アウェイ・フロム・ハー君を想う - 福本次郎

古い記憶は鮮明なのに、最近のことは覚えていない。自分が徐々に壊れて行くのを自覚している妻と、彼女をできる限り愛そうとする夫。映画は、人格を失いつつある妻を見守り続ける夫の姿を通じて、老人介護のあり方を問う。(70点)

© 2006 The Film Farm/Foundry Films/pullingfocus pictures Inc.

 フライパンを冷凍庫にしまい、黄色の概念を失う。古い思い出は鮮明なのに、最近のことは覚えていない。徐々に壊れて行くのを自覚している妻と、彼女をできる限り愛そうとする夫。妻の心から自分が消えてしまうつらさを視線だけで演じるゴードン・ビンセントの苦虫を噛み潰したような抑えた表情はあじわい深く、忘れていることさえ忘れてしまうアルツハイマー症患者を演じるジュリー・クリスティの明るい表情が悲しい。映画は、人格を失いつつある妻を見守り続ける夫の姿を通じて、老人介護のあり方を問う。

 44年間連れ添ったグラントとフィオーナは仲のよい夫婦だが、フィオーナの認知障害が顕著になったことから、彼女を介護施設に預けることになる。施設に慣れさせるために30日間の別離期間を経た後、グラントはフィオーナに会いに行くが、フィオーナはグラントのことを覚えていなかった。

 フィオーナは施設でオーブリーという同じくアルツハイマー症患者と仲良くなり、彼と過ごす時間が楽しそう。グラントはその様子に傷つき嫉妬するが、やがてその恋がフィオーナを幸せにしているのなら認めてやろうという気になる。あれほどお互いを必要として慈しみあっていたのに、たったの30日がフィオーナの頭の中で永遠では不在になってしまう。先に退院したオーブリーを再び入院させようと彼の妻・マリアンに直談判するグラント、そして彼の境遇に理解を示すマリアンの感情が繊細に描かれ、アルツハイマー症患者を世話していかなければならない配偶者の苦悩がとてもリアルだ。

 結局、グラントの思いが通じたのか、フィオーナの症状は改善され彼女は家に戻る。しかし、本当に彼女の記憶は戻ったのだろうか。グラントを長年連れ添った夫としてではなく、親切にしてくれる男性として親しみを覚えただけのようにも思える。それでも、フィオーナに愛され始めているという実感だけはグラントも感じていたはずだ。古い愛の復活でなくてもよい、新しい愛がふたりをより強く結びつけるという結末は、わずかに希望を抱かせる。

福本次郎

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