もはや何が正しくて誰が味方なのか判然としない。MI6にもCIAにも内通者がいる現状では、信じられるのは己の良心のみ。恋人を失った悲しみがその暴走を加速させ、強靭な肉体と精神は殺した人間の数だけ傷つき薄汚れていく。(80点)
もはや何が正しくて誰が味方なのか判然としない。善と悪の境目が限りなく曖昧になった現代、007自身も女王陛下や国家の安全保障のために命を張っているわけではない。MI6にもCIAにも敵の内通者がいる現状では、信じられるのは己の良心のみ。愛するものを失った悲しみがその暴走を加速させる。接触してきた相手をことごとく排除する殺人マシーンとなってもボンドは信念を曲げず、強靭な肉体と精神は殺した人間の数だけ傷つき薄汚れてしまう。その姿は価値観が混迷する時代には正義とヒーローは両立し得ないということを如実に物語る。
恋人を自殺に追いやった男を拉致してきたボンドは、内部の裏切りにあう。その黒幕を追ううちに、ボリビアでクーデターを企むメドラーノ将軍を利権と引き換えに支持する国際的企業のCEO・グリーンにたどり着く。
血を流し、泥まみれになるボンド。前作同様リアリティに徹したアクションはスケールを増す。特にMI6の裏切り者を追って地下道から鐘楼、屋根伝いに走った上に建築現場での足場とロープを使った立体的な攻防は視覚的効果抜群。前後左右上下と空間を動き回りながら突きや蹴りを交わす痛みを伴う格闘シーンには思わず身を乗り出してしまう。その他、冒頭のカーチェイスからボート同士の激突、輸送機対戦闘機の空中戦まで派手さではなく臨場感で迫る演出はボンドと一緒に疾走しているような錯覚に陥る。
さらに目的のためには手段を選ばない身勝手さが、ボンドの感情を際立たせる。特にボリビア警察に襲われた時など、旧友のマティスを盾にして身を守る。生き残るためには恩人ですら利用する狡猾さ。それでも上司のMとCIAの友人・フィリックスだけには完全な信頼を置くことでしっかりした足場だけは確保している。完璧なヒーローという先代までの007像を全く否定することで、強欲とテロが支配する21世紀に対応しようとするダニエル・クレイグ版ボンド。人間の理性や真実ですらゆらいでいる世界を象徴しているようだ。
(福本次郎)