◆自分を取り巻くすべてのものに対して敵意をむき出しにして生きてきたヒロインが、その感情のすべてをピアノに叩きつける。ほとばしる激情と悲しみに満ちた美しさが同居する破壊的かつ爆発的な演奏に、しばらくは言葉を失った。(90点)
憤怒、憎悪、不満、自分を取り巻くすべてのものに対して敵意をむき出しにして生きてきたヒロインが、その感情のすべてをピアノに叩きつける。鍵盤だけでなく弦を爪弾きカバーでリズムを取り、椅子を蹴り飛ばしステップを踏む。そこから生み出される音楽はクラシックや前衛といったジャンルを超越した魂の叫び。ほとばしるような激情と悲しみに満ちた美しさが同居する破壊的かつ爆発的な演奏だ。そして最後に彼女を受け止めてくれた老女に対する感謝の気持ち。傷ついた心と心がぶつかり合った末に生まれた至高の芸術に、しばらくは言葉を失った。
刑務所で囚人にピアノを教えているクリューガーはジェニーという娘と出会う。クリューガーはジェニーの才能を見抜き、コンクールを目指してレッスンをほどこす。
クリューガーが目指したものは、自分も含め世の中のすべてを傷つけようとするジェニーを音楽を通じて再生させるなどという甘いレベルではなく、音楽そのもので魂を浄化させ創造の高みに導こうというもの。そもそもクリューガーはジェニーの矯正など眼中になく、興味があるのは彼女のピアノの才。それを磨き世に出すことが人生の集大成と考えている。ジェニーは激しく鍵盤を打つことでしか自分の気持ちを表現できない。ゆえに2人はお互いの身の上話に同情を示すわけでもなく、ただ指先が奏でるメロディだけを通じて意思の疎通を図るのだ。
忌まわしい過去も封印していた秘密も2人の気持ちを揺るがすことはできないのだろう。コンクールの決勝直前、ジェニーの身の回りはあれほどごたごたしたのに、演奏前のジェニーには緊張のかけらもなく無心そのもの。それはクリューガーが言った「人間の使命」について彼女が自覚したからだろう。クリューガーが使命を全うした今、ジェニーが使命を果たす番。ジェニーはクリューガーが下劣という旋律をあえて奏で、見事な美に昇華させる。まさに人間の真実を完璧に描ききった作品だった。
(福本次郎)