そのせいか、海外旅行に行こうとすると「危ない」と反対し、ようやく許可しても楽しい旅行でウキウキしている彼女に、毎日携帯で連絡するようにと厳命する。平時ならハタ迷惑で過保護な親バカと言いたいところだが、非常事態となると話は別だ。華やかな表の顔とは真逆の、闇の世界が広がる魔都パリで娘を誘拐したのは、アルバニア系の人身売買組織。普通なら地元警察や大使館を頼るところだが、この父親は“普通”じゃない。実は彼は、米政府の元秘密工作員なのだ。世界中の裏社会に通じ、追跡、格闘、銃撃戦にカーチェイス、果ては目を覆う拷問まで、あらゆる手段で娘奪還を敢行する。
この父のハンパじゃない娘への愛が物語を転がす原動力だ。完全アウェイの状況の中、元工作員ならではの迷いのない行動は、追跡というより暴走、暴走というより爆走、爆走というよりブチ切れである。劇中にブライアンが、旧知のパリ警察の刑事に「娘を助けるためならエッフェル塔でも壊してみせる」と真顔で言う場面があるが、この父親ならやりかねない。なぜなら、彼にはそれを実行できるノウハウとモチベーションがあるのだから。秀逸なのは、携帯電話で話している最中にキムが誘拐される場面の描写だ。瞬時に事の重大さを悟り、おびえる娘に「おまえも捕まる。携帯に向かって犯人の特徴を叫べ」と指示。その後、電話の向こうの犯人に、静かに、だがきっぱりと宣戦布告する場面は、主人公の性格と能力をワンシークエンスで説明して見事である。この一連のシーンで、観客は事件の渦中にグイッと引き込まれてしまう。
いたって単純な本作の長所は、クドクドした説明や中途半端な心理描写をバッサリと切り捨てた潔さだ。約1時間半という短い尺を、中だるみすることなくノンストップで駆け抜ける。もちろん落ち着いて考えれば、いろいろとツッコミどころも。いくら優秀な工作員でも、見知らぬ土地で誰の助けも借りずに悪の組織に挑むなど無謀そのものだし、他国へ乗り込んで好き放題暴れる図は、アメリカという国そのものにも見える。だがそんな主人公が愚かに見えないのは、正義や大義など語らず、どこまでも娘を愛する“父親”だからだ。
タイトルの96時間とは、過去のデータから割り出した、誘拐された人間を助けられるギリギリの時間。タイムリミットが迫る中、映画のボルテージも上がっていく。人身売買といういくらでも社会派になりそうなテーマを、一見冴えない中年男が超絶的な活躍を見せるアクション・サスペンスとして活写したセンスをまず買いたい。さらに、マッチョなアクション俳優ではなく温和な演技派のリーアム・ニーソンを主役にした意外性も功を奏した。特に、彼の威厳のある声が映画の大きな魅力になっていることは指摘しておきたい。本作の製作を務めるリュック・ベッソンは、ヨーロッパ発のアクション映画を牽引する存在だが、荒っぽい脚本がいつも難点。だが、省略すべき場所を見極めて突っ走ったこの映画、掘り出し物という気分と共に、大いに楽しませてもらった。
(渡まち子)