◆感動的な人間ドラマである一方、社会派の一面を併せ持っている(80点)
「LAタイムズ」記者スティーヴ・ロペスが、同紙に連載している実話に基づいたコラム「弦二本で世界を奏でるヴァイオリニスト」をジョー・ライト監督が映像化。
妻と離婚後、仕事も不調なロペス(ロバート・ダウニー・jr.)は記事にするネタを探していた。ある日、ベートーベンの銅像がある公園で弦が二本しかないヴァイオリンで美しい音色を奏でるナサニエル・エアーズ(ジェイミー・フォックス)というホームレスに出会う。彼に興味を抱いたロペスは早速調べ出し、その結果、才能のあるチェロ奏者で名門ジュリアード音楽院に二年間通っていたことを知る。ナサニエルは在学中に統合失調症を患ったことで将来の道を閉ざされてしまったのである。それ以来、ロスの路上で暮らしながら敬愛するベートーベンの楽曲を奏でる路上のソリストとなったのである。ロペスはそんなナサニエルと深く関わっているうちに「才能ある音楽家として成功して欲しい」と思って治療を計画するのだが……。
二人の男の交流を優しく、時には厳しさを併せて描いた人間ドラマ。ナサニエルは音楽に関しては非常に素晴らしい才能があり、彼の少年時代や学生時代を描いて克明かつ緻密に浮き彫りにさせている。また、学生時代に発症した統合失調症による苦しみとその症状も描き出し、観る者にその苦痛を味わわせる。
本作は感動的な人間ドラマである一方、社会派の一面を併せ持っている。それは、貧困や病に苦しむ弱者とドラッグを扱い、略奪を繰り返す悪者が一体となったロスのスラム街の模様をリアルに映し出している点だ。ナサニエルはロペスのススメでこの地にあるランプ・コミュニティという支援センターに入る。ナサニエルの演奏が社会的弱者である彼らの心を癒す。劇中で観られる彼らの姿は、純粋で優しさと温かさが感じられる。彼らに対して一般的に抱きがちな負のイメージを強調することなく描いているのが良い。ライト監督は美化したり悪い面を追求することなく、自然体でこの現実を観る者に伝えたのである。
LAフィルハーモニック側からの招待で、ロペスとナサニエルがウォルト・ディズニー・コンサートホールでベートーベンの交響曲第三番「英雄」の演奏を鑑賞するシーンが観られ、ベートーベンの楽曲が多数使用されていたりといったクラシック音楽ファンにとっては嬉しく思える要素がたっぷり取り入れられている。
(佐々木貴之)