ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 - 前田有一

単なるドッキリカメラにとどまらない社会派(70点)

 本作は、アメリカで爆発的な話題を呼んだ映画だ。しかしその特殊な性質から、日本では公開すらしないのではないかと危ぶまれた一本でもある。お国柄の違いといってしまえばそれまでだが、そのくらい"アメリカ人向け"に特化して作られた作品ということだ。

 『ボラット』は、ジャンルで言えばモキュメンタリーということになる。モキュメンタリーとは、ドキュメンタリー"風"に撮られた作品のこと。事実を追いかけるドキュメンタリーと違い、あくまで"風"。平たく言えばニセドキュメンタリーということだ。

 中でもこの作品の場合は、一言でいうとドッキリカメラ。「カザフスタンからやってきたテレビリポーター」という設定の主人公ボラットが、「文化交流」と称してアメリカ中を旅しながら一般人にイタズラを仕掛けて回るという、大迷惑なお話だ。

 ボラットがカザフ人なんてのももちろん嘘で、演じるサシャ・バロン・コーエンは英国人コメディアン。志村けんのバカ殿みたいなもので、ボラットというのは彼の持ちキャラのひとつなのだ。

 たとえばこのほかにもサシャは、2002年に日本でも公開された『アリ・G』の主人公を持ちネタとしている。ちなみにこちらは黒人かぶれの白人ラッパーという設定。このへんから想像できるように、サシャは人種問題をモチーフにした笑いを得意としている。

 『ボラット』ももちろんそうなのだが、何しろ過激さが半端じゃない。たとえば冒頭の自己紹介の場面、「私の故郷、カザフの村にはユダヤ追い祭りがあります」などと大嘘を語るが、その祭りたるやユダヤ人に見立てた化け物を村中で追い回し、リンチを加えるという無茶苦茶なもの。小さな子供たちまで、ユダヤ人役にボカスカと蹴りを入れるのだからひどい。(もちろんここはお芝居)

 ボラットは口を開くとユダヤ人を化け物扱い、(同じく歴史的に迫害された少数民族である)ジプシーは見つけたら殺すべし、などと言うのだからすさまじい。サシャ自身がユダヤ人であるという事実を知らなければ(コーエンといえばユダヤ人の代表的な名前)、まったくもってシャレにならないところだ。(それでもフォローになっているとは思えないが)

 ほかにも宿泊したホテルでエレベーター内を部屋だと勘違いして荷解きを始め、ボーイを困らせたり、水洗トイレの便器にたまった水で顔を洗うなど、アメリカ文化?に無知な外国人を装ったイタズラを連発。もちろん、本当のカザフスタン人(どころか今時どんな途上国のド田舎に住んでいようと)はそんな事はするはずもない。当初、本物のカザフ政府は怒り心頭だったそうだ。

 しかしここで笑えるのは、ボラットがやる非常識な行動の数々を、アメリカ人はさほど疑う様子もなく、誰もが見てみぬふりをするところだ。多人種国家のアメリカに住んでいれば、こんな変なヤツも「ありうる」というわけか。

 と同時に、世界のジャイアンたるアメリカ人にとっては、カザフなんて小国は知ったこっちゃない、どうせ人食い土人か野蛮人みたいなモンだろうという、彼らの強烈な優越・差別意識を浮き彫りにしているところが見ものでもある。誰より差別発言を連発するボラットより、それを見下すアメリカ人の方がそう見えるのだから面白い。

 そしてそういう差別的アメリカ人は、全米ライフル協会のようなガチガチの右派、保守系の人々、もしくはセレブな上流階級の人に多いという事をこの映画は批判的に暴いている。逆に、ゲイパレードに来ている同性愛者や左派リベラル市民たちは、ボラットがどんな素っ頓狂な行動をとっても普通に親切に接している。

 とはいえ、フェミニストのお姉さまたちとの座談会で、男尊女卑思想を延々と語ってドン引きさせるなど、頭の堅いヤツらはリベラリストといえど一蹴する痛快さも併せ持つ。観客としては、難しいことは考えず大爆笑できる作風といえる。

 とくに、大便小便チン○にケツと、汚いものがオールスターで登場。お下劣度の高さは史上最大級だ。そういうものが大好きな方には、これ以上のものはない。

 ボラットが仕掛けるイタズラには、台本があったり役者が演じていたりというものも混じっているので、その分インパクトが薄れているのは否めない。だが、この映画は単なるドッキリにとどまらず、米国社会にあふれるタブーを暴露し、自由の国といいながらえらく不自由なその実態を知らせてくれる社会派の側面もあり、侮れない。

 しかし、かくいう私たちでさえ、日本の映画館でこれを見るとき、笑う前に思わず周りを見回してしまうようなところがある。「い、いまのヤバいギャグに声を出して笑うのは遠慮したほうがいいか?!」ってな具合だ。その瞬間、ボラットがおちょくって笑う"不自由な人々"に、まさに自分も含まれていたのだと気づく。そして、この映画を見た甲斐があったなと思えるのだ。

前田有一

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