◆ニクソンとテレビ司会者の起死回生を欠けた大勝負(70点)
ジョージ・W・ブッシュが登場する以前、最も不人気な米国大統領といえば、それはリチャード・ニクソンのことだった。なんたって米国史上初めて弾劾裁判にかけられ、辞任を余儀なくされた大統領だったのだから。そのニクソンが表舞台への復帰を狙って出演した1977年のテレビインタビューは、4500万人もの視聴者を集めたという。インタビュアーを務めたデビッド・フロストはコメディアン上がりのテレビ司会者で、こちらも人気の先細り感に焦りを抱えていた。『フロスト×ニクソン』は、そんな2人がそれぞれの起死回生をかけて臨んだ伝説のインタビュー番組と、その舞台裏で繰り広げられる虚々実々のかけひきを描いた実録のドラマだ。
脚本のピーター・モーガンは存命中の有名人をキャラクター化することにかけては第一人者。モデルとなった人物に媚びることなく、しかも魅力的な登場人物を造形する手腕は、06年の『クイーン』ですでに証明済みだ。本作においてもフロストやニクソンはもちろん、それぞれのブレーンに至るまでが生き生きと肉付けされ、おそらくはモデルとなった本人たち以上に好感度の高いキャラクターとして再現されている。
分けても秀逸なのはフランク・ランジェラの演じたニクソンだ。顔そのものは決して似てはいないのだが、その貫禄や懐の深さはまるで本当の大統領経験者。「あんな奴とは握手しない」と息巻いていたフロストのブレーンが、その迫力に呑まれて思わずお追従笑いをしてしまう気持ちがよくわかる。その弁舌や人心掌握術の巧みさには「腐っても鯛、辞任しても大統領」という雰囲気がありあり。アカデミー賞ノミネートも納得の、ランジェラの名演だった。
当初は単なる売名行為の一環としてこのインタビューを企画した口先三寸男のフロスト(マイケル・シーン)が、キー局には放送を断られ、ニクソンにはいいようにあしらわれという屈辱を味わう中で、いつしか真摯なジャーナリスト魂に目覚めるあたりの成長ぶりも見どころ。ちなみに彼がニクソンから決定的なひと言を引き出せたのは(あるいは、ニクソンから引き出した言葉が決定的なものとなり得たのは)テレビの力だったという解釈には、しばし考えさせられた。けだし、テレビとは両刃の剣ではある。
(町田敦夫)