リアル・スティール - 青森 学

”生きることは 闘うこと”シンプルだが力強いメッセージを観る者に訴える痛快作(点数 90点)


(C)DreamWorks II Distribution Co. LLC

ストーリーは父と息子の絆を取り戻す話を縦軸にして、敗者が人生の復活戦 に挑むという横軸が巧く織り込まれて絶妙なハーモニーを奏でていた。
ロッキーのSF版みたい なものなのだが、生身の人間ではなく、心の無いロボットに感情移入する点がロッキーとは違う。
だが、思うのは時に人は人間よりも動物や人 形のほうが感情移入し易い場合もあるという事である。

それは無生物や心の無いものに投影するのは自分の心だからだ。

だから他者の姿を借りた自分のストレートな思いを合理的に客体化できるの で、その対象と100%シンクロすることは当然だと思う。

こういう自己愛を他者に投影して正当化する魔法をスピルバーグは考えてい たのだろうか。
そういう計算が働いていたのならスピルバーグの評価を修正しなければならない。

<シャドー機能>を持つこのロボットは対象となる者の動きを模倣する。
行動を真 似るということはその心の軌跡もトレースすることを意味する。
つまりは真似ることこそが心身の同一をはかることができ、少年の動きを模倣 するロボットとの共鳴が見る者にも波及して構造的に観客も映画の登場人物の一人になる。
この三位一体のシンクロにより彼が鋼鉄のパンチを 放つ時、観客もまた心の中で堅く握った拳を繰り出していることだろう。

この減衰することの無い共感をもスピルバーグが計算していたとしたら、この企画 を立案した彼の慧眼だったといえる。
どのSF映画にも言えることだが、どんな斬新 な未来世界を構想しても、人間の持つ普遍的なテーマを描ききれなければ傑作にはならない。その点で最近の作品で白眉だったのは差別の構造 を鋭くえぐった『第9地区』がある。
そして、ボクシング映画のオマージュというかたちを取りつつ、人生と格闘することの意味をストレート に問うた『リアル・スティール』。

”生きる”ということは誰もが常に何かと闘っている実相を言い換えるとそうなる。

つまり生きることは闘うことである。

病に臥せる者、学校というジャングルでサバイバルする子供、生活の為にすべから く社会に出て働く者。
生きる以上、闘うことから逃れることは出来ない。

負けてもいい。倒れても土くれを掴んで立ち上がれ。人生はいつも敗北と挫折の連続だ。
彼の無いはずの魂に心を重ねてダウンを何度も取られてもそのたびに起き上がる。
戦いの作法を守りながら相手の懐に入り果敢に攻め る。
人生において勝ち負けはそれほど重要なことではない。
いかに戦ったのかが重要なのだ。
それをこの映画は”ロボット”という言葉を持たない 無生物の背中を通して雄弁に物語っている。この人生に敗者はいない、最後の息をする瞬間まで挑戦者でありつづけろと。

スピルバーグは込み入ったストーリーを練るのはあまり得意な製作者ではな いのだろうなと思っていたのだが、今回はわりとシンプルに複雑過ぎず、挫折を味わったものが挑戦することをやめずに戦い抜くという力強い メッセージをスクラップ寸前のロボットに託し、そしてついにチャンピオンにはなることが無かった父親が息子とロボットの折れない心(?) に触発されて再び英気を取り戻していく。
そのさまが”チャレン ジし続ける勇気”に収斂さ れて時には呪詛のように、また祈りのように曰く言い難いエネルギーとなって観るものを圧倒した。

そういう強力なメッセージを含んでいるという点においてはかなり抜きん出 ているように思えた。

彼が近年に手掛けた作品を観ると、賛否両論に分かれるものが多かったのだが、あ にはからんや、彼にこれほどまでの創造性の鉱脈が未だ眠っていたとは。
抜擢されたショーン・レヴィ監督と共同で製作総指揮あたったロバー ト・ゼメキスの手腕もさることながら、映画人スティーブン・スピルバーグの面目躍如といえるだろう。

青森 学

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