ウォッチメン - 岡本太陽

◆映画化不可能と言われたグラフィックノベルを『300』の監督が映画化(65点)

 冷戦下、世界は常に核の脅威に晒されていた。1985年のアメリカを舞台に展開するスーパーヒーロー映画『ウォッチメン(原題:WATCHMEN)』の中でもその事実が軸にあるのだが、アメリカとソ連間の緊張を感じられない今、時代設定を現代にせず、敢えてアラン・ムーアとデイヴ・ギボンズ作グラフィックノベルに忠実に映画化した本作からは「ありえなさそうだが、妙にリアル」な感覚を味わう事が少々難しい。

 1985年10月12日の晩にコメディアンことエドワード・ブレイクが死んだ。彼は「ウォッチメン」と呼ばれる世の風紀を取り締まるコスチュームヒーロー集団の一員で、1977年に彼らの行動を規制する法律が作られ、多くの者が引退してからもアメリカ政府の下で働いていたのだが、何者かが彼の住むニューヨークの高層マンションを襲い、彼を窓から突き落としたのだ。事件現場に現れたロールシャッハは血痕のついたエドワード・ブレイクのトレードマーク・スマイリーバッジを手に取り、この事件の裏には何か巨大な陰謀がある事を察知する。一体誰がウォッチメンを殺したいのか?何が世界で起きようとしているのか?

 『ウォッチメン』の中ではリチャード・ニクソンがアメリカ大統領3期目を務めており、ジョン・F・ケネディ暗殺、アポロ月面着陸、キューバ革命のカストロの活動等、史実の裏には必ずスーパーヒーロー達の姿があった事が描かれ、想像と歴史を見事に融合した物語がただのアクションではなくスーパーヒーローが出演するミステリーとして描かれる。

 まず本作の映画化の企画は本が発売された80年代までさかのぼる。それ以降、テリー・ギリアム、ダーレン・アロノフスキー、ポール・グリーングラス等優れた映画監督が世界で最も愛されるグラフィックノベルの1つの映画化に挑戦しては断念していった。そこへフランク・ミラーのグラフィックノベルの映画化『300』で大成功を収めた映画監督ザック・スナイダーが監督に抜擢される。そして彼が映画化不可能と言われてきた『ウォッチメン』をスローモーションやCGを駆使し2時間40分の映像革命を達成したのだ。

 ウォッチメンとは1940年代頃から活躍したミニットメンと呼ばれるコスチュームを着た初めてのスーパーヒーローチームの後継者たち。ミニットメンにいたナイト・オウルことホリス・メイソンに憧れてナイトオウル2世として活躍したダン・ドライバーグ(パトリック・ウィルソン)、汚いトレンチコートに身を包む顔のないロールシャッハ(ジャッキー・アール・ヘイリー)、ミニットメンのメンバーであった母サリー・ジュピター(カーラ・グジーノ)の後を継ぎ2代目シルクスペクターとなったローリー・ジュスペクツィク(マリン・アッカーマン)、自由奔放に暴力を行使し、世間の悪者になる事を楽しむコメディアン(ジェフリー・ディーン・モーガン)、オジマンディアスとして活躍した大企業ヴェイト社の美しき社長エイドリアン(マシュー・グッド)、核実験の事故により超人間になった科学者Dr.マンハッタンことジョン・オスターマン(ビリー・クラダップ)の6人からウォッチメンは構成されている。ウォッチメンは比較的原作ファンを裏切らないキャスティングなのだが、オジマンディアスだけは随分違う印象を与える。原作では彼は金髪で美しい体を持つきらびやかな存在。彼を演じるマシュー・グッド自身、オジマンディアスを演じることに心配があったそうで、演技はともかくこれは見た目でのキャスティングミスだろう。

 物語の中ではスーパーヒーロー達の過去も明らかになるのだが、その中でやはり最も注目を集めるのは無表情で体から青い光りを放つDr.マンハッタンではないだろうか。原子を操作し、巨大化も複数化も自由自在、テレポーテーションも可能なこの人はベトナム戦争を勝利へと導き、ソ連に恐れられている。ただ、神の様な存在になってしまった事で、人間性を失い恋人のローリーに疎まれている。彼は時には服を身に付けている事もあるが、熱さ冷たさも感じないため、特に服を着る必要性がない。そのためだいたい全裸でいる事が多く、ポルノ映画以外でこれだけ男性器が映り込む映画も珍しい。しかも原作とは違いリアルなのだ。彼を演じるビリー・クラダップも良かったが、キアヌ・リーヴスもこの役に興味を示したそうで、もしそれが実現していたら完璧だったに違いない。

 またスーパーヒーローと言えばコスチュームだが、原作と外見が特に違うのは2代目シルクスペクターとナイトオウル2世だ。2代目シルクスペクターのコスチュームはよりファイティングスーツっぽくなっており、ナイトオウルに関してはより怖く強そうな見た目になっている。これは完全にバットマンを連想させるコスチュームでもある。オジマンディアスのコスチュームは古代エジプト風のデザインである事には変化はないが、色使い等が『バットマンフォーエバー』や『バットマン&ロビン』のコスチュームと同じで、それらの映画のコスチュームのパロディとなっている。

 本作ではいろんな映画にオマージュを捧げているのも見逃せない。ベトナム戦争シーンでは『地獄の黙示録』の「ワルキューレの騎行」が使用されており、ニクソンの戦争会議室が、核兵器の緊張を皮肉的に描いた『博士の異常な愛情』のものとそっくりに作られているのだ。映画好きも楽しませてくれる演出がニクい。

 『ウォッチメン』は正直、『300』の監督とは思えない程良い出来。特にボブ・ディランの「時代は変わる(The Times They Are A-Changin’)」と共に始まるオープニングロールは原作を読んだ者にとっては感動的ですらあり、鳥肌が立ってしまうくらい完璧だ(アンディ・ウォーホールの登場には驚いた)。また本作はアメリカではR指定でヴァイオレンスは原作を上回る程追加されている。CGだが血の描写が非常にうまい。それからセックスシーンも原作より長いのだが、ロマンティックというよりは笑えてしまう。ただ技術的な面でいくつか幻滅させられてしまう。年老いたサリー・ジュピターの安っぽい特殊メイクは『何がジェーンに起ったか?』のベティ・デイヴィスのそれにしか見えず、ニューヨークの街や南極がおもちゃのモデルみたいで、超大作映画なのにB級映画を見せられている様な気持ちになるのが気に触る。

 銀行家であった父の財産を受け継ぎ、エアシップさえも持つナイトオウル2世は引退後、戦う情熱を抑えて生きてきた。そのせいでインポテンツになった。これは『Mr.インクレディブル』でも全く同じ事が描かれていた。戦う事は男の本能。戦っていた頃の栄光がナイトオウル2世には染み付いており、戦えない事が彼にとってストレスとなっていたのだ。この様に精神的な面からヒーローを描く本作は他のヒーローもの作品とは全く異質で、スーパーヒーローは強く、完全なる正義であるという常識を覆す。

 混沌の中で、世界に何かとてつもなく大きな事が起ころうとしている。わたしたちに衝撃の結末をぶつけてくるこのミステリー超大作は観る者をグイグイ引き込むが、少々長く感じさせられてしまう。またエンディングまでは原作通りで、結末だけ変えている点にも不満が残る。たしかに「アレ」を登場させると陰謀の渦巻く展開から雰囲気が一変してしまうが、結末の衝撃度は薄い。まず作品の軸にある冷戦の話はいまさらピンと来ないし、例えば原作とは異なるが現代を舞台にして、ブッシュが第3期大統領を務める世界を描き、核戦争危機を背景にした映画でも良かったのではないだろうか。

岡本太陽

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