苦い蜜 ~消えたレコード~ - 福本次郎

苦い蜜 ~消えたレコード~

© 2010「苦い蜜」製作委員会

◆歯切れのいいセリフの応酬から浮かび上がるお互いの主張の矛盾、暴かれていく秘密と嘘。過去が煮詰まっていく過程で、己をさらけ出す開放感が登場人物の心を浄化していく様子は、空が晴れわたるようなさわやかさをもたらす。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 限定された狭い空間で繰り広げられる十数人による会話劇は、中劇場の一幕芝居を見ているよう。歯切れのいいセリフの応酬から浮かび上がるお互いの主張の矛盾、暴かれていく秘密と嘘。過去が煮詰まっていく過程でおのおの本性が明らかになっていく。それは嫉妬や怒り、疑いといった負の感情ではなく、他人を信じてみようというささやかな希望。正直に己をさらけ出して得られる開放感が登場人物の心を浄化していく様子は、雲が切れ空が晴れわたるようなさわやかさをもたらす。真実を告白することでしか人は救われないのだ。

 ビートルズバーの開店パーティで幻のレコード紛失事件が起き、犯人にされた柚木は退職した後に死亡する。一年後、そのバーに三影という探偵が現れ、柚木の汚名を雪ぐために常連客から当時の状況をもう一度聞きだそうとする。

 レコードが消え、同時に鈴木社長が心臓発作を起こしたためにパーティはぶち壊しになる。偶然同じレコードを持っていた柚木がロクな調査もされず犯人扱いされる。そこで描かれるのは人間の思い込みと集団心理の恐ろしさ。災いが起きたときに、その原因にわかりやすい解釈を求め、自分を納得させるために平気でスケープゴートを仕立て上げて追い詰める。三影の仮説と聞き取りで、現場にいた人々が柚木の記憶を手繰り寄せるプロセスで、不実を行った者だけでなく、黙って見過ごした者も同罪であることを浮き彫りにする。子供を主人公にした劇中劇で柚木の立場を代弁するというテクニックが洗練されていた。

 結局、柚木は疑惑は晴れ、良心の呵責を取り除いたバーの客たちに笑顔が戻る。そして肝心のレコードはどうなったかという関心をはぐらかせておいて、最後に種明かしをする仕掛けには見事に引っ掛かってしまった。レコードをくす玉に隠したのは鈴木社長本人に違いない。怪しまれずにレコードを近づくことが可能で、柚木が犯人でないのを知っているのは鈴木ただ一人。柚木が犯人扱いされているときに彼の無実を証明しようとして発作を起こしたのだろう。そんな余韻も楽しめる作品だった。

福本次郎

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