007 カジノ・ロワイヤル - 映画批評なら映画ジャッジ!

◆リアル志向のスパイ映画に立ち返り大成功(80点)
トキメキたい2009

 英国の紳士的なスパイの活躍を描く『007シリーズ』は、これまで色々なやり方でマンネリ打破に挑んできた。それは007が、イアン・フレミングによる原作からの根強いファンを多く抱えるとはいえ、すでに年間有数のビッグバジェットシリーズとなった以上、その期待にこたえつつも、常に若い新しいファンを取り込んでいかねばならない宿命にあるからだ。オジサン相手の古臭い古典と思われたら、そこでシリーズの命運は尽きるのだ。

 そのため、主人公のジェームズ・ボンド役を数作ごとに変更、リフレッシュしたり、話の展開を派手にするなど様々な試みが行われた。しかし、ボンドが宇宙にまで進出したり、VFX満載で人間離れした動きを見せるアクションシーンは、スパイムービーとしての本質を大きく逸脱しており、主演俳優の変更とてその手法自体がマンネリと化すなど、徐々に作品のパワーは失われつつあった。

 しかしそんなこのシリーズの迷走も、この『007/カジノ・ロワイヤル』で終わりだ。満を持して原作第一作目のタイトルをつけた本作のスタッフたちは、近年まれに見る入魂の作として、この最新作を仕上げてきた。

 細かい整合性は気にしない映画版らしく、現代を舞台にしつつも物語は、若き日のボンドが007になった直後、初事件を描くというもの。その任務とは、世界中のテロリストに軍資金を供給する男(マッツ・ミケルセン)の資金源を断つこと。イギリス諜報機関MI6は、男がモンテネグロのカジノ・ロワイヤルに現れるとの情報をつかむと、国家予算をつぎこんだ高額なカードゲームでボンドが大勝負を仕掛け、男を破産させるという計画を打ち立てた。

 冒頭、テロリストをジェームズボンドが追いかけるアクションシークエンスをみただけで、このシリーズのコンセプトが大きく変わったことが観客にわかる。ここでボンドから逃げまくる犯人を演じるのはセバスチャン・フォーカンという、役者ではなくパルクールの第一人者として知られる人物。

 パルクールとは、あらゆる障害物を肉体ひとつで乗り越えて走りまくる新しいスポーツ(?)で、映画ファンなら『YAMAKASI』や『TAXi2』といったフランス映画を想像してもらえば話が早い。階段を10段抜かしで駆け下り、壁は三角跳びで乗り越える。そんな数々の美技を披露するセバスチャン・フォーカンの身体能力と美しさは特筆もので、このシークエンスだけでも十分お金を払う価値がある。

 それにしっかりついていく新ジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグは、劇中何度も裸になることでわかるとおり、見るからにマッチョで若々しい。実際に動ける彼のような役者を使うことで、CGに頼らない本物のアクションシーンをたくさん入れることができたし、それこそがこの人選の大きな理由だったのだなと納得できる。本作のアクションは、それほど見ごたえがある。ちなみに初代ボンドのショーン・コネリーは、若いころにはコンテストにも出場したボディビルダーだったのだから、このマッチョぶりは原点回帰ともいえる。

 もちろん、ボンドならではのダンディな魅力も十分に味わえる。新人スパイということで、まだまだ荒削りな男くささ、ワイルドさを兼ね備えつつも、細身のタキシードの着こなしなど、惚れ惚れとするくらい洗練されていてセクシーだ。本作上映後の映画館からは、きっと背筋を伸ばしたサラリーマンが多数出てくるに違いない。いつもの背広を着ていても、気分だけはジェームズボンドという、心理的コスプレおじさんの微笑ましい姿というやつだ。

 本作に限らず、007シリーズにおける主演俳優のスーツの着こなしは、いつも大きな見所となっている。また、オープニングのタイトルデザインも、いつも奇抜でアイデアにあふれており、そうした部分にも注目してみるのも楽しい。

 ボンドが使う新発明アイテムの数々も、極力荒唐無稽さを抑えた、スパイ映画としてのワクワク感を高める程度のものとなっている。ボンドがスパイとなって初めて人を殺すシーンは、あの彼が動揺を見せるというショッキングな演出。このように、徹底してリアリティを重視した今回のコンセプトは、彼が本気になるロマンス(相手役はエヴァ・グリーン)の感動を大いに高め、結末をドラマティックに盛り上げる。

 『007/カジノ・ロワイヤル』は、まったく新しい、しかしスパイものとしての原点の面白さに立ち返った007映画だ。ヒーローもヒロインも美しく、世界中でロケをした映像は旅行気分をさえ感じさせる。この作品には、人々が娯楽映画に求めるものがすべてある。ここ最近の007映画の中ではもっとも風変わりだが、段違いに力の入った出来栄えであり、ジェームズ・ボンドらしい風格も感じられる。これがヒットすれば次回作以降も同様のものが見られるかと思うと、私としても応援したい気持ちを隠せない。

映画ジャッジ

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