ヒアアフター - 樺沢 紫苑

万華鏡のような映画。見る人によって、全く違ったものが見えているに違いない。(点数 80点)


(C) 2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

クリント・イーストウッド監督作品。
『硫黄島からの手紙』(2006年)、『グラン・トリノ』(2008年)に
続く本作品。共通するのは「生と死」のテーマ。

80歳になったイーストウッド監督が、
自ら「死」というものを意識しはじめたのか・・・。
そのテーマの掘り下げが、作品ごとに深まっている。

『グラン・トリノ』を見た時、「死」というテーマで
イーストウッド監督がこれ以上の作品は無理だろう・・・
と思わせるほどの完成度を感じたが、
全くタイプの違うこの『ヒアアフター』で、
「死」というテーマを、また別な角度から問題提起をしてきたことに
驚かされた。

『ヒアアフター』は、万華鏡のような映画である。
見る人によって、全く違ったものが見えているに違いない。

単純明快なハリウッド映画とは大きく異なり、
映画を見終わった後に、いろいろと考え、いろいろと語りたくなる。
余韻を楽しむ映画と言える。

年齢、国籍が全く異なる三人の主人公を設定したのは、
実に「うまい」と思った。
サンフランシスコ在住のアメリカ人で「あの世」と交信する脳力を持つ
ジョージ(マット・デイモン)。
フランス在住のジャーナリスト、マリー。
そして、イギリス在住で、薬物中毒の母を持つマーカス少年。
この誰に感情移入するかによって、全く違った世界が広がってくるだろう。

正確に言うならば、『ヒアアフター』で扱われるのは
「死」というよりは「死後の世界」。

なので、「死後の世界」は存在するのか? 
という方向で映画が展開するスピリチュアルな作品かと思いきや、
全くそうではない。

「スピリチュアルな世界」が結びつける、三人の人間の現実の物語。
それも、非常に生々しい現実の話・・・。

人の「つながり」の大切さ。
トラウマの克服。
遺された人たちの喪の作業。
死にゆく者、生き続ける者。
救済、救い。、

「死」という絶対的な軸と相対化されてあぶり出される「生」。
死は「過去」であり、生は「現実」であり、「未来」である。

「死」にとらわれる人の姿と、今を必死に生きる人の姿を対比させる
ことで、「生きる意味」について、改めて考えさせる。

正義漢に燃える熱血漢のようなわかりやすいキャラクターを
演じることが多いマット・デイモンだが、
本作で演じるのは、霊能力者として自分の能力を恨み
苦悩する複雑な役柄。なかなか、うまく演じられていて、
私としては、非常に共感できた。

ジョージが、ディケンズのファンであるという設定は
重要だ。映画のクライマックスの伏線となっていることは言うまでもないが、
ディケンズと言えば、『クリスマス・キャロル』が有名。

『クリスマス・キャロル』は、守銭奴の金貸しスクルージが
クリスマス・イヴの夜、7年前に亡くなったマーレイ老人と会い、
不思議な体験をする中で、家族の大切さ、人と人とのつながりの大切に
気づき、改心するというストーリー。

つまり、「死者と会う」中で人と人の絆の重要性に気付く
という『ヒアアフター』と全く同じストーリーになっているのだ。

料理教室で出会った女性(ブライス・ダラス・ハワード)との
恋愛感情の芽生えのシーン。オペラ「トゥーランドット」を使った
演出が実にうまい。
イーストウッドの職人芸を感じさせる演出が随所に。

映画が終わったあとに、少し考えせられる。
そんな深みのある映画をみたい人にお勧めである。

樺沢 紫苑

【おすすめサイト】