イスラエルとフランス合作の音に突き動かされる温かいコメディ(85点)
今年のカンヌ国際映画祭、ある視点部門で賞を獲得、そして第20回東京国際映画祭で東京サクラグランプリ(最優秀作品賞)を受賞したイスラエルとフランス合作映画がある。その名は『迷子の警察音楽隊』。エジプトの警察音楽隊が間違って来てしまったイスラエルの小さな街で過ごす一夜の物語だ。
イスラエルの空港に降り立った水色の制服を身に纏ったある一団がいた。彼らはエジプトのアレクサンドリア警察音楽隊。空港で待つ彼らだが、誰も迎えに現れない。団長のトゥフィーク(サッソン・ガーベイ)は仕方なく自力で目的地に向かう事を決断する。そして、英語は得意ではないと言う一番若いカーレド(サーレフ・バクリ)を目的地ペタハ・ティクバまでの行き方を知るため、空港案内に遣わす。しかしながら、その後彼らが到着した場所は砂漠の真ん中にある目的地と良く似た名前の辺鄙な町ベイト・ティクバ。不安に思う一行だが、とりあえず空腹のため、その町にあるディナ(ロニ・エルカベッツ)という女性が切り盛りする小さなレストランに行く。アラブ文化センターで演奏するために来た事をディナに告げる団長だが、そんなものはこんな町には存在しないというディナ。アレクサンドリア警察音楽隊は迷子になってしまったのだ。次の日に予定されている演奏にはまたバスに乗れば間に合うが、もうこの日はバスは来ないという。それくらい何にもない町なのだ。ホテルすらないので、仕方なくディナや彼女の店の常連の家に分散して泊めてもらう事にする。そしてこの迷子の警察音楽隊はイスラエルの小さな町で一晩過ごす事になるのだった…。
監督・脚本を手掛けたのはエラン・コリリンというイスラエル人の若い映画監督。今回の『迷子の警察音楽隊』は様々な映画祭で多くの賞を受賞している。彼が幼い頃はアラブ映画がよくテレビで放映されていたそうだ。しかし、テレビが民営化されてからは欧米諸国のテレビ局が人々の生活を覆ってしまった。エラン・コリリンは現代人が日々の生活の中で大切なものをなくしてしまったのではないかと問いかける。
ある日突然、砂漠の中にある殺風景な町に水色の鮮やかな制服を着た男臭い奴らがやって来る。かわいい制服と男っぽい顔のコントラストが良い。エラン・コリリンによって作り出される世界はとてもチャーミングだ。彼は映像的に特に新しい試みをしているわけでもなく、作品全体の雰囲気はほのぼのしている。それでいて説得力があるのだ。そしてシュールで甘酸っぱい笑いが散りばめられており、可笑しくてしょうがない。
また、キャラクターの設定が特に素晴らしい。映画の中には4人程主要人物がいる。音楽隊の団長トゥフィークは誇り高い故に団員に厄介がられる事もしばしばだが、彼にはあまり口にしたくない過去があった。その彼に気がある豪快なレストラン店主のディナは、この作品の中では女神の様な存在。団員達にやさしく振る舞うが、前の夫とは別れており、彼女の中に孤独感が見え隠れする。団員の中では一番若くイケメンのカーレドは何かと反抗的だがやさしい一面もある。彼はチェット・ベイカーの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を歌いながらナンパするのが得意だ。そして団長の助手のシモン(カリファ・ナトゥール)は自作のオーケストラを何十年も温め続けているが、完成させることができない。この4人を中心として一晩だけ憂鬱な町で人々は協奏曲を奏でる。
エジプトとイスラエル、政治観が全く違う国。アラブ人がユダヤの地に足を踏み入れるという事から対立を連想させるが、このベイト・ティクバという町は政治とは全く関係のない見捨てられた土地。そこに住む人にとって、エジプトから来た警察音楽隊はただの変な服装をした人達なのだ。互いに話す言語が違う為、英語で会話をする音楽隊員とベイト・ティクバの人々。宗教も言葉も違う彼らだが、エラン・コリリン監督はそんな彼らの心の交流を描こうとしているのだ。
そして音楽隊というだけあり、この映画の中では音楽が印象的だ。しかし、音楽というよりは音そのものに対する敬意が込められている様に感じられる。言葉は違っても音が人々の心を解放する。音には人を突き動かす力があるのだ。音は国や民族を越える。この映画には人は必ず分かり合えるという希望が満ち溢れている。
(岡本太陽)