◆日本初のデジタル3D実写長編映画は、清水崇監督のスリラー。富士急ハイランドのアトラクション「戦慄迷宮」の映画化だが、3Dによる心理描写など意欲的な試みが評価出来る(74点)
今年(2009年)は、日本でデジタル3Dが飛躍的に普及した年として、後年記録されるだろう。
夏休みには「ボルト」「モンスターVSエイリアン」「アイスエイジ3」と3本の3Dアニメが集客を競い、12月にはいよいよジェームズ・キャメロンの3D大作「アバター」が公開される。そして、日本初のデジタル3D実写長編映画も完成した。それが本作だ。
歴史的な意味だけでも見る価値はあるが、清水崇監督は単なる「飛び出すホラー」にはしていない。むしろ飛び出す絵は抑制気味で、逆に奥行きを強調することで、3Dによる心理描写という野心的な試みに挑戦している。製作者側が本作を「ホラー」ではなく「スリラー」と呼ぶのも、そんな理由からだろう。
主人公ケン(柳楽優弥)、モトキ(勝地涼)、盲目の女性リン(前田愛)、ミユ(水野絵梨奈)の幼馴染み4人の前に、ある日、ミユの姉ユキを名乗る女(蓮佛美沙子)が現れる。ユキは10年前、廃虚の病院を模した遊園地のお化け屋敷で行方不明になっていた。4人は発作を起こしたユキを病院に連れて行くが、病院は10年前の「お化け屋敷」に変わっていく。
劇中の「お化け屋敷」は、山梨県の富士急ハイランドにある廃病院を再現した「戦慄迷宮」をそのまま使っている。歩いて約50分かかるという、歩行距離世界一でギネスブックにも載っているアトラクションだ。
アトラクションをそのまま使っての映画化というと、ショックシーン中心のキワモノが想像される。だが、「呪怨」や「輪廻」の清水監督らしく、時間の経過や回想場面をうまく使って、3D映像と同じくストーリーにも奥行きを持たせている。
また、実写の場合、3Dはどうしても不自然さを感じ、悪くすると作品の雰囲気も壊してしまいかねない。例えば、恋人との悲しい別れの場面で、腕がニュッと目の前に伸びてきたら、笑ってしまうだろう。
本作は3D効果を十分に感じさせながら、いかにも3Dのためといった不自然なカットはなるべく避けているように思えた。少なくとも、雰囲気を壊すようなわざとらしい描写はなかった。
そして、ここぞというところで、3Dの効果を最大限に使っているのが素晴らしい。
例えば、どこまでも赤い絨毯が敷かれた廊下で、"幽霊"が手前から奥の方へすーっと移動し、表裏が逆になって、また手前へ戻ってくる場面。奥行きを使った3Dならではの恐怖表現ではないだろうか。人形の眼だけが立体に見える場面も面白かった。
最も印象深かったのは、螺旋階段の奥底に、美女が横たわるのを、上から覗き込むカットだ。本作のテーマは、自分でも気付かない「心の奥底を覗き込む」ことなのだが、それが3D映像の奥行き感で見事に表現されていた。3Dによる心理描写という試みは、成功していると思う。
しかしこの映画、怖くはない。スリラー、ホラーとして、それは最大の欠点だろう。繰り返し現れる螺旋階段の場面も、強烈な印象はあるのだが、怖さは感じられない。また、派手なショックシーンがこれでもかと連続するわけでもなく、流血も控えめで、アトラクション・ムービーとしての物足りなさはある。あえてそこを外しているので、無い物ねだりなのは分かっているのだが。
3D映画の試金石としては十分に成功している。ここから、日本映画の3Dの歴史が始まっていく。その最初の作品に恥じない出来栄えだ。劇場でしか味わえない臨場感を、ぜひ体験して欲しい。
(小梶勝男)