潜水服は蝶の夢を見る - 岡本太陽

ジュリアン・シュナーベル監督による感動作(90点)

 『バスキア』や『夜になるまえに』を監督したジュリアン・シュナーベルという映画監督がいる。まだ2つしか監督作品はないが、作品のクオリティーが高く人気のある監督である。特に『夜になるまえに』は主演のハビエル・バルデムが米アカデミーとゴールデン・グローブの主演男優賞にノミネートされ、ジュリアン・シュナーベル自身も、ベネチア国際映画祭の審査委員グランプリを獲得したことで話題になった。

 このジュリアン・シュナーベルという映画監督だが芸術家としても有名で、1980年代には新表現主義画家として活躍した。わたしはあまり芸術家として活動する時の彼の作品は好きではないのだが、映画監督として制作する彼の作品は非常に素晴らしいと心得ている。その彼がまた脅威の映画を作り上げた。『潜水服は蝶の夢を見る(英題:THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY)』というその作品は実話を映画化した物語である。

 映画『潜水服は蝶の夢を見る』には原作本がある。主人公はその原作者自身。彼の名はジャン=ドミニク・ボビー。有名なELLEというファッション誌の編集長だ。彼は43歳で子供も2人いた(映画の中では3人になっている)。その彼が突然体の自由を奪われてしまった。動かせるのは左目の瞼だけ。ジャン=ドミニクは瞼の動きだけで本を書き上げたのだ。

 ジャン=ドミニクはある日目覚めるとそこは見慣れない場所だった。脳卒中で倒れた彼は昏睡状態にあり、それから目覚めたばかりであることを医師達に告げられる。身動きのできないジャン=ドミニクが唯一動かせるのは左目の瞼。ファッション誌ELLEの編集長として活躍していた彼は身動きのできない体に閉じ込められてしまった。死を望むジャン=ドミニク。しかし、彼はある看護婦とセラピストの献身的な努力により少しずつ再び世界との繋がりを結び始める。そして編集者のクロードがジャン=ドミニクに自伝の執筆を勧め、彼女が彼のアシスタントになり、ジャン=ドミニクは左瞼で本を制作し始めるのだった…

 この『潜水服は蝶の夢を見る』の主人公ジャン=ドミニクを演じるのはマチュー・アマルリック。近年ではフランス以外の作品にも精力的に出演している。代表作は『キングス&クイーン』『ミュンヘン』『マリー・アントワネット』がある。この役はジョニー・デップにも候補が挙がっていたそうだが、マチューで正解。わたしにはキャプテン・スパロウがジャン=ドミニクを演じる想像が全くできないので、もし彼が演じてしまうと感情移入できなかっただろう。俳優は観客の信頼を得ないといけないので、キャスティングは非常に重要である。

 それから彼の妻役をエマニュエル・セニエ、常に付き添う看護婦をマリー=ジョゼ・クローズ、ジャン=ドミニクの自伝のアシスタントのクロードをアンヌ・コンシニー、ジャン=ドミニクの父をマックス・フォン・シドーが演じる。特にマックス・フォン・シフォーの演技は素晴らしかった。彼は現在も多くの映画に出演しているが、50年代の名作『野いちご』にも出演していた老年の俳優。彼は今回50年以上にも及ぶ俳優生活の中で初めて電話での演技に挑戦したそうだ。50年以上も俳優をやっていて電話で話すシーンがなかったのは不思議な感じがするが、今回の電話のシーンはただただ完璧であった。

 まずこの物語のタイトル『潜水服は蝶の夢を見る』だが、これが何を意味するかというと、潜水服は海に深く潜る時に全身に身につける固い鉄でできた鎧の様なものだが、ジャン=ドミニクは自分自身で動かせない体を、その潜水服に例えている。また体を動かす事ができない故に、楽しみは夢想するしかないが、心はどこまでも果てしなく飛び続けるジャン=ドミニクの精神を蝶に例えている。タイトルは体は自由でなくとも心や表現は自由であることを意味しているのだ。

 実際に彼がどうやって本を書いたかというと、「はい」なら瞬き1回、「いいえ」なら瞬き2回、それからアシスタントのクロードがアルファベットを1語ずつ読み上げ、使いたい文字の所でジャン=ドミニクが瞬きをする。例えば、英語の「I love you」ならば、瞬きが8回必要になる。この気が遠くなる様な作業を通し、彼は本を完成させた。

 わたしのステレオタイプの考えだと、こういう本や映画は「生きる事は素晴らしい」という説教臭いものになってしまうと思っていた。確かに「生きる」ということは何よりも代え難いが、この『潜水服は蝶の夢を見る』という作品はジャン=ドミニクの夢想や笑いに満ち溢れている。何故こんなにもこのジャン=ドミニクの綴った作品の中に笑いが多いかというと、自分の体を動かせないジャン=ドミニク、そんな中で彼が1番欲していたもの、それは人々からの同情の言葉や眼差しなんかではなく、ユーモア(Sense of Humor)だった。時にバカバカしかったり、皮肉的だったり。『潜水服は蝶の夢を見る』はユーモアで満ち溢れているのだ。

 映画は総合芸術というが、この映画はまさにその通りの作品である。ジャン=ドミニクが想像を膨らますシーンの映像はわたしたちを幻想的な世界へと誘う。特にたくさんの魚介の料理を想像の中で食べるというシーンが最高に良い。口一杯に魚をほおばりながらジャン=ドミニクはクロードとキスをかわす。一見汚らしくも見えるがこの映像は生き生きとしていて美しい。そして音楽も印象的な作品だ。ロックからクラシカルな音楽まで幅が広く、それらが映像と融合し素晴らしい世界観を構築する。

 またこの映画は物語の始まりと終わりも非常に印象的である。始まりは古いレントゲン写真を背景にキャストや制作者達の名前が映し出されるのだが、このレントゲンの機械は1900年くらいに作られたのものをフランスのノルマンディーの海岸沿いにある病院で発見したそうだ。それで映し出されたレントゲン写真は渋くて良い味を出している。それから最後のエンドクレジットの時には氷河が崩れ落ち、また元に戻るという映像の連続なのだが、それが非常に象徴的だった。

 出演女優のマリー=ジョゼ・クローズに聞いたのだが、撮影されたフランスではもうすでに『潜水服は蝶の夢を見る』は公開済みなのだそうだ。しかしながら映画は公開終了になったり、再度公開になったりを繰り返しているそうだ。どうしてなのかは分からないが、アメリカでも日本でも公開時には人気が出て欲しい作品である。『潜水服は蝶の夢を見る』は作品の美しさに震え涙が出る映画だ。

岡本太陽

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