フローズン・リバー - 山口拓朗

◆母性愛と友情を内包したヒューマンドラマ(85点)

 気鋭の女性監督コートニー・ハントの初長編監督作品となる「フローズン・リバー」は、低予算のインディペンデント作品ながら、2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝くほか、第81回アカデミー賞(2009年)では、デビュー作にしてオリジナル脚本賞にノミネートを果たすなど、世界中で高い評価を受けた。

 先住民の保留地問題や貧困問題、不法移民の密入国問題、人種差別問題など、リアルな社会的問題を背景に描きながらスリル満点に進む物語は、母性愛と友情を内包したヒューマンドラマとして熟成され、最後には人種や文化、立場を越えて"人間愛"を強く浮き上がらせる。

 カナダとの国境に面し、先住民「モホーク族」の保留地を抱えるニューヨーク最北端の町。1ドルショップで働く白人女性レイ(メリッサ・レオ)は、5歳と15歳の男の子の母親。新しいトレーラハウスを買うためにせっせとお金を貯めていたが、ギャンブル狂いの夫は、そのお金を持ち逃げしてしまった。一方、モホーク族の女ライラ(ミスティ・アップハム)は、経済的な理由から義理の母に1歳の息子を奪われてしまった。ある日、運命的に出会ったふたりは、儲けを山分けすることを条件に「不法移民を運ぶ」という危険なアルバイトでパートナーを組むことになるが……。

 以前、作家の村上龍が「お金で幸せは買えないが、お金があれば防げる不幸がある」という言葉を紹介していたことがある。本作「フローズン・リバー」に登場するアメリカの貧困層を代表するようなふたりの母親を見ていると、氏の言葉がガ然説得力を帯びて思い出される。犯罪の動機は人それぞれだろうが、そのすべてが人間の悪意に起因しているわけではない。少なくともレイとライラにとって、危険なアルバイトをすることは、貧窮から家族を守ること以外の何ものでもない。むしろ、逮捕されるかもしれないというリスクを冒してもなお彼女たちが犯罪に手を染めざるを得ない現状に、問題の根深さを読み取ることができる。

 どんどんスリリングになっていく展開のなかで、もっとも緊張の糸が張りつめたのが、ふたりが不法移民を運ぶ途中に川で捨てた「あるもの」にまつわるシークエンスだ。このシーンで描かれる普遍的な愛は、結果的にレイとライラの距離を近づけることになる。そして、クライマックスで用意される究極の選択において、レイとライラの思いは完全にクロスする。ふたりがそれぞれに下した決断が意味する"慈愛"と"救い"こそが、この映画の真価だと断言してもいい。

 シリアスなドラマを支えた立役者は、レイを演じたメリッサ・レオだ。シワの多いやつれた顔を幾度となくアップで抜かれながらも、わずかな表情の動きや仕草、声色で、金欠生活のいら立ちや、息子たちへの愛情、犯罪に手を染める葛藤などを表現。無言のうちに語りかけてくる絵画のような力強さを秘めた演技は、コートニー・ハント監督の求めるそれを凌駕していたのではないだろうか。ちなみに、本作での熱演が評価されて、彼女は第81回アカデミー賞の主演女優賞にノミネートを果たしている。

 アメリカとカナダの国境にあたるセントローレンス川の映像が随所に挟まれる。アメリカとカナダ、先住民と白人入植者、川と氷、生と死、幸せと不幸。この川に込められた意味はあまりに深く、そして重層的だ。実話にヒントを得て作られたという「フローズン・リバー」は、氷点下の大地で幸せを夢見る母親の物語であり、人種や文化の壁を越えた友情の物語であり、そしてまた、アメリカという国の複雑さと閉塞を描いた物語でもある。

 配給会社が及び腰で日本では未公開の危機に瀕していたが、「良質な作品が日本だけ未公開という状況が忍びなかった」と、渋谷の映画館「シネマライズ」が名乗りを上げ、全国ロードショー(順次)を実現している。作品のクオリティ同様に、シネマライズの男気あふれる決断にも拍手を送りたい。

山口拓朗

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