ラスト、コーション - 福本次郎

肉体を貪りあい悦楽に身をゆだねている刹那でさえその瞳は遠くを見て、精神は醒めている。反体制派を取り締まる男と、彼をスパイする女。映画はふたりの関係を通じて、セックスは嘘で固めた人生を救うことができるかを問う。(70点)

 男はその血なまぐさい日常と命を狙われているという緊張感を、女はいつ正体がばれるかという怯えを、胸の奥深くに抑え込んでいる。他人の前では平静を装っているが、彼らの心はプレッシャーに苛まれ崩壊寸前、ただ快感が唯一の小休止だ。しかし、お互いの肉体を貪りあい悦楽に身をゆだねている刹那でさえその瞳は遠くを見て、精神は醒めている。反体制派を取り締まる男と、彼をスパイする女。映画はふたりの関係を通じて、セックスは嘘で固めた人生を救うことができるかを問う。

 日本軍支配下の上海、抗日派に弾圧を加えるイーを暗殺するために、チアチーという女学生が送り込まれる。マイ夫人と身分を偽りイーに近づいたチアチーは彼の愛人となり、ふたりは性愛に溺れていく。

 おそらくイーも売国奴として同胞を裏切るのは不本意だったはず。しかし、生き残るために仕方なく汪精衛の下で働いていたのだろう。だからこそ政治とは一見無縁なマイ夫人に強く魅かれ、狂おしいまでに求めていく。初めてふたりきりになったときの交情は、イーが失った良心のかけらを取り戻すかのように激しく一方的だ。不倫という背徳が強烈に香る行為に重ねることで、自らの仕事に正当性を与えているかのよう。やがてイーはチアチーなしでは生きられない体になってしまう。

 それはチアチーも同様で、最初は任務でイーに抱かれていたはずなのに、彼女の感情に一切配慮しない上官の冷たい言葉や同僚の態度に傷つけられ、いつしかイーに抱かれることで安らぎを覚え本当の自分に目覚めていく。味方は利用するだけだがイーは愛してくれる。お互い憎むべき敵が愛する相手になってしまうという皮肉。イーの暗殺計画が実行に移される寸前、チアチーは彼に危険を告げる。運命に殉じ処刑の寸前に笑顔を見せたチアチーと、苦悩を抱えたまま生き続けるイー。対照的なふたりの最期には、女の強さと男の弱さが切なくかつ美しく描かれていた。

福本次郎

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