ノーカントリー - 岡本太陽

際限のない暴力を描く、コーエン兄弟最新作(95点)

 コーエン兄弟というと、『バートン・フィンク』『ファーゴ』『オー・ブラザー!』等、挙げれば切りがない程独特な映画を世に送り出す兄弟である。『バートン・フィンク』ではカンヌ国際映画祭パルムドールを、『ファーゴ』ではアカデミー賞作品賞を受賞している。彼らのデビュー作は『ブラッド・シンプル』で低予算ながらも高い評価を得た。この兄弟は主に兄のジョエルが監督を、弟のイーサンが脚本を手掛ける。そして今年、コーエン兄弟が新しい映画『ノーカントリー(原題:NO COUNTRY FOR OLD MEN)』が公開された。本作は、彼らの長年のキャリアの中でも完璧なまでの出来で、映画史にその名を刻む作品になることだろう。

 この映画にはピューリッツァー賞受賞作家コーマック・マッカーシーによって書かれた原作がある。コーマック・マッカーシーというと、マット・デイモン主演でビリー・ボブ・ソーントンが監督した事でも知られる『すべての美しい馬』で有名だ。この『すべての美しい馬』は1992年に発売になり、『越境』『平原の町』と合わせ「国境三部作」の一部として親しまれている。『ノーカントリー』の原作はというと、『血と暴力の国』というタイトルの小説である。その名の通り、暴力がストーリーの中に多い作品である。その他の彼の作品も現在映画化進行中である。

 テキサスに住むヴェトナム帰還兵のモスはある日ハンティングの途中、銃撃戦の後の様な数台の車と死者を荒野の中で発見する。そこには瀕死の生存者が1人おり、彼はモスに水を乞う。しかしながらその時モスは水を持っていなかった。モスはその瀕死の男の乗っている車の後部を調べるが、そこにはなんと大量の麻薬が詰められているのだ。その後モスはその場を立ち去るが、そこから遠くない場所に死人を発見する、200万ドル入ったスーツケースと一緒に。モスはそのスーツケースを持って妻の待つ家に戻るのだが、水を欲しがってた男が気になり、水を持って荒野へ戻る。しかし、モスが現場へ到着すると、ある1台の車が現れ、彼を襲う。この事がきっかけで、モスはある殺戮者に命を狙われることとなる。

 そのベトナム帰還兵モスを演じるのは『アメリカン・ギャングスター』でも素晴らしい存在感を見せつけたジョシュ・ブローリン。この『ノーカントリー』のモス役は彼の役者キャリアの中で1番栄誉あるキャラクターだろう。これで何かの賞に結びつけば、妻のダイアン・レインも安心するはず。もちろんジョシュ・ブローリン自身が1番うれしいに違いないが。役者魂を感じさせるチャレンジした非常に素晴らしい役だ。

 また『ノーカントリー』の中で、最強の存在感を残すのはアントン・シュガーという殺人マシーンを演じるハビエル・バルデム。今まで『夜になるまえに』や『海を飛ぶ夢』で彼が演じてきた役とは対極になる悪役だ。しかしそれがハマり役で、このシュガーの存在は映画の中で「恐怖」である。そしてあの変な髪型と目とエアガンは忘れられない。おかしな風貌で無表情で冷血な男だからこそ、未知の怖さがシュガーには宿っている。ジェイソンにはチェーンソー、フレディには鉄の爪、シュガーにはエアガン。そんな事が言われそうである。

 そしてアントン・シュガーを追うエド・トム・ベル保安官をトミー・リー・ジョーンズが演じる。この役はなんとなく、今年公開された彼の出演作『告発のとき(原題:IN THE VALLEY OF ELAH)』を連想させるものだった。その他共演者には『トレインスポッティング』のケリー・マクドナルド、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のウッディ・ハレルソン、『ジェシー・ジェームズの暗殺』にも出演していたギャレット・ディラハントがいる。

 『ノーカントリー』を観てすぐに気付く事がある。それは映像が凛としていることだ。コーエン兄弟の作品においてそれはあまり感じた事がなかったのだが、テキサスの退屈な荒野の風景、退屈な人々を映しているにも関わらず、この作品の1コマ1コマは凛々しく引き締まっている。それからコーエン兄弟特有の演出の細かさも加え、それらがスリリングな映画の緊張感にも起因している。またおかしくて笑ってしまう所や予想を裏切るストーリーがわたしたちの好奇心を掻立てる。

 この作品は、楽しめるが評判の良くなかったコーエン兄弟の『ディボース・ショウ』や『レディ・キラーズ』とは大違いである。まるで『ハルク』を撮った後の『ブロークバック・マウンテン』のアン・リーの様だ。『ノーカントリー』は今年公開された映画の中でも最も優れた作品の1つであると言い切れる。アカデミー賞を獲得した『ファーゴ』にも似た雰囲気を漂わせている。まずキャスティングが最高に良い。そして監督脚本が完璧。また撮影も美しい。滅多に出会えない作品である。

 わたしたちは『ノーカントリー』を観ている間、きっとこう考えるだろう。”一体シュガーとは何者なのか?” 会う人会う人次々と殺していくシュガー。ストーリーの中で彼の素性については一切明かされない。どこで生まれ、どういう家庭で育ったか等、過去がないのだ。ただ彼にとっては人を殺すという現在があるだけ。別に殺しを楽しんでいる素振りもない。わたしたちが社会に取り込まれ、時間を気にして起きて働いて寝るのと同じで、彼にとって殺人はただの日常の1コマ。しかし彼には精神異常という言葉は当てはまらない。なぜなら彼には精神がないのだから。

 魂のない人間である。理解を超越した破壊と暴力だけが彼の中にある。人のカタチをした暴力そのものと言ってもいいかもしれない。わたしたちの生きる文明社会の中では創造と破壊が繰り返されてきた。破壊があるということは暴力があると定義するならば、文明には暴力が存在し、わたしたちは常に暴力と共に生きているという事かもしれない。そしてその暴力のない場所は、忘れ去られた地。私たちが置き去りにして来た場所である。

 『ノーカントリー』は寓話的で、考えさせる事が多く詰まった素晴らしい作品だ。しかし今回もそうだが、最近のコーエン兄弟の映画にはスティーブ・ブシェミが出演しない。『ビッグ・リボウスキ』まではいつもコーエン兄弟の映画に出演していたのだが、個性が強過ぎる為か、彼をコーエン兄弟の映画の中で見る事はなくなった。今度は是非彼を出演させて欲しい。

岡本太陽

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